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R・シュトラウス「ツァラトゥストラかく語りき」 : インバル

インバルツァラ

昨日書いたとおり今日はお休みを取ってゴルフに行った。一緒に回ったのは前の職場の同僚である。四人組のうち自分も含めて三人が同じくらいのスコアで回るのでいつもそこそこ白熱するのだが、今日の前半は僕のスコアがあまりにも悪くて勝負にならなかった。天気予報どおり快晴で、気温も20度台後半と最高のコンディション、風はかなり強かったが、言い訳にできるような天気ではない。とにかくティーショットがまずまずだった以外はアイアン、アプローチ、パターと良い所なし。前半57も打ってしまい、後半もほぼボギーペースの44であえなく100叩き。久しぶりの惨敗であった。帰り道、高速はUターンラッシュの始まりだろうか、東京方面はかなりの混雑だった。いよいよ夏休みも終わりである。

ゴルフの合間にちょこちょこと甲子園の様子をチェック。創志学園は負けてしまったが、もう一人の剛腕のいる金足農業が花咲徳栄を破った横浜と対戦している。二点差で終盤だったので、さすがにここまでかと思っていたのだが、8回裏に起死回生の逆転ホームランで金足農業が勝った。今日も相当の球数を投げているので疲れも溜まっているだろうが、ここまで来たら最後まで頑張ってほしい。県立高で野球留学の子もいないらしい。校歌を全力で歌うところも含めて好感度大である。

閑話休題、家に帰ってからインバル/スイス・ロマンド管の演奏するR・シュトラウスの「ツァラトゥストラかく語りき」を聴いた。インバルとスイス・ロマンド管は90年代、DENONレーベルにR・シュトラウスやバルトークを録音している。TidalにあるDENON音源は残念なことになぜかAAC音源が多いのだが、「ツァラトゥストラ」は幸いCDクオリティだった。

ベルリンで取材されたインバルのインタビュー記事を読んだことがあるが、そこで一人の作曲家について一つのオーケストラでまとめて録音することで、同じ街、同じオーケストラ、同じ聴衆との協働によるプラスαがあるというようなことを言っていた。世界最高のオーケストラはという質問に対しては、技術的には100m走の世界選手権と同じようにトップは非常に僅差であり、むしろリハーサルをたくさんできるかどうかが重要といったことを答えていた。なるほどフランクフルト、ベルリン響、都響と言ったオーケストラとの録音が多いのも納得である。

同じような流儀でスイス・ロマンド管と録音されたR・シュトラウスも精緻でコントロールの効いた好演奏だと思った。この人のラヴェルを聴いた時にも感じたのだが、テンポをあまり動かさず活字体のような演奏でありながら、味付けは決して薄くない。スイス・ロマンド管の響きも意外と渋めで曲に合っていると思う。予想以上に良い演奏だった。
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Soul of the Tango : ヨーヨー・マ

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今日は二つ電話会議の予定が入っているだけだったので、出社せずにSOHOさせてもらい、午後はお墓参りに行った。片田舎の小さなお寺が管理する墓地なので、ふだんは人の姿を見かけることも少ないが、さすがにお盆とあって、到着した時には何組かの家族がお線香を上げていた。暑そうだったので、お墓にたくさん水をかけた。花を取り替えて線香を上げる。お祖父ちゃんも若くして亡くなった叔父ちゃんもお酒が好きだったが、自分が飲まないので持って行かなかった。気が利かなくてごめんね。

朝から蒸し蒸しと暑かったが、お墓に着いた頃から空一面に雲が広がり、帰り道にはそれが大粒の雨になった。おかげで少し気温が下がったようだ。明日は有給休暇をもらってゴルフである。予報によれば晴れで、しかも、今日より気温がだいぶ下がるらしい。ゴルフには最高の天気だ。お盆を過ぎて猛暑もさすがに一息だろうか。

