マーラー交響曲第10番(クック版) : オーマンディ

オーマンディマーラー10番

オーマンディ/フィラデルフィア管のマーラー交響曲第10番は同じクック版でも64年に出版された第2稿を使用している。72年に第3稿が出版されて以降、クック版使用の録音はすべて第3稿を使用しているようなので、現行盤でこのバージョンを使用しているのはオーマンディとゴルトシュミットのみである。

第2稿と第3稿がどのくらい違うのだろうかと思いつつ聴いてみたのだが、違うと知っていたから違うような気がする、くらいの違いである(笑)。いい加減なこと言うなと怒らないでほしい。これに限らず、その程度の感想文なのだ。

第2稿と第3稿の違いは明確にわからないものの、オーマンディ/フィラデルフィア管の演奏自体はなかなか個性的なものだった。64年のCBS録音なので、特に高音がきついというところは差っ引いて考える必要があるが、それを考慮に入れてもこの演奏はメランコリックなところを排した結構、辛口なものと感じた。

聴き始めてすぐ気づくのがテンポが非常に速いこと。稿を問わず今まで聴いたクック版の中ではインバルの演奏が一番速くて全体で70分強。一通りいろいろ聴いた後にインバルを聴くと軽い違和感を感じるくらい速いのだが、オーマンディはそれより速い69分台である。この上となると65分台とぶっちぎりで速いマルティノン/CSOくらいしか見当たらない。10番にマーラーが細かいテンポ記号を残したのか不明だが、第3稿の初演を残したモリスは全曲に79分もかけていて、どうもそれ以降、10番のテンポは遅くなったようだ。インバルを除いて新しいものはだいたい75分前後である。

このテンポの速さに加えて少々ハイ上がりの録音の相乗効果か、この演奏は即物的で厳しく聴こえる。シャイーの演奏からは慈愛を感じたが、オーマンディの演奏は突き放すようだ。いつものフィラデルフィア管より粗野に聞こえるのも指揮者が意図した音作りなのかも。作曲者の気持ちは知る由もないが、(ほぼ)同じ楽譜からこれだけ違う表現が聴けるところが面白い。
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ベートーヴェン交響曲全集 : ショルティ

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高校入学祝いでお祖父ちゃんに買ってもらったレコードの一つがようやく見つかった。ショルティ/シカゴ響のベートーヴェン交響曲全集。9枚組で13,500円とある。この全集、最初のレコードセットは76年に発売されたものでジャケット写真がベートーヴェンの胸像である。ショルティがジャケット写真のこちらのセットは82年発売とあった。

このボックスセットは物置の奥に食器やらタオルやらに紛れて段ボールの中に入っていた。外箱は埃だらけ、開けてみると残念ながらブックレットは紛失している。内袋も何やら積年の塵で汚れている。が、とにかくレコードは9枚すべて確認できた。1枚目のレコードから洗いつつ、聴いているのだが、1番、8番、エグモント序曲、2番と収録された最初の2枚は盤面がとても綺麗だったのに、3枚目の「英雄」は2回洗ってもプチプチとうるさい。「英雄」はたくさん聴いた記憶がある。聴いた分汚れがひどいのか、あるいは、聴き方が悪くて溝を傷つけてしまっただろうか。当時のことだから針なんて無頓着だった。針圧調整もろくにした記憶がない。針交換もせいぜい一度か二度か。中古レコードで買ってこれだったらすごく残念だと思うが、自分の思い出なので傷もなにやら愛おしい(笑)。

実はこの全集、行方不明になったと思い込んでいたので、1番を除く奇数交響曲と「田園」は単品の中古LPを集めている。CDでも全集を持っている。が、ノイズのない同じ音源で聞くよりも今日のレコードは良い音に聴こえる。要は気持ちの問題である。

R・コルサコフ 「シェエラザード」 : ストコフスキー

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今日も雨。16度と気温も低め。6時に目は覚めたが、しばし、布団の中で過ごした。

ご飯の後、打ちっ放しに行った。うちから車で15分くらいのところにあるこの練習場は朝10時まで入場料が不要である。何時から開いているのか知らないのだが、コースに行く前の人も含め、入場料無料の時間帯はそこそこ賑わっている。今日は特に混んでて一階席はほぼ満席だった。来ている人は常連客が多く、みな顔見知りのようだ。僕はそういうのが苦手なので自分から話しかけることはない。幸い、みんなほっといてくれて、話しかけられたこともない。おかげで練習に専念できる。今日はまた新しいことを試してみたのだが、存外にうまく行った。今度こそ良い感じ。かも(笑)。。

