ブルックナー交響曲第3番 : マゼール

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マゼール/フィルハーモニア管のマーラーが良かったので2012年から音楽監督を務めるミュンヘンフィルとのブルックナー3番を購入してみた。2012年の9月のライブ録音。マゼールのブルックナーは最初の録音も3番だし、これが3回目の録音だと思う。最近はライブでもよく取り上げているらしいので十八番の一曲なのだろう。

第一楽章からいい演奏だ。うーん、これはなかなかいける。オーケストラ、特に弦が美音。金管の音色は渋めだがそれもいい。ここぞというところで大見得を切るようなフレージングもらしくていい。

第二楽章は弦楽器の音色が美しいだけでなく楽章の進行に連れ表現が変幻自在。夢見るような弱音から最強音まで実に表情豊かな演奏である。第三楽章は一言で言うと見事な演奏だ。同じフレーズの繰り返しの中にもたくさん色のバリエーションがある。

第三楽章からほとんど休みなく始まる第四楽章になると細かい表情付けの点でマゼールらしさ全開になってくる。ただ、この曲を完全に手中に収めているといった感じで、全体の音楽の流れを止めてしまうようなことはまったくない。オケもさすがだ。マゼールの要求にきっちり応えている。フィナーレは盛大。最後はまたここぞとばかりに大見得を切って終わる。

82歳の巨匠らしく円熟していながら、82歳とは思えない若々しい演奏だ。やっぱりマゼールって凄い指揮者だと再確認。
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マーラー交響曲第6番 : ヤンソンス

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マリス・ヤンソンスという指揮者はどうも掴み所がない。良くも悪くも「この指揮者ならこういう演奏かな?」というイメージが持ちづらい。バイエルン放送響とコンセルトヘボウという二つの偉大なオーケストラを掛け持ちするくらいだからすごく高く評価されている指揮者だと思うのだが。

ヤンソンスはマーラーの交響曲を結構たくさん録音しているが、録音の進み方がかなり迷走しているように見える。オスロ響、ロンドン響、バイエルン放送響に断片的に録音が残っている一方、コンセルトヘボウとの録音も進んでいる。コンセルトヘボウとはたしかBDで全集が出ていたと思うのだが、CDの方はどうなったのだろうか。

このCDは2002年にロンドン響と録音された6番の演奏。ロンドン響の自主制作レーベルであるLSO Liveからリリースされている。ちなみに、ヤンソンスはこの3年後、同じ曲を今度はコンセルトヘボウと録音している。最近でも日本公演に合わせて日本でのライブのベートーヴェン交響曲全集をリリースする等、ずいぶんとパッケージメディアの作成に熱心な指揮者だ。

どんなアプローチで演奏するのかイメージが湧かなかったのだが、蓋を開けてみれば非常に筋肉質でスマートな演奏だった。ライブ録音だが、バービカンセンターのホールエコーは非常に少なくかなりデッドな録音である。それを承知で演奏したせいかもしれないが、第一楽章は速めのテンポでクールに演奏している。「冷たい」というより「格好いい」意味のCoolだ。オーケストラも実に巧い。この演奏では第二楽章にアンダンテを置いている。小さめの音で静かに始まる。泣いたり叫んだりせず、抑制された佇まいだが、それが却って良い。楽章の終わりに向けて少しずつ熱を持つが大げさな身振りはない。第三楽章スケルツォは過不足ない好演。第四楽章はライブらしくだんだん熱気を増してくる。マーラーの他の曲もヤンソンスの指揮で聴いてみたいと思わせる名演奏だった。

R.シュトラウス 「ツァラトゥストラはかく語りき」 : ケンペ

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ケンペ/シュターツカペレドレスデンによるR.シュトラウスの管弦楽曲集が9枚組CDで発売された。9枚組で2,763円。一枚300円。絶対お買い得。