夕飯を済ませてからヨーヨー・マの演奏する「Soul of the Tango」を聴いた。言わずと知れたピアソラのトリビュートアルバム。オープニングトラックはCMにも使われて一世を風靡したアルバムだが、今、聴いても本当に良い。あのCMは98年に放映されていたらしいので、今から、ちょうど20年前。振り返れば今よりずっと肉体的に過酷な形で仕事に追われていた頃である。2年後に渡米することになり、4年後には現地でコンサートを聴くことになるとは夢にも思わず、テレビの中のヨーヨー・マを見ながら「カッコいい曲だなあ!」と思っていた。懐かしい。

個人的にはどうしてもそのオープニングタイトルの印象が強いのだが、最初から最後までピアソラの楽曲とチェロの融合が実に見事で非常に聴き応えがあるアルバムである。朗々としたチェロの調べ、バンドネオンとギターの歯切れの良い鮮烈な響き、加えてベースの豊かな低音と、オーディオ的にも十二分に楽しめる。

マーラー交響曲第10番(クック版) : ウイッグルスワース/メルボルン響

マーラー10メルボルン

終戦記念日の今日も暑い一日だった。正午から皇居の側で会食の予定があり、竹橋から歩いて向かった。ここ4~5年、お盆の週を休むようになったのだが、それまでは東京が空いているこの期間は仕事をするのが通例だった。会社に出ていた頃、この日は靖国神社の周りにどこからともなく街宣車が出没して大声で何事かとがなり立てているのが恒例行事だったのだが、今日は遭遇せず。たまたま出会わなかっただけか、最近は出てこないのか定かでない。

会食をした皇居のほとりのレストランは意外なほど混んでいた。予約がなければしばらく待たなくては入れないようだ。もっとも安いランチコースが3,000円というレストランでも場所によってはこれだけの集客力がある。夏休みに遊びに来たアジアからの観光客が多いかと思ったが、漏れ聞こえてくる声はほぼ日本語だった。

会食後、会社に戻りしばらく仕事をこなした後、早めに失礼して秋葉原に向かった。目的はヨドバシカメラでもオーディオショップでもなく、甥のお土産に見た目がカップラーメンそっくりなケーキを買うためである。そんなものがあるとは全然知らなかったのだが、同僚からその話を聞いて早速ケーキショップに立ち寄ることにした。5時くらいに到着したのだが、残念ながら、僕の前に並んでいた人が「緑のたぬき」ケーキを買ったところで売り切れてしまった。。残っていた中からこれはこれで良く出来た「天津飯」ケーキを買ったのだが、ちょっと残念である。

さて、そうこうして帰宅した後に聴いたのがウイッグルスワース指揮メルボルン交響楽団の演奏によるマーラーの交響曲第10番。ショスタコーヴィチの交響曲第4番を聴いて感心したウイッグルスワースが2008年にライブ録音したものである。メルボルン響の録音を聴くのは初めて。ショスタコーヴィチの交響曲を聴いた時にも感じたのだが、マーラーでも非常に上品で端正な音楽を作り上げている。この人はオーケストラを絶叫させたりは決してしないが、隅々まで目を配って起伏に富んだ、聴き手を飽きさせない演奏を聴かせてくれる。ライブ録音だが、技術的に破綻するところもなく、録音も明瞭。良い演奏である。

マーラー交響曲第3番 : ブーレーズ

ブーレーズマーラー3

今日は休みだって言ってるのに、メールの自動返信でも休みだと言っているのに、そんなのお構いなしに仕事のメールが届く。僕が社会人になった時にはまだそんなものなかった。お盆休みに入ったら、もう知らないもんね。みんなもそうだから良いよね?って感じだったのに。パソコンがようやく一人一人に渡された時だって、お盆休みでパソコンをオフィスに置いてきたら連絡不可だった。いまや全部iPhoneだし、世界の果てまでアクセスできるし。ああ、いつの間にこんなに便利で不便な世の中になったのだろうか。まあ、電源切っちゃえば良いんだろうけど、そこまでできない気の弱さが悔しい。