今日の午後は、オーディオショップの人が買取に来ることになっている。何度も来てもらうのも恐縮なので一回ですべて売却すればいいのだが、こういうのも相場が大事でそのショップに同じ製品の在庫がある時は買取価格が渋い。しばらく見ていてその製品が売れたタイミングで見積りしてもらうと多少高くなったりする。そこで売る。で、今日、引き取りに来てくれることになった。

引き取ってもらう製品の元箱を取りに物置に行ったついでに救出してきたのが、このレコード。"Phase 4 Stereo"シリーズの一枚。4チャンネル録音と紛らわしいが、これはあくまでステレオ録音のはず。20チャンネルのマルチトラック録音を4チャンネルにミックスダウンするような話だったと思う。バーチャルサラウンドの走りみたいな企画である。聴いてみるとなんとなく位相がおかしい感じで不自然。普通のステレオ録音の方がいいかな。

ストコフスキーが「シェエラザード」を振ると言うと外連味たっぷりのドギツイ演奏を期待したくなる。それが、おそらくこのLPを買った理由でもあったと思う。もちろん、1,500円の廉価盤だったことも理由の一つだ。本当はコンドラシン/コンセルトヘボウの最新録音が欲しくてたまらなかった。(ちなみに、「シェエラザード」が出るまで、すでに晩年のコンドラシンの名前すら聞いたこともなかった。当時、ショスタコーヴィチなんて1番と「革命」以外、周りの誰も聴いてなかったのである。)

実に久しぶりに聴いてみるとこの演奏、普通に良いので逆にびっくり。10チャンネルだか20チャンネルもあるので楽器群ごとに録音されているのだろうか、かなりデッドで乾いた音がするのと、例のPhase 4のために位相がおかしい上、左右の分離が良すぎて違和感がすごいのだが、そうした録音が変なだけでストコフスキーとLSOの演奏は非常に立派なものだ。もちろん、「シェエラザード」の物語に合わせてサービス精神たっぷりの濃い口仕上げだが、迫力がありつつデリケートな名演奏である。

何十年も放置されていたにも関わらず、時間をかけて洗ったらノイズ一つなかった。テープに比べてレコードって丈夫である。

マーラー交響曲第1番 : ワルター

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僕がマーラーを聴き始めた頃、80年代の初めになるが、当時はCBSからバーンスタイン、フィリップスからハイティンク、DGからクーベリック、DECCAからショルティがすでに全集をリリースし、アバド、レヴァイン、テンシュテットが次々と新しい録音をリリースしていた頃である。マーラーに直接師事したことのあるワルターとクレンペラーの演奏は当時も確立した評価を受けていたが、新しいマーラーに比べて時代遅れのものと思い込んでいた。そもそもクレンペラーは「大地の歌」、ワルターに至っては38年録音のVPOとの9番が定番として推薦されていたが、田舎の中高生には渋すぎた。と言うようなわけで昔はあんまりワルターのマーラーを聴かなかったのである。

とは言え、この「巨人」はレコードを持っていた。しかし、もっと録音が新しい他の演奏に比べて冴えない音だし、コロンビア響の演奏もなんだかもっさりしているという感想しかなかった。ステレオ装置もしょぼかったし、コロンビア響はオケの規模が小さく、音も薄いという評論に洗脳されていたこともある。

僕の中でワルターのマーラーの評価がガラッと変わったのは5年前くらいのことだ。CBSからマーラーの交響曲集が格安で発売されたので買ってみたところ、それまでの印象を完全に覆す演奏に驚いた。一体、昔の自分は何を聞いていたのか。最晩年とは言えワルターの指揮に緩みはなく、コロンビア響の演奏にも何ら不満は感じない。その後、ワルターのCDはジョン・マックルーア自身がデジタル化した初期のものが一番と知ったのだが、まだそれは聞けていない。でも、このボックスセットでも音楽を楽しむには十分だと思う。

いつもながら前置きが長くなったが、オーマンディの次に聴いた「巨人」がワルター/コロンビア響の演奏。ワルター没後10年に企画されたワルター大全集の中の一つで、ワルターがステレオ録音したマーラーがまとめれている。"SX68 Sound"とあって、これはノイマンのSX68カッティングマシーンを使用して作成されたレコードのシリーズらしい。昔も今も高音質を謳っていろいろな工夫が続けられているのである。せっかくなので手元のCDとも聞き比べてみたが、なるほどLPと比較すると少し生気が削がれて痩せてしまった印象である。せっかくふっくらとして可愛らしかったのにダイエットし過ぎで不健康の一歩手前と言う感じ。聞き比べしなければそんな風には思わなかったが。