ケンペのR.シュトラウス管弦楽曲集は以前EMIから発売されていた。そちらのセットはアメリカに駐在していた頃買って愛聴していたのだが、今回のCDは最近シングルSACD化した際に新たに使用されたアナログマスターからカッティングされたもの。じつは同じくSACDシングル化されたカラヤンのR.シュトラウス管弦楽曲集を購入したもののちっとも音が良いと感じずがっかりしたのだが、今回のCDは以前EMIで発売されたものよりもひときわ良好な録音になっている。(記憶との比較ですが。)

「ツァラトゥストラはかく語りき」といえば「2001年宇宙の旅」で冒頭部分が使用されたのがあまりにも有名だ。高校生の頃、僕はいつも石丸電気のレコード館でLPを買っていた。まあ一枚買うのが一大行事だったので本当に長時間かけてあれこれ物色していたのだが、その中でいくつか印象的なタイトルの曲があった。例えば「不滅」とか「革命」とか。どんな曲なのか勝手に想像していたが、そうしたタイトルの中でも特にミステリアスだったのが「ツァラトゥストラはかく語りき」だった。ニーチェの作品も知らず、一体、どういう意味?と思いながら、いつか購入したいと思っていたものだ。そうこうしているうちにCBSソニー/ベストクラシックシリーズのサンプルLPを手に入れることができ、ついにその曲を聴くことができた。もちろん冒頭部分。ティンパニがダンドンダンドンと鳴り響いた瞬間、次に買うLPはこの曲に決まった。

その頃、LPといえばほぼ100%廉価盤を購入していたが、この時は珍しくサンプルに入っていたメータ/NPOを買った。しかも確か45回転重量レコードだったはず。記憶が定かでないが、お年玉か誕生日か何か特別な収入を充てたに違いない。

それ以来、この曲はずーっと大好きだ。メータに始まって相当の枚数の演奏を聴いてきた。その中でもケンペ/シュターツカペレドレスデンの演奏は特別に良い。

冒頭部分、この演奏でティンパニはダンドンダンドンというよりパンポンパンポンという感じで軽めに鳴る。最初に聴いた時は面食らったのだが、何度も聴き慣れてきたらだんだんそっちの方が好きになった。どちらかというと地味な演奏だが、演奏が進むに連れ情熱的にテンポが早まるなど実は熱い演奏でもある。この曲のCDを一枚しか所有できないとしたら僕はケンペの演奏を選ぶかな。

71年の録音だがもともと良好なアナログ録音だった。今回のCD化でさらに心地良い音になったと思う。、

ブルックナー交響曲第3番 : セル

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1966年の録音。同じブルックナーの8番とセットになっている。セル/クリーブランド管の8番と同様、見事な造型感覚に溢れた演奏である。第1楽章など意外なほどテンポが動くが、どんなに大音量時にもびくともしないバランスを保っている。指揮者の意図が徹底された演奏である。

セルのブルックナーは3番と8番しか見かけない。両方とも両曲の定番CDという世評ではないが、僕は結構好きだ。それぞれアダージョがとても美しく、スケルツォは完璧な技術だ。両端楽章は感情のコントロールが見事過ぎるのが仇となって迫力が若干不足するものの立派な演奏であることは間違いない。

セルはクリーブランド管を鍛え上げたオーケストラビルダーであり、よく完璧主義者といわれる。また客観的とか冷たいとかいう評価も目にするのだが、完璧主義者や客観的はともかくとして「冷たい」という指摘は良くわからない。クリーブランド管の音色はどちらかというと暖色系だと思うし、この曲でも随所に顔を出す優しいメロディを聴いても実に温かい演奏だと思うのだが…。まあ、受け取り方は人それぞれか。

録音はこの頃のCBSに良くあるタイプでちょっと詰まった感じがしてあまり抜けが良くない。良い録音とは言いがたいが、鑑賞には特に問題ない。

マーラー交響曲第3番 : マゼール

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またまた買ってしまった、マゼールの演奏。今度は2011年にフィルハーモニア管とライブ録音されたマーラーチクルスの第一弾。第一弾とあるのでこのまま全集を目指すのかな。1番から3番まで5枚組みのセット。

