シベリウス交響曲第2番 : デイヴィス

今年の4月に亡くなったサー・コリン・デイヴィスの演奏。彼にとって2度目のシベリウス交響曲全集であるロンドン交響楽団との演奏だ。RCAレーベルの輸入盤Box Set。7枚組みCDが2000円程度で買える。

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3回も交響曲全集を録音するくらいだからシベリウスはよっぽど得意のレパートリーなんだと思う。この2番も奇を衒ったところのない堂々とした演奏である。録音年代の違いもあるかもしれないが、昨日のオーマンディと比較するとだいぶ表情が細やかに感じる。

デイヴィスはどうも堅実で職人気質の指揮者というイメージがあるのだが、実際の演奏はイメージと異なりテンポを細かく動かしたり強弱をはっきりつけたりとけっこうメリハリが効いている。この演奏でも例えば第二楽章は全体に静かで寂寥感のある音楽を聴かせながら、テンポを大きめに動かしたり、金管やティンパニでアクセントをつけたりと相当表情が豊かだ。

第三楽章から第四楽章にかけては僕にとっては理想のテンポでスケール豊かに音楽が進む。実に良い音楽だ。2番はシベリウスの交響曲としては平易で深みにかけるという意見もあるが、この美しいメロディには抗いがたい。そしてデイヴィスの演奏はそのメロディをたっぷりと聴かせてくれる。

録音で聴けるデイヴィスの演奏はどちらかというとレパートリーが限定的だが、シベリウスのほかにもベルリオーズやストラヴィンスキー等繰り返し録音しそれぞれが名演という例が多い。交響曲第2番についてはこれ以前のボストン響との演奏、最近のロンドン響とのライブいずれも非常に良い演奏である。

つくづくお買い得なセットだと思う。
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シベリウス交響曲第2番 : オーマンディ

プレヴィンの演奏について前回書いたが、シベリウスの交響曲第2番の演奏の中で僕のお気に入りの一つがオーマンディの演奏だ。オーマンディのステレオ録音は72年の再録音もあるが、手持ちの演奏は57年に録音されたもの。オーマンディのシベリウス録音をまとめたBox Setの中の一枚。

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57年の録音にしては非常に良好な録音だ。もちろんヒスノイズはあるが、ステレオ最初期の録音であることを考えれば、これだけの音で録音が残っていることに感謝しなくてはなるまい。

オーマンディの演奏は(シベリウスに限らずほとんどすべてのレパートリーに共通だが、)実に明快かつ爽やかなものだ。あっと驚くような特殊な解釈やアクセントはないのでサラッと聴けてしまうのだが、テンポのとり方、メロディの歌わせ方、全体の構成、どれをとってもまずは非の打ち所がない。スタジオ録音であることも有利とは思うが、オーケストラの技術は常に万全である。

72年録音と比較して(記憶との比較になってしまうが)いずれの楽章もテンポは速めだ。第三楽章から第四楽章にかけての移行部は新旧録音でかなり印象が異なる。好みから言えば第四楽章冒頭はもう少しゆっくりどっしりと主題を演奏して欲しい。ただ、楽章が進むにつれ、少しずつ歩みが落ち着くとともに音楽はどんどん熱を帯びてくる。少しデッドでオンマイク気味な録音も手伝って、旧録音の方が劇的な演奏である。

オーマンディの演奏を聴いたシベリウスがその演奏を高く評価し、また、オーマンディもシベリウスを敬愛して最晩年に作曲者の自宅を訪ねたのは有名な逸話である。アメリカで活躍した指揮者によるアメリカのオーケストラの演奏ではあるが、並み居る北欧の演奏家達の演奏に一歩もひけをとらないオーセンティックな名演だ。

ブルックナー交響曲第4番 : ショルティ

交響曲全集を買ったのでこれまでほぼ興味のなかったショルティの「ロマンティック」を聴いてみた。自分の中でショルティとこの曲がどうしてもうまく結びつかなかったのだ。

僕がブルックナーを聴き始めた頃、(おそらく)この曲がブルックナーの全交響曲中最もレコードの種類が多かったと思う。僕自身、最初に聴いた曲はこれであった。副題の「ロマンティック」が良かったのだろうか。しかし、どこかロマンティックなのかよくわからないし、これ以降聳え立つ大曲を考えるとこの曲が最も人気がある理由がよくわからない。

Wikipediaを読んでみると冒頭に「またブルックナーの作品としては演奏時間も長すぎないため人気がある。」とあった。なるほど…。そういうことだったのか(苦笑)。まあ、長い曲が嫌ならはなからブルックナーなんて聴かなければいいのにとも思う。

ここまで書いておわかりだと思うが、僕はこの曲があんまり好きでない。まあ、好きでなければ聴かなければいいのだが、やっぱりそこそこ人気があるもんだから、ついついたまたま名盤を聞き逃しているのではないか?と思っていろいろ聴いてしまうのだ。

