ホルスト「惑星」 : ボールト

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「惑星」の初演者、サー・エードリアン・ボールトの5回目、最後の録音。高校生の頃、4回目の録音に当たるニュー・フィルハーモニア管弦楽団との演奏を廉価盤で購入したことを思い出す。「惑星」を初めて聴いたのは富田勲さんの編曲版だったが、通常のオーケストラ演奏ではボールト/ニュー・フィルハーモニアが長らく僕のスタンダードだった。

初演者だけにその演奏は評価が高く、ロンドン・フィルとの最新の録音に大いに憧れていたのだが、その後、カラヤン、マゼール、ショルティ、プレヴィン、オーマンディ等々、いろいろな指揮者の演奏を所有する一方、この演奏には縁がなく、今回、中古LPを発見して初めて手元に置くことになった。

初演後60年経った78年の録音なので、ボールトはすでに89歳と高齢だが、演奏からはそれを感じさせない。最初から最後まで堂に入った実に立派な演奏である。火星も木星も天王星もシャンとしたリズムで緩いところは皆無。「惑星」かくあるべしと言わんばかりの正統派の演奏だ。

英国のスピーカーメーカー、KEFとタイ・アップしたという録音はすみずみまで鮮明。名盤だ。
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最新版「名曲名盤500」

最新版「名曲名盤500」という見出しが目に入ったので久しぶりにレコード芸術を買った。

「名曲名盤300」は何度かあったようだが、前回「名曲名盤500」が企画されたのは86年~87年ということなので28年振りの更新である。今回購入した5月号が初回で次回以降は8月、11月、それに来年まで続くということだからかなり大がかりな特集だ。1回目はバッハからベルリオーズまで、作曲者で言うとJ・S・バッハ、バルトーク、ベートーヴェン、ベッリーニ、ベルク、ベルリオーズの6人。Bには巨匠目白押しなので、ブラームスもブルックナーも控えているし、この特集が長期に渡るのもよくわかる。

評者の得点の合計で順位が決まるので、いきおい有名盤に点が集まるだろうし、平均点が高い演奏が上位に来る可能性も否めないが、こういう企画は大好きである。

考えてみると今回対象になっている作曲者について90年代以降の新譜はあまり知らない。社会人になってからは、マーラー、ブルックナーばかり追いかけていた。この間、往時の定番演奏の評価がどう変わったのか興味津々である。

ということで、ワクワクしながら読み始めたのだが、冒頭のバッハで(勝手な)期待は早速裏切られた。1曲目の管弦楽組曲、2曲目のブランデンブルク協奏曲はいずれもリヒターが一位。リヒターの録音は50年前の演奏であり、30年前にも歴史的名盤だった。だからこそ歴史的名盤なのだろうが、あんまり新鮮味がない。曲によって細かい異同(もちろん前回の順位を覚えているわけではなく、記憶との比較。)はあるものの、鍵盤曲は全部グールド、宗教曲はリヒター、アーノンクール、ガーディナーといったところが並んでいて、新しい名前は鍵盤以外の器楽曲に見つけることができるのみ。

バルトークも状況は一緒でライナー、ブーレーズ、アルバン・ベルクと、まさに定番のまま。

少々、残念な気持ち(というのもおかしいのだが。。)で読み進んだところ、うれしいことにベートーヴェンの交響曲では大きな変化があった。「音楽いろいろ鑑賞日記」のakifuyu102さんが何度もお奨めされているP・ヤルヴィの演奏が大躍進だ。カルロス・クライバーの録音が残った3曲、フルトヴェングラーの「合唱」、ワルターの「田園」は点数上越えられなかったが、それ以外の交響曲はすべて1位。(6、7番以外の7曲で1位か2位。)古楽器演奏、ピリオド奏法の登場以来、ベートーヴェンの演奏は新旧演奏スタイルが入り混じって点数も相当ばらけているので、その中でこれだけ安定した評価はすごい。ヤルヴィのベートーヴェンはまだ聴いたことがないので早速聴いてみなくては。

ベートーヴェンの交響曲では僕が好きなショルティは全9曲で1点も評が入らず、バーンスタイン/VPOもほぼ姿を消した。初出の頃に評価が高いとは思わなかったアバド/BPOがそこそこ上位にランクインしており、ほぼ同じ時期に出て両極端に違う演奏スタイルだったシャイーとティーレマンは双方ともぼちぼち評価されている。フルトヴェングラー、ワルター、クレンペラー、セル、クリュイタンスといったモノラル・ステレオ初期の演奏も顔を出しているし百花繚乱の様相。なかなか面白い。

同じベートーヴェンでも交響曲以外は定番スターソリストの名前が続いてあまり変わり映えしない。つい先日記事を書いた「ハンマークラヴィーア」では僕の感想と真逆でポリーニが圧勝で1位。R・ゼルキンの演奏は一人が最高点をつけただけだった。これから、この人の評論はちょっと注目してみよう。

ベルリオーズの「幻想」は予想通りミュンシュ/パリ管が1位だったが、2位にMTT/SFO、3位にミンコフスキがランクイン。両方とも未聴なので近々これも聴いてみたい。

SME Series IV

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海外のショップに発注していたSMEのSeries IVが一昨日、家に届いた。GW中に届けば良いなと思っていたのだが、ありがたいことに思ったよりもだいぶ早く到着した。

例に漏れず中古品なので、マグネシウムパイプにはアームレストに当たる部分に擦り傷があるし細かい部分で使用感もあるのだが、元箱入りで付属品もすべて揃っていた。ねじ類はなぜか開封した後もない。取付に必要な工具も袋に入ったままなだったので、他にもこの製品や工具を共用するSeries Vを持っている人が売りに出したのだろうか。

同じ英国のREGAが自社製プレーヤーに搭載するために開発した画期的な一体型アームが世界中のアーム市場を席捲したことを受け、SMEは86年に現在も同社の最高峰アームであるSeries Vを発売する。すでにSeries IIIでユニバーサルシェルは捨てていたが、Vではアーム交換もできなくなった。カートリッジはアームをプレーヤーに取り付ける前に装着することが必要だ。

今回手に入れたSeries IVはSeries V登場の翌年、Series Vのコストカットモデルとして登場した。最大の違いはバランスの取り方で、Vはダイナミックバランス方式、IVはスタティックバランス方式である。この違いから外観上、IVには針圧調整ダイヤルがない。マグネシウムパイプ等主要部品は共通だが、内部配線や付属のケーブルの素材も違う。(ただし、最新製品は輸入元のサイトによれば、これらも共通。)

見た目で言えば、Series Vは真っ黒で実に精悍な印象だ。できればVが欲しかったのだが、高いし中古も見つけられなかった。ちなみに国内定価(税込)はVが75万円、IVが54万円。本国ではそれぞれ40万円、27万円、アメリカでは36万円、25万円である。どこで買っても高いことに変わりないが、アメリカの2倍以上する日本の定価は異常だと思う。

Series Vについてはポジティブ・ネガティブ問わず、ウエブ上でけっこうたくさんの記事が読める。翻ってSeries IVについてのレビュー記事は非常に少ない。Vの影に隠れて地味な存在だし、この価格帯のアームを新品で買うくらいの人にとっては両者の価格差は積極的にIVを買うほどのものではないのかも知れない。今となってはどうやら人気がなさそうだ、というのはSeries IIIと一緒で、僕にとっては好材料である。おかげでVに比べてIVは中古も安い。

このアームを購入したのは、アームの名門の最新作(といっても30年近く前のデビューだが。)はどんな音がするのか聴いてみたいと思ったのが最大の理由だが、それに加え、ユニバーサルシェルを介することで、音は耳で聴いて確認できるほど劣化するのかを知りたかったということもある。