HMVのサイトを引用すると「第1番『巨人』では興奮した聴衆が床を踏み鳴らし、第2番『復活』はスタンディング・オヴェーションだった」ということだ。これを読んで期待が高まると同時に3番は?とも思ったのだが、まあ結局、マゼールの演奏なので買ってみた。

巨人と復活はHMVのコメントを信じればすごい演奏っぽいのでまずは無印の第3番を聴いてみたのだが、これがなかなか良いのだ。遅めのテンポでじっくりとした演奏である。マゼールの演奏の常で時折顕微鏡で拡大したみたいに細部にフォーカスを当てるのだが、この演奏では結果として必要性を感じさせてくれる。標準的な演奏というにはあちこちでいろいろやってくれるが、全体として巨大な叙事詩のようなこの曲の構成を損なうことなく、ディテールが美しいと同時に盛り上がる時には盛大に盛り上げてくれる。どんなにオーケストラが盛り上がってもマゼール本人は盛り上がっていないように感じるところはいつものとおり。意図しないテンポの変化は皆無といった感じの演奏だ。

レーベルのSignum Classicsはロンドンにある独立系のレーベルで、これまでマーラーの演奏ではサロネン指揮の録音を何枚かリリースしている。サイトを見ると他にもドホナーニのブラームスやロマンティック、マッケラスのチャイコフスキー等注目に値するCDを発売しているようだ。

サロネンのマーラーは9番を聴いたがピンと来なかった。その時も感じたのだが、このレーベルは録音レベルが総じて低い。そこでこの曲はかなりの音量に上げて聴いてみたところ、鮮明で迫力ある演奏が聞こえてきた。終楽章のコーダでは二組のティンパニと大太鼓がかなりの音圧で鳴るが最強音でもびくともしない。ここを基準に録音したら、ほとんどの演奏時間、録音レベルが低めになったという感じなので、家族や近所に注意しつつなるべく大き目の音量で聴くことがお薦め。

同じく最近のライブ録音であるブルックナーの第3番も聴いてみたいと思わせる快演でした。

モーツァルト交響曲第40番、第41番 : マッケラス

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テラークレーベルのCDは本国では現役盤として入手可能なものであってもHMVや日本のアマゾンでは廃盤状態のものが多い。だからといってAmazon.comでオーダーするのも送料が馬鹿らしいし…。ということでHMVで取り寄せ可能なもののうち気になるものはダメもとでけっこうどんどん注文している。すると今回のこのCDのように実際、取り寄せられたものが忘れた頃に届く。不便といえば不便だが、予想外の贈り物みたいでうれしかったりする。

マッケラスのモーツァルトは数種類あり、スコットランド室内管弦楽団との最新の演奏は評判も上々のようである。テラーク作製のCDは80年代終わりにプラハ室内管弦楽団と録音したもの。10枚組の全集になっており、こちらは今日現在在庫ありだ。10枚で3,000円台なので初期物を含めてモーツァルトの交響曲が好きならこっちの方がお得。そこまでではない私が買ったのは2曲入りの1枚物で800円だった。

演奏はとても魅力的。モダンオーケストラだが古楽器風にスピーディでキレの良いフレージング。40番は一昔前の感傷的な演奏とは無縁で颯爽とした演奏だが、むしろこの方が曲自体の良さを教えてくれる。通奏低音にチェンバロが入っているのが隠し味的にアクセントとなっていて良い。

41番は40番よりさらに聴き応えがある。とても活力に溢れた演奏。硬い音で響くティンパニとこちらも通奏低音に追加されたチェンバロが快適なリズムを支えている。ホールトーンが豊かに入っているので演奏の切れ味からするとちょっとほんわりした録音なのだが弦楽器の音は透き通るようで爽やかだ。繰り返しの入る終楽章まで一気に緩みなく駆け抜ける。これはとっても良い演奏だ。