一昔前、十年一昔というなら三昔前くらいだが、この曲の名盤はベーム/ウイーンフィルだったと思う。もちろんヨッフムやカラヤン、ケンペやクーベリックといったところもそこそこの評価を得ていたと思う。これらの演奏に共通しているのはこれらの指揮者が演奏する他の曲に比べて良くも悪くも特にこれといった特徴がないことだ。例えばカラヤンの演奏は一部の人が酷評するほどぜんぜん悪くないと思うのだが、とはいっても記憶しているのは第一楽章のバイオリンが一オクターブ高いことだけだったりする。

ブロムシュテットの最初の録音も話題になったが、この演奏も一言で言えば自然体であったと思う。日曜日の朝、コーヒーでも飲みながら目をつぶってジャケットの写真のような森と湖を想像してみるのに相応しい。いい意味で環境音楽みたいだ。

最近の演奏で一つだけ驚いたのはズヴェーデンの演奏。Extonのシリーズで聴いたロマンティックは他とはまったく違った。この人はバイオリンの人だということだが、確かに弦楽器への配慮がすごい。どんな強奏下でも弦楽の旋律が手に取るように聞こえる。録音もたいしたものだと思うが、金管はほとんどの場面でステージのはるか後方で演奏しているようだ。最初はかなり違和感を持ったが、最終楽章に来てほとほと感心した。金管がテーマを吹く間、オクターブを上から下まで行ったり来たりして支え続ける弦楽は感動ものだ。この演奏は必聴だと思う。

さてこれからようやくショルティの演奏の話だが、僕はショルティが大好きなのでバイアスがかかっていることは間違いないが、それにしてもこの演奏はズヴェーデンの演奏と双璧を為すと思う。あちらが「弦」ならこちらは「管」である。もちろん金管だ。

第一楽章ではじめて金管が主題を吹く時からもうその音量が違う。その上、金管の各セクションがそれぞれ遠慮なく主役を争うような状況である。ここまで金管が華々しいと弦楽器は音量的にどうしても不利だと思う。他のオーケストラだったら完全に埋もれてしまいそうだが、そこはシカゴ響、こういう状況に慣れているのか必要なときには弦楽セクションも激奏だ。なかなか激しいロマンティックである。

こう書くと騒々しいだけに思われてしまうかもしれないが、この演奏、いつものショルティの常でテンポがよく、また、構成力も確かなので、思わず引き込まれてしまうのだ。これを聴くと他の演奏がゆるく聞こえてしまう。これは良い演奏が見つかった。ヴァントや朝比奈の演奏のようないわゆる「崇高な精神性」とは無縁だが、偉大な芸術作品だと思います。


SM-SX10(10)

前回書いたとおり、SM-SX10とSCD-DR1との接続は最近、もっぱらiLinkである。iLinkならSACDとCDどちらの信号も通るのでいちいち切り替える必要がない。もちろんアナログ接続でもいいのだが、特にSACDの場合、iLinkならSM-SX10で1ビット信号をそのまま増幅できるので、なんとなくそっちの方が好ましい気がするのだ。あくまで気がするだけなんだけど。

結果、最近、とんと出番がなかったPerfectwave DAC2を久しぶりに使ってみた。SCD-DR1からデジタル出力してDACにつなぎ、SM-SX10とRCAでアナログ接続。せっかくだからデジタル出力もCoaxialとXLRをダブルでつなぎ、どっちがいいか聞き比べてみる。

前にも書いたが、CDを聴くにはこの接続の方がやはり音が良い。厳密に言うと音が良いというのは少し違うかもしれない。iLink接続は少し細身なのだ。DAC経由の方が音が前に出てくる。それに元気の良い音だ。それでいてうるさくはない。この当たり、SM-SX10のマルチビット/1ビット変換とDACによるDA変換の音作りの方向が違うのだろう。僕にはDAC経由の方が(僅差ではあるが)好ましく思える。

とはいえ、そこそこの価格の単体DAC、しかもクロック交換したDACと遜色ないというのは実はすごいことだとも思う。デジタル入力、アナログ入力とも実にハイクオリティなアンプだ。

マーラー交響曲第2番 : ブロムシュテット

今年86歳のブロムシュテットだが、その演奏はいつまでも若々しい。指揮者が晩年になると必ずといっていいほどテンポが落ち、落ち着きが出る一方で切れが失われるものだが、ブロムシュテットの最近のCDを聴いてもそんなところは感じない。見た目もほとんど変わらないし、尊敬してしまう。宗教的理由で厳格な食生活を送っているらしいが、それだけではなくきっといろいろ努力されているのだろう。

僕が初めてブロムシュテットを聴いたのは当時DENONブランドでリリースされたブルックナーの「ロマンティック」だった。それもあるし、最近の活躍もあって、僕の中でブロムシュテットはきわめて自然体のおおらかなブルックナーを演奏する指揮者であり、また、ニールセンを筆頭とした北欧系のスペシャリストというイメージだ。

ニールセンの交響曲全集を録音したり、80年代後半から90年代はじめにかけてのサンフランシスコ交響楽団時代はブロムシュテットの一つの黄金時代だと思う。このコンビにより1992年に録音されたのがこの「復活」である。