自重700g以上もあるSeries IVはTD321Mk2には重すぎるのでDDX-1000に設置した。その方がアーム装着もはるかに簡単である。手持ちのアームベースが本来ロングアーム用のAX-4Gしかないので、スライドベースを最も後ろに下げた位置でギリギリ針先が指定の場所に落ち着いた。

アーム本体はSeries IIIの後継機とは思えないほどガッシリしている。マグネシウムのパイプはほかのアームが栄養失調児に見えるほど太い。テーパーが付いているのは固有振動を排除するためとのことだが、同じ目的のためにパイプの厚みも変えているらしい。

このアームに装着するカートリッジは迷わずShelterのModel 7000とした。僕が持っているカートリッジの中で最も高性能だし癖がないのでアームの違いもわかりやすい。自重11gのModel 7000は5g~14gというSeries IVの対応カートリッジ重量にもピッタリ合う。

カートリッジ装着はSeries IIIよりも楽だった。トーンアームケーブルがそのままカートリッジリードになっているIIIの配線は本当に細く、ちょっとしたミスであっという間に切れてしまう。IVのリード線は予想に反して太くしっかりしているので安心して装着できた。

実は手持ちのアームはRigid Float以外みな中古なので、WE-308もFR-64sもAC-3000MCもSeries IIIもアームリフターの降下速度が早く、自分で調整しながらゆっくりリフターを下さなくてはならないのだが、このSeries IVのリフターは正常動作してくれた。リフターのありがたみを実感。

装着以来、いろいろな曲を聴いてみたのだが、この組み合わせは唖然とするほど音が良い。

音の立ち上がりが早く、解像感が素晴らしい。音に濁りがなく、ピアノは打鍵音が明確なだけでなく、響きが実に綺麗である。最近よく聴いているグールドのワーグナーアルバムではまるでピアノが高級なものに取り替えられて、ステージが前後左右とも拡大したかのようである。FR-64sに付けて聴いた時もこのカートリッジは良い音だったが、組み合わせでの評価では明らかにこちらの方がグレードが上である。

Series IV レビュー/tnt

Series IV レビュー/6moons

上記はいずれもSeries IVについてのレビュー記事だが、内容は正反対。tntは絶賛記事で記者はレビュー後、Series IVを自身購入したと書いている。6moonsの方は、酷評も良いところで称賛の言葉は一言もない。

音に関しては良し悪しと言うより好き嫌いになってしまうが、少なくとも僕はこのアームとカートリッジの組み合わせに大満足である。

とはいえ、ほかのアームがダメかというとそうでもない。グールドのアルバムを引き続きSPU-AE/WE-308/C-2080という組み合わせで聴いてみたが、こちらの組み合わせには違った良さがある。ピアノの響きはより余韻を増す。おそらくSeries IVよりも雑味が増えているのだが、酒と同じでそれもまた良しである。

このアームにほかのカートリッジを付けたらどんな音がするのか聴いてみたい気もするのだが、正直言ってカートリッジ交換はかなり面倒。利便性と絶対的性能の両立はなかなか難しいようである。

ベートーヴェン交響曲第6番「田園」 : バーンスタイン

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ベートーヴェンの「田園」は僕が生まれて初めてちゃんとしたLPで聴いた交響曲。親がステレオを購入した際の特典LPが「英雄」と「田園」の二枚組だった。指揮者は誰だったのだろうか。グラモフォンだったからカラヤンか。クラシックを真剣に聴くようになったのは高校時代なので、この時の指揮者ははっきりと記憶していない。

最初に聴いた時にはどちらの曲もあんまりピンとこなかったのが本当のところ。「田園」の第一楽章はさすがに聞いたことがあったが、二楽章以降はひたすら長く、最後まで聴きとおせたのはかなり経ってからだ。

ある日、「田園」のB面を聴きながら半分うとうとと寝てしまったことがあったのだが、最終楽章のメロディが聴こえてきたところでハッと目が覚めた。このメロディは聴いたことがある。これは「田園」だったのか!思えば、この瞬間が僕がクラシックに興味を持った最初の瞬間だったと思う。最近はどうなっているかわからないが、当時、「田園」の最終楽章のテーマは「桃屋のいかの塩辛」のコマーシャルに使われていたのだ。

ということで、それ以来、「田園」はベートーヴェンの曲の中でもマイ・フェイヴァレットの一つである。ただし、思い出すのはいつもドイツの田園ではなく、故郷の夏の田園風景だ。

バーンスタイン/ウィーンフィルのベートーヴェン交響曲全集はどの曲も安心して聴けるレベルの高い演奏で「田園」もその例に漏れない。もっとも、この曲は名曲中の名曲なのでステレオ初期からモントゥー、ワルター、クリュイタンス等々名盤がたくさんあるし、どの演奏を聴いても楽しい曲だ。

ウィーンフィルの音色は「田園」にピッタリ。嵐の描写も迫力満点。とっても良い演奏だと思う。録音も良い。

シューベルト交響曲第9番「ザ・グレイト」 : デイヴィス

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サー・コリン・デイヴィスの「ザ・グレイト」は何種類か録音があるが、おそらく最初の録音でオケは当時主席客演指揮者を務めていたボストン響。リピートを省略せずに演奏しているので総演奏時間は一時間を超える。

かなりゆっくりした序奏から大きくテンポを上げて快速に主題に入る。歯切れが良く快活な演奏だ。金管の鳴り方も開放的でおおらかである。こういう能天気な演奏も悪くない。第二楽章もリズムが鋭く始まるが、中間部では弦楽器と木管が繊細で美しい掛け合いを聴かせてくれる。とはいえ、総じて男性的で筋肉質な演奏と言える。ジャケット写真のデイヴィスの容姿から想像するにピッタリの演奏である。

第三楽章スケルツォはテンポが少し遅すぎる。反復を省かないので余計にそう感じる。が、このゆったりしたところが功を奏して中間部は非常に良い。僕は「ザ・グレイト」の中でこの部分が一番好きなので、この点だけでこのアルバムが好きになった。どこか「田園」の中間楽章を想起させる演奏だ。

終楽章はテンポも上がって快適な演奏である。「ザ・グレイト」の名盤としてあまり名前を聞かない演奏だが、最初から最後まで力の籠もった力演だと思う。

録音は80年でアナログ録音末期のもの。フィリップスの録音らしく殊更に解像感を強調しないので大音量で聴いても聴き疲れしない。

マーラー交響曲第9番 : バルビローリ

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バルビローリ/BPOによるマーラー交響曲第9番は僕がマーラーを聴き始めた頃、稀代の名演奏と言われていた。今でもCDが現役盤だし、この曲の演奏として忘れられることはないだろう。

僕はCDでこの演奏を初めて聴いたが、初期のCDだったせいかコンパクトシステムコンポで聴いたせいか、なんともピンとこない冴えない演奏にしか思えなかった。

バルビローリという指揮者の演奏はヒューマンな人柄とか血の通った温かい演奏といった表現で語られることが多く、少なくとも若い頃の僕はマーラーの演奏にそういった要素をあまり求めていなかったので、一部のバーンスタインとかテンシュテットのほとんどの演奏が苦手で、この演奏もそういう文脈の中で捉えてすっかり興味を失っていた。

それでもディスクユニオンに並んでいたLPを手にしたのは、レコードの左上にあるEMIのマークがなぜか黒いテープで隠されているのを見て何か秘密でもあるのかと気になった上に、2枚組でたった200円という価格に惹かれたからだ。

黒いテープはジャケットだけでなくアルバムのレーベルにも貼ってあった。傷でもあるのかと思ったのだが、そうではなくて意図的に丁寧に本来ならばいるはずの犬のマークが隠されている。見本盤なのか何なのか、真相は藪の中だ。それにこのアルバム、2枚組だが3面しかない。したがって2枚目のB面は溝がない。こういうレコードも初めてだ。