ホルスト「惑星」 : スヴェトラーノフ

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スヴェトラーノフ/スウェーデン放送響のライブシリーズからホルストの「惑星」がリリースされた。スヴェトラーノフに「惑星」のイメージはまったくなかったが、調べてみるとフィルハーモニア管とのセッション録音(91年)が残されている。ライナーノーツによればロシア(ソ連?)での「惑星」の初演はスヴェトラーノフの指揮だったらしい。ロシアでの「惑星」第一人者ということか。今回のCDは94年のライブ録音である。

「火星」から期待に違わず異色の演奏だ。非常に落ち着いたテンポ。知っている限り最も遅い。遅いだけでなく重心が低い。重心の低さが功を奏して非常にスケールの大きな演奏となっている。テンポは遅いが間延びした感じはなく、このアプローチもありだなと思わせる。

「金星」はとても美しい。「火星」同様、とてもゆるやかなテンポだが、曲想にぴったり。優美な演奏だ。静かな曲だけに途中何箇所か聴衆ノイズが入るのが惜しい。

このテンポで「水星」は大丈夫かと思ったら、ここは一転して軽快。決して速くはないが、常識的なテンポ。「金星」同様、弦楽器の響きがとてもきれいだ。

「木星」もまたじっくりしたテンポで進む。小細工はなくインテンポでまっすぐ押し切る。有名なAndante Maestosoの主題は自分が今まで聴いたすべての演奏の中で最も感動的。この部分を聞くだけでもこのCDを買う意味があると思う。

「土星」はスヴェトラーノフのアプローチにぴったりの曲だ。が、正直言って、この演奏の中では多少、魅力に乏しい。もともと曲が単調なので色彩豊富に演奏してくれないと飽きてしまう。

快速なテンポでオーケストラの妙技を誇示するような演奏の多い「天王星」だが、ここでもスヴェトラーノフの演奏は一味違う。生理的快感を得たいと思うと空振りに終わる。むしろ弱音が聴き所。

「海王星」は女声コーラスが最高。ライブ録音のせいか声が生々しい。神秘性を強調しすぎて何がなんだかよく聴き取れない演奏もあるが、この演奏は一音一音はっきり聴き取れるし、それによって不思議な和声が余計、引き立つ。

全体で54分19秒。手持ちで速いスタインバーグが45分台、カラヤンが48分台、ちょっと遅めのオーマンディが51分弱なのでスヴェトラーノフの遅さが際立つ。

オーケストラはちょっと奥に定位するが、録音は十分良好。チェレスタ等一部の打楽器を除き自然なバランスで収録されている。

LHH-P700+V-LA1

レコードプレーヤー購入後はフォノイコライザーとして活用しようと思っているLHH-P700だが、肝心のプレーヤーがまだなので普通のプリアンプとしてV-LA1に繋いでみた。PWT/PWD→LHH-P700→V-LA1という接続。いずれもRCAケーブルで繋いでいる。前段が吉田苑さんのケーブル、後段はラダー型ケーブル。

V-LA1はプリとメインを分離できないプリメインアンプなので、この繋ぎ方だとLHH-P700とV-LA1それぞれのヴォリュームを通る。オーディオの基本から言えばやってはいけない繋ぎ方ということになる。

しかし、この繋ぎ方がなぜか音が良い…。こっちの方が音の抜けが良い気がする。試しに同じCDをLHH-P700あるなしで聞き比べてみたのだが、プリ経由の方が音の鮮度が高い。なんとも不思議だ。ヴォリュームだけの比較をしたらLHH-P700の方が良いだろうが、結局、V-LA1のヴォリュームを通っているというのに。

二つヴォリュームがあるのでそれぞれの位置をいろいろ変えることが可能だが、今のところ、V-LA1のヴォリューム位置を12時くらいにしてLHH-P700の方は10時から11時くらいにしている。夜が更けてくるとこれでは大きいのでV-LA1のヴォリュームを少し下げる。おそらくLHH-P700のヴォリュームを絞る方が正しいのだろうが、V-LA1はリモコン付きなのでこっちで調整する方が楽なのだ。

アンバランスで出力しているもののLHH-P700のバランス出力アンプを通っているが、このアンプの出来が良いのだろうか。良くわからないが、結果が良いのだから良しとしよう。