ワルターのマーラーに対する敬愛が滲み出ているような演奏である。テンポも程よく、生き生きとしたフレージングで年齢を感じさせない。第2楽章終盤でティンパニが低弦と一緒にリズムを刻むのにびっくり。他の演奏では聴こえたことがない。(ちなみに、いつもスコアから演奏を深く考察されているunagiさんのブログに行ってみたら、過去記事でこの部分について触れられていた。さすがである!)

これまた5、6年前だと思うのだが、「題名のない音楽会」で素人がオーケストラを指揮する企画を観た。名物企画らしい。たくさんの人が自分の指揮姿をビデオで撮影して応募するようなのだが、僕が見た時、放送された指揮者の一人が小学生(?)だった。小さな男の子である。その時の音楽が「巨人」の終楽章。他のファイナリスト達は短時間で司会の佐渡さんに止められてしまったのだが、この子の演奏だけはなぜかストップがかからずフィナーレを迎えた。

おかしな話だが、この時の演奏は僕の聴いた「巨人」の中でもベストの一つである。奇跡的な名演だったわけではない。むしろ演奏には大きな問題があった。とにかく一生懸命振っているのだが、テンポが遅く、さらにだんだん遅くなっていく。が、オーケストラは迷走一歩手前の演奏を必死に支えている。全員が小さな指揮者の夢をかなえるために全力の演奏だった。ゴールまで、もう少し!ほら、もう少し!てな感じで最後まで辿り着いた。エンディングも綺麗ではなかったが、そんな小さなこと誰も気にしていない。今でも全身を使ったその子の指揮ぶりを覚えているくらいである。

ワルターの「巨人」の終楽章を聴きながら、なんとなくその時のことを思い出した。ド素人、それも子供とワルターを同列にするとは何事だとお叱りを受けそうだが、もちろん、そんなつもりはない。ただ、どちらかと言えばじっくり進むワルターの巨人を聴きながら、コロンビア響が必死になってワルターの棒について行く様子が目に浮かんだのである。ワルターの芸術をステレオ録音で残すために編成されたオーケストラである。ともに歴史を作る両者の思いが結実したこの演奏、他に代えがたい魅力的な演奏である。名盤。

マーラー交響曲第1番 : オーマンディ

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今日も昨日に続いて涼しい午前中。僕が住んでいる辺りでは雨が上がって今日は一日曇り空のようだ。

コーヒーを飲みながらレコードを聴く。オーマンディ/フィラデルフィア管によるマーラーの「巨人」。昔から珍しい「花の章」付の「巨人」として有名な演奏である。オーマンディのマーラーを聴いたことはほとんどないのだが、「巨人」に加えて「復活」、「大地の歌」それに第10番全曲の録音が残っている。(ほかにもあるかもしれないが知らない。)

この演奏は「花の章」が出版された翌年に録音されているので、あるいは「花の章」付の初録音だろうか。オーマンディはストコフスキー同様、いろんな曲のアメリカ初演を行っているので、これもその一環だろう。ちなみに第10番の方はクック版第2項の唯一の録音とのことである。

演奏はオーマンディらしく、とても端正で流麗なものである。全楽章通じて弦楽器が支配的で金管楽器と打楽器が抑制的なので迫力には乏しい。バーンスタイン的粘りとは無縁の折り目正しい演奏であっさり味である。この辺りは好みだと思うのだが、このアルバムの最大の問題は(個体特有かもしれないが、)録音が良くないところ。高音がキンキンするし、強奏時には歪っぽい。どうもオーマンディのRCA録音は今一つなものが多い。普通の音で聴いたらもっと良い演奏のような気もするので残念。

グラズノフ バレエ音楽「四季」 : アンセルメ

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昨日の夜寝る時は日中の暑さが部屋に残ってクーラーをつけようかと迷ったくらいだったのに朝は驚きの涼しさだった。今日の最高気温は15度前後だろうか。昨日はもう少しで真夏日だったのに、たった1日で気温が半分になってしまった。もう、本格的に秋だなと思ったのだが、考えてみれば10月中旬なんだから秋に決まっているか。どうも、最近、季節感が希薄になっている気がする。

