ベートーヴェン交響曲全集 : ショルティ

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高校入学祝いでお祖父ちゃんに買ってもらったレコードの一つがようやく見つかった。ショルティ/シカゴ響のベートーヴェン交響曲全集。9枚組で13,500円とある。この全集、最初のレコードセットは76年に発売されたものでジャケット写真がベートーヴェンの胸像である。ショルティがジャケット写真のこちらのセットは82年発売とあった。

このボックスセットは物置の奥に食器やらタオルやらに紛れて段ボールの中に入っていた。外箱は埃だらけ、開けてみると残念ながらブックレットは紛失している。内袋も何やら積年の塵で汚れている。が、とにかくレコードは9枚すべて確認できた。1枚目のレコードから洗いつつ、聴いているのだが、1番、8番、エグモント序曲、2番と収録された最初の2枚は盤面がとても綺麗だったのに、3枚目の「英雄」は2回洗ってもプチプチとうるさい。「英雄」はたくさん聴いた記憶がある。聴いた分汚れがひどいのか、あるいは、聴き方が悪くて溝を傷つけてしまっただろうか。当時のことだから針なんて無頓着だった。針圧調整もろくにした記憶がない。針交換もせいぜい一度か二度か。中古レコードで買ってこれだったらすごく残念だと思うが、自分の思い出なので傷もなにやら愛おしい(笑)。

実はこの全集、行方不明になったと思い込んでいたので、1番を除く奇数交響曲と「田園」は単品の中古LPを集めている。CDでも全集を持っている。が、ノイズのない同じ音源で聞くよりも今日のレコードは良い音に聴こえる。要は気持ちの問題である。
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R・コルサコフ 「シェエラザード」 : ストコフスキー

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今日も雨。16度と気温も低め。6時に目は覚めたが、しばし、布団の中で過ごした。

ご飯の後、打ちっ放しに行った。うちから車で15分くらいのところにあるこの練習場は朝10時まで入場料が不要である。何時から開いているのか知らないのだが、コースに行く前の人も含め、入場料無料の時間帯はそこそこ賑わっている。今日は特に混んでて一階席はほぼ満席だった。来ている人は常連客が多く、みな顔見知りのようだ。僕はそういうのが苦手なので自分から話しかけることはない。幸い、みんなほっといてくれて、話しかけられたこともない。おかげで練習に専念できる。今日はまた新しいことを試してみたのだが、存外にうまく行った。今度こそ良い感じ。かも(笑)。。

今日の午後は、オーディオショップの人が買取に来ることになっている。何度も来てもらうのも恐縮なので一回ですべて売却すればいいのだが、こういうのも相場が大事でそのショップに同じ製品の在庫がある時は買取価格が渋い。しばらく見ていてその製品が売れたタイミングで見積りしてもらうと多少高くなったりする。そこで売る。で、今日、引き取りに来てくれることになった。

引き取ってもらう製品の元箱を取りに物置に行ったついでに救出してきたのが、このレコード。"Phase 4 Stereo"シリーズの一枚。4チャンネル録音と紛らわしいが、これはあくまでステレオ録音のはず。20チャンネルのマルチトラック録音を4チャンネルにミックスダウンするような話だったと思う。バーチャルサラウンドの走りみたいな企画である。聴いてみるとなんとなく位相がおかしい感じで不自然。普通のステレオ録音の方がいいかな。

ストコフスキーが「シェエラザード」を振ると言うと外連味たっぷりのドギツイ演奏を期待したくなる。それが、おそらくこのLPを買った理由でもあったと思う。もちろん、1,500円の廉価盤だったことも理由の一つだ。本当はコンドラシン/コンセルトヘボウの最新録音が欲しくてたまらなかった。(ちなみに、「シェエラザード」が出るまで、すでに晩年のコンドラシンの名前すら聞いたこともなかった。当時、ショスタコーヴィチなんて1番と「革命」以外、周りの誰も聴いてなかったのである。)