おかげ様で午後はしばらくメールの対応やら電話やら。ようやくさっき落ち着いてニュースを見たら花咲徳栄高校は横浜高校に負けてしまっていた。前半に大きなリードを許しながら最後はあと一歩まで追い詰めたようだが、う~ん、残念。しかし、この暑さの中の甲子園、いくら良い投手がいても一人では如何ともしがたいのかな。秋田の金足農業とか岡山の創志学園にも凄い投手がいるみたいだけど、決勝まで進めるか、あるいは進んでしまって彼らの将来は大丈夫なのか、と余計なお世話だけど心配になる。

岡山と言えば、先日の大雨の時、非常事態である認識もなく会食していた時の相手が高梁市の出身だった。どういうきっかけか山田方谷と河井継之助の話になって、僕は司馬遼太郎さんの「峠」を読みかけだったことを思い出した。それ以来、気になっていたものの時間がなく、ようやく先週末、本棚を探してみると上中下の中巻がない。そういえば中巻が近くの書店になくて上下だけ買ったのだった。だから上巻を読み終えたところで止まってそのまま忘れてしまったのである。さっそく中巻を注文して届いたのが一昨日。で、昨日、中下巻をまとめて読んだ。

「峠」は明治維新の頃だから150年前の話だが、その混乱期を生き延びた人たちは人によっては明治時代の終わりから大正、昭和の初めまで生きた。となると身近な存在で言えば祖父とは時代が重なる。そう考えてみるとそんなに遠い過去でもないのだが、そこに書かれている時代は現代とはあまりにも違う。一方で、そこに書かれた人達の思惑は意外と今と変わらない気がした。なんにせよ、「峠」の終わりはハッピーエンドではない。だからといって、切ない、哀しい終わり方でもない。人によっては堂々たる清々しい最後と感じるかもしれないが、自分はそうは思わなかった。読み終わって沈鬱とした気分になった。

ブーレーズ/ウィーン・フィルによるマーラーの交響曲第3番とはぜんぜん関係ない話を書いているように思われるだろうが、さにあらず。この曲、マーラーの書いた曲の中では明るい曲と思っていたのだが、ブーレーズとVPOの演奏はそうでもなかった。演奏も録音も万全である。長大な第1楽章の構築も見事だし、中間楽章はのどかで可憐で悪くない。終楽章も丁寧に大きなクライマックスを築いてフィナーレは打楽器も効いている。堂々たる演奏とも言える。が、なぜかハッピーエンドとは感じなかった。そこがブーレーズの凄いところなのかもしれない。

ベルリオーズ「幻想交響曲」 : ミュンシュ/ボストン響

ミュンシュ幻想ボストン54

今日はお休み。朝からギラギラとお日様が出ていたのにもめげずに8時頃、打ちっ放しに行ったのだが、なんと「芝刈り中」で午前中はクローズだった。う~む、朝から残念。仕方ないので、そのまま戻って風呂に入り、そのあと、マッサージに行くことにした。朝からこんなことしていると小原庄助さんみたいに身上つぶしそうであるが、まあ、お休みだから良しとしたい。マッサージは気持ち良かったが、前回同様、腕を腰の方に回して肩を前方に押されると上腕筋の片側の付け根が痛い。これ以上、痛みが広がらないと良いのだが。

そんなこんなで帰宅してから聴いたのがミュンシュ/ボストン響の「幻想交響曲」を聴いた。ミュンシュのこの曲と言えば僕はパリ管との演奏ばかり聴いていたので、54年に録音されたこの演奏を聴くのは実に久しぶり。名曲、名演だけにTidalにはこのアルバムのバージョン違いが何種類か登録されているが、今日、聴いたものは2005年にSACD録音された際のリマスタリングバージョンと但書されていた。

このリマスタリングがそれ以前のものに比べてどうなのかは知らないが、とにかく、64年前!の録音とは到底思えないほど音は良い。ミュンシュはもうずいぶん前に亡くなったし、オーケストラの奏者もそのほとんどが亡くなっているだろうが、しかし、この演奏は新鮮なままいつまでも残るだろう。これって、今さらながら、凄いことではないか。