そもそも「秋」っていつなの?と思ってウィキペディアを見るといくつかの定義があるようだ。社会通念では9、10、11月、二十四節では立秋(8月7日)から立冬(11月7日)まで、天文学では秋分(9月23日)から冬至(11月23日)まで、などなど。どの区分で言っても今日が秋であることは間違いなさそうである。ようやく気温が追いついたということだろうか。

突如として涼しくなった今日、久しぶりにカートリッジを交換した。このところ半年以上、常用していた光カートリッジをオルトフォンのMC30Wに換えた。自動的にイコライザーも交換である。光カートリッジ専用イコライザーの代わりにicon Audioの真空管フォノイコライザーをMCトランス経由で使うことにした。

いつもはなんとなく交換することが多いのだが、今日はなんというか確信があった。秋冬にはMC30Wと真空管フォノイコの組合せが合う。その組合せが作り出す音を言葉でうまく表現することはできないが、寒い時の暖炉のような、そんなイメージ。で、聴いてみて、正解だった。と思う。とにもかくにもそれでレコードを聴いている。

アンセルメ/スイス・ロマンド管の演奏でグラズノフの「四季」を聴いた。ちなみに「秋」について考えたからこの曲を聴いたのではなく、逆にこの曲を聴いているうちに季節について考えたり、カートリッジを交換したくなったという流れ。このレコード、いつ買ったのかまったく覚えていない。しかも一度も聴いていなかった。。今日、基本、アルファベット順に並べたレコードからハイドンを選ぼうと思ってふと目に留まったのがGの最後に放置されていたこのアルバムだった。この個体はアンセルメ没後10年を記念して79年に販売されたようだ。もうすぐ40歳になろうかというレコードであるが、取り出してみると盤面はとてもきれいだった。不遇な生涯を送ってきた様子である。

この曲を聴くのも初めてである。ヴィヴァルディと違ってこの曲の四季は「冬」から始まるが、これはカレンダー順ということなのだろうか。聴いてみたら、とてもチャーミングな曲で、すごく気に入った。1回目を光カートリッジで聴いた後、しこしことカートリッジを交換して2回目はMC30Wで聴いたところ、今日のところは後者で聴く方がはるかに良かった。オケの厚み、弦の艶みたいな部分でMC30Wの方が曲と演奏に合っている。アンセルメ/スイス・ロマンド管の演奏、これまであんまり聴いたことがないのだが、もっといろいろ聴いてみたと思った。

モーツァルト ホルン協奏曲 : シヴィル/クレンペラー

クレンペラー協奏曲

昨日の夜遅くに電話会議があったので、今日はいつもより早めに仕事を切り上げて帰宅した。確か、今日の天気予報では暑いと言われていたと思うのだが、蓋を開けてみれば今にも雨が降りそうな涼しい一日だった。暑いことを予想していたので肌寒いくらいである。それに、湿った空気が流れ込んだのだろうか、高原のように少し霞んでいた。

早めの夕食を済ませてからモーツァルトのホルン協奏曲を聴いた。クレンペラーが伴奏指揮する協奏曲を集めたボックスセットからの一枚。このボックスセット、そもそものお目当てはオイストラフとのブラームスとバレンボイムとのベートーヴェンなのだが、シヴィル/クレンペラー/フィルハーモニア管のホルン協奏曲が一枚目のCDだった。

ホルン協奏曲と言えば、モーツァルトとR・シュトラウスが有名だと思うが、今までどちらも食わず嫌いで聴かずじまい。最近は努めてそういう曲に親しんでみようと思っているので、とにかく聴いてみる。

と、1番の最初からどこかで聞いたことがある音楽が聴こえてくるではないか。似た曲と勘違いかとも思ったが、そうではなく、これは間違いなく聴いたことがある。う~ん、どこだったろうかと思って調べたら、バラエティ番組で使われていた(笑)。なるほど、モーツァルトクラスになるとあちこちで使われているんだなあ。

このCDにはホルン協奏曲が1番から4番までとリストのピアノ協奏曲1番が収められている。せっかく聴き始めたからと思って1番から4番まで通しで聴いてみたのだが、どの曲もとてもPeacefulである。ホルンの響きって柔らかくて癒し系。初めてきちんと聴いたので他の演奏をぜんぜん知らないが、独奏もクレンペラー/フィルハーモニア管の伴奏もとても品が良くて気持ち良い演奏だった。