実に久しぶりに聴いてみるとこの演奏、普通に良いので逆にびっくり。10チャンネルだか20チャンネルもあるので楽器群ごとに録音されているのだろうか、かなりデッドで乾いた音がするのと、例のPhase 4のために位相がおかしい上、左右の分離が良すぎて違和感がすごいのだが、そうした録音が変なだけでストコフスキーとLSOの演奏は非常に立派なものだ。もちろん、「シェエラザード」の物語に合わせてサービス精神たっぷりの濃い口仕上げだが、迫力がありつつデリケートな名演奏である。

何十年も放置されていたにも関わらず、時間をかけて洗ったらノイズ一つなかった。テープに比べてレコードって丈夫である。

マーラー交響曲第1番 : ワルター

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僕がマーラーを聴き始めた頃、80年代の初めになるが、当時はCBSからバーンスタイン、フィリップスからハイティンク、DGからクーベリック、DECCAからショルティがすでに全集をリリースし、アバド、レヴァイン、テンシュテットが次々と新しい録音をリリースしていた頃である。マーラーに直接師事したことのあるワルターとクレンペラーの演奏は当時も確立した評価を受けていたが、新しいマーラーに比べて時代遅れのものと思い込んでいた。そもそもクレンペラーは「大地の歌」、ワルターに至っては38年録音のVPOとの9番が定番として推薦されていたが、田舎の中高生には渋すぎた。と言うようなわけで昔はあんまりワルターのマーラーを聴かなかったのである。

とは言え、この「巨人」はレコードを持っていた。しかし、もっと録音が新しい他の演奏に比べて冴えない音だし、コロンビア響の演奏もなんだかもっさりしているという感想しかなかった。ステレオ装置もしょぼかったし、コロンビア響はオケの規模が小さく、音も薄いという評論に洗脳されていたこともある。

僕の中でワルターのマーラーの評価がガラッと変わったのは5年前くらいのことだ。CBSからマーラーの交響曲集が格安で発売されたので買ってみたところ、それまでの印象を完全に覆す演奏に驚いた。一体、昔の自分は何を聞いていたのか。最晩年とは言えワルターの指揮に緩みはなく、コロンビア響の演奏にも何ら不満は感じない。その後、ワルターのCDはジョン・マックルーア自身がデジタル化した初期のものが一番と知ったのだが、まだそれは聞けていない。でも、このボックスセットでも音楽を楽しむには十分だと思う。

いつもながら前置きが長くなったが、オーマンディの次に聴いた「巨人」がワルター/コロンビア響の演奏。ワルター没後10年に企画されたワルター大全集の中の一つで、ワルターがステレオ録音したマーラーがまとめれている。"SX68 Sound"とあって、これはノイマンのSX68カッティングマシーンを使用して作成されたレコードのシリーズらしい。昔も今も高音質を謳っていろいろな工夫が続けられているのである。せっかくなので手元のCDとも聞き比べてみたが、なるほどLPと比較すると少し生気が削がれて痩せてしまった印象である。せっかくふっくらとして可愛らしかったのにダイエットし過ぎで不健康の一歩手前と言う感じ。聞き比べしなければそんな風には思わなかったが。

ワルターのマーラーに対する敬愛が滲み出ているような演奏である。テンポも程よく、生き生きとしたフレージングで年齢を感じさせない。第2楽章終盤でティンパニが低弦と一緒にリズムを刻むのにびっくり。他の演奏では聴こえたことがない。(ちなみに、いつもスコアから演奏を深く考察されているunagiさんのブログに行ってみたら、過去記事でこの部分について触れられていた。さすがである!)

これまた5、6年前だと思うのだが、「題名のない音楽会」で素人がオーケストラを指揮する企画を観た。名物企画らしい。たくさんの人が自分の指揮姿をビデオで撮影して応募するようなのだが、僕が見た時、放送された指揮者の一人が小学生(?)だった。小さな男の子である。その時の音楽が「巨人」の終楽章。他のファイナリスト達は短時間で司会の佐渡さんに止められてしまったのだが、この子の演奏だけはなぜかストップがかからずフィナーレを迎えた。

おかしな話だが、この時の演奏は僕の聴いた「巨人」の中でもベストの一つである。奇跡的な名演だったわけではない。むしろ演奏には大きな問題があった。とにかく一生懸命振っているのだが、テンポが遅く、さらにだんだん遅くなっていく。が、オーケストラは迷走一歩手前の演奏を必死に支えている。全員が小さな指揮者の夢をかなえるために全力の演奏だった。ゴールまで、もう少し!ほら、もう少し!てな感じで最後まで辿り着いた。エンディングも綺麗ではなかったが、そんな小さなこと誰も気にしていない。今でも全身を使ったその子の指揮ぶりを覚えているくらいである。