LPを聴いて記憶の中にあった冴えない演奏という印象はすっかり改められた。

最近の演奏に比べてさっぱりとしたスリムな演奏だが、少し暗めな音色がこの曲の曲想に合っていて、第一楽章などしみじみと沁みてくる。盛り上がる局面ではテンポが速くなるが、この曲にまだそれほど親しみがないせいか、そういう時に名手BPOにしては縦のラインが揃わないことがたびたびある。しかし、終始弦楽器は美しい。ゆらゆらと揺れながら弦楽器が掛け合いする様にハッとすることもしばしば。

総じて切なくはかない演奏である。聴いていて苦しくなる。録音が違うとか再生装置が違うから演奏の印象が変わったのではなく、こういう演奏が好きになったということは自分も歳を取ったということかもしれない。

スクリャービン ピアノ協奏曲 : アシュケナージ

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昔からスクリャービンのピアノ曲が好きなことは以前、プレトニョフのスクリャービンアルバムを紹介した際にも書いたが、中でもこのピアノ協奏曲は高校生の頃からずっと好きな曲の一つ。あまり録音に恵まれない曲だし、何枚かほかの演奏も聴いたことがあるのだが、個人的にはこのアシュケナージ/マゼール盤が圧倒的にお気に入り。物置で生き延びたアルバムの中の一枚だ。

人気があるとは言えない曲なのでご存じない方も多いと思うが、この曲、まだスクリャービンが若い頃の作品で、全編ショパン+ラフマニノフという感じで切なく美しいメロディに溢れている。実にわかりやすくロマン派の音楽で、様式的には画期的なところは何もないと思うが、そんなことはどうでも良い。全編で30分弱の曲だが、聴き始めると最後まであっという間に終わってしまう。

71年の録音なのでアシュケナージ、マゼールともまだまだ若手の頃。表現も若々しく、全体的にはさっぱりと口当たりが良い。今、この二人が再録音したら恐ろしく濃厚でくどい演奏になりかねないが、幸運なことにマゼールの指揮も実に真っ当で繰り返し聴くにはこれ以上の演奏はないと思う。

アシュケナージはスクリャービンの録音を結構残しているので権威と言って良いと思うが、僕が最初にこの作曲者に嵌ったホロヴィッツがこの曲の録音を残してくれたらどんなに素晴らしかったかと思う。

併録されているのは音楽史的にはより価値が高いと思われる「プロメテウス」。鍵盤により七色の光を発する色光ピアノが採用されていたり、その光を投影すべく合唱団は白いローブを着ることが指定されていたりと革新的なオーケストレーションが用いられているが、このレコードを買って以来30年、一度も聴いたことがない(笑)。今日もB面を聴かずにレコードを仕舞うことにした。

ヴェルディ序曲・前奏曲集 : カラヤン

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アバド盤と同時に購入したカラヤン/BPO盤。いきおい比較しながら聴くことになるが、アプローチが全然違うので実に面白かった。

アバド盤の良さは若々しさと伸びやかなカンタービレ。一方、カラヤン盤ははるかに劇的で格式高い古典的なアプローチである。アバド盤、カラヤン盤ともイタリアのオーケストラではないが、アバドのロンドン響に比べるとBPOは重厚。加えてカラヤンの指揮がダイナミクスを大きくとって聴かせるので最強奏時はかなりのパワーである。ほとんどの曲がカラヤンにとって唯一の録音でデジタル録音時代に再録音していないので、正直、ヴェルディを特に気に入っていたわけではなさそうだが、相変わらずそうしたことを感じさせない完成度の高さである。

どちらを選ぶかというと非常に難しい。もはや別の音楽と言って良いくらい違う。これを聴いてますますアバド/BPOの演奏が聴いてみたくなった。

交換針ととあるお店の話

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左は先日、追加で購入したStanton 881S。右も同じ881Sだが何かが違う。左(白)はすでにかなり前に販売中止となっているStantonオリジナルのD81という針で右(黒)は互換針だ。ちなみに互換針にブラシは付いていないので一つのブラシを使いまわしている。

僕が買った881Sは外見はかなりぼろかったが針は意外と綺麗で、しばらくは問題なく使えそうだった。Series IIIに付けて聴いたところとても好印象だったので、それ以降、付けっぱなし。消耗品だからいつか針はすり減るだろう。そうなったら古い物だけにあきらめるしかないかと思っていた。

ふと交換針があるのかだけ確認しようとウエブで調べるととある交換針の専門店のサイトを発見。スタントンもラインナップされていてD81もある。ただしオリジナルではない。オリジナル至上主義の方にとっては問題外なのだろうが、性能も知りたいし、もしかしたら新しい針の方が良い可能性すらあると思って注文した。需要の少なさを考えると非常にリーズナブルな価格であったのも購入を後押しした理由の一つ。

火曜日に注文したのだがクレジットカードが使えないので銀行振込を選択。翌、水曜日は仕事が忙しくて振込できず、木曜日にようやく振り込んだのだが、その日、帰宅したところ驚いたことにもう針が到着していた。振込前に発送するという商売は最近、あまり見かけない。しかも僕はこの店、初めて利用するというのに。

それだけでそこはかとなく良い気持ちになっていそいそと針を交換し、レコードを聴いてみた。一聴してオリジナルの針と大きく変わらない。と思ったのだが、ピアノで試そうと思ってグールドのワーグナーアルバムをかけたところマイスタージンガーの冒頭、最強音が歪んでしまう。ブラシが筐体に悪さをしているかと思って外してみたが結果は同じ。オリジナルの針に戻すとなんの問題もない。これは残念だ。。。お店の感じが良かっただけに尚更である。仕方ない、勉強代だと思って納得した。互換針は互換針だったのだ。

クレームする気も返品する気もなかったのだが、あまりに気持ちの良いお店だったのでメールだけした。「迅速な発送、ありがとうございました。残念ながら互換針は音が歪みました。クレームする気はありませんが、今後の御社のビジネスのために報告します。」概略、こういう内容だ。

翌日、返信が来た。「今後の事も御座いますので交換させて戴きます。返却戴きました針を調べて改良点がありましたら修正したいと思います。別な針をお送りしますのでお手数ですが再度音質を確認して戴き前の針を返信用封筒にて返送して戴きたいと思います。」

金取っている商売だから当たり前と思うかもしれないし、人によっては音が歪む針を売られて勉強代と言っている僕の考え方の方がおかしいと思うかもしれない。が、この対応が僕にとってとても気分の良いものであったことは間違いなく、だからこそ、こうして記事を書いている。

今日は関東地方は天気が悪く肌寒い一日だった。そんな中でゴルフをして心底冷え切って家に帰ったところ、代わりの針が到着していた。外見は前回の針とまったく同じ。天井部がルーペになっていて針先が拡大して見えるナイスなプラスチック製ケースに入っているのだが、目を皿のようにして覗いてみても違いはない。

取り替える時、今度は歪まないで欲しいと思った。自分にとってもお店にとってもそれが望ましい。手始めに別のレコードをかける。音の出方に余裕があり問題なさそうだ。いよいよグールドをかける。冒頭なので勝負は一瞬である。

大丈夫。今度の針は大丈夫だ。なんの問題もない。個体による相性があるのかそれとも製品の歩留まりの問題か。どちらかはわからないが、きっとこれからお店で調べて改善してくれるだろう。

で、互換針の音はどうだろうか?うーん (゜-゜) よく分からない(笑)少なくともそれくらいのレベルにはある。わかりやすく見た目が変わるのでオリジナル派の人にはお薦めしないが、すり減った針を後生大事に使っているよりも精神衛生上よろしい。何より、この針はほんのりと温かい気持ちを運んでくれた。それがプライスレスである。