マーラー交響曲第10番(クック版) : シャイー

シャイーマーラー10

今日は体育の日である。となれば、運動しなくてはいけない。なのでゴルフに行ってきた。昨日一昨日と打ちっ放しで試して上手く行ったことをコースで検証したのだが、結果は悲惨なものだった(>_<)。一番ホールのティーショットだけは実にうまく行ったのだが、それっきりである(笑)。だいたい練習で上手く行くと本番が良くないものだが、それにしてもひどかった。とほほ。

まあ、お天気は良かったし、一緒に回った人達も良い人だったので楽しい時間を過ごせたのがせめてもの救いである。どのみちプロゴルファーではないのだから、スコアが良かろうと悪かろうと違いはない。はい、負け惜しみです。実際は非常に悔しい。。次はリベンジだ。

帰宅してからシャイー/ベルリン放送響のマーラー交響曲第10番を聴いた。例年、秋になると無性にブラームスが聴きたくなるのだが、ここのところマーラーを聴くことが多い。一時、ショスタコーヴィチばかり聴いていたのでその反動だろうか。今年の前半はもしかしたらちょっとマーラー飽きたかもと思ったこともあったのだが、どうやら勘違いだったようだ。

この演奏はシャイーにとって初めてのマーラー録音らしい。10番全曲がマーラー初録音という指揮者、けっこう多いんだな。マーラーの他の交響曲はすべてコンセルトヘボウと録音しているが、全集でも10番だけはこの録音がそのまま使われている。自信作だったのだろうか。

これはクック第3稿第1版(紛らわしい)を使った演奏とのことである。細かい差異はよくわからないので無視するとして、この演奏、最初聴いた時はふ~ん、なるほど、くらいの感想だったのだが、聴けば聴くほど味わい深い良い演奏に思えてきた。暴力的なところの少ない、デリケートな演奏なので、他の演奏と比較してインパクトに欠けるように感じたのだが、ベルリン放送響(ベルリン・ドイツ響)の音色も相まって優しくて切ないところがとても良い。東も西もベルリン放送響はなかなか良いね。これみよがしなところなくオケの音を余すところなく収めた録音も秀逸である。良い演奏だ。

ワーグナー管弦楽曲集 : カラヤン

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昨日、寒くなったとか書いたばかりなのに、今日は朝からとても良い天気。気温もぐっと上がって半袖でちょうど良い。しかし、こうして寒暖の差が激しいと体調を崩しやすいので要注意である。箪笥の入れ替えは今週末に持ち越すことにして、今日は午前中、打ちっ放しに行った後、オーディオの部屋を掃除した。

音楽を聴いている時に窓が開けられないので、基本的にこの部屋は閉め切りである。にもかかわらず、掃除するたびにけっこう埃が溜まっている。この埃、いったいどこからいらっしゃるのか。。なんて思いつつ、掃除機をかけ、床を雑巾で拭き、機器の細かい部分に溜まった埃を取る。一連の工程において、オーディオ機器と言うのは実に掃除しづらい。重いし、変な形しているし、後ろにつながっているケーブルがまた一苦労。いつものことながら、けっこう時間がかかった。

せっかくレコードプレーヤーも綺麗にしたのでなにかレコードを聴こうと思って取り出したのがカラヤン/BPOの演奏するワーグナー管弦楽曲集。「ニュルンベルクのマイスタージンガー」前奏曲、「タンホイザー」序曲とヴェーヌスブルクの音楽、「さまよえるオランダ人」序曲、「トリスタンとイゾルデ」前奏曲と愛の死が収められている。

僕はあんまりワーグナーを聴かないが、それにしてもこのレコード、今日、初めて聴くような気がする。そもそも、いつ買ったんだろうかと思って調べてみると2016年のレコード福袋に入っているではないか。。もう、二年近く前である。ボックスセットとか福袋とかを大人買いするとこういうことが多発する。反省である。

この個体はドイツからの直輸入盤で、ジャケットには日本ビクターの承認シールが貼られている。そういえば昔は直輸入盤と言うのはあまり見かけなかったが、当時は輸入が規制されていたのかな。それとも流通規制が厳しくて田舎には直輸入盤が買えるところがなかったのだろうか。