ワルターの「巨人」の終楽章を聴きながら、なんとなくその時のことを思い出した。ド素人、それも子供とワルターを同列にするとは何事だとお叱りを受けそうだが、もちろん、そんなつもりはない。ただ、どちらかと言えばじっくり進むワルターの巨人を聴きながら、コロンビア響が必死になってワルターの棒について行く様子が目に浮かんだのである。ワルターの芸術をステレオ録音で残すために編成されたオーケストラである。ともに歴史を作る両者の思いが結実したこの演奏、他に代えがたい魅力的な演奏である。名盤。

マーラー交響曲第1番 : オーマンディ

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今日も昨日に続いて涼しい午前中。僕が住んでいる辺りでは雨が上がって今日は一日曇り空のようだ。

コーヒーを飲みながらレコードを聴く。オーマンディ/フィラデルフィア管によるマーラーの「巨人」。昔から珍しい「花の章」付の「巨人」として有名な演奏である。オーマンディのマーラーを聴いたことはほとんどないのだが、「巨人」に加えて「復活」、「大地の歌」それに第10番全曲の録音が残っている。(ほかにもあるかもしれないが知らない。)

この演奏は「花の章」が出版された翌年に録音されているので、あるいは「花の章」付の初録音だろうか。オーマンディはストコフスキー同様、いろんな曲のアメリカ初演を行っているので、これもその一環だろう。ちなみに第10番の方はクック版第2項の唯一の録音とのことである。

演奏はオーマンディらしく、とても端正で流麗なものである。全楽章通じて弦楽器が支配的で金管楽器と打楽器が抑制的なので迫力には乏しい。バーンスタイン的粘りとは無縁の折り目正しい演奏であっさり味である。この辺りは好みだと思うのだが、このアルバムの最大の問題は(個体特有かもしれないが、)録音が良くないところ。高音がキンキンするし、強奏時には歪っぽい。どうもオーマンディのRCA録音は今一つなものが多い。普通の音で聴いたらもっと良い演奏のような気もするので残念。

グラズノフ バレエ音楽「四季」 : アンセルメ

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昨日の夜寝る時は日中の暑さが部屋に残ってクーラーをつけようかと迷ったくらいだったのに朝は驚きの涼しさだった。今日の最高気温は15度前後だろうか。昨日はもう少しで真夏日だったのに、たった1日で気温が半分になってしまった。もう、本格的に秋だなと思ったのだが、考えてみれば10月中旬なんだから秋に決まっているか。どうも、最近、季節感が希薄になっている気がする。

そもそも「秋」っていつなの?と思ってウィキペディアを見るといくつかの定義があるようだ。社会通念では9、10、11月、二十四節では立秋(8月7日)から立冬(11月7日)まで、天文学では秋分(9月23日)から冬至(11月23日)まで、などなど。どの区分で言っても今日が秋であることは間違いなさそうである。ようやく気温が追いついたということだろうか。

突如として涼しくなった今日、久しぶりにカートリッジを交換した。このところ半年以上、常用していた光カートリッジをオルトフォンのMC30Wに換えた。自動的にイコライザーも交換である。光カートリッジ専用イコライザーの代わりにicon Audioの真空管フォノイコライザーをMCトランス経由で使うことにした。

いつもはなんとなく交換することが多いのだが、今日はなんというか確信があった。秋冬にはMC30Wと真空管フォノイコの組合せが合う。その組合せが作り出す音を言葉でうまく表現することはできないが、寒い時の暖炉のような、そんなイメージ。で、聴いてみて、正解だった。と思う。とにもかくにもそれでレコードを聴いている。