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このCDは初出時以来再販がなく廃盤になっていたが、2012年にタワーレコードの企画で復活したものだ。ブロムシュテットのマーラーは少なくともCDでは馴染みがないし、彼のブルックナーからイメージすると端正ではあるが少しおとなしい演奏なのかな?と思いつつ、聴いてみた。

聴き始めてすぐ、第一楽章冒頭のコントラバスの斉奏の部分でそのイメージがまったく間違いであることがわかった。劇的、かつ、リズミカルな開始だ。世の中の評価が高い演奏の中にはこの部分がゆるい演奏がいくつかあり、そういう演奏だと最初の3分間くらいでその後を聴く気が失せてしまうのだが、ブロムシュテットの演奏にはこの部分だけで完全に引き込まれてしまった。その後の展開も素晴らしくドラマチックである。もちろんブロムシュテットのことだから、感情の赴くままにテンポが揺らいだり演奏が破綻したりすることは皆無。オーケストラのコントロールは万全である。きちんと考え抜かれたストーリーに則って劇的に演奏が展開する。

中間楽章もそれぞれに見事な演奏。第二楽章は弦が美しく、第三楽章は冒頭のティンパニから迫力十分。無意味にテンポが遅くないのが好ましい。思わせぶりなところ、大げさな演技は皆無だ。一方で必要な範囲の起伏は十分にある。インテンポでもないしダイナミクスも大きい。上品なのにカラフルだ。

最終楽章、開始は前楽章の寡黙を突き破る強烈なトゥッティで始まる。全体のテンポはかなり速いが、その中で結構テンポが動く。それでいて人工的な味付けは感じさせない。彼のブルックナーとは違う意味で自然な演奏だ。いったん大いに盛り上がった後、舞台裏のバンダが荒野を思わせる演奏を行うがこの部分の録音の処理は見事である。

その後、合唱が導入され、クライマックスを築いていく。この過程はオーソドックス、そして感動的である。最後の最後まで指揮者の統率が行き届いた名演だ。

ブロムシュテットとサンフランシスコ交響楽団のマーラーがこの一曲しかないのは残念なことだ。彼の5番や6番がどんなものになったか、聞いてみたかった。

モーツァルト交響曲第40番、第41番 : ショルティ

シベリウス以外のメジャーな交響曲はほとんど録音しているショルティだが、その中でもよく取り上げられるのはベートーベン、ブラームス、マーラー、ブルックナー、チャイコフスキーといったところで、それ以外の交響曲、例えばシューベルトやドヴォルザークになると名演としてショルティの名前が挙がることは少ない。これらの演奏も素晴らしく立派なのに。

モーツァルトの交響曲もショルティはちょっとどうかな?と思われそうな感じだが、これがまたすこぶる良いのだ。考えてみればオペラをあれだけ録音していて高い評価を得ているのだから悪いはずもないのだが。

演奏はヨーロッパ室内管弦楽団、録音は1984年。ショルティにとって両曲唯一の録音である。

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どういう経緯でヨーロッパ室内管弦楽団と録音することになったのかわからないが、ショルティとこの若手が中心のオーケストラの相性は極めて良いと感じる。第40番はきびきびとした清々しい演奏だ。弾むようなリズムが心地良い。どちらかといえば感傷的な演奏が多いこの曲だが、じめじめした雰囲気とは無縁で格調高い。まさに本来の意味での「クラシック」な名演である。

「ジュピター」も万全の造形で揺るぎのない音楽が奏でられる。こちらは第40番に比べてもさらにけれんみのない演奏だ。モーツァルトの交響曲最高傑作をきちんと音楽にしましたといった感じの演奏である。

この曲で僕が一番好きな演奏はBPOを振ったベームの旧盤なのだが、ショルティの演奏に比べるとかなり荒削りなところがある。しかし、それがゆえ、音楽が生き生きとしているのも事実で、結果的により一層魅力的な演奏にしている。

ショルティがもっと若い頃にこの曲を録音していたら、どんなだっただろうか。

ブルックナー交響曲第6番 : ショルティ

ブルックナーの交響曲第6番はブルックナーの交響曲の中で第5番と並んで大好きな曲だ。どちらかと言えば地味な曲に属すると思うのだが、初めて聴いたときから第一楽章冒頭のリズムがまずなんとも言えず好きなのである。

弦楽器が三連符でリズムを刻み始め、しばらくすると金管がティンパニを伴って主題を大音量で奏でるわけだがこの当たりどう形容したらいいのだろう、民謡というか夏祭りというか演歌といったらいいか、とにかくうまく言えないのだが、そういう日本の伝統的な音楽にも通ずるようなリズムを感じてどうしようもなく心を動かされてしまうのだ。皆さん、あんまりこんな風には感じないかもしれないし、ブルックナーの音楽の本来の芸術的な価値とはぜんぜん関係ないかもしれないが、とにかくそこが大好きなのだ。