ベルリオーズ「幻想交響曲」 : ミュンシュ

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「幻想交響曲」の録音の中でお薦めの演奏を一枚挙げよと質問されたら最も多くの回答を集めそうなのが、このミュンシュ/パリ管の演奏だ。

67年録音だからもうずいぶん古い録音になるが、フランスの威信をかけて創設されたパリ管の記念すべき第一回コンサートもミュンシュ指揮の「幻想交響曲」だし、結局、このアルバムがこのオーケストラの代表作と言えそうである。

この曲に初めて接した頃にはすでに絶対的な定番という評価が確立していたし、何度かCDを買ったり売ったりしたこともあるのだが、今まで手放しで良いと思ったことがなかった。結局、それが売ってしまった原因なのだが、初めてアナログ盤を聴いて印象は一新された。

これだけの名盤になるとCD初期からずっと現役なので複数のマスタリングが存在すると思うが、僕が今まで購入したCDはみな、ミュンシュの情熱的で激しい指揮ぶりを強調したかったのか、いたずらにコントラストがきつく、結果として録音が荒っぽく、刺々しいものばかりだった。最近になってパリ管初演のライブ録音もリリースされたが、それも同様の傾向があって、聴き終えるとほとんど暴力的な印象しか残らない。

今回、入手したアナログ盤は76年にプレスされたごく普通の中古LPだが、ライナーノーツの最後に東芝が新しい技術でカッティングしたと記されている。要するにレコードを作成する際に用いる針と再生する際の針の形状の差により生じる歪を低減するために、その歪を打ち消す補正信号をマスターに追加して作成したということらしい。今となってはそんなことはしないで欲しいと思わないこともないが、演奏効果の強調のためにマスターそのもののバランスを変更するよりはきっとマシだろう。

LPからピックアップされる音はCDのそれと比べて実に自然だ。演奏そのものは同じだから情熱的で激しい演奏であることに変わりはない。テンポや音量は時として大きく変化する。しかし、オーケストラの響きは常に美しく、ヴァイオリンがささくれ立って聴こえることもないし、金管がヒステリックに咆哮を上げることもない。これは実に良い演奏である。高く称賛されるのも宜なるかな。半世紀近く名盤とされてきたことにようやく納得が行った。

トーンアーム

アナログを始めて5か月。ビクターのQL-A7を皮切りにケンウッドのKP1100、トーレンスのTD321Mk2とプレーヤーを買い替えてきた。QL-A7とKP1100はとても使い勝手が良く音も良いプレーヤーだったが、個人的にはTD321Mk2の何というかしっとりとして落ち着いた雰囲気の音の方が好みだった。

QL-A7とKP1100に同じカートリッジを付けてみてはっきりとした音の違いを感じたからプレーヤーが違えば音も変わることは間違いない。とはいえ、もしもこれらのプレーヤーにTD321Mk2についていたMicroのMA-707Xを装着することができたとしたら、TD321Mk2の方が確実に好みの音かというと定かではない。Rigid Floatを買い足してみてわかったのは同じプレーヤーに同じカートリッジを付けてもアームが違えば音はずいぶん変わることだ。

それに同じアームで鳴らしてもカートリッジによっては上手くならないこともわかった。MA-707Xに付けたAT-F7は価格の割にとても良い音で鳴っていたが、Rigid Floatではパッとしなかった。アームによって調整可能なカートリッジの重さが違うことは知っていたが、カートリッジによって針圧や針の動きやすさが違い、アームにもカートリッジによって得意不得意があること、したがって両者には相性みたいなものがあることはこうした体験でようやくわかってきた。

音楽を聴きながら、針がレコードの溝をなぞっているのを眺めていると不思議な気持ちになる。こんな細い溝にフルオーケストラのすべての楽器の音が詰まっているなんて驚くべきことだ。

ゆらゆらとレコード盤のわずかな反りに合わせて上下するアームを見つめながら、僕の関心はだんだんアームに移ってきた。基本の原理は秤ややじろべえと同じだが、目に見えない細い溝の中のさらに細かい一つ一つの音を取り出す作業を任されたカートリッジができる限り良い仕事をするためにはしっかりとした土台が欠かせない。上下左右に細かく振動するカートリッジをがっちり支えながらレコード盤の上を滑らかに動かなくてはならないという二つの相反する仕事がアームに任されている。

アームを交換する術を知らなかった僕が、ただ置くだけで良いという理由だけで見つけたRigid Floatは、この二つの相反する仕事を達成するために長年にわたって世界中のメーカーが重ねてきた工夫の最新のソリューションを提案していたのだが、ようやくこのことがわかった途端、それまで高い評価を受けてきたアームからはどんな音がするのか知りたくて知りたくてたまらなくなった。

手始めに交換したのが何度か記事を書いたSMEのSeries III。このアームは基本的に軽針圧、ハイコンプライアンスカートリッジを想定して造られていると言われている。この目的のためにユニバーサルシェルを捨て、軽いチタンのアームに非金属のシェルを装備しているのだが、実は錘の重さも針圧も調整次第でほとんどのカートリッジに対応可能であり、フレキシビリティを併せ持っている。とはいえ、手持ちのカートリッジでは一番軽いAT-F7が一番相性が良く、最近追加したStantonの881Sはさらに好印象だった。やはりこれくらいの重さ、柔らかさのカートリッジが得意分野なのだろう。

同じ組み合わせをお持ちの「のす爺ィさん」のブログを運良く発見できたのでTD321Mk2に無事Series IIIを搭載できたが、このプレーヤーにあれこれ違うアームを取り付けるのは簡単ではない。それはそうだ。メーカーに言わせれば、そもそもあれこれアームを交換することが想定外だろう。

複数のアームを同時に搭載することを前提としているプレーヤーは決して珍しくないが、結局、それぞれのアームの固定法とアームの支柱の太さが異なることから対応するアームベースを手に入れなければならず、そこがネックである。なかなか悩ましい思いでいたところ、最近、僕の欲求を満たすのに最適なプレーヤーを見つけた。

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それがMicroのDDX-1000というプレーヤー。このプレーヤー、見た目は確実に好き嫌いが分かれそうだが、僕みたいなアーム取り替えたい病患者にはこれ以上、最適なシステムはない。しかもMicroのプレーヤーの中では例外的に安い。古いこともあるが、Microの代名詞である糸ドライブではなく、一時期のみ販売されていたダイレクトドライブであることも人気がない理由の一つと推察する。

僕が買った個体は金属部分はくすみ、ターンテーブルはシミだらけ。ターンテーブルのシミは掃除しても綺麗になりそうになかったので薄いターンテーブルシートを敷き、すっかりへたっていた脚も交換した。ただ、ありがたいことに回転系だけはしっかり手入れされていて、コントローラーの基盤も修理済だった。

ご覧の通り、このプレーヤーには120度おきに三か所アームを取り付けるための支柱がついていて、そこに当時はMicroが、今は一般の金属加工業者の方が販売している数種類のアームベースを装着する。これで実に簡単に各種アームを取り付けることができる。

取り付けた3つのアームはすべて日本製。3つとも販売開始は70年代だが、入手した個体はいつ頃生産されたものだろうか。アームの仕事を全うするため、それぞれが少しずつ違う工夫を凝らしているが、眺めているとそれは大した問題ではなくなってくる。機能が姿をなした造形が実に美しい。オルトフォンやSMEといったヨーロッパの先達を手本にデザインされたことは間違いないが、日本製には日本製にしかない造りの良さがある。

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もっとも古いSAECのWE-308。いかにも真面目に造りましたという形で操作しても堅牢感は最も高い。このアームのことはまた追って詳しく紹介しようと思う。