アンセルメ/スイス・ロマンド管の演奏でグラズノフの「四季」を聴いた。ちなみに「秋」について考えたからこの曲を聴いたのではなく、逆にこの曲を聴いているうちに季節について考えたり、カートリッジを交換したくなったという流れ。このレコード、いつ買ったのかまったく覚えていない。しかも一度も聴いていなかった。。今日、基本、アルファベット順に並べたレコードからハイドンを選ぼうと思ってふと目に留まったのがGの最後に放置されていたこのアルバムだった。この個体はアンセルメ没後10年を記念して79年に販売されたようだ。もうすぐ40歳になろうかというレコードであるが、取り出してみると盤面はとてもきれいだった。不遇な生涯を送ってきた様子である。

この曲を聴くのも初めてである。ヴィヴァルディと違ってこの曲の四季は「冬」から始まるが、これはカレンダー順ということなのだろうか。聴いてみたら、とてもチャーミングな曲で、すごく気に入った。1回目を光カートリッジで聴いた後、しこしことカートリッジを交換して2回目はMC30Wで聴いたところ、今日のところは後者で聴く方がはるかに良かった。オケの厚み、弦の艶みたいな部分でMC30Wの方が曲と演奏に合っている。アンセルメ/スイス・ロマンド管の演奏、これまであんまり聴いたことがないのだが、もっといろいろ聴いてみたと思った。

ワーグナー管弦楽曲集 : カラヤン

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昨日、寒くなったとか書いたばかりなのに、今日は朝からとても良い天気。気温もぐっと上がって半袖でちょうど良い。しかし、こうして寒暖の差が激しいと体調を崩しやすいので要注意である。箪笥の入れ替えは今週末に持ち越すことにして、今日は午前中、打ちっ放しに行った後、オーディオの部屋を掃除した。

音楽を聴いている時に窓が開けられないので、基本的にこの部屋は閉め切りである。にもかかわらず、掃除するたびにけっこう埃が溜まっている。この埃、いったいどこからいらっしゃるのか。。なんて思いつつ、掃除機をかけ、床を雑巾で拭き、機器の細かい部分に溜まった埃を取る。一連の工程において、オーディオ機器と言うのは実に掃除しづらい。重いし、変な形しているし、後ろにつながっているケーブルがまた一苦労。いつものことながら、けっこう時間がかかった。

せっかくレコードプレーヤーも綺麗にしたのでなにかレコードを聴こうと思って取り出したのがカラヤン/BPOの演奏するワーグナー管弦楽曲集。「ニュルンベルクのマイスタージンガー」前奏曲、「タンホイザー」序曲とヴェーヌスブルクの音楽、「さまよえるオランダ人」序曲、「トリスタンとイゾルデ」前奏曲と愛の死が収められている。

僕はあんまりワーグナーを聴かないが、それにしてもこのレコード、今日、初めて聴くような気がする。そもそも、いつ買ったんだろうかと思って調べてみると2016年のレコード福袋に入っているではないか。。もう、二年近く前である。ボックスセットとか福袋とかを大人買いするとこういうことが多発する。反省である。

この個体はドイツからの直輸入盤で、ジャケットには日本ビクターの承認シールが貼られている。そういえば昔は直輸入盤と言うのはあまり見かけなかったが、当時は輸入が規制されていたのかな。それとも流通規制が厳しくて田舎には直輸入盤が買えるところがなかったのだろうか。

オリジナルは74年録音のアナログ音源だが、ジャケットにデジタルリマスタリングというクレジットがある。察するにCD化する際に作成したデジタルマスターでLPも製造したのだろう。DMMとも印字されている。その言葉を聞いたことはあるが、内容をよく知らないので調べてみると、DMMカッティングとは80年代にテレフンケンとデッカの合弁企業であるTELDECとノイマンが生み出したカッティング方法で、レコードマスター作成過程を簡略化することで高音質と長時間録音を可能にしたとあった。なるほど、そう言うことだったか。そういえば、版権切れ音源を使って廉価盤を製造するレーベルもDMMを謳っているのでCD時代以降も根強く標準技術になっているに違いない。

前置きがやたら長くなってしまった。

ワーグナーの管弦楽曲集は昔からいろいろな指揮者のものが出ているので、何度か聴いたことがあるのだが、僕は「トリスタンとイゾルデ」以外、ワーグナーの楽劇をきちんと聴いたことがないせいか、どの演奏を聴いてもさほど良いと思ったことはなかった。「マイスタージンガー」第一幕への前奏曲(英語はOvertureなのになぜ前奏曲と言うのだろう?)は威風堂々とした曲だけど、意外とこじんまりとした演奏が多い。それらに比べてカラヤン/BPOのこの演奏はもう圧倒的に素晴らしい。とにかくドラマチックで表情豊かで音楽のうねりみたいなのが凄い。デジタルリマスタリングもDMMカッティングもうまく行ったようで音も良い。良いアルバムを見つけだして大満足である。頑張って掃除したご褒美だろうか。名盤。