(僕的には)、そのリズムをできる限り強くはっきりと刻んで欲しいと思うのだが、いろいろなCDを聴いていてもなかなかそのあたりきっちりと聞こえてくる演奏がない。リズムを支えているティンパニがオーケストラの後方で沈んでしまってはっきりしなかったり、金管の威力不足で弦ばかり聞こえてきたりという演奏が意外と多い。

曲は大好きなのだが100%満足という演奏に出会わない中、ショルティのCDをはじめて聴いたのは割と最近のことだ。ショルティッシモという70年代~80年代のショルティの演奏をまとめたBOXセットの中に唯一のブルックナーとして収録されていたのがこの第6番だった。

聴いてみて、もう、狂喜した。第一楽章は長い間もし自分が指揮者だったらこう演奏したいと思っていたような演奏なのだ。しかもショルティとシカゴ響という名人の演奏である。

最初、弦楽器の三連符は意外なほどゆっくり始まる。まさかクレンペラーやチェリビダッケのように間違ってスローモーションで再生しているような演奏なのでは?と一瞬心配したが、すぐに金管がすさまじい威力で主題を演奏し、それを(おそらく実演ではありえないような)超越したリアリティを持ってティンパニが支えている。

ここでのティンパニはリズムを支えているというより、積極的にリズムをリードしているといった方がより相応しい。とにかく生理的に痛快である。もう快感である。第一楽章は最後の最後まであたかも千両役者が舞台上で大見得を切るような表現で貫かれている。外形的かも知れない。でも、ここまでやってくれれば天晴れだ。

第二楽章は一転して美しく繊細な音楽だ。第一楽章で聴かれたデフォルメはここにはない。ただただオリジナルの美しい音楽が奏でられる。いい音楽だ。第三楽章スケルツオは第一楽章と第二楽章のいいとこどりのような演奏。ここでもトリオは大変美しい。終楽章ももちろん良い。

こんなにいい演奏なのに分売では現役盤がなく、簡単に手に入らないのが残念だ。最近はかなり古い演奏までSACD化されて復刻されているケースも多いのに、ショルティの演奏についてはそうした例が非常に少ない。この曲がSACD化されたら絶対買うのになあ。

ブルックナー交響曲第9番 : ショルティ

ブルックナーの交響曲第8番のことを書いたとき、サンクトペテルブルグでのライブ録音と全集に含まれている録音が別のものではないかと書いたが、間違いであった。ショルティが残した全集に含まれている第8番は現時点で国内盤がユニバーサルから発売されているロシアでのライブ録音と同一の演奏である。

実はショルティのブルックナーを少しずつ揃えようと思ったものの分売が入手困難で思い切って全集を買ってしまった。ライナーノーツを確認したところ、間違いに気づいた次第。

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HMVやタワーレコードでも購入できるが意外と高い。アマゾンマーケットプレイスで輸入盤を購入。10枚組で4200円なので分売を求めるよりも結局安い。

ショルティのブルックナーでとにかくお薦めなのは第6番と第9番だ。とはいえ5番、6番、8番、9番以外は聴いたことがないのだが。

第6番は別にいつか書こうと思うが、ちょっと異質な演奏かもしれない。色物とは言わないが、歌舞伎で大見得を切っているような感じがある。ショルティのことだからそんな演出をしようと思ったわけではないだろうが、曲の性格とあいまってすごい演奏効果なのだ。この演奏が好きなら他の演奏はすべて物足りないと思う。僕はそうだ。

一方、第9番の方はもっとオーソドックスにすごい演奏だ。もちろんシカゴ響の合奏能力も文句のつけようがない。相変わらずトゥッティでは金管のボリュームがすさまじいが、それを支える弦楽器の美しさも特筆ものである。

テンポは少し早めだがメロディは十分歌われていてせかせかした印象はない。第6番と違って第9番ではティンパニが非常に控えめなのが面白い。ショルティの解釈の違いもあるかもしれないが、第6番はメディナテンプル、第9番はオーケストラホールと録音場所が違うことに加え、第6番はウイルキンソンとジェームズ・ロックがエンジニアという点も違うので、こっちの影響も大きいのかもしれない。

ブルックナー開始から最後のコーダまで見事にインテンポな第一楽章、オーケストラの技術全開の第二楽章、美しく厳しい第三楽章とすべて名演。

この曲が好きな人なら一度は聴いて損はないと思う。
ただし、指揮者の情熱や意気込みが目に見える(耳に聞こえる)形の演奏が好みの方には合わないかもしれない。

ショスタコーヴィチ交響曲第5番 : プレヴィン

交響曲第4番とセットになっている交響曲第5番「革命」を聴いた。

この演奏もシカゴ響との演奏である。録音も同じく1977年。「革命」はたぶんショスタコーヴィチの交響曲の中で最も有名かつ人気がある曲だろう。CDの選択肢も多い。

この曲を最初に聴いたのはバーンスタイン/NYPの演奏だった。この両者の録音は二種類あるが僕が聴いたのはたしか79年の東京ライブの方だ。古いスタジオ録音の方は未だに聴いたことがない。SONYから発売されているこの録音はLPのジャケットが強烈な印象を与えるデザインで、当時、高校生だった僕はジャケットに惹きつけられて作曲家も曲も知らないまま小遣いを貯めてLPを買った。