ストラヴィンスキー「兵士の物語」: マルケヴィチ

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語り手がジャン・コクトー(ジャケットデザインも。)、悪魔役がアカデミー賞俳優のピーター・ユスティノフ、指揮がイーゴリ・マルケヴィチという豪華メンバーによる「兵士の物語」の定番演奏。

3大バレエ曲作曲後、スイスを訪れた時に第一次世界大戦、ロシア革命が勃発して亡命者となったストラヴィンスキーが作曲したこの曲は、3大バレエ曲と編成も曲想も全く違う。同じ作曲者が書いた曲とは思えないほどの変貌ぶりだ。

この曲を最初に聴いたのは確か高校生の頃で、FM放送だったと思う。レコードではなくライブ演奏だった。語り手の入らない純粋な管弦楽バージョンだったが、兵士の行進曲のどこか滑稽なオープニングを聴いた瞬間から釘づけになった。物語をしっかり読むと意味深なストーリーだが、音楽的には非常に親しみやすい。

マルケヴィチの指揮による合奏にリズミカルかつ表情豊かに合わせるコクトーの語りが素晴らしい。フランス語なので対訳なしには意味不明だが、言葉も演奏の一部として聴いているだけで十分楽しめる。

63年の録音だが音は良い。

ピアノによるワーグナー・コンサート : グールド

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グレン・グールドはピアノに編曲された管弦楽曲を何枚か録音していて、それらのレコードには中高生の頃、とても興味を惹かれたのだが、結局、限られた予算の中で買える数少ないアルバムの対象となることはなく、CD時代にはすっかり存在も忘れていた。

先月末、中古アルバムをけっこうまとめて購入した際、このアルバムを発見。これだけでなくリスト編曲のベートーヴェンの交響曲もあったが、まず一枚試しに聴いてみようと購入したのがワーグナー・コンサート。先に結論を書いてしまうとベートーヴェンも買うべきであった。まだ残っていることを祈る気分。

一曲目の「マイスタージンガー」、もう最初の数十秒ですっかり虜になってしまう。もちろん、原曲が好きだと言うこともあるが、原曲の良さを存分に残しつつ、グールドのバッハと同様、ピアノの響きと絶妙なリズム感でまったく違う魅力を伝えてくれる。計算されつくしているに違いないのだが、演奏からは即興性のようなものを感じる。たくさん装飾音が付されているが、一音一音無駄な音は一つもない。なんて凄い演奏なんだろう。

「神々の黄昏」も「ジークフリート牧歌」もそれぞれ素晴らしい演奏だが、個人的には最初の「マイスタージンガー」が一番好きだ。最初のインパクトが強すぎただけで、もしかしたら、聴き続けていくうちに違う感想を持つかもしれないが。

この時代のグールドとホロヴィッツのソニー録音に共通して感じるのだが、ピアノの音が独特に響く。録音のせいではなく、この二人のタッチが特別なのかもしれない。余韻には少し、ワウを感じる。だからといって、この演奏の価値に傷をつけるようなことは全くない。

ヴェルディ序曲集 : アバド

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まだまだ若々しいアバドが写ったジャケット写真に惹かれて購入したアルバム。その隣にはカラヤン/BPOのヴェルディ序曲・前奏曲集もあったので合わせて購入した。それぞれ70年代の録音。

アバドはイタリア人なのに、ヴェルディは演奏したがプッチーニは頑なに演奏しなかった。よくそれでミラノ・スカラ座の音楽監督が務まったと思うが、この、いかにも好きな曲しか演奏しないところがまたアバドの良いところだ。

このアルバム、「アイーダ」が収められているが、通常よく演奏される前奏曲ではなく序曲が録音されている。もともとヴェルディ本人が作った曲だそうだが、リハーサルの段階で取り下げられて存命中は演奏されることがなく、20世紀半ばになってから演奏されたということだ。この録音が世界初録音らしい。曲は前奏曲の出だしに加えてオペラの主要な動機というか主題が次々と聴こえてきて、本当に短く切り詰めたダイジェスト版のような音楽である。前奏曲の倍以上の長さがある。初めて聴いたが、面白いと思う一方、少し間延びして緊張感に欠ける気がする。演奏は完璧だが。

アバド/ロンドン響の演奏はこの曲も含め、躍動感に溢れていてワクワクするような音楽をつくっている。推進力があってしなやかでメロディはよく歌う。いや、素晴らしい。

カラヤン盤との比較が楽しみだ。

ベートーヴェン「ハンマークラヴィーア」 : ゼルキン

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ホロヴィッツが別のピアニストに生まれ変わるとしたら誰が良いかと聞かれて答えたのが「ルドルフ・ゼルキン」だったとどこかで読んだ。(と記憶する。勘違いだったらごめんなさい。) 同い年の二人だが芸風はかなり両極端に違う。華やかで破天荒なホロヴィッツ、練習熱心で地味で優等生なゼルキン、というイメージがある。

ホロヴィッツの演奏は技術的に大きく衰えた晩年に限らず、その有り余る個性ゆえ曲によってはちょっと違うかもと感じてしまうことがままあるが、ゼルキンの演奏でそういう気持ちになったことは今のところない。どの曲に対しても誠実に丁寧にクオリティの高い演奏を聴かせてくれる。

69年に録音されたこの「ハンマークラヴィーア」は、ゼルキンの名前からイメージする演奏とはちょっと違う。悪い意味ではなく、期待をはるかに超えて良いという意味で違うのだ。

たまたまこのLPを見つけた時にポリーニの「ハンマークラヴィーア」もあったので両方買った。ゼルキンの演奏には渋い大人の演奏を、ポリーニの演奏には切れ味鋭い鋼の演奏を期待して買ったのだが、両方聴いてみて期待は完全に外れた。もう、最初から最後まであらゆる面でゼルキンの圧勝である。

最初の一音が出た瞬間からその煌きとパワーに圧倒される。ピアノを壊さんばかりの打鍵だ。ピアノがゼルキンに支配されて必死になってあらんかぎりの音を出しているように感じる。じっくりしたテンポなので、第一楽章だけで2分近くゼルキンの方が遅いが、むしろポリーニは何を焦っているのか、と感じる。自信に満ち溢れた素晴らしい演奏だ。

2楽章は一転して快速、あっという間にA面が終わる。3楽章のアダージョは深く陰影に富んで魅了する。転調するたびに表情がはっきりと変わる。実に繊細で温かい演奏である。終楽章もまた圧倒的な名演である。誤解を恐れずに言えばここでの鋼のタッチはそれこそホロヴィッツを彷彿とさせる。

録音は新しくないが、ピアノの響きを細かく捉えつつ、刺々しくなく聴きやすい。名盤だ。

FUTURE SHOCK : ハービー・ハンコック

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今日は仙台に出張。彼の地はちょうど桜が満開だった。見事な青空の下、満開の桜はなんとも美しく、カメラを持って行けば良かったとちょっと後悔した。まあ、持っていったとしても商談のみでトンボ返りだったのでゆっくり写真を撮る時間もなかったか。

直帰だったのでいつもよりかなり早く帰宅できた。今日はなんとなくクラシックという雰囲気ではなく取り出したのがこのFUTURE SHOCK。83年のリリース。A面1曲目のRock Itから猛烈に格好いい。ジャズに分類されているが、そういうジャンル分けが馬鹿らしくなるような、クラシックでジャズでロックなアルバムだと思う。なんといっても、もういい年のうちの母親が隣の部屋からわざわざ覗きに来てタイトルを聞いていったくらいだ。老若男女問わず魅了する名盤である。

この曲、オーディオ的にもとっても楽しめる。録音も凝ってていろんな音源があちこちから聞こえてくるが、そうした細かい音の解像もさることながら、ベースとドラムのビート感が伝わってくるかどうかがもっと大事だ。個人的には、Rock Itも良いが、B面2曲目、AUTODRIVEが一番好きである。