ブラームス交響曲第2番 : ベルグルンド

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パーヴォ・ベルグルンドはシベリウスの交響曲全集を3回も録音したほどのシベリウスの大家。そのベルグルンドがヨーロッパ室内管弦楽団を指揮して録音したブラームス交響曲全集からの一枚。小規模オーケストラによって演奏されるブラームスの交響曲を聴いたことがなかったので購入してみた。3枚組みで1500円という価格も魅力。

曲順に聴いているが、1番はオーケストラが小さいことですっきりした見通しの良い演奏であるものの、曲のスケールとのマッチングが正直あまり良いと思わなかった。解釈もストレートなのでなおさらもう少しコクのようなものが欲しくなる。

一方、この2番は1番で違和感を感じてしまった欠点がすべて長所になったような素敵な演奏。溌剌として軽快な演奏だが盛り上がりにも事欠かない。全体として清潔でさわやかな演奏だ。モーツァルトからベートーヴェンの初期交響曲のずっと延長線上にこの曲を位置づけて演奏したような感じ。

2000年のバーデンバーデン音楽祭でのライブ録音。ライブ録音とはいえ聴衆の気配は感じない。少し乾いた冬の日の澄んだ空気のような透明感のある録音で、演奏を引き立てている。

ブラームスピアノ協奏曲第2番 : ギレリス/ライナー

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1958年、ギレリス42歳の時の録音。55年に初のアメリカツアーでアメリカ中を熱狂させたギレリスが再度渡米した際に製作された録音だ。この演奏もRCAのリビングステレオシリーズの一枚だが、例に漏れず録音は非常に良い。

ブラームスのピアノ協奏曲第2番はピアノ協奏曲の王様と言えるような大曲だ。単純に演奏時間だけとってもメジャーなピアノ協奏曲の中で最長ではないだろうか。技術的にもすごく難しい曲だと思うが、ピアノのテクニックを誇示するようなフレーズよりもオーケストラとともに哀愁漂うメロディを奏でるところが最高に良い。

ギレリスとライナーの演奏は最初から最後まで緩みや間延びしたところが一点もない非常に硬派なもの。ギレリスのピアノは速めのテンポでこの大曲を一気に弾ききっている。技術的に最盛期の頃の演奏だけに胸のすく切れ味の良さだ。

第三楽章のチェロの独奏は当時、シカゴ響の首席奏者だったシュタルケルが務めている。さすがにとても美しい演奏だ。

ショスタコーヴィチ交響曲第1番 : コンドラシン

ショスタコーヴィチの1番は全編にわたって紛れもなくショスタコーヴィチ流の不思議なメロディとリズムに満ちているとても魅力的な曲だ。これを音楽学校の卒業課題曲として作曲したというのだから、才能のある人というのはすごいものだ。

こういう曲だと指揮者によってもいろいろな解釈が可能だし、どの演奏を聴いてもみなそれなりに楽しめる。とはいえ、聴いたあとにどれだけの印象が残るかという点ではかなりの違いがあるのだが、中でもコンドラシンの演奏は相当印象的である。

冒頭から速めのテンポで、かつ、強奏時には常にさらに加速してたたみかけるように演奏する。例によって金管と弦の高音域ががさつできつく収録されていることも相まって、異常に厳しく緊張感に溢れた交響曲1番になっている。

ヴェネチアレーベルの全集の一枚だが、録音もさることながらCDの出来が恐ろしく悪い。読み込みに四苦八苦でところどころスクラッチノイズも入る。ひどい品質だ。

ショスタコーヴィチ交響曲第9番 : インバル

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インバルのショスタコーヴィチは東京都交響楽団とのシリーズも絶賛進行中だが、こちらは90年代前半にウィーン響と録音した全集の中の一枚。9番は5番の余白という組み合わせが多い中、このCDでは3番と組み合わされている。この2曲の組み合わせで商業的によく成立したものだ。