演奏はと言うと、これがまた素晴らしいのである。ミュンシュはことのほか「幻想交響曲」を得意としたらしくたくさんの録音が残っている。BSOとも後年、別の録音を残しているし、決定盤と言われて久しいパリ管との演奏もある。そういえば、パリ管との初演奏という録音も最近、聴いた。そのどれもが確固たる解釈に基づいたダイナミックで説得力ある演奏である。ボストン響とのこの演奏はしっかりとした足取りでオケの反応も良好。やっぱり名盤。

R・シュトラウス 「薔薇の騎士」組曲 : 佐渡

英雄の生涯佐渡

弦楽セレナーデに続いて佐渡裕さんとトーンキュンスラー管弦楽団のR・シュトラウスを聴いた。「英雄の生涯」と「薔薇の騎士」組曲が収められたCDはこのコンビの初録音である。

最初に「英雄の生涯」から聴いた。ゆったり目のテンポで正攻法、ハッタリのない誠実で丁寧な演奏である。これ見よがしな表現がないのでぱっと聞いた感じは地味。ではあるが、これはこれで味わい深い。オーディトリアム・グラーフェネックというのが録音会場で、ここはホールトーンが豊かなんだろうか。とにかく悠揚迫らぬテンポである。

次いで聴いたのが「薔薇の騎士」組曲。原曲のオペラは絢爛豪華なことで知られているが、とにかく長い。自分にはこの組曲くらいの長さで十分である。最初の序曲、クライバーのライブ盤なんて相当なスピードで飛ばしているが、ここでも佐渡さんの指揮は緩やかなテンポを取る。楽譜にある音を全部しっかり鳴らすぞ、という感じの演奏。これまた聴いているうちに引き込まれる好演奏だった。

チャイコフスキー 弦楽セレナーデ : 佐渡

佐渡裕弦楽セレナーデ

昨日の夜、9時過ぎだったと思うが、音楽を聴いていたら不意に真っ暗になって音楽も止まった。一瞬、何が起きたかわからなかったが、すぐに認識した。停電である。停電の現場に居合わせたのは実に久しぶりのことだ。ブレーカーが落ちたか確認しようと立ち上がった時、電気が復活した。30秒くらいだろうか。電話やらルーターやらが再起動する音がガタゴト聞こえる中、アンプにも通電したらしくスピーカーからもポップ音が聞こえた。エアコンも切れたので再度電源を入れ直したが、たかだか1分程度の中断で部屋の中はもう蒸し暑い。しみじみ電気のありがたみを感じる。

どうやら遠くの方で雷が鳴っていたので、停電はそのせいだろうか。その後、雷は雨とともにぐんぐん近づいてきてしばらくの間、激しい雷雨となった。今日も夕方には遠くの方に盛大な積乱雲が出ていたので、また雷が来るかもしれない。晴れているうちにということで、さっき、弟夫婦と甥と一緒に庭先で花火をした。ホームセンターで買った花火のパックを開けると手持ちの花火が20本くらい入っている。甥は生意気にも打ち上げ花火がしたいと言っていたが、始まってみれば小さな花火に大喜び。最後はみんなで線香花火を楽しんで終了。自分の手で花火をしたのはいつぶりだろうか?懐かしい火薬の臭い。たまには良い。

部屋に戻ってチャイコフスキーの弦楽セレナーデを聴いた。冒頭から印象的な素晴らしい曲なのに、20年位前にTVコマーシャルでその部分が使われて以来、この曲を聞くとどうしてもコマーシャルを思い出してしまうという可哀想な曲である(笑)。ROONで別の曲を聴いているうちに何気なく検索したら佐渡裕さんの指揮するトーンキュンスラー管弦楽団の演奏が目に入った。