このLPをAT-50anvで聴くとまるでリマスタリングしたみたいにシャンとした音がする。ヴェールをはぎ取ったような鮮烈な音だ。うーん、さすがに高いだけのことはある。オーディオ的醍醐味はすごい。どちらかというとハイ上がりで中低音は抑制が効いている。以前、CDも所有していたことがあるが、記憶ではここまでクリーンで鮮明な印象はない。

このレコードで試してみたかったのはもう一つのカートリッジ。SHUREのV15という王様のようなMMカートリッジがあり私も欲しいのだがオークションで負けまくり、いまだ入手できない。代わりにハードオフで針むき出しで転がっていたのがこれ。

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Stantonの881Sというカートリッジである。このカートリッジのことは仙人のショップのウエブサイトで知った。そこには「珍品、入手困難」と書いてあったのだが、その割には地元のハードオフに15,000円で転がっていた。。。写真にも写っているがブラシ付きの針部分はケースが歪んでいるし、見た目はボロボロである。ハードオフの保証では一番下の10日返金保証しか付かない。ちなみにこのブラシの付いているMMカートリッジは中高生の頃、憧れだったので、その意味では30年越しの夢が叶った。

早速、聴いてみたのだが、いやはや全然違う音楽が聴こえてくる。高音域は見事に引っ込み、その分、中低音の迫力がすごい。さっきまでのハイレゾ風サウンドは消えてなくなり、太くて黒い音楽が展開する。オーディオ的には完敗でも音楽的にはこっちの方がこのLPに合っている。

このカートリッジ、82年頃の製品なので、83年リリースのこの録音にはベストマッチングの時代の音なのかもしれない。

ブラームス弦楽六重奏曲第1番 : アマデウス弦楽四重奏団

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ブラームスの弦楽六重奏曲第1番は第2楽章が映画で使用されたことで有名らしい。残念ながらこの「恋人たち」という映画を見たことがないので、どういう場面で使用されたかもわからないのだが、なるほど第2楽章は気高くて切ない印象的なメロディだ。

この曲は初めて聴くので他の演奏とは比べられないが、アマデウス弦楽四重奏団の演奏はメリハリに富んでいてわかりやすい。ちょっと派手目なヴァイオリンをヴィオラとチェロが増強された中低音域が厚く支えていてとても聴きごたえがある。素敵な演奏だ。

それにしてもこの渋い曲を26歳で作曲したという事実に驚く。クラシック音楽界の巨星を凡人と比べること自体間違いだが、それにしてもすごいなあ。

66年の録音だが音はとっても良い。他の演奏も聴いてみたくなった。

Shelter Model 7000

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Shelterというメーカーもその製品もつい最近まで知らなかった。ウエブサイトを見ると住所が取手となっているので、日本の会社である。いつ頃からアナログ製品の販売を始めたのであろうか。

このカートリッジは中古で購入したが、針交換済なので実質新品に近い。前の持ち主の方がなぜ針交換したばかりのカートリッジを売ったのか計りかねるが、こちらにとってはありがたい限り。なにせ新品は16万円もするのだ。おいそれと買える製品ではない。機材を入れ替えした時に結果として物々交換となった品物の中の一つである。

最初はRigid Floatに付けて聴いたのだが、一聴して驚いた。透明で解像度が高く情報量がものすごく多い。それでいてエッジが立ち過ぎないので、耳にすっと入ってくる音である。昔のキャノンの1.2Lのような、非常に良くできた明るい標準レンズみたいなカートリッジだ。オールラウンダーとして何でも聴けるカートリッジだと思う。0.55mvと出力が大きいのにこれだけストレスのない透明な音が出せるというのはすごい技術だと思う。

このModel 7000を聴いてから他のカートリッジに交換すると良くも悪くもそれぞれがハッキリとした個性を持っていることがわかる。もちろん、そうした個性を楽しむのがアナログの大きな楽しみだから何の問題もない。標準レンズだけでなく望遠レンズや広角レンズが必要なのと同じことだと思う。それに聞き手一人一人の常用域は違うものなので、私にとっての標準レンズが他の人にとっては特殊用途のみにしか使えないこともあると思う。

Rigid Floatには製作者おすすめと聞くDl-103を付けることにしたので、現在、Model 7000はSPUと付け替えで別のアームに装着している。このカートリッジの推奨針圧はそれほど高くないが、どうやらしっかりとした重たいシェルの方が良い音で鳴る。自重に加えシェルの重さでそこそこの重さになるのでアームもがっしりしたものの方が合いそうだ。

超弩級クラスのカートリッジを聴いたことはないが、普通の部屋で普通にレコード鑑賞するためにこれ以上良い音が必要なのだろうかと思うくらいクオリティの高いカートリッジだ。

ライカ X1 (2)

カメラのことを考えるのも記事を書くのも実に久しぶり。LeicaのX1を買ったと昨年の4月19日に書いて以来、ちょうど一年ぶりの追記になる。

この時は直後にFujifilmのXF-1という良く出来たコンパクトカメラを買ったので、それ以来、海外出張やごくたまに外出時にカメラを持って行く時ももっぱらそちらを持ち出すことが多く、ほとんど使用していなかった。

最近では出張もブログに載せるジャケット写真を撮るときもiPhoneばかりでカメラ自体を使っていないのだが、Series IIIの写真を撮るに当たって久しぶりに引っ張り出したのがX1。液晶を見ながらイメージがあったモノクロにしたのだが、できた写真をPCで確認してみると予想以上にいい感じで写る。

諧調が多くてグラデーションがきれいに出る上、レンズとの組み合わせも良いようで像が柔らかい。ISOをオートにせず、800や1600といったフィルム時代の超高感度にセットするとちょうど銀塩フィルムのような粒子の粗さが出せる。

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カラーでも普通に綺麗な絵が撮れるが、個人的にはモノクロ専用カメラとしてもっと使ってみようと思う。

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SME Series III (3)

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火曜日に修理に旅立ったSeries IIIは予想外に早く木曜日に返ってきた。信用しないわけではないが、今度は現物を確認してから受け取りたかったので宅急便ではなく、一時間かけてショップまで引取りに行った。ネットでやり取りしたことしかなく、実際に行くのは初めてである。

ショップといっても修理と中古販売がメインなので外観は完全に民家だった。住宅街で駐車場がなく、向かいの月極駐車場にちょっと停めようとしたところ、気付いた店主が外に出てきて手振りで「そこはダメ」と言っている。顔を見てちょっと驚いた。白髪で髭をたくわえているので仙人のようだ。ウエブサイトの写真から60歳くらいの方を想像していたが見た感じ、80歳近いかもしれない。こんな方がこの細かい作業をしているのか、となんだか感慨深い。加えて、どういう理由であれ、あんな意地悪っぽいクレームメールを送ったことを後悔した。これからも末永くお元気でいられることを祈りたい。

アームは右チャネルのリード線を延長した上でしっかり半田付けされていたので、これでしばらくは大丈夫だろう。家に持ち帰ってとりあえず仮組みして音出ししたところ問題なし。良かった。

今日、ようやく時間ができたので、このプレーヤーに合わせるためにオークションで購入したトーレンスのMM-008というフォノイコライザーを繋いでみた。

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駆け込み買いこみでオークションや海外からいくつもアームとカートリッジを購入したため、それらの組み合わせが少し悩ましいのだが、TD321mk2はSeries III一本にしてフォノイコも同じトーレンスで組み合わせることにした。プレーヤーもガラスラックからソファの背中側にある作り棚に載せた。アンプまで距離ができるがイコライザーより後段なら大きな問題はないだろう。その間はプロケーブルの定番であるベルデンの8412の3mもので繋ぐ。

AT-50anvを装着したキャリングアームに付け替え、ゼロバランスを多少無視して針圧を1.8gにセット。音を出してみるとこれは実に自分の好みにピッタリの音である。オーディオテクニカのカートリッジはみなハッキリくっきりした明るい音で、人によっては軽薄と感じるようだが、少なくともSeries IIIと組み合わせる限り、情報量も多いし上から下まで量感も出る立派なカートリッジだ。オーディオテクニカでなければ、価格的にこの倍はするだろう。実際、このモデルのUSでの販売額は2,000ドル以上である。

トーレンスのイコライザーは実は以前、仙人に相談した際、お薦めいただいたもの。その際はMMポジションのみのMM001というモデルを教えてもらったのだが、流通量が少なく入手しずらい。使い勝手も考えてMCポジションもあるMM008にしたが大正解だった。良い音だ。

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この組み合わせの唯一の問題は、御覧の通りネジの長さが長すぎて見事な角が生えてしまうところだ。前から見ると牛みたいである。。。

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レイアウトを変える前のワンショット。追加のアームやプレーヤーについては今後おいおい記事を書く予定。

ストラヴィンスキー「春の祭典」 : カラヤン

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カラヤンの「春の祭典」、最初の録音。この演奏はストラヴィンスキー自身に批判されたということだが、作曲者本人の指揮する演奏と比較すると月とすっぽん、作曲者特権があるとはいえ、よく批判などできたものだ。

先日のバーンスタインの演奏が58年録音なので、その5年後の録音になるが、とにかくカラヤン/BPOの演奏はダントツに上手い。バーンスタインの演奏は演奏が盛り上がるにつれてオケがついていけず足がもつれて転びそうだったが、この演奏にはそういったところは皆無である。いや、実に良い演奏だと思うのだが、何がいけなかったのだろうか?

70年代の再録も素晴らしい演奏だが、どちらか一枚選ぶならこちらの方が私は好み。さらに後になってライブ録音された演奏も最近、正規盤としてCDでリリースされており、「ライブのカラヤンはスタジオ録音のカラヤンと全然違って素晴らしい」という評価みたいだが、ライブのカラヤンはライブで聴くべきで、録音を聴くならカラヤンが手塩に掛けたスタジオ録音に限ると思う。

63年の録音だが音はとても良い。この曲の名盤として名を連ねるべき演奏だと思う。

ブルックナー交響曲第9番 : クレンペラー

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クレンペラーのマーラーは大好きなのだが、クレンペラーのブルックナーは今までどうもしっくりこなかった。イメージ的にはむしろブルックナーの方がピッタリくるのだが。特に私が大好きな6番はまったくと言っていいほど合わない。

この9番は70年の録音。CDで聴いたことがあるかもしれないが記憶にない。200円だったのでダメ元で買ってみた。

最初から最後まで縦の線は相当ぶれる。ニューフィルハーモニア管が下手くそということはないと思うので、クレンペラーの指揮が原因だと思うが、しかし、そのあたりは大した問題ではないと感じられる演奏だ。曲想とクレンペラーの音楽の作り方がピッタリマッチしている。

弦のピッチカート一つとっても重みがあって全体の音楽がとても大きい。リズムは丸みがあって粘っこい。いつもの通り木管の主張も強めで全体にとても個性的な演奏だが、これはこれでありだと思う。金管は深々としていて良い響きだ。

録音は透明感が少なめで鮮明ではないが、ホールトーンを程よく含んでいてオーケストラの厚みも感じる。変なリマスタリングをしていない分、聴きやすい。なかなか良い演奏だと思う。

SME Series III (2)

苦労して装着したSME Series IIIだが、大喜びでレコードを聴いていたのも束の間、また右チャンネルから音が出なくなった。。。

月曜日、珍しく早く帰れたのでヨドバシカメラの秋葉原店に寄ったところ、オーディオテクニカの50周年記念モデルであるAT-50anvがほとんど投げ売りされていて、思わず購入してしまった。家に帰って早速、SeriesIIIに付けてみたのだが、このカートリッジ、公称重量の10gより重いらしくゼロバランスがとれない。とりあえず針圧計で推奨針圧である1.8gにセットしたのだが、アームの高さも合わなかったので高さを調整した。さて音を出してみると右から音が出ない。キャリングアームの接触不良を疑って抜き差ししても復活せず。そうでないことを祈りながらアームを外してみると、やはり右のリード線が半田から外れてしまっている。

どうしてこうなるのかと思ってよく観察してみるともともと他の4本のリード線に比べて赤のリード線が妙に短い。さてはと思ってアームの高さを変えてみると案の定、アームを高く持ち上げると赤のリード線の長さが足りないのである。これでは、一定以上の高さにすると必ず断線する。ウエブサイトには「完動美品」と記載されていたのだが、ひどい話だ。

仕方ない。返送して修理してもらうしかない。そこそこ怒りに満ちたメールをショップに送ったところ、夜10時過ぎだったが、30分足らずで「送料着払いで送ってください。」と返信が来た。いつもと違って早くて丁寧だ。きっとこの欠陥に気づいていたに違いない。。。

カートリッジを取り外す際に、腹立ちのあまりつい力が入ってリード線を切ってしまった。これも合わせて残念ながら私のSeries IIIは修理に旅立って行った。

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取り外したSeries III。コップに入っているところも哀れだ。



モーツァルト交響曲第38番 : カザルス

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パブロ・カザルス指揮マールボロ音楽祭管弦楽団によるモーツァルトの後期6大交響曲のライブ録音は、私が高校生の頃に愛読していた交響曲名曲名盤的な本でお薦め盤になっていたのだが、実際聴いたのは初めて。ディスクユニオンには35番、36番、38番、39番という二枚のLPがあったので両方購入した。

演奏は熱演という表現が相応しい。強靭な推進力でドラマティックに演奏する。ベートーヴェンの交響曲を聴いているようだ。指揮者の意気込みもすごいもので、そこここでカザルスの唸り声や足踏みする音が聞こえる。最近の古楽器による演奏や古楽的な演奏とは対極に位置するロマンティックな演奏だ。同時に全体を通じてなんとも温かい血の通った演奏である。

演奏終了後はすべての曲に拍手が収録されている。こんな演奏を生で聴いたら聴衆もさぞかし興奮するだろう。マールボロ音楽祭管弦楽団の素性は知らないが、オーケストラも熱演。指揮者の求めによく応えている。BPOやVPOの演奏とはまったく違ったいろいろな意味で唯一無二の一枚。一聴の価値は十分ある。

36番以外は67年~68年の音楽祭での収録のようだ。59年録音の36番も含め、このライブ演奏の歴史的価値を記録するには十二分な音質。

実に良い演奏だった。

SME Series III

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TD321Mk2にはMicroのMA707Xが付いているのだが、もともとアームレスプレーヤーなのでアームは交換可能である。音の善し悪しは関係なく、交換できると知っていると交換したくて仕方がない。交換の仕方がよくわからないので手をつけずにいたが、その間、Rigid Floatを追加して二本のアームをしげしげと眺めたりカートリッジ交換でバランス調整したりするうちに、だんだんアームの動作原理がわかってきた。調整用のネジやダイヤルがいろいろあるので複雑そうに見えるが、原理は単純なものだ。だんだん、自分でも交換できそうだと思うようになり、ついに昨日、交換にチャレンジした。

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これが交換前の姿。右上に見えるアームボードごとアームを取り外し、そこに新しいボードとアームを設置する。

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まず、ターンテーブルを取り外す。トーレンスのプレーヤーはテーブルが二重構造なので、最初は外側のアウターテーブルを外したところ。

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ベルト、インナーテーブルを外し、裏蓋のネジを緩め、アームとアームケーブルごとボードを外す。

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アームボードを外したところ。中は空洞だ。

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取り外したMA-707X。5ピンのフォノケーブルかと思っていたが、そうではなくてボードの裏側にターミナルがあった。これは他の場所で使うにもけっこう大変そうだ。とりあえずしばらくお休みしていてもらおう。

交換するアームはSMEのSeries IIIにした。興味を惹くアームはたくさんあったが、アームボードを手に入れることを考えるとメジャーブランドが良いし、頼りないほどフレームがフラフラのTD321Mk2には重量級アームは合わないと思う。

SMEのアームにもいろいろあるが、実際に手に入れようとすると意外と選択肢は限られる。オークションで程度の良いものを落札するのも簡単ではない。どうしようかと思ってプレーヤーを購入したショップのホームページを見たところ、3009 S3が売られていた。アームはほとんどが売り切れで残っているのは数少ない。SMEはこれだけだった。
Series III(オーディオの足跡さんのサイト)

Series IIIはSMEにとって画期的な製品だが、ユニバーサルマウントをやめてしまった上、見た目も精密金属機械といった風情の先代までと打って変わってプラスチッキーなので、所有欲をくすぐる製品ではないようだ。しかも、当時、このアームが想定していた軽量・ハイコンプライアンスのMMカートリッジは時代とともに衰退し、今やミドル・ローコンプライアンスのMCカートリッジが主流なので、いよいよ人気がなさそうである。(だからこそ売れ残っていたのだろう。)

しかし、私はこのデザインがかなり気に入った。他に選択肢もないし、速攻で購入した。ネットで注文したので2日くらいで現物が到着した。すぐには取り付けられないので、しばらく眺めたり触っていたのだが、あちこちがガタガタと動くし、全体に予想以上に華奢で、何かの拍子に大きな力がかかったら簡単に壊れそうである。不安定な状態で保管するのも嫌だったので早く取り付けしたかったのだが、懸案のアームボードが見つからない。実は購入ショップで穴あけ加工込みで13,000円と言われたのだが、このショップ、腕は悪くないと思うのだが良くも悪くも適当なので、今回は遠慮した。加工するのに図面もないと言うし。。。

まあ、何とかなるだろうと思ったのだが何ともならず、困り果てていたところ、ある日、ネットで私と同じTD321Mk2のオーナーの方のブログを発見した。この方は私とは比較にならないような知識を持たれていて、トーレンスのプレーヤーのことをいろいろ記事にされているのだが、その中で321Mk2のアーム交換を掲載されていて、そこで交換していたアームがなんとSeries IIIだった。すごい偶然である。もちろんアームボードは新品に交換されている。思い切ってコメント欄でボードの購入元を聞いてみた。2か月以上前の記事でご覧になるか心配だったが、数時間後には返信をいただいた。eBayで台湾の業者から購入されたとのことで、親切にそのサイトのアドレスも教えてくれた。早速、eBayに行って速攻で購入。送料込みで60ドル。日本の価格の半分以下である。落札から5日後、昨日、ボードが無事に届いた。

さて、アームを取り外した後は順次、新しいアームを組み付けていったのだが、残念ながら写真が一枚もない。外す方は余裕綽綽だったのだが、付ける方は予想以上に大変で写真どころではなかった。特徴的なSMEのスライドベースをアームにネジ止めするだけでも微妙にネジの長さが短かったりして四苦八苦。挙句の果てにようやく組み付けて音出ししたところ、右チャンネルの音が出ない。あちこちチェックした結果、ピンジャックのところで断線が判明。中学の授業以来の半田付けをする羽目になった。幸いなことに、とにもかくにも音が出るようになったが、やっぱり素人には簡単な作業ではない。特に中古やオークションでアームを入手する場合にはいざという時には自分である程度の修理ができる必要があると思う。できれば、信頼できるオーディオショップに相談しながらチャレンジする方が良さそうである。

組みあがったTD321Mk2とSeries IIIからは努力が報われる音を聞くことができた。軽量アームなので軽量カートリッジであるAT-F7を装着したが、軽量という言葉から想像するとびっくりするほどの低音が出てくる。イメージと実際の音が違う。錘の範囲ぎりぎりになるがもう一つのキャリングアームにMC30Wを装着してみる。このカートリッジは重量、針圧、コンプライアンスともSeries IIIの本来の想定と異なるが、中低音がたっぷりの音が聴ける。アームの押さえが効かずに響いてしまっているのかもしれないが、この音も面白い。総じて何を聴いても予想を超えて良い。まあ、苦労して自分で取り付けしたからかもしれない。先のブログ主の方に報告したところ、「苦労した後は気のせいか音も良く感じますね。」とコメントいただいた。やっぱり、そうか。

この組み合わせは見た目もよろしい。と思う。

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どうだろうか?

R=コルサコフ「シェエラザード」 : 小澤

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小澤征爾指揮の「シェエラザード」は三種類あるが、ボストン響との録音はこの1回のみ。最初はCSOと、今のところ最後の録音はVPOとの演奏である。

このLPはジャケットを見て即購入決定。写真はちょっと色褪せてしまっているが、実際は空の濃い青と建物のレンガ色がとても良い感じだ。

「シェエラザード」は有名曲なのでたくさんの演奏が手に入る。管弦楽法の先生が書いただけあって曲の出来が素晴らしいので、個人的にはすごくがっかりした経験がない一方、忘れがたいような印象を受けた演奏もほとんどない。あえて一枚挙げるとすればコンドラシン/コンセルトヘボウは記憶に残っている。

小澤/ボストン響の演奏は非常に整ったどちらかというと端正な演奏だ。端正といっても、この頃のこのコンビの良いところ全開の演奏である。クリスプでリズミカル。ロシア系の重戦車みたいな演奏とは対極に位置する。磨き抜かれた美音を聴かせてくれるが、整形美容的美しさではなく自然で健康的な美しさである。

ホールエコー少なめの録音だが、演奏の良さを伝えるに十分のクオリティ。名盤。

バルトーク「オーケストラのための協奏曲」: セル

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バルトーク「管弦楽のための協奏曲」とヤナーチェック「シンフォニエッタ」の組み合わせ。村上春樹の小説「1Q84」で登場する「シンフォニエッタ」がセル/クリーブランド管の演奏と引用されたことで一時CDが払底したらしい。ジャケット写真はCDのものだが、私が購入したのは「セル/クリーブランドの芸術1300」シリーズ(懐かしい。)のLPだ。その名の通り1,300円の廉価版シリーズを中古で購入したのだが、取り出してみたら開封もされていない新品だった。

この演奏、「1Q84」で有名になる前にはオケコンの終楽章で大胆なカットを行っていることで有名だった。というより悪名高い。セルといえばイメージ的にはスコア至上主義だが、ここでは他の誰も思いもつかないようなアレンジを行っている。清潔好きな日本人には受け入れがたいと思われる人が多いようで、あんまり評価が高くない。

しかし、演奏はいずれの曲も堂に入った素晴らしいものだと思う。ちょうどいいとしか言いようのないテンポ、相変わらず室内楽ばりに一体的な演奏を行うオーケストラ、楽器間のバランス、どれをとっても私にとってはゴールデンスタンダードである。

セル自身ハンガリーの出身だが、祖国出身のバルトークの演奏もチェコ出身のヤナーチェクの演奏も東欧的なところはあまり感じない。そうしたローカル色というか西欧の伝統とは違う文化をもっと強く感じさせる演奏は多々あるが、セルの演奏はもっと普遍的なところで非常に高いレベルにあると思う。良い演奏だ。

録音は65年。レコードで聴くと最内周部はちょっと厳しいが、それ以外はさほど古さを感じさせない素直な録音である。
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