9番は個人的には大好きな曲の一つ。軽妙でウィットに富んだ愉快な曲だ。まあ、陽気ではないのでブラックジョークという感じではあるが。

インバル/ウィーン響のショスタコーヴィチは4番も非常にレベルが高い演奏だったが、この9番も素晴らしい。この曲の演奏の中で個人的にはベスト。テンポ良し、各楽器のバランス良し。

ムジークフェラインで収録された録音も大変鮮明で聴き応えがある。

レーザーターンテーブル

アナログターンテーブルが欲しいと思っているのだが、心のどこかに「いまさら」という気持ちがあって相変わらず悩んでいる。

先日、針で音を拾うのではなくレーザーでレコードの溝を読み取りそれをアナログ出力する「レーザーターンテーブル」についてブログにコメントいただいたのを機に製造販売元に資料を請求したところ、カタログや雑誌の取材記事とともにデモCDが送られてきた。ちなみにこの機械、軽自動車くらいの価格なので購入するには相当の覚悟が必要となる。

今、そのデモCDを聴いているのだが、これがなんとも複雑な気持ちにさせる代物だった。

まず最初の8トラックは同じレコードを針再生した場合とレーザーで再生した場合の比較となっている。比較対象は傷ついたり反ったりしたレコード、さらにダイナミックレンジが広すぎてカートリッジでは上手くトレースできないレコードなので、この部分は音質よりもまずレコードを再生する能力についての比較と言って良い。こうした難しい状況下でもレーザーはとにかく再生を行うことが可能であり、この部分において本家の再生を上回っていることは間違いない。

その後は計10トラック、レーザーターンテーブルで再生したクラシック、ジャズ、ロック、ポップスが聴ける。本当はこの部分こそ通常のレコードプレーヤーとの比較が聴きたいのだが、残念ながらそれは叶わない。

音楽を聴いての感想なのだが、最初の8トラックも含め、これがものすごく良いのだ。特に最初の8トラックはレーザー再生でもかなりのノイズ(プツプツ、ザラザラというあれである。)なのだが、そのノイズの向こう側(こちら側かな?)に聴こえる音はなんとも温かい、丸い音だ。なるほど、これはこれですごく良い。ダイナミックレンジが狭かったりノイジーであっても音楽を聴く上ではたいした問題ではないのかもしれない。

と思いつつ、複雑な気持ちというのは、一体、このデモCDで聴いているのは何なのか?というのが良くわからなくなってしまったからだ。だってCDを聴いているんだから。このCDロムがどういう過程で製作されているのかについて説明がないが、おそらくターンテーブルのアナログ出力からAD変換したのだと思う。その後、紛れもなくCD規格で録音されたCDロムを聴いて音が良いと思うのはどういうことだろうか。

ノイズが聞こえるのが懐かしいだけだろうか。あるいはノイズがあるがゆえに相対的に演奏が浮かび上がるのだろうか?レンジが狭かったりやSNが悪いのがゆえに心地よい音域が強調されて、それがいい音に感じるのだろうか?
うーん、良くわからない。

どれだけコストを掛けてもアナログは出来の良いデジタル機器に叶わないと断言する人がいる一方、CDはまったく聴く気にならないという根強いアナログファンもたくさんいる。こうした方の中には純粋に音質比較してもアナログディスクとアナログプレーヤーの方が音が良い、音が良くないとすればそれは再生装置の問題だという人もいるが、果たしてどうなんだろうか?一度、超弩級アナログシステムの音でも聴いてみないとわからないかな。

ますますよくわかならくなってしまったが、一つだけ言えるのは、この音は間違いなく当時聴いていた音だということだ。CDの最後でユーミンとナイアガラ・トライアングルの曲が聴けるのだが、30年の時を越えてあの頃に帰ったような気がする。あの頃聴いていたレコードプレーヤーやFMチューナーをぐっと高級機に替えたら、きっとこういう音だったんだろう。そんな気持ちになった。