プロコフィエフ ピアノ協奏曲第3番 : フランソワ/ロヴィツキ

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ブログを始めて良かったと思うことの一つに自分の聴く音楽の幅が広がったことがある。中学生の頃以来、クラシック音楽がずっと好きだが、一つの曲が好きになるとそればっかり聴くことが多かったので、良く聴く作曲家、良く聴くジャンルはかなり限定的だった。ブログを始めて、だんだんこのブログに遊びに来てくれる人が増えて、自分もそうした方々のブログに遊びに行くと皆さん実にいろいろな曲を聴いてらっしゃる。刺激を受けて自分もその曲を聴いてみる。すると新しい発見がある。食わず嫌いが少しだけ治ってきた。出不精で人付き合いの悪い人間にとってネットの世界の恩恵は大きい。

先日、辻井伸行さんの映像をきっかけにワイセンベルクのCDを聴いたプロコフィエフのピアノ協奏曲第3番。最近、unagiさんのブログでユジャ・ワンとアルゲリッチの映像を観て、見るだけで腕が痙攣しそうなフィナーレの熱い演奏に思わず興奮。また、この曲を聴きたくなったところに見つけたのがこの中古レコード。数あるピアノ協奏曲の中でも腕達者の猛者が競い合うイメージのこの曲にフランソワと言うのが面白い。

聴いてみるとアルゲリッチの快刀乱麻とはまったく違うコクと味わいの演奏である。穏やかなテンポで進むが、鈍重な感じはなく、ニュアンス豊かなフランソワのピアノにロヴィツキ/フィルハーモニア管の合わせも良く、なかなか洒落ている。63年の録音だが、ピアノを真正面に据えてフランソワ中心の録音は聴きやすくて悪くない。こういうプロコフィエフも良い。

DECOY : マイルス・デイヴィス

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台風と秋雨前線の影響で朝から雨。ここら辺は予想していたよりずっと雨脚はおとなしいが、思いのほか涼しい。終日、20度未満なので一気に秋の空気だ。出かける予定もなかった今日は朝からのんびりと音楽を聴いている。気温が低いおかげでエアコンを使う必要がないせいか、雨のおかげで外が静かなせいか、はたまたひんやりと湿った空気が良いのか原因は良く分からないのだが、今日は普段よりオーディオの音が良い(ような気がする。)。弱音時、無音時に音の背景が静かであることが良いのだろうか?とにかく、音楽を聴くにはとても快適な環境であった。

ショスタコーヴィチをよく聴くようになってから、CDを聴く頻度が上がって、最近は8割方CDを聴いている。レコードを聴かなくなったわけではないのだが、ソフトあっての音楽鑑賞なので、CDでしか聴けない曲が増えるに連れて自然にレコードを聴く割合が減ってしまうのだ。それは仕方ないのだが、あんまり使わないとせっかくのアナログ機器が勿体ない。今日は時間もあるし、と思って何枚かレコードも聴いた。

マイルス・デイヴィスの「デコイ」は84年にリリースされたアルバム。調べてみるとハービー・ハンコックが「Future Shock」をリリースした翌年である。「デコイ」の各曲にも相当電子音楽が取り入れられている。その年はロサンゼルスオリンピックが開催された年である。その他にどんなことがあったかなあと思ってウィキペディアで1984年を引いてみるといろんなことが記載されていて懐かしいったらありゃしない。「デコイ」はマイルス・デイヴィスとしては非常に評論家受けの悪かったアルバムらしいが、その頃自分が聴いていた歌謡曲に比べると100万倍カッコいいし、今、聴いてもノスタルジーだけでなく、音楽として十分に楽しめる。まあ、こんな比較するだけでマイルスファンには叱られそうですが(笑)。