ご存知のとおり、この曲は4楽章通してキャッチーなメロディに満ち溢れているので聴いてすぐ好きになった。しかしマーラーの交響曲とは違い、この曲については、いろんな演奏を比較してみようという気持ちにはならなかった。バーンスタインの演奏が素晴らしいものだったこともある。すっかり満足していたのだ。

初めて実演を聴いたのは21世紀に入ってからだ。聴いた場所はカーネギーホール。指揮は小澤征爾であったが、オケに自信がない。サイトウキネンだったかNYPだったか、はたまた、ボストン響だったかなあ。。。いい加減な記憶だが、一つだけはっきり覚えているのは最終楽章が気に入らなかったことだ。途中でペースをぐっと落としたからだ。

ということで前置きが長くなってしまったが、この曲のスコアにはどうやら問題があるらしく、終楽章で途中から終盤にかけてぐっとテンポを落として重々しくコーダに至る演奏と、最初から最後まで快速で通す演奏と二パターンあり、印象が著しく異なるのだ。

バーンスタインは後者のパターン。それも極端に早い後者のパターンだ。この演奏が刷り込みになっているせいか、僕は前者のパターンの演奏は好きになれない。

この曲の演奏のスタンダードの一つであろうムラヴィンスキーが典型的な前者のパターン。その影響もあるのか、テンポを落とす方が多数派っぽい。例えば、ちょっと前にBPOデビューした際の佐渡裕の演奏も前者だったし、朝比奈もバルシャイもちょっとマイナーなところではスクロバチェフスキも前者だ。

さて、プレヴィンはどうかとドキドキしながら聴いてみた。第一楽章から第三楽章まではとても良い感じである。緩いとは言わないが、カミソリのような鋭い演奏ではない。「革命」なんていうタイトルにはあまり合っていないものの、プレヴィンらしい聴かせ上手な演奏だ。シカゴ響ももちろん巧い。

そして終楽章。くだんの場所で少し息をつくもののテンポそのものはほとんど落ちない。おー、久しぶりに当たりの演奏である!

ショスタコーヴィチ交響曲第4番 : プレヴィン

スラットキンに続いてプレヴィンの演奏を聴いた。オケはシカゴ響、1977年の録音。タワーレコードとEMIのコラボレーションCDだ。

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プレヴィンのショスタコーヴィチはシベリウスの2番とのカップリングに入っていた6番を聴いて好印象だったが、この4番の演奏も相当良い。第一楽章は遅めのテンポで始まるが、スコアの隅々まできちんとライトを当てて照らしたような明解な演奏だ。その印象は最後まで変わらない。

シカゴ交響楽団も万全の演奏である。旧ソ連の指揮者による演奏と比較してもなんら遜色ない。録音がはるかに鮮明な分、この演奏のほうがはるかに曲の本質を伝えてくれていると思う。

もっと評価されてしかるべき演奏ではないか。

SM-SX10(9)

このブログを訪問される皆さんのキーワードを解析してみると圧倒的に多いのが「SM-SX10」と「SM-SX100」。シャープが本格的1ビットアンプの製造から撤退して相当時間は経っているが、まだまだ興味を持たれている人も多いようだ。

個人の趣味のサイトなので無責任にあれこれ書いているが、実際に中古でこれらのアンプを購入しようと思っている皆さんが多少なりとも僕の感想を参考にするかもしれないと考えるとちょっと責任を感じる。言い訳するわけじゃないですが、音楽の趣味もオーディオの趣味も個人の嗜好がかなり異なるので、ここに書いてあることはあくまで素人の一つの感想として受け止めてください。もちろんここに書いたことは自分の経験上、感じたことを正直に書いていますが。

一応、僕の試聴環境を書き留めておきます。

部屋:8畳相当の洋間 天井高は標準の2.4M ほぼオーディオ専用
スピーカー配置:後方から1M、左右から90cm(左)70cm(右)スピーカー間、試聴位置は1.8mの正三角形
機材:SCD-DR1→SM-SX10(クロック交換)→Canalis Anima (夏の間の標準)
   その他、Perfectwave DAC Mk2(クロック交換)、Dussun R30iも所有しており、適宜繋ぎ換え。

SCD-DR1とSM-SX10の間はiLinkで繋いだりアナログで繋いだり間にDACを挿んだり、いろいろ試していますが、結果、大差なし。と言ってしまうとがっかりするかもしれないが、実際、大差なし。CDを聴く場合、SCD-DR1からデジタル出力で出してDACに入れる方が定位がさらに良くなるが面倒くさいので通常試聴は最近、常時iLink。

SM-SX10とR30iの比較は何回か書いたとおり、R30iの方が音がふくよかな分、小型スピーカーを使用する環境では特にオーケストラには分がある。ただし、これは趣味の問題だ。逆に言えばSM-SX10の締まった音像の方が好みの人もたくさんいるだろう。