佐渡さんがこのオケの首席指揮者になったのが2015年。当初3年間の契約は現時点で2022年まで延長されている。長い歴史のあるオーケストラだが、僕は佐渡さんがこの首席指揮者になるまで知らなかった。2016年の「英雄の生涯」から始まった録音も3年間ですでに9作品を数える。もちろん日本における佐渡さん人気がそれを下支えしているに違いない。向こうではどんな評価なのかと思ってネットで見つけたレビューを読んでみると佐渡さんの評価も、佐渡さんを見つけたオーケストラの判断に対する評価も高い。佐渡さんもヨーロッパでの活動拠点として良いオケを選んだようである。

バーンスタインばりに大きなアクションというイメージがあったので、弦楽セレナーデも劇場型の派手な演奏を想像したが、聴いてみると弦楽器の響きを大切にした丁寧で切々とした演奏であった。各パートの動きがよく見える演奏で、全体として見事に統率されているが、同時に室内楽曲のようにそれぞれの奏者が自発的に演奏しているような印象を受ける。能動的で雄弁な演奏である。久しぶりに聴いたけど、やっぱり良い曲だ。

MQA-CDサンプラー

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今日は山の日。土曜日と祝日が重なってがっかりの人も多いだろう。僕もその一人である(笑)。1年365日、7で割ると52であまりが1。うるう年以外は毎年、1日ずつ曜日がずれるのだから、山の日が土曜日に当たるのは7年に一度の確率である。そう考えると今年は運が悪いではないか。。言っても仕方ないが。

世の中、お盆休みで帰省シーズンの始まりである。以前に比べて夏休みが分散化しているし、子供の数も減っている。加えて交通手段も多様化しているので昔ほどの混雑ではないと思うのだが、それでも昨日の帰りの東京駅はごった返していた。今日は朝から高速道路も新幹線も下りは大変な混雑のようである。帰省する皆さんの道中、事故がないことを祈りたい。

話は変わって、最近、MQA-CDなるものが登場している。MQAと言えば、例の44.1kHz/16bitの器にハイレゾデータを入れるという不思議なフォーマットである。それをまんまCDに詰め込んだのがMQA-CDで、対応CDプレーヤーで聴くだけでなく、普通のCDプレーヤーのデジタルアウトを対応DACに入れる、あるいは、リッピングして対応アプリで再生することでハイレゾ音源が聴けるというのだ。

口上によれば、普通のCDプレーヤーで普通のCDとして再生しても音質が向上するらしい。個人的にはさすがにそんなことはないと思うのだが、いよいよ風前の灯火となった感の強いCDフォーマットの救世主として盛り上げたい気持ちはわからなくもない。ま、それはともかくとして、ちょっと前に発売になった「オーディオ・アクセサリー」誌の付録にMCA-CDが付いてたのを思い出して、ちょっと試してみることにした。

我が家のシステムでMQAファイルを再生するためには、付録CDをリッピングしてファイルをNASに格納し、それをROON+USB-DACで聴くことになる。dBpowerampでリッピングしてタグをパッと見てもMQAファイルかどうか判別つかないのだが、ROON上ではきちんとMQAファイルと表示される。

で、早速聴き始めたのだが、ここで問題発生。このサンプラーには6トラック音源が収録されているのだが、そのうち3トラック分しかMQAファイルとして認識されないのである。ファリャの三角帽子の最初の2トラックと最後に収録されたショルティ/CSOのマーラー5番は通常の44.1kHz/16bit音源として再生されている。

(ROONで読みだすには不要という理解だが、念のため)リッピングファイルの拡張子にmqa.を追加してみても変化なし。データの読出しと書込みには問題なさそうなのだが、これはどうしたことだろうか?ネット上、このサンプラーについて不具合があったという情報も見つからなかったので、個体差だろうか?なんであれ、リッピングによってMQAになったりならなかったりでは普及のハードルは高いと思うのだが。

肝心の音質の方はと言うと、期せずしてCDクオリティのトラックとMQA352kHz/24bitのトラックが聞き比べられる状況で聴き進めても違いは微妙な感じ(笑)。44.1kHz/16bitでも「三角帽子」、なかなか鮮明で良い音である。あるいは、もっと大きな音で聴いたら違いがはっきるするのかなあ。。

ワーグナー「トリスタンとイゾルデ」前奏曲 : ミュンシュ

ミュンシュワグナー

夜になって雨が降ってきた。それに伴って急激に気温が下がったようだ。今、このあたりの気温は26度。熱帯夜が当たり前すぎて最近ではかえってこの言葉を聞かなくなったが、今日は熱帯夜ではなさそうである。明日、関東はこのまま雨が続いて、最高気温も30度を切るようだ。う~ん、今日、寝る時、エアコンはどうしたらいいのだろう?