オリジナルは74年録音のアナログ音源だが、ジャケットにデジタルリマスタリングというクレジットがある。察するにCD化する際に作成したデジタルマスターでLPも製造したのだろう。DMMとも印字されている。その言葉を聞いたことはあるが、内容をよく知らないので調べてみると、DMMカッティングとは80年代にテレフンケンとデッカの合弁企業であるTELDECとノイマンが生み出したカッティング方法で、レコードマスター作成過程を簡略化することで高音質と長時間録音を可能にしたとあった。なるほど、そう言うことだったか。そういえば、版権切れ音源を使って廉価盤を製造するレーベルもDMMを謳っているのでCD時代以降も根強く標準技術になっているに違いない。

前置きがやたら長くなってしまった。

ワーグナーの管弦楽曲集は昔からいろいろな指揮者のものが出ているので、何度か聴いたことがあるのだが、僕は「トリスタンとイゾルデ」以外、ワーグナーの楽劇をきちんと聴いたことがないせいか、どの演奏を聴いてもさほど良いと思ったことはなかった。「マイスタージンガー」第一幕への前奏曲(英語はOvertureなのになぜ前奏曲と言うのだろう?)は威風堂々とした曲だけど、意外とこじんまりとした演奏が多い。それらに比べてカラヤン/BPOのこの演奏はもう圧倒的に素晴らしい。とにかくドラマチックで表情豊かで音楽のうねりみたいなのが凄い。デジタルリマスタリングもDMMカッティングもうまく行ったようで音も良い。良いアルバムを見つけだして大満足である。頑張って掃除したご褒美だろうか。名盤。

マーラー交響曲第2番「復活」 : ショルティ

ショルティ復活

連休前の金曜日だった昨日、夕方の雨も重なって、都内の道はすごく混んでいた。今日もどこかへ移動する人達で家の周りの道はふだんの土曜日よりも車が多かった。計画的かつアクティブに活動する人達を横目で見ながら連休の初日はだらだらと過ぎてしまったなあ。なんとなく反省である。でも今日はちょっと疲れていたので良しとしよう。

4日の十五夜くらいから関東もずいぶん涼しくなって、特に朝晩は冷え込む。本格的に寒くなる前に箪笥の整理をして、衣服の準備をしないといけないなと思っていたのだが、午後から天気が急に良くなって暖かさが少し戻ってきた。う~ん、出鼻をくじかれた感じである。週間予報を見るとどうやら来週は気温が回復するようだ。入れ替えは来週末にしようかな。。

さて、今週末も連休である。休めるのは言うまでもなくありがたいことだが、このところ休日がやたら多いような気がする。ハッピーマンデー法の恩恵だが、あれっていつ頃できたんだっけ?以前は「体育の日」と言えば10月10日だったが、今や知らない人も多いだろう。2020年に二回目の東京オリンピックが開催された後、「体育の日」は日付が変わるのだろうか?あるいは、もう一日祝日が増えるのだろうか?

そんなことを考えつつ、疲れた心身の復活を願ってショルティ/シカゴ響の「復活」を聴いた。

この演奏は僕が生まれて初めて聴いた「デジタル録音」である。正直、今もデジタル録音を技術的にきちんと理解できているわけではないが、CD登場以前、LP時代の田舎の中学生にはそれこそちんぷんかんぷんな話だった。家に遊びに来た友達に「結局、以前と同じLPだし、デジタル録音ってなんか意味あるの?」と言われて、僕は彼が何を言わんとしているのかすらわからなかった。でも、良くわからないままこのアルバムに針を落とした瞬間、非常に感動したことは良く覚えている。デジタル録音だから、という単純な話ではなかろうが、最初の弦の切れ味、それに続く低弦の斉奏の迫力に「新しい時代が来た」と思ったものである。この録音、今となってはオケの重さが足りないと思わなくもないが、当時はそんな不満はつゆも感じなかった。

この演奏は、ショルティのマーラー全集の中でもいわゆるショルティらしさが一番徹底している。苦悩し、迷いながら遠くに見える明かりを目指して歩む、という演奏ではない。どちらかと言えば、苦悩や迷いをブルドーザーで根こそぎなぎ倒していくような演奏である。とにかくグイグイ進む。シカゴ響の演奏も容赦なく、ショルティの望むままに終始、ボリューム全開である。演奏に影がない。ただ、途中で影がないから演奏自体は素晴らしいのに終楽章、特にフィナーレが少しだけ物足りない。野球に例えれば、最初から押されっぱなしで負け試合濃厚だったところから涙の大逆転ホームランという展開ではなく、初回から猛打爆発でセーフティリードを保ったまま万全の投手リレーで危なげなく勝つって感じかな?まあ、そういう演奏があっても良いでしょう。
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