TAKE TEN : ポール・デスモンド

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朝一番で商談が入ったため、昨日から福岡入り。ホテルを予約する時からやたら値段が高いなと思ったのだが、博多駅に到着すると日曜日の夜だと言うのにやたらと人が多く賑わっている。ホテルまで歩く間にお揃いの服を着たグループを何組も目撃して、最初は野球かサッカーかとも思ったのだが、なんとなく客層が違う感じ。結局、おじさんにはなんだかわからなかったのだが、今朝合流した現地の営業に聞いたところ、どうやらジャニーズのコンサートがあったらしい。東京ドームの周辺でたまに遭遇した時にも感じたのだが、凄まじい動員力である。内需拡大への貢献は相当のものだろう。

商談をつつがなく済ませたところで、羽田にUターン。残念ながら、今日の午後は本社で会議だったので、せっかくの九州出張だというのにラーメンも明太子も何もなし。。ちょっとむなしいなあ。

昨日、今日と暑かったこともあって、さすがに疲れたので今日は早めに会社を出た。帰宅して最初に聴いたのがポール・デスモントの"Take Ten"。何も知らずに針を落としてすぐに「おやおや」と思い、ライナーノーツを読んでみて納得した。ポール・デスモントはあの有名な"Take Five"の作曲者で、その人が書いた続編のような曲が"Take Ten"ということなのね。

ポール・デスモントは「ドライ・マティーニ」のようなサックスを目指していたそうだ。なるほど、どちらかと言えば太くて力強い演奏が多いサックスと異質な、軽やかでスッキリとした音色である。お洒落である。そして、一緒に鳴っているギターが良いなあ、このアルバムは。疲れを癒すのに好適な演奏であった。

LIBERATION MUSIC ORCHESTRA : チャーリー・ヘイデン

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昨日、不調で冷風が出なかったエアコンだが、今朝になって三度復活した。ありがたいと思いつつ、これはいよいよ交換の時期に違いない。我が家のエアコンは新築時に設置されたもので、壁の中にパイプが埋設されている。おかげでエアコン本体以外は配管が目につかず具合が良いのだが、交換となるとそれが裏目となって簡単にはいかない。すでに一つ壊れて交換したのだが、元の配管は使えなかった。一から付け直すとなると室外機をどこに置くかから始まっていろいろ考えなくてはならない。と言うこともあってついついだましだまし使っているのだが、いよいよ年貢の納め時かなあ。交換するならもうちょっとして気温が落ち着いてからかな。なんて思っているうちに来年の夏を迎えて痛い目に遭いそうである。

いつものごとく、面倒くさいことは考えないようにして(笑)、レコードを聴くことにした。早いものでディアゴスティーニのジャズLPコレクションも24枚目。と言うことはちょうど一年経過したことになる。この企画、ジャズに詳しい方にとっては最後まで行っても今さらなメジャーアルバムばかり並んでいるのだと思うが、僕は今回のアルバム、タイトルも奏者も全然知らなかった。

チャーリー・ヘイデンがリーダーを務めるLiberation Music Orchestra。ジャケット写真に並ぶメンバーの服装や、横断幕、さらにはバンド名から連想されるとおり、このアルバムは全体として自由や人権に対するメッセージ曲が並んでいる。60年代の終わり、アメリカはベトナム戦争のさなかであり、国論を二分した民主党大会にインスピレーションを受けて作曲された曲があったりと、時代を感じさせる一枚である。

スペイン民謡がベースにあったりとわかりやすいメロディが下敷きになっているものの、管楽器があちこちで咆哮して混沌としたり、突然、整然と物悲しい音楽が展開したりとジャズど素人にはなかなかハードな内容。しかし、わからないなりに聴いていると全体に満ちたエネルギーには圧倒される。なんというか、この気持ちを伝えなくてはいけないという熱い思いがこもった音楽である。

こういう曲を聴くとアナログって本当に良い。クラシックでも室内楽や器楽曲なら良いが、アナログでオーケストラを満足いくレベルで再生するのは本当に難しい。再生環境やテクニックもあるだろうが、我が家ではCDで再生する方が圧倒的に簡単である。反対にジャズはレコードの方がしっくりくることが多いが、このアルバムはまさに、ことのほか生々しい音がするレコードだった。満足。
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