Tidalのプレイリストの中に「Living Stereo」をテーマにしたものがいくつかあって、最近、ちょこちょこ聴いている。その中の一つ「Living Stereo Top 50」というプレイリストの中にあったのが、ミュンシュ/ボストン響による「トリスタンとイゾルデ」前奏曲と愛の死。

ミュンシュもボストン響もワーグナーからは縁遠い感じだが、50年代のアメリカと言うとそもそもあんまりワーグナー指揮者はいなかったのかな。「このシリーズのラインナップの一つとして何か一つお願いします。」的なやり取りがあったかどうかわからないが、「神々の黄昏からブリュンヒルデの自己犠牲」と「トリスタンとイゾルデ」という渋い選曲である。

「神々の黄昏」を聴いて、「ははあ、これがショスタコーヴィチの15番の終楽章の始まりか。」としか思わないくらい、聴いている方もワーグナーはさっぱりなので、演奏の感想を書くのも烏滸がましいが、多少仄暗いオケの音色とミュンシュの明晰な指揮、50年代後半とは思えないくらい鮮明な録音が相まって、初心者にも易しい演奏であった。ソプラノの出来についてはいよいよ自分にはわからないが、歌の入らない「トリスタンとイゾルデ」の前奏曲は寄せては返す波のようなメロディに高揚感があって良かった。

スピーカー位置の調整等々

明日から弟夫婦と甥っ子達が夏休みで来日するのだが、なんとなく今日から来るものだと誤解していて、空港まで迎えに行くべく有給休暇を取ってしまっていた。先週末に再度確認して間違いに気づいたものの、すでにそのつもりであれこれ業務の予定を変更してしまったので後の祭りである。。ということで、今日はお休み(笑)。

今日もまた暑そうだったので、昨日のゴルフ疲れを癒すべく、一日中、家でのんびり過ごした。しばし掃除や片づけをした後、音楽を聴き始めたのだが、聴きながらそういえばと思って、スピーカーの位置を調整した。しばらくの間、かなりのニアフィールドで聴いていたので久しぶりにスピーカーを思い切って後ろに下げ、リスニング位置を中心として三角形をそのまま拡大してみた。前方の壁から1m20㎝くらい離していたものを50㎝くらい壁に近づける。側壁からの距離も1mくらいだったものが70㎝くらいになった。スピーカーが小さいのでこうするとかなり離れた印象である。視覚的な変化どおり左右のステージは広がり奥行きは縮小する。どっちも良い所も悪い所もあるが、当面はこの状態で聴いてみよう。

スピーカー位置の変更とともにROONのDSPを試してみた。ヘッドルームの調整、サンプリング周波数の変更、パラメトリックEQ等々いくつかの機能があるが、そのうちサンプリング周波数の変更とEQを弄ってみる。この間、借りたSFORZATOのネットワークプレーヤーは素晴らしかったが、我が家のシステムと一番違いを感じたのは通常のCDクオリティの音源だった。これをリサンプリングするとその差は若干縮小すると感じたので、すべてのPCM音源を352kHz/384kHzにアップサンプリングする設定にする。同時にうちの部屋の形状から予想される低音の凸凹を修正する方向でEQを設定した。DSPをオンオフして聞き比べてみるとオンにする方が高音がわずかに華やかになり、一方、中低音も音が厚くなって良い感じである。こういう変化はしばらくすると飽きたり、最初は気にならなかったところが気になったりするものだが、その時はその時で考えよう。クリック一つで元に戻せるのだから。
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