ブルックナー交響曲第5番 : スクロヴァチェフスキ

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昨日のドホナーニに続いてスクロヴァチェフスキの演奏する5番を聴いた。このCD、かなり前に購入済だったのだが、CDの出来が悪いのかSCD-DR1では読み込めずそのままお蔵入りして忘れていた。PC用のCDドライブを採用しているPS Audioでは難なく読めた。

スクロヴァチェフスキのブルックナーに共通して、この5番でも一見オーソドックスな演奏でありながら、楽器間のバランスの処理や旋律の弾かせ方、テンポ等細かい工夫満載である。今日は一人で家にいたので大音量で気兼ねなく聴けたが、小さな音で遠慮がちに聴いているときには聴こえない工夫がたくさん聴けて非常に面白かった。

誤解のないように付言すると、全体を通じて実に立派な演奏である。決して小手先の細工で意外性を狙ったような演奏ではない。きっと譜面を細かく研究して、音の洪水の中に埋没してしまいがちな音符を拾い上げているんだと思う。

6番や9番でも垣間見られる副旋律の強調もその一つだと思うが、この5番では最後の最後、壮大なフィナーレも最終盤というところで金管が突然脱落し、木管の対旋律だけが聴こえるというサプライズが仕込まれている。最初から最後までティンパニが張りのある音を聴かせてくれるところも好みだ。

ブルックナー交響曲第5番 : ドホナーニ

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以前、交響曲第6番について感想を書いたドホナーニ/クリーブランド管によるブルックナー交響曲選集の中の一枚。

第一楽章はゆっくりと厳粛に開始するが、8分過ぎからかなり激しく加速する。一瞬、ちょうど同じ部分で猛烈に加速するフルトヴェングラーの演奏を髣髴とさせるが、全体としてはすっきりとした演奏で、神秘的とか宗教的というイメージはない。健康的なブルックナーだ。第二楽章、第三楽章ではそうした突然のテンポの変化もなく、曲そのものの良さを十分引き出している。ドホナーニの演奏は、一見、さらっとしているようで急に変化球を投げるようなところがあるので、これが好きな人と嫌いな人で評価が大きく分かれそうだ。僕はこの人の演奏は例外なくどれも好きだが。

終楽章は第一楽章同様、非常にゆるやかに始まるのだが、いつの間にかテンポが上がり、中盤以降のフーガは時にオーケストラが置いていかれそうなほど、かなり快速な足取りとなる。オーケストラの響きもすっきりくっきりしているので荘厳な演奏を求めると肩透かしにあう。最後の二重フーガも粘らず引き摺らず一気にフィナーレを迎える。なんとも後味さわやかなブルックナーだ。

ベートーヴェン交響曲第4番・第5番 : ムラヴィンスキー

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「ムラヴィンスキーの芸術その1」と呼ばれているCD集の2枚目のCDが4番と5番のカップリング。なお、実際のBOXにはロシア文字のほかにEvgeni Mravinskyと表記されているだけでオリジナルのCD集のタイトルは不明。

4番はかつてカルロス・クライバーが目の覚めるような演奏を録音しているが、このムラヴィンスキーの演奏も負けず劣らずの名演。こじんまりとした優しい曲というイメージはない。贅肉の落ちた厳しい演奏で曲が一回り立派になったように聞こえる。

5番の方はさらに良いと思う。最初から最後まで力のみなぎった説得力あふれる演奏だ。全体が素晴らしいバランス感覚でまとめられていて聞き入っているうちにあっという間に曲が終わる。要所で金管とティンパニが効果的でフィナーレはかなり加速する。終了直後の拍手も納得の演奏である。

ムラヴィンスキーの演奏記録としてはかなり良好な録音なのもうれしい。

バッハ ピアノ協奏曲第3番 : グールド/ゴルシュマン

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僕の場合、グールドのバッハと言えばなんといってもゴールドベルグ変奏曲だ。一度目の録音ではなく、二度目の録音。1981年に録音されたその演奏を聴いたのが初めてのグールド体験だった。ゴールドベルグ変奏曲という曲を聴いたのもその時が最初だったが、前奏のアリアの後、第一変奏を聴いた瞬間にその演奏の虜になった。なんというリズム感、なんという生命力。ピアニストによって曲の輝き方が本当に違うんだということを教えてくれた一枚だった。

