処女航海 : ハービー・ハンコック

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程度の良いブルーノートのオリジナルLPは高くてとても手が出ない。最近のアナログリバイバルのおかげでブルーノートがEMIからライセンシングして別のレコード会社がプレスした復刻版もあるのだが、これも限定販売なのでなかなか手に入らない。

でも、たまにどこからか在庫が放出されるらしい。今回、「処女航海」をごく普通の価格で手に入れることができた。言わずと知れたハービー・ハンコックの大出世作。すべてハービーオリジナルの5曲、みんな良い曲だが、僕はタイトル曲の「処女航海」がやっぱり一番好きだ。ハービー・ハンコックのピアノももちろん良いのだが、それにもましてフレディ・ハバードのトランペットが素晴らしい。

今日は夜になっても蒸し暑いが、このアルバムを聴いていると爽やかな気持ちになる。
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R・シュトラウス アルプス交響曲 : ショルティ

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ショルティとバイエルン放送響の共演はライブでは数多いようだが、映像でない純粋なオーケストラものの正規録音となると僕が知っているのはこのアルプス交響曲だけだ。79年の録音なのでショルティ/CSOの黄金時代。客演での録音となるとあとはVPOかロンドンのオーケストラがほとんどなので、あえてバイエルン放送響をパートナーに選んだ理由を聞きたくなる。この曲をR・シュトラウスが作曲したきっかけとなった登山がバイエルン州とオーストリアの国境にある山だったからだろうか。

アルプス交響曲の名盤といえば真っ先にカラヤンが挙げられると思う。ショルティ盤は録音、リリースもほとんど同じタイミングだが、カラヤンの演奏に比べると名演として取り上げられることは少ない。

確かにこの演奏、例えば第3曲「登り道」のところでテンポが異様に速く、日常、想像する登山で登りを歩んでいくイメージとはかけ離れている。その割に開始部分は遅いし、その他の部分も急に速くなったり遅くなったりと聞きなれた演奏とはかなり異なる。一度聴いてなんだこりゃと思われる方も多いと思う。

しかし、時折首を捻りながら聴き進んでいくとこの演奏、結構良いのだ。正直、この曲を聴き始めて途中で飽きたことが何度もあるのだが、この演奏ではそうしたことがない。なぜか?変な話、例えば「頂上」や「嵐」といった聴かせ所で下手にクライマックスを築かないから、と思えなくもない。決してこうした部分が平坦な演奏ではないのだが、あまりあざとい作為を感じない。クレンペラーのマーラーではないが、アルプス交響曲を基本的にスコアの指示通りに演奏したらこういう演奏なのではなかろうか?

パートナーに選んだバイエルン放送響の技術は大したもの。ショルティのテンポに金管がユニゾンでついていくのは簡単でないと思うが見事に演奏している。録音も良い。

ハイドン交響曲第104番「ロンドン」 : カラヤン

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カラヤンが50年代の終わりから60年代初めにウィーンフィルを振った演奏は、当時ウィーンフィルが専属だったデッカからかなりの数リリースされている。若い(といってももう50台だが。)頃のカラヤンの演奏は、オケがウィーンフィルであることも手伝って、後年のBPOとの演奏よりも良いと言う人もいるが、僕は例えば「惑星」も「ツァラトゥストラ」も70年代以降のBPOとの演奏の方がはるかに好みだ。ということで、カラヤンとウィーンフィルの演奏はあまり聞いたことがない。

このLPは73年にリリースされたカラヤン・ベスト100というシリーズのもので、カラヤン/ウィーンフィルの録音が20枚、一枚1000円で販売されていたようだ。その中の6枚の中古LP(すべて交響曲)が合わせて1200円で売っていたので興味本位で買ってみた。ジャケット写真をご覧の通り、曲目の記載がない。曲目を記載すると20種類作らなくてはならないので、全部同じにしたのだろうか。中古で帯もついていないので背表紙と裏面以外、区別がつかない。これは実用上、意外と不便である。

まずはハイドンの最後の交響曲2曲から聴いてみた。「太鼓連打」も「ロンドン」もハイドンの交響曲の中では最も重厚なので良さそうだなと思ったが、聴いてみると予想以上に良かった。期待に違わず立派で重厚なのだが、しかし、BPOとの組み合わせの時ほどヘビー級な感じではない。そしてウィーンフィルの合奏がやっぱり良い。録音のせいか、少し艶が落ちて、なんというか無着色の木目のイメージの音がする。表現力が欠如していてうまく伝えられない。。。メヌエットなんてテンポがとても早くて、なるほど若いころのカラヤンなんだなと思うが、そんなところ以外はすでに巨匠の演奏だ。古い録音だが、そこはデッカ。鑑賞に支障はまったくない。

マーラー交響曲第4番 : クレンペラー

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このLPの解説は1967年6月の日付があるが、そこには冒頭、「第4交響曲は、この人の10曲の交響曲の中では最も一般に親しまれている名作である。」と記されている。最初に読んだ時には時代を感じるなあと思ったのだが、しかし、案外、管弦楽の編成も演奏時間も比較的小ぶりなこの曲は今でも「最も一般に親しまれている」のかもしれない。考えてみると、マーラーの交響曲の人気とかメディアリリース数、あるいは実演数といったことに関する順位みたいなものは見たことがない。まあ、それは例えばベートーヴェンでも見たことがないが、ちょっと興味がある。

以前も書いたことがあるが、第4交響曲は個人的にはそれほど思い入れがない。ないはずなのだが、このブログには割と演奏の感想を書いている。おかしな話だが、自覚していないだけで意外と好きなのかな。とりあえず、日曜日が終わりに近づいて心に平穏が欲しい時には良い曲だと思う。

さて、クレンペラーの演奏だが、この人ならではのインテンポ、といっても楽譜がないので果たしてそれがスコアに忠実なインテンポなのか、スコアの指示を無視してのものなのかはわからないのだが、聴感上はインテンポである。そして、いつもながら木管が目立つ楽器バランスとか、おそらく本人はそのつもりはないのに他の演奏とは少し違って聴こえる、というなんともクレンペラーらしい演奏だ。クレンペラーが正しいとすれば、他の指揮者は相当自分流の演奏をしているということになるが、どうなんだろう。このクレンペラーの演奏の解説には「その豊かな感情の表出はマーラーの交響曲をこよなく美しいものにしている。」と書かれている。これは昨今、クレンペラーについて言われる「無骨」とか「無表情」とか、さらによくわからない「ドイツ的」といった表現とはかなり違って面白い。60年代後半当時のスタンダートではクレンペラーは情熱的な指揮者だったのにバーンスタインみたいなさらに情熱丸出しの指揮者がどんどん出てきて今や「無骨」で「無表情」な指揮者になってしまったのだろうか。まあ、それはともかく、プロの解説者にはできればスコアに照らしてクレンペラーの演奏のどこに個性があるのかを教えてもらえるとありがたい。

僕自身は最後のシュヴァルツコップの歌も含め、この演奏にはとても満足だった。繰り返しになってしまうが、楽器のバランス、全体の構成、そしてテンポ感といった点でこの演奏は無二のものだ。そして録音も十分に美しい。クレンペラーのマーラーは自分にとってどれも名盤である。

チャイコフスキー交響曲第1番「冬の日の幻想」 : オーマンディ

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アバド/シカゴ響のチャイコフスキー交響曲全集を購入した際、ずっと気になっていたオーマンディ/フィラデルフィア管のチャイコフスキー管弦楽曲選集を同時に購入した。この選集、交響曲全集、ピアノ協奏曲、3大バレエ抜粋、すき間には有名管弦楽曲がたっぷり収められていて12枚組で実売3,000円弱。安すぎと思うくらいの価格設定である。聴く前から、絶対お薦めお買い得だと思った。

今回、一番聴きたかった「冬の日の幻想」は、いの一番に収録されている。久しぶりにCDを聴くのにボリューム位置がLPを聴く時のままだったので結果的にかなりの大音量で聴いたのだが、やはりCDのSN比の高さはアナログとは比較にならない。アナログ全盛の頃、究極のアナログ再生を追い求めて行った人達が、今もアナログを聴く人とアナログを見限った人に別れるのもわかる気がする。何がハイファイかはなかなか難しい問題だが、レンジの広さ、絶対的なノイズレベルで比較すればデジタルの方が有利だし、この点で大オーケストラによる強弱の幅が大きな楽曲を再生するにはデジタルの方が簡単である。

肝心の演奏は期待に違わずというか予想通りというか、もう盤石の名演だった。ソニーのリリースなので勝手にCBS時代の録音かと思っていたら、交響曲を含め主要曲はその後のRCA時代の録音である。この曲は70年代後半の録音なので音質にも何ら不満なし。ゆったりたっぷりとしていて古典的で格調高い演奏だ。オーマンディは軽い、という迷信をばっさりと斬り捨てるとにかく素晴らしい演奏である。大好きな第2楽章もすごく良い。まだ1曲しか聴いていないが、これはやっぱりお買い得なBox Setだと思う。

Windy Shadow : 松田聖子

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オークションで松田聖子のLPを何枚かまとめて手に入れた。中高生の6年間がちょうどデビューから絶頂期に重なる僕にとって、アイドルといえば松田聖子。とはいえ、彼女のアルバムを自分で買うのはメディアの形を問わず初めて。このアルバムは高校時代、友達に借りてカセットテープに入れてずいぶん長い間聴いていた。これが10枚目のアルバムで84年のリリースということである。

テープに入れて聴いていただけあって、シングルカットされた2曲以外もすべて聞き覚えがある。というか、自分でも驚くことにほとんどの曲が空で歌えた。うーん、すごい浸透力。ひと昔前の歌は覚えやすく歌いやすかったなあ。

ちょっとハスキーで微妙に揺れる聖子ちゃんの歌声はきちんと再生するのが意外と難しい、という趣旨の文章を昔読んだ記憶がある。その当時の音をきちんと覚えているわけもないが、しかし、ちゃんとしたアナログ環境で聴いてみるとなかなか聴きごたえのあるアルバムだ。

何と言っても作詞・作曲陣がすごい。松本隆、佐野元春、矢野顕子、細野晴臣、松任谷正隆等々。全盛期のこと、出したら売れることが大前提の中で曲を作るのは楽しいだけでは済まないことだろうと思うが、見事に粒揃いの曲が並んでいる。
両面で約40分間、30年前にタイムスリップさせてくれた。

バルトーク 弦楽器、打楽器とチェレスタのための音楽 : ショルティ

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10日間の出張を終え、ようやく帰国した。乗り継ぎのミュンヘン空港で全日空機のゲートに着いた時にはホッとした。ポーランドの人達は複雑な過去にも関わらずみな親切で暖かかったが、街中には否応なく歴史のつめ跡を感じさせるものが多く、僕には空気が少し重かった。

帰宅後、洗濯物を出したり荷物を片づけたりしていたらあっという間に10時を過ぎてしまった。くたくたに疲れているので何もせずに寝ようかとも思ったのだが、体内時計は7時間遅れているのであんまり眠くない。出張中にオークションで購入したレコードが届いていたので、その中から選んだ一枚がこれ。

ショルティはシカゴ響とも主要なバルトークの音楽を録音しているが、今回購入したLPは60年代にロンドン響と録音したもの。管弦楽のための協奏曲、舞踊組曲、中国の不思議な役人組曲とこの曲、計4曲の録音が2枚のLPに収録されている。

シカゴ響との録音はCDで持っていてそれは見事な演奏だが、ロンドン響との旧録を聴くのは初めて。

録音が63年とちょっと古いのでどうかな?と思いつつ聴き始めたのだが、まったくの杞憂で演奏、録音とも実に素晴らしい。早めのテンポで一部の隙もない。贅肉ゼロ、筋肉質そのものといった演奏。とにかく、ものすごくキレが良い。ロンドン響の演奏も見事だ。文句なしに名盤だと思う。

ワルシャワ


日本を発って約15時間、初めてポーランドを訪れた。国の名前は知っていても、ショパンの生まれた国ということ以外、ほとんど何も知らない。

第二次世界大戦で最も被害の大きかった国の一つで、首都ワルシャワは文字通り廃墟になったそうだ。ヨーロッパの他の都市と比べて歴史的な建物はほとんどない。写真の建物は現在博物館になっているらしいが、これも戦前の建物ではなく、戦後、スターリンが建設したものらしい。ポーランド人はこの建物が好きではないと現地の同僚に聞いた。

ロシアとの関係も西側の意識も違うので同じことは起きないと思いつつ、ウクライナの動乱は人ごとではないようだ。アジアも必ずしも平和一辺倒ではないが、同じ廃墟となった歴史を考えると日本は実に恵まれていると実感した。

それにしても7時間の時差は実にしんどい。

海外出張

先週中国に行ったばかりだが、今日からヨーロッパに出張なので、また音楽鑑賞はしばらくお休みだ。

できれば現地で見たこと聞いたことをアップデートしたいのだが、果たしてそんな時間があるのだろうか。ほとほと観光だったらどんなに楽しいだろうかと思う。

ガーシュウィン「ラプソディ・イン・ブルー」 : バーンスタイン

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ガーシュウィンの「ラプソディ・イン・ブルー」はアメリカを代表する音楽の一つと言える。米国ではいろいろな場面でこの音楽が流れている。僕がアメリカにいた頃は会社の契約の関係でユナイテッド航空ばかり乗っていたが、米国を代表する航空会社の一つであるユナイテッドのコマーシャルも機内の案内もこの曲だった。少しブルーなこの曲はものすごくアメリカの匂いがする。

バーンスタインはNYP時代にも自らのピアノで「ラプソディ・イン・ブルー」の録音を残していて、どちらかと言えばそちらの方がこの曲の名演として挙げられることが多いと思う。この演奏はそれから20年以上経過した82年にロスアンジェルス・フィルとライブ録音されている。

バーンスタインが年をとったこともあると思うが、比較的ゆっくりとしたテンポで懐の大きな演奏を展開する。ピアニストとしてのバーンスタインが技術的にどのくらいのレベルにあるのかは承知しないが、ミスタッチもなく少なくとも技術的には一つの綻びもない。メロディの歌わせ方、リズムの処理、いずれも堂に入った素晴らしい演奏である。

併録はアンコールで演奏された前奏曲第2番と自作のウエスト・サイド・ストーリーからシンフォニックダンス。前奏曲もさることながら、シンフォニックダンスは当然見事な演奏だ。オーケストラも上手だし、シンフォニックダンスのメロディからはガーシュウィンと同じようなメランコリーを感じる。実に良い音楽だし、実に良い演奏だ。録音も文句ない。

ところでこのLPのジャケット写真はおそらくブルックリンから見たマンハッタン、したがって左端に映っているツインタワーは今は無きワールドトレードセンタービル(だと思う。)。かえすがえす悲しい出来事だった。

ブラームス交響曲第3番 : ザンデルリンク

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ザンデルリンクのブラームスは交響曲第1番の演奏が圧倒的に良かったので、他の演奏も探していたところ、第3番をディスクユニオンで発見した。

僕の場合、ブラームスの4つの交響曲で最初に嵌ったのが第1番、その次がこの3番だった。というのは、第3楽章のメロディが非常に印象的で、すぐに好きになったからだ。あんな単純な音階なのに、なんともはかなく切なく、ため息の出るような旋律に魅せられてしまった。ところが、この曲への熱はあまり長続きしなかった。しばらくしてクライバーの指揮する4番を聴いて以来、今度はすっかり4番ばかり聞くようになってしまったからだ。

4番からずいぶん間を置いて最近では2番を良く聴くようになっていたので、第3番を聴いたのは実に久しぶりである。冒頭の和音を聴いて懐かしい思いがした。

この曲においてもザンデルリンク/ドレスデン国立管弦楽団の演奏は非常に良い。LPでベームの全集を聴いてからそう思うようになったのだが、小さな音で演奏するのと力を抜いて演奏するのは出てくる音に大きな差があると思う。そういう意味でザンデルリンクの演奏もまた常に緊張感の高い音がする。力が入りすぎてしなやかさが失われるのも良くないので微妙なバランスが問われると思うのだが、この演奏は実に見事にそのあたりのバランスが取れていると思う。

僕が大好きな第3楽章も含め、実に淡々とした普通の演奏で、特徴的な解釈とかライブ的な情熱とかとは無縁の演奏なのだが、しかし、感動的な演奏である。何が良いのか言葉で伝えるのが難しい。解説には「ドイツ人の魂を力強く歌い上げた名盤」と記されている。そうかな?直感的には、ザンデルリンクがそんなことを考えて演奏しているとは思えないが、結論として名盤であることは間違いない。

マーラー交響曲第5番 : レヴァイン

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70年代にレヴァインはロンドン響、フィラデルフィア管、シカゴ響とマーラーのチクルスを録音していて、2番、8番、大地の歌以外は録音したにも関わらず全集の完成には至らなかった。残っている演奏は総じて素晴らしく、すべて録音しなかったのがかえすがえす残念である。RCAとの契約上の問題があったのだろうか。

この5番は77年の録音。フィラデルフィア管弦楽団がパートナーに選ばれている。10番も含め録音された8曲中、フィラデルフィアとの演奏は5番、9番、10番の3曲だが、いずれも名演。

レヴァインのマーラーは、同じユダヤ人でもバーンスタインのそれと違ってリズムも粘らず、スッキリと洗練されている。同時にその後のメトの大家だけあって、聴かせ所をきっちり押さえた実にわかりやすい演奏をする。

フィラデルフィア管との演奏で一番好きなのがヴァイオリンの音色だ。まるでソロ楽器のように揃って聴こえるので厚さには欠けるのだが、実に良い音だと思う。9番は飛び切り良いが、この5番も悪くない。

LPはフィルアップに交響曲第10番の第一楽章が収められている。こちらの演奏もすこぶる良い。録音も鮮明。

ブルックナー交響曲第3番「ワグナー」 : インバル

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短い上海出張から帰ってきたところ、注文していたブルックナーの交響曲第3番のレコードが届いていた。インバル/フランクフルト放送響による初稿の世界初録音。このレコードは82年の録音だが、78年にこの稿による世界初演奏を行ったのもほかならぬインバルである。

第1楽章は普通に演奏されることの多い第3項と初稿がかなり異なる。最初の導入部から印象的には倍くらい長い。そもそも全休止の多いブルックナーの交響曲だが、ちょっと進んではすぐ休みといった感じだ。盛り上がり方もゆっくりじっくり倍の時間をかけている感じなので、ひときわ高い山に登っていくような印象である。改訂稿の方が無駄が整理されていることは間違いないが、ブルックナーの音楽が好きであれば、これはこれでなかなか魅力的。途中で副題のとおりワグナーの楽劇からの直接の引用があって最後の盛り上がりを迎える。この当たりも悪くない。

第2楽章は第3項でも十分に美しい楽章だが、解説によると初稿の形の方が完成されているようだ。主題が形を変えながら繰り返されるのを聴いているうちにまたワグナーからの引用が出てくる。この部分は改訂稿では完全に落ちているが、非常に劇的で素晴らしい音楽だ。

第3楽章は第3項とメロディはほとんど一緒なのだが、音の伸ばし方、刻み方が異なる。解説を読むと小節ごとのリズムの処理が異なるというなのだが、それだけでずいぶん違った印象になるものだ。面白い。

終楽章はSF映画みたい始まり方は同じだが、すぐに全休止が入り、再開後のリズムの刻み方も異なる。その後も要所要所で全休止が入る。全休止が入っては新しい展開で再開するという感じで、まるで場面が目まぐるしく変わる映画を観ているようだ。改訂稿の最終楽章は比較的スリムだが、初稿では巨大な最終楽章である。すべての楽章を少しずつ振り返った後にコーダとなるが、この幕切れが実にあっけない。この部分だけもっと膨らませてほしい。。。

初演者だけにインバルの指揮は丁寧、オケも万全の演奏である。録音も良い。

おまけに、今回の出張ではホテルに缶詰めで一歩も外に出れなかったのだが、そこから見た上海の景色を二つ。到着した6日に撮ったが、青空はこの日だけでその後はやはりスモッグで曇っていた。

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連休終了

カレンダーを見て確認してみると、先月の26日から途中3日間の出勤はあったものの、今日まで7日間も休みがあった。

7日間働くのは大変だが、7日間休むのはとても簡単だ。はっきり言ってあっという間である。子供みたいだが、明日、目が覚めたら4月26日に戻っていたらどんなに嬉しいだろうか。

まあ、そんなことが起きるはずがないことは十分、分かっている。

明日からは短期間の中国出張。しばらくレコードともお別れである。ということで、今、ビル・エバンスを聴いている。すべての音楽ジャンルの中でもジャズはアナログとの相性が良いと感じるのだが、どうしてだろう?

マーラー交響曲第2番「復活」 : メータ

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1936年生まれのメータももう78歳。僕がクラシックを聴き始めた頃はブーレーズの後任としてNYPの音楽監督になったばかりで、バリバリの若手指揮者としてCBSソニーからたくさんレコードが発売されていた。

メータはNYPの音楽監督になって以降、特に日本においては、それまでの良さがだんだん失われたという評価が一般的で人気も凋落したと思うし、NYP音楽監督時代も成功したという印象が薄いが、在任期間14年というのはバーンスタインよりも長く、おそらくNYPの音楽監督として最も長期政権である。今は特定のポストに就いていないようだが、東日本大震災の直後に日本でチャリティーコンサートを指揮したり、来年のニューイヤーコンサートで指揮することが予定されていたりと相変わらず世界中で活躍している。海外での評価は最近、また高まっているようだ。

メータの録音数は膨大だと思うが、ウィーンフィルを指揮した「復活」はその中でも評価が非常に高い一枚である。LPで解説を寄せている柴田南雄氏は「これを超える演奏は予想できない。」とまで書いている。75年の録音なので、この後同じウィーンフィルを振ったアバドをはじめとして、おそらくその段階では確かに予想できなかったであろう数の「復活」が登場しているが、96年にお亡くなりになるまで柴田氏にとっての復活のベストはメータ盤だったのだろうか。

冒頭からメリハリの効いた歯切れの良い演奏だ。後期ロマン派の音楽はメータにとって最も得意とするところだけに、実に聴かせ上手。第2楽章からの中間楽章ではウィーンフィルの弦がたっぷりと美しい音色を聴かせてくれる。記憶の中との比較だが、CDで聴くよりもLPはやや音の抜けが悪い。しかし、LPの方が弦が艶やかである。

2枚目の裏表一杯に記録された終楽章は感動的に盛り上がる。最後に向かうにつれてだんだん聴いているこちらも力が入り、コーダではついつい目をつぶって指揮してしまう(笑)。聴いているところを誰かに見られると恥ずかしいアルバムである。

メータのマーラーはこの「復活」の評価が突出して高く、その後、断片的にリリースされた演奏にはあまり良い評価を聞かないのだが、他の演奏も聴いてみようかと思った。

チャイコフスキー交響曲第1番「冬の日の幻想」 : ムーティ

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スヴェトラーノフのLPを聴いて以来、「冬の日の幻想」がすっかり好きになってしまった。CDでカラヤンとハイティンクの演奏を持っているが、ここはLPで何か別のものはないかと探していたところ手に入れることができたのがこの演奏。

ムーティとチャイコフスキーというのは個人的にはあまりピンと来ない組み合わせなのだが、70年代にフィルハーモニア管と全集を録音していて、この曲もその中の一枚である。全集中、最初の録音のようだ。75年の録音、オーケストラのクレジットはニューフィルハーモニア管となっている。

冒頭、木管の旋律がスヴェトラーノフと比較してあまりに早いので間違って45回転で演奏したかと思った。まだかなり若い頃の録音でもあるので颯爽として清々しい表現だ。この曲には殊の外合っていると思う。

しかし、良い曲だなあ。チャイコフスキーはこの曲を仕上げるまでの間、厳しい評価を受けたり、自分でも納得いかなかったり、ずいぶん悩んだとどこかで読んだ記憶があるが、そんなこと全然感じさせない。

4楽章通してすべて好きだが、特に第2楽章、木管によって演奏される主題が大好きだ。なんて優しくてはかないメロディなんだろう。

本格的にこの曲を蒐集してみようと思う。

ちなみに録音は良くも悪くもEMIらしいというか、抜けが悪いというかあんまりスッキリとしない。とはいえ、普通に鑑賞するには十分のレベル。

Rigid Float (3)

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年末にレコードプレーヤーを手に入れた時には思ってもみなかった展開で手元にかなりの数のトーンアームを集めてしまった。さすがのDDX-1000をもってしてもすべてを同時に装着することができなくなったので、どのアームをスタメンにして、どのカートリッジとバッテリーを組んだらいいか、明日から待望のGWなのでじっくり聴いてみようと思う。

すべての組み合わせを試す時間はなかったが、これまでの体験で思わずハッとするような音を聴かせてくれたアームはSeries IVとやっぱりRigid Floatだ。DDX-1000導入以来、置き場所の問題があってしばらくRigid Floatを使っていなかったのだが、TD321Mk2をガラスラックの上に戻し、昨日、久しぶりに聴いてみたところ、やっぱり音が良いのだ。AT-50anvを付けても良かったが、SPUが良く合うので今はSPUを装着している。ちなみにDL-103はFR64sに付けたら存外素晴らしい音なので、そちらに付けた。

このRigid Float、パイプとアーム本体との間に機械的接点がないところがキモなのだが、手元に物がないと一体どういう構造なのかわかりづらい。ということで、ちょっと写真に撮ってみた。

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アームパイプと本体のアップ写真。
ちょっとわかりづらいのだが、まず台形の本体の中央がくり抜かれた部分、真ん中下当たりに液体が光っているのが見えるだろうか?

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もうちょっと寄ってみるとよくわかると思うが、この光っている液体が「磁性流体」ということで、磁力を帯びた液体である。Rigid Floatを買うとこの液体が二本、注射器に入っている。一本は予備。この液体を中央部分に流し込むと、おそらくは鉄のような金属に吸い寄せられて、中央に盛り上がる。と同時に表面張力でパイプを浮かす。

問題はこの浮いたパイプをそのままにしておいては不安定極まりないところをどう安定させるかだ。

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そこで先ほどの写真をもう一度ご覧いただくと、パイプがもう一つの部品で下から支えられていることがわかる。液体に直接接して浮いているのはパイプそのものではなく、この部品がちょうど水に浮かぶ舟のような役割を果たしてパイプ全体を支えている。

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逆サイドから見てみる。左上の写真は演奏時、右上の写真はアームを左一杯に振って小さな銀色のアームレストに乗せたところだ。手元のデジカメのマクロに限界があって写真が不鮮明なのだが、右の写真をよく見ていただくと舟にあたる部品の形がお分かりになると思う。

この部品がバランスを取ってくれるおかげでこのアームの操作性は非常に良く、左右の安定感はAC-3000MCのようなユニピボットアームよりもはるかに高い。それでいて演奏時にはアーム筐体とパイプが直接接触しない。液体注入前にしげしげと観察しなかったので本当のところはわからないのだが、この部品が左右に流れない秘密は液体を引き寄せている中心の金属か、部品の下側の形にも隠れているかもしれない。いずれにしてもよく考えられたアームだと思う。

ムソルグスキー「展覧会の絵」 : デイヴィス

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以前、中古CDを購入したらライナーノーツに挟まれたレシートを発見した話を書いたが、中古商品を購入するとまれにこうした以前の所有者の痕跡のようなものを発見することがある。同じような商品に興味を持つだけあって、そこから推察される行動や性格が自分と似ていたりと、なかなか微笑ましいことが多い。

デイヴィス/コンセルトヘボウの「展覧会の絵」は79年の録音なので「ザ・グレイト」と同時期の録音だが、あちらはアナログ録音、こちらはデジタル録音である。時代はアナログからデジタルへの変わり目、まだデジタル録音LPが珍しかった時代だ。このレコードは輸入盤だが、シュリンプパックが残っていて、ジャケットとシュリンプパックの間にこの録音に関する評価記事の切り抜きが挟んであった。3枚あって、うち2枚には「神崎一雄」「長岡鉄男」と評者が鉛筆書きされている。残りの一枚は対談形式なので記事中に「高城」「若林」と評者の名前が印刷されている。記事を見て購入を決めたのだろうか?購入してから関連記事を切り抜いて保存したのだろうか?いずれにしてもクラシックファンにしてオーディオ好きに違いない。そう考えると親近感が湧くではないか。

3枚の記事はいずれもこの演奏に加えてショルティ/シカゴ響の演奏に言及している。このレコードの1月前くらいにショルティ盤がリリースされたようだ。面白いことに言っていることは三者三様。「長岡」氏はこの録音を酷評し、「高城」「若林」氏はデイヴィス盤の方が鮮明で自然だと評価。「神崎」氏は上手に比較を回避している。

肝心の演奏だが、表題曲を描き分けるようなアプローチではなく、全体の構成を計算した知的な演奏と感じた。先日、紹介したフェドセーノフは冒頭のトランペット一発で聞き手をグッと引き込む演奏だったが、デイヴィスの演奏は比較すれば非常に地味に始まる。コンセルトヘボウの音色もどちらかといえば渋めなので、余計おとなしく感じるのかもしれない。大人の演奏と言った感じだ。

フィルアップされた「はげ山の一夜」はメリハリの効いたなかなかの秀演。僕はこの曲がかなり好きなので得した気分だった。

録音は悪くないが、なぜか開始早々の部分は音が冴えず、曲が進むにつれてだんだん良くなっていく感じ。演奏との兼ね合いでそう感じるだけかもしれないが、ちょっと不思議な録音である。
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