これらの違いは確かに存在するのだが、現実には試聴環境でたっぷりスペースを取れるかどうかの違いに比べると本当に誤差の範囲である。Animaは後方バスレフだが、後ろが1m空いていても実感としてはかなり低音が出る。反射する壁までの距離と壁の材質、天井高といったアコースティックの方がはるかに影響が大きい。

今の状況ではスピーカー間に置いてある機材の奥にセンターが位置し、奥行が再現できている。左右のスピーカーから音が出ているようには感じない。「スピーカーが消える」という表現があるが、ある程度それが実現できていると思う。

これは手持ちのアンプとCDPを交換したり繋ぎ方を変えてもほとんど関係ない。スピーカーとその配置の影響に比べるとその他の要素はTweakingの域を出ないのではないか。もちろん、それが大事なんだという意見を否定するつもりはまったくないし、自分もそこをあれこれ試してみるのが大好きだが。




ゴルフ

今年は例年に比べてゴルフに行く回数が多い。海の日を入れて三連休だった先週末は日曜日に27ホール、翌月曜日にも18ホール回った。特に14日の日曜日はものすごく暑かったのでラウンド後少しふらふらしたが、懲りずに翌日もラウンドした。

先月の終りから先日中古で購入したアイアンに換えたが、これがすこぶる調子いい。ヘッドが大きくて安心感があるのも事実だが、どうやらシャフトの重量と硬さが大きな意味を持っているようだ。ドライバーとフェアウエイウッドにもう少し安定感が出てくればスコアはもっとまとまりそうだが、アイアンが良いことで少なくとも大たたきをしなくなった。

こうなると楽しくて仕方ない。昨日も家の近くのコースで午後スループレイしてきた。フェアウエイの幅が広かったし距離も短めだったが前後半とも43の86。80台を出すのは本当に久しぶりだったので素直にうれしかった。

大きな収穫はやはりアイアン。アプローチで左の脇を開けないように気をつけていたのだが、そのままアプローチ以外のアイアンにもその打ち方を応用したところ、今まで経験したことのないような切れ味の良いアイアンショットができた。

ゴルフはなんといっても再現性のスポーツだから、このスイングが身につくといいのだが。ま、急に巧くなっては老後の楽しみがなくなってしまう、かも。一歩一歩改善していこう。

ショスタコーヴィッチ交響曲第4番 : スラットキン

レナード・スラットキン指揮セントルイス交響楽団のショスタコーヴィッチ交響曲第4番を購入した。

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セントルイス交響楽団で活躍していた頃のスラットキンは80年代後半から90年代前半にかけて結構飛ぶ鳥を落とす勢いだったが、21世紀に入ってからはあまり名前を聞かなくなってしまった。なんだかドホナーニと同じようなパターンだ。CDというメディアの凋落、クラシック音楽の相対的な地位低下のあおりだろうか。

スラットキンのショスタコーヴィッチはこの曲を含め4曲あるようだが、今までいずれも未聴。しかし、記憶にあるスラットキンのすっきりとした解釈と当時全米で2位の実力と評価されていたセントルイス響との演奏であれば間違いないだろうと思って買ってみた。

聴いてみて予想以上の見事な演奏だ。大変オーソドックスな奇をてらわない解釈で落ち着いて演奏が進められる。オーケストラも巧い。難しいことはわからないが、この曲はつまらない演奏の場合、僕は最後まで聞いていられない。が、この演奏は時間を感じず一気に聴くことができた。

最初、少し録音レベルが低いかなと思って、普段よりもボリュームを上げて聴いていたが、フィナーレの前の盛り上がりで部屋中が揺れるほどの大音響になった。聴く際には注意が必要なくらいの大音量である。この点を除けば十分舞台スペースを感じる録音で聞いていて不満はない。

スラットキンのショスタコーヴィッチではこの曲だけが2011年まで日本で未発売だったようだが、なんの拍子でこの時期に発売に至ったのだろうか?理由はわからないが感謝感謝である。

93年にセントルイスを訪れた時に実演を聴きたかったのだが、そのタイミングでスラットキン・セントルイス響はちょうど日本公演だった。。。いまさらながら残念である。

マーラー交響曲第9番 : ドホナーニ

最近、クリストフ・フォン・ドホナーニの名前をすっかり聞かなくなった。あまり新しいCDが出てないのかな。90年代後半までは結構メジャーだったような気がするが。

ドホナーニのマーラーは現役盤として1番、5番、6番が入手可能。加えて、タワーレコード限定でこの9番の録音が販売されているようだ。録音の順番は必ずしも指揮者の得意曲の順番ではないだろうが、この選曲を見ただけで僕の嗜好にはぴったり合いそうだ。

とはいえ、大好きなだけに9番のCDは買い漁ってきたが、最近、「これこれ!」と思える演奏に当たっていなかったので期待半分くらいの気持ちで購入した。

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演奏は◎だ。すっきりと均整がとれた演奏だ。小さくまとまっているわけではなく、弱音から強音までダイナミクスは大きい。が、最強音時にも破たんせず、十分にコントロールされている。よく考え、おそらく十分に訓練された演奏だと思う。

系列でいえばショルティやレヴァインに通ずるような、あるいは、あまり感情移入の激しくない演奏と言うこともできるかもしれない。この曲にどんな音を求めるか、聞き手によって好みが大きく分かれる曲だけに、この演奏がぜんぜんダメという人も多いかもしれない。

僕的には久しぶりに満足の9番である。

ブルックナー交響曲第5番 : ヨッフム

ヨッフムの交響曲演奏をまとめたEMIのボックスセットを購入した。ベートーベン、ブラームス、ブルックナーの3B交響曲全集+αの20枚組みで4,000円。しつこいようだがいささか安すぎると思う。

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ヨッフムのブルックナーはどの曲も定番といえるが、演奏自体は相当癖がある。模範的とか標準的という演奏ではないと思う。

テンポはかなり動くし、金管も打楽器もはっきり鮮やかに演奏されることが多い。フルトベングラーのようにワウフラッターと勘違いしかねないほど常にテンポが流動するわけではないが、それにしてもクレッシェンドとともにテンポが上がる演奏は最近主流と思われるインテンポを基本とした演奏スタイルとはかなり違う。

しかし、ヨッフムの場合、このテンポの動かし方がまったくあざとく聞こえないのがいい。むしろ必然と思わせるような自然なテンポの揺らぎだ。安心して身をゆだねていることができる。

以前、ヨッフムとシュターツカペレ・ドレスデンの演奏は交響曲第8番のCDを持っていたのだが、これがなぜか最悪の録音だった。まず何かの間違いかというくらい録音レベルが低く、音量を上げても細部がよく聞き取れない。演奏を楽しむ以前の問題で、70年代以降の録音としては本当に信じられないような出来だった。

今回、ボックスセットを購入する時もそれが心配だったのだが、少なくともこの第5番については杞憂だった。やはり以前所有していた版に何か重大なミスがあったとしか思えない。

この第5番の演奏でもヨッフムのテンポはかなり動く。そして金管と打楽器はどちらかといえば派手に活躍する方だ。とはいえ、この曲を完全に掌中に収めた千両役者の名演奏であることは間違いない。ヴァント、朝比奈と並び保守本流の中でもやはり外すことのできない演奏だと思う。

暑すぎる

ここ数日の気温は異常ではないか…。暑すぎる。日中、会社から一歩踏み出すとまさに灼熱だ。この時期、ここまで暑かっただろうか。熱中症が多発しているようだが、そりゃそうだろう。

寝る時間になっても家の中は少しも温度が下がらない。仕方なくクーラーをつけるが、夜通しクーラーもなあ。一時間後にオフタイマーを設定して寝るときっちり二時間後に目が覚める。一時間かけて冷やした部屋が一時間経つとまた暑いのだ。太陽も出ていないのに…。

昨日はこの繰り返しで安眠できなかった。今日はあきらめてずっとクーラーをかけようか。喉を痛めそうだし、悩む。

マーラー交響曲第6番 : ショルティ

マーラーの交響曲の中で僕が一番好きなのは第9番だが、その次に好きな曲はというと結構悩む。2番、3番、5番、6番当たりが甲乙つけがたく、続いて1番、7番、ちょっと離れて4番、8番、かなり離れて大地の歌という感じか。要するに歌物はあまり好きではないということかもしれない。2番、3番にも歌は含まれているが、いずれも全体の中では大きな割合を占めているわけではないし。

自分的に第二位グループの中では2番と6番が鼻差でリードしている。そしてこの両曲に関してはやはりショルティの演奏が一番だと思う。

去年、発売された交響曲第6番を購入した。ルビジウムカッティングがうたい文句になっている。

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この曲の演奏を収めたCDも本当にたくさんの種類がある。もちろん全部聴いたわけではないが、第一楽章冒頭で低弦がリズムを刻むところから、ショルティの演奏が好きになってしまうと他に替えがない。ショルティ盤は非常に激しいリズムで始まる。この部分をもう少し引き摺るように意味深に刻んでいく演奏はけっこうあるのだが、緊張感が足りない気がしてしまう。その中ではセルの演奏がなかなか良いのだが、録音が今ひとつの上、かなり入手しずらい。

第二楽章以降も非常に厳しい表情の演奏だ。よく筋肉質の演奏と書かれているが、この演奏については確かに当たっていると思う。同時に第三楽章の演奏は美しい。第四楽章は最初から最後までこれまた激しい演奏である。最後にティンパニが全曲を通じたモチーフを叩いて終わるがここでのティンパニも力一杯だ。聴き終わるとこっちも疲れている。。。

ちなみにルビジウムカッティングの効果がどれほどかは別として、実売価格1,000円を切る廉価版CDとしては録音も不満なし。お薦めだ。

梅雨明け

関東地方は今日、梅雨が明けた。ピンと来ない。今年は梅雨なしみたいなものだ。

それにしても今日は暑かった。気温よりも湿度がすごい。気温が下がるのを待って夕方から打ちっぱなしに行ったが、それでも気温35度である。打席はさらに温度が高く感じる。数十球打っただけで汗が滴り落ちた。

新しい(中古)クラブにもだいぶ慣れてきた。しかし、今日は何より最近のゴルフ雑誌で読んだ頭を傾けるだけのドロー、フェードの打ち分け方が劇的に効くことを発見した。どうしても左側に突っ込みがちだったが、見事に矯正される。加えてダウンスイングで手元をひきつけることで出球が安定する。

打ちっぱなしでうまくいってもコースでは得てして思うとおりに行かないものだが、試してみるのが楽しみだ。

梅雨も明けて雨の心配は少なくなるが、ここまで空梅雨だと水源が心配だ。夏に水枯れが起きなければいいが。

ブルックナー交響曲第9番 : サヴァリッシュ

ウオルフガング・サヴァリッシュが二月に亡くなった。ここ最近、めっきり名前を聞かなくなったし、もともと派手な人でもない。正直言って存命かどうかもあまり気にしていなかったが、それでもサヴァリッシュが亡くなったというのはショックだ。

僕の大好きなショルティも、カラヤンもバーンスタインもとうに死んでしまったが、これらの大スターが亡くなった時と比べてもサヴァリッシュが死んだことの方がはるかにショックだ。なぜか。それはもう、僕がクラシックを聞き始めた頃、テレビやラジオでオーケストラ演奏を試聴するといえば圧倒的にN響であり、N響といえばサヴァリッシュだったから。

もちろんN響にはマタチッチとかスイトナーとかホルスト・シュタインといったヨーロッパでもメジャーな指揮者が他にもいたが、僕にとって、サヴァリッシュの印象に比べればはるかに薄い。極端な話、僕が唯一知っていた在日(ではないが)ドイツ人がサヴァリッシュというくらいの印象だ。

サヴァリッシュが偉大な指揮者であることは間違いない。バイロイト音楽祭への参加もしかり、バイエルン歌劇場の音楽監督しかり、晩年のフィラデルフィア管の音楽監督しかり、一流どころの一流のポストに就いていることでもわかるとおり、世界中で高い評価を受けていたはずだ。

しかし、日本での評価は微妙である。N響のレベルアップにどれだけ貢献したかわからないと思うのだが、熱狂的なファンという人は少ないと思う。指揮者としての知識、ピアニストとしての技能について賞賛する声はあってもその演奏を手放しで誉める人は少なかったと思う。平均点の演奏。標準的演奏。そういうレッテルを貼られている感じだ。

しばらく前にN響アワーが終了したとき、何回かに分けて総集編が放送された。N響メンバーも出演していたが、彼らが思い出の指揮者を振り返っていたとき、マタチッチへのコメントには愛を感じたが、サヴァリッシュへのコメントには敬意は感じても親しみを感じなかった。少なくとも僕はそう感じた。どうしてだろう。どこかに冷たさを感じてしまうのか。それとも本当に冷たい人だったのだろうか。カラヤンがサヴァリッシュを「銀行員」と呼んだとどこかで読んだような気がするが、世評的には言いえて妙だ。

しかし、そんな評価、このCDを聴いてすべて忘れてほしい。そう評価してきた人は間違いだったと認めて欲しい。この演奏は他の誰の演奏と比べても十分熱く、強く、そして切ない。ウイーンフィルとのライブでここまで感動的でかつ完璧な演奏を引き出せる指揮者がほかにどれだけいるだろうか。

この演奏が平均点、標準的というのであれば、ほとんどの演奏は落第、失格である。そのくらい素晴らしい。

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ぜひぜひ聴いてみてください。

ブルックナー交響曲第5番 : クナッパーツブッシュ 平林直哉復刻版

先日レビューしたクナッパーツブッシュ/VPOの演奏をオープンリールテープから復刻したCDを聴いた。ライナーノートを読む限り、LPやCDと同音源であるオープンリールテープの市販品からCD化したようだ。そもそもこれらすべての音源となっているオリジナルの磁気テープが劣化しているにもかかわらずこうした古いテープが劣化を免れているのがどういう理屈かわからないが、とにかく良い音で聴けるなら大歓迎だ。

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冒頭からかなり印象が違う。ヒスノイズはこちらの方が盛大である。僕はヒスノイズは特に気にしないので問題ないが、気にする人なら気になるレベルだろう。先日のCDではここまでのヒスノイズは聞こえなかったが、ノイズリダクションの分CD化で失われた音もあるに違いない。

もう一つ違いを感じるのは低音の量。こちらの方がかなり下に厚い感じだ。かまぼこ型というよりもピラミッド型の印象である。聴いていると多少ワウフラッターがある。特に第一楽章序盤。最初のうちは金管の音も詰まっていてあまり良い音と感じなかったが、不思議なことに楽章が進むにつれ抜けがよくなる。

あくまで1956年の録音である以上、最新録音のように鮮明に聴こえるわけではないが、国内版CD(デッカ)よりもふくよかな音で好ましい。どちらを買うか一枚選ぶならこちらの方がお薦めだ。

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