バッハのピアノ協奏曲はその多くがヴァイオリン協奏曲をはじめとする別の協奏曲の編曲なので、ピアノ協奏曲として演奏されることはさほど多くないと思う。第3番はヴァイオリン協奏曲第2番の編曲。ヴァイオリン協奏曲は有名曲なのでいろいろな演奏を聴いたが、ピアノ協奏曲の方はこのグールド盤を所有するのみ。他の演奏と比較したこともないのだが、この演奏を聴くと他の演奏はいらないかな、と思う。

開始早々から生命力に溢れ溌剌とした演奏だ。楽譜を完全に読み込み、隅々まで計算し尽くされた演奏なのに、歌に溢れインスピレーションの閃きのまま即興的に演奏しているように感じさせる。雄弁で表情豊か、同時に格調高い。フレンドリーなのに完璧で他を寄せ付けない。上品で優美であると同時に孤高で峻厳なバッハの曲の演奏として高い極みにある演奏だと思う。

マーラー交響曲第6番 : エッシェンバッハ

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エッシェンバッハが音楽監督時代、フィラデルフィア管との関係は必ずしも盤石ではなかったようだ。そもそも音楽監督に選任された年の前4年間一度も共演したことがない指揮者を音楽監督に任命するマネジメントもどうかと思うが、そうした中で就任したエッシェンバッハもそれを迎え入れる楽団員も複雑な思いであったに違いない。

結果的には2003年から2008年までという短期間の任期に終わった上にフィラデルフィア管が財政破綻するなど良いイメージがない。このCDは任期ちょうど半ばの2006年に録音されている。

そんな両者の演奏なのだが、CDに刻まれている音楽は実に立派なものだ。一流の芸術家同士の共同作業は単なる「好き嫌い」で左右されるようなものではないのか。はたまた不幸な始まりだったが数年間の付き合いでお互いを分かり合えたのだろうか。

この演奏、表面的にはスマートでモダンだが細部はかなりデフォルメされていて、けっこう灰汁が強い。バーンスタインのマーラーはこれよりずっと灰汁が強いが、それは指揮者自身のマーラーへの共感、思い入れがストレートに表出したものだと思う。

一方、エッシェンバッハのマーラーはかなりの曲者。聴かせどころはがくっとテンポを落としてこれでもかと歌ってくれるし、アンダンテは「どうだ悲しいだろう?」とばかりに聴き手に迫ってくる。どことなく作為的だ。

こういう演奏は嫌いな人もいるかも。しかし、僕はこういう演奏も好きだ。少なくとも、激しくも美しくもない演奏よりは遥かに良い。フィラデルフィア管の演奏はいつもながら完璧。ライブとは思えない無傷の演奏である。SACDハイブリッドのCD層で聴いたが、録音も特に不満ない。6番が好きな人なら必聴の一枚だと思う。

バルトーク 管弦楽のための協奏曲 : オーマンディ

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オーマンディ/フィラデルフィア管弦楽団によるバルトークのオケコン。この後、79年にこのコンビ初のデジタル録音となった演奏もある(未聴)が、これは1963年に録音された旧盤。2005年にDSDリマスタリングされている。

オケコンにはライナー、ショルティ、ブーレーズによるシカゴ響の演奏があっていずれも素晴らしいし、ドラティやセルの演奏も良い。オーケストラの妙技を楽しく聴ける名曲だ。

どちらかというとスコアに忠実にモダンな演奏の多いオーマンディだが、ハンガリー人の血が騒ぐのかいつもよりも思い入れたっぷりにバルトークらしいちょっと不思議なメロディをじっくり聴かせてくれる。もちろんフィラデルフィア管の演奏はいつも通り完璧。

63年の録音だがリマスタリングの成果もあってか鮮明なだけでなく奥行感もたっぷりある好録音だ。お薦め。
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