マーラー交響曲第1番 : ゲルギエフ

421.jpg

僕にとってゲルギエフはどうも得体の知れない指揮者だ。いつ頃からか彗星のように現れてあっという間にスターになったが、これまで「これは!」と思った演奏にあまり当たったことがない。まだそれほど注目される前に録音した「くるみ割り人形」はなかなか良かったような気がするのだが、評価が高かった「春の祭典」は個人的にはイマイチ。しかし、最近、飛行機の中で聴いたブラームスの2番はすごく良かった。ということで、この人の演奏は当たるも八卦当たらぬも八卦だ。

このマーラー交響曲全集は半年以上前に購入したのだが、ちょうどその頃からアナログばかり聞くようになったのでようやく昨日開封した。10枚組SACDが4,000円台という破格の値段。ネット上の評価も割れていてなかなか興味深い。ひとまず番号順に聞くことにした。

聴き始めてまずは録音レベルが低いことにびっくり。SACD層で聞いているのでレベルがそもそも多少低めになっているとはいえ、相当ヴォリュームを上げないと音が小さい。出力小さめのMCカートリッジで聞いている時と同じかそれ以上にヴォリュームを上げてようやく落ち着くくらいのレベルの低さだが、最後まで聞くとその理由もわかる。

第一楽章は一見、奇を衒ったところのないごくオーソドックスな演奏だが、クレッシェンドするときは必ず加速し、静かな部分はかなりじっくりとしたテンポを取る。上下左右に音を散らさない自然な録音だが、ホールのせいかエコーが少なく、切れが良いとも言えるし、ブツブツ切れ気味とも言える。ティンパニと大太鼓は容赦なくぶっ叩く感じ。

第二楽章、速いところは速く、ゆっくりなところはかなりゆっくりとメリハリがついた演奏。ホールの残響がやはり気になる。このホールでゆっくりたっぷり演奏するのはけっこう大変そうだ。

第三楽章の最初のコントラバスはたぶん独奏でないと思う。あえてたどたどしい感じの演奏がほとんどなのでずいぶん印象が違う。ここのテンポも速め。全体的にすっきりと洗練された感じだが、これはこれで悪くない。

ここまで、ずっとヴォリュームをもう少し上げようかどうかと思っていたのだが。終楽章が始まると最初のティンパニ・大太鼓ドカーンでびっくり、目が覚める。ヴォリュームを上げるどころか絞らないと聴いていられない。ここまで来て、大太鼓とティンパニが明確に聴き分けられる実に鮮明な録音であったことが判明。防音設備完備の方にはお薦めだが、ここに照準を合わせたような録音レベルは普通の家では厳しい。それにしても、ここまで打楽器優位の演奏は初めて聞く。楽章全体通じて表情豊かな良い演奏だが、一番印象に残るのはどうしても太鼓という感じだ。

結論。ゲルギエフという指揮者はやっぱりよく分からない。
スポンサーサイト

ショスタコーヴィチ ピアノトリオ第2番 : アルゲリッチ/クレーメル/マイスキー

41kkwsHWfdL.jpg

アルゲリッチ/クレーメル/マイスキーというスター揃い踏みのすごいアルバム。チャイコフスキーのピアノ三重奏曲「偉大な芸術家の想い出」が昔から好きなのでこのCDを買ったのだが、実際に聴いてすごかったのはショスタコーヴィチの方だった。

この曲を聴いたのは初めて。だから最初に出てきた繊細なメロディはヴァイオリンが演奏しているものと信じて疑わなかったのだが、実はチェロが高音部、ヴァイオリンが低音部だと言う。学生時代のロストロポーヴィチを念頭に置いて作曲されたらしいが、それにしてもさすがはショスタコーヴィチ、ひねくれている。

4楽章で30分近いのでピアノ三重奏曲としては大曲と言えると思うが、最初から最後まで全然飽きさせない。まぎれもないショスタコーヴィチの響きだが、相変わらずのメロディメーカーぶり。

他の演奏をまったく聴いたことがないのでこの三人の演奏が他と比較してどうなのかは不明だが、三人の天才がお互いの才能をさらに引き出したような名演だと思った。息もぴったりだ。

この演奏会について予備知識がなく、勝手にヨーロッパでのライブだと思って聞いていたので、演奏終了と同時にブラボーが聞こえてびっくりしたのだが、ライナーノーツを良く読んだら東京でのライブだった。こんなライブが実現するなんて東京も凄いな。

チャイコフスキーの方はまだ全曲聴いていないのだが、第一部を聴く限り、こちらは天才同士は上手くいかない例の一つという感じ。冒頭からクレーメルとマイスキーが感情たっぷり、しかもお互いリーダーを譲らずという感じでメロディを奏でているとアルゲリッチが「もたもたしてんじゃねえ!」という感じで煽りながら乱入してくる。火花を散らすといえば聞こえがいいが、自己主張がぶつかり合っている感が強くした。ショスタコーヴィチとはかなり異なる印象だ。とはいえ、あくまでまだ第一部しか聴いていない上での感想だが。

マーラー交響曲第5番 : マゼール

905.jpg

マゼール/フィルハーモニア管によるマーラーサイクルの第二集。マゼールが亡くなってしまったのでこのシリーズはこれで終わりになってしまうのだろうか。実にもったいない。このまま進めば数多いマーラー全集の中でも特筆すべき演奏が残っただろうに。

第二集は4番~6番までが4枚のCDに収められている。まずは5番を聴いてみた。

ウィーンフィルとの全集と同じように基本のテンポはかなり緩やか。マゼールの指揮は変幻自在、オーケストラから実に多彩な表情を引き出す。

ライブ録音で録音データ上録音日は1日のみとなっているが、基本的にライブそのままということだろうか。だとすればフィルハーモニア管の技術は見事だ。指揮者の要請に完全に対応している。

加えて自然で鮮明な録音が素晴らしい。この曲、僕の個人的な好みはもっと快速で疾風怒濤タイプの演奏だが、テンポが多少遅くてもこれだけ丁寧に表情付けしてくれれば納得。名盤だ。

Quad ESL63 Pro (2)

昨日に引き続きESLの話。このスピーカー、普通のスピーカーと違って故障のリスクが高いことは昨日も書いたが、実はすでに三日目にして気になることが起きた。。。一本のスピーカーからヒューという、まるで空気が抜けるような音がし始めたのである。音楽は普通に鳴っていたが、心配だったので早速、ショップにメール。小一時間で返信があり、「おそらく部屋の湿度の関係で放電している音なので大丈夫。」とのこと。ああ、良かった。念のためエアコンを除湿にしてみるとなるほどしばらくしてその音は消えた。大事には至らなかったものの、不安である。

「ESL63」で検索してみるとけっこうたくさんヒットするのだが、相当の割合で「故障」や「修理」の話である。皆さん苦労しているようだ。それでもこのスピーカーには持ち主を惹き付けて止まない魅力があるらしい。アメリカのStereophile.comでまとまったレビュー記事が読めるが、83年の初出記事から89年まで複数のReviewerがこのスピーカーについて語っている。一つのスピーカーについてこれだけ多くのReviewerが繰り返し記事を寄せているスピーカーは他に例を見ないのではないだろうか。

ESL63 Stereophile

「ESL63Pro」で検索しても日本語しかヒットしないのでてっきりこのモデルは日本仕様かと思ったら上記記事によるとアメリカでは「ESL63 US Monitor」と呼ばれているようだ。フィリップスの要請でスタジオ仕様に改良された「ESL63」をUSのディーラが輸入したものだが、当時ドル安でオリジナルの「ESL63」を値上げせざるを得ない状況だったことが背景にあるらしい。なるほどモデルチェンジすれば値上げしやすい。記事からは、この値上げに耐えられるマーケットでのみ「Pro」仕様が販売される予定と示唆されているが、実際はどうだったんだろう。(ちなみに、そうした背景はともかくとして、レビュー記事によれば、耐久性はもちろん、音の面でも「Pro」ないし「US Monitor」はオリジナルより優れていると結論づけられている。)

さて、昨日から肝心の音についてちょっとは気の利いたことを書こうと思って四苦八苦しているのだが、相変わらず文才に乏しいのでどうもうまく説明できない。はなはだ断片的だが今のところ感じていることをいくつか書くと、まず振動板が圧倒的に軽い上にストロークがごく短いおかげで音が軽々と出てくる。半面、低音はどうしても軽くなるが、ここはサブウーファーをごく控えめに使うことで補える。

位相がビシッと揃っている結果、奥行方向の情報がとっても正確。基本的に良いことなのだが、結果として録音ソースには敏感。マルチマイク録音やミキシングで必要以上にステレオ感や遠近感を強調した録音の場合、楽器が必要以上に前後左右に離れて聞こえて違和感が残る。さらにスピーカーケーブルによっては位相が微妙にずれるのか気持ち悪い。

もう一つ、不思議なことに、スピーカーを変えてからCDを聴く頻度が大幅に上がった。もしかしたら「不気味の谷」を越えたのだろうか?

Quad ESL63 Pro

僕が普段音楽を聴いている部屋は八畳間くらいの大きさの洋間だが、一つの壁(背中側)に作り付けの収納棚があり、向かって左側の壁には家の中で行き場を失った箪笥があるので、実際には六畳間程度の平面しかない。以前、リビングにオーディオを置いていた時にはもっと空間があったので大型スピーカーを置いていたのだが、オーディオをこの部屋に移してからは小型スピーカーで音楽を聴いていた。クラシック、特に管弦楽曲を聴く時の低音補強用にフォステクスのサブウーファーを一つ追加して、いわゆる2.1chで聴くことも多い。小型スピーカーでも特に不満はなかったのだが、先日、オーディオに目覚めた頃からずーっと欲しいと思っていたQuadのESL63Proを購入してしまった。

わかっていたことだが、部屋に入れるとかなり大きい。初代のESLに比べれば横幅がないとはいえ66cm×92.5cmの物体が目の前にあるのはかなりの圧迫感だが、背面からも音が出るので壁からはなるべく離したい。ぎりぎりのセッティングをした結果、壁からの距離は115cmになった。二台のスピーカーの中心とリスニングポジションは一辺1.2mの正三角形で配置している。おそらくESLを使っている方々の中では相当ニアフィールドセッティングだと思う。

ESL63proは86年の発売なのでもうすぐ30年選手になる。古い製品である上に高い電圧をかけて薄いフィルムを動かすという仕組みゆえか故障が多いらしい。僕が購入した個体はとあるショップで整備されたものだが、外見はネットがほつれていたり黒い木枠が擦れていたりと決して綺麗ではない。使い方を間違えなければ言うほど壊れないらしいが、少しでもおかしいと思ったら様子を見ないですぐに送り返してほしいと言われたのでデリケートな製品であることは間違いなさそうだ。今まで使っていたスピーカーは下取りに出そうかと思ったが、故障した時のバックアップとして保管することにした。

このスピーカー、巷では低音が足りないと言われていたのでその点は覚悟していたのだが、ボリュームを上げると結構なレベルで低音も出てくる。大きな出力を受け付けないので大音量も出せないと聞いていたが、狭い僕の部屋ではこれ以上の音量は無理というレベルでもびくともしなかった。スピーカー後ろからの音も反射するので意外なほど賑やかに鳴る。低音が出ないというより反射音の効果もあってか聴感上高音のレベルが高いと感じる。何曲かいろいろなジャンルの音楽を聴いて、低音を補強して全体のボリュームを下げるために、今までも使っていた村田製作所のES105とフォステクスのCW250を引き続き併用することにした。ES105は単体ではほとんど音が聞こえないが、併用するとなぜか低音が充実する。CW250は今までと同じレベルで鳴らすと中低音が濁って話にならなかったのでLPFを一杯まで下げてボリュームもごくごく小さくした。これも単体では隠し味程度にしか鳴っていないが効果は間違いなくある。ESLの使い方として邪道かもしれないが、エアボリュームを考えるとこうする方が無理がない。

到着してまだ三日目。それほど聴きこんでいないが、実に良い音だ。良く言われている通り、ボーカルや小編成の音楽はジャンルを問わず抜群に良いが、サブウーファーを併用している甲斐あってか大編成のオーケストラも悪くない。ESL本体のスピードが速いのでサブウーファーを使うことによるもたつきを懸念したが、僕の耳では大きな弊害は感じなかった。もう元のスピーカーには戻れない感じ。故障せず長く付き合えるといいのだが。

R・シュトラウス「ドン・キホーテ」 : マゼール/ウィーンフィル

722.jpg

マゼールの逝去の報に触れてから何枚かCDを購入した。マゼールのR・シュトラウスはクリーブランド管との演奏で何曲かCDとLPを持っているが、若い頃にウィーンフィルと共演したものも90年代のバイエルン放送響との録音も聴いたことがなかったので、この際と思って両方購入した。特に後者は5枚組で2,000円を切る価格だ。買わない手はない。

ウィーン・フィルとの演奏、2枚組のCDの1枚目の最初が「ドン・キホーテ」。冒頭のメロディからゆっくりとしたテンポで悠揚迫らぬ演奏だ。68年の録音なのでこの時マゼール34歳だが、とてもそんな若手が振っているとは思えない。独奏者二人が良い意味で出しゃばらないこともあって、指揮者とオケとソリストが緊密に一体化した実に面白い演奏が楽しめる。これは期待以上の好演奏である。こちらのCDセットも2枚組で1,000円そこそこ、お買い得だ。2枚目にはグルダがピアノ、ボスコフスキーがヴァイオリンを務めた「町人貴族」組曲も収められている。録音も良い。



メンデルスゾーン交響曲第4番「イタリア」第5番「宗教改革」 : ガーディナー

799.jpg

ガーディナーとウィーンフィルのコンビによるメンデルスゾーン。「宗教改革」はライブ録音で96年の録音。「イタリア」の方はライブとクレジットされていないのでスタジオ録音だと思う。「イタリア」の方はオリジナル版と改訂版の二種類が収録されている。通常演奏される「イタリア」はオリジナルバージョンの方で、改訂版は演奏されることも録音されることもまれなようだ。

「宗教改革」をまともに聴くのは初めてかもしれない。タイトルが特徴的なのでクラシックを聴き始めてすぐの頃から名前は知っていたが、なんとなくつまらなそうなので長い間、聴きたいと思わなかった。ガーディナー/ウィーンフィルのライブは大成功だったというが、確かに緊張感に満ちた良い演奏だった。この演奏のおかげでこの曲が好きになれそうだ。

HMVのサイトではこのCDの解説のところにガーディナーは「ウィーンフィル楽団員から絶大な信頼を得ている」と記載されている。実際、「宗教改革」の録音が上手くいったので「イタリア」の録音も行われたようなのだが、ウィーンフィルのメンバーがオーケストラと指揮者の舞台裏を書いた本の中ではガーディナーはけちょんけちょんに言われているらしい。その本が正しいとすれば、この「イタリア」の演奏は問題が多く、CD化に当たって数百か所も編集されているということだ。その結果、ガーディナーはDGとの契約を切られたというオチまでつく。

それなりに一生懸命聴いてみたが、どこをそんなに編集したのかは皆目見当がつかなかった。そんな裏話はあるものの、「イタリア」も含めて仕上がりは悪くない。改訂版の資料的価値も含め、一度聴いて損のない演奏だと思う。

ショパン ピアノ協奏曲第2番 : ワッツ

ソニーは昔から今に至るまで綿々と「ベストクラシック100」というシリーズを販売している。僕がクラシックを聴き始めた80年代前半にはLPのシリーズでベストクラシック100選というのがあった。当時、それほどレコードを買えたわけでもないのにどういうわけかこのシリーズの販促用レコードというのが我が家にあって、そこに収録された各演奏の抜粋を繰り返し繰り返し聴いたものだ。アンドレ・ワッツの演奏もその中に含まれていて記憶に残っている。今でも決して多くはないが、カタログの中で黒人の演奏家はおそらく彼だけだったと思う。

今までワッツは生粋のアメリカ人と思っていたが、実はハンガリー人とアメリカ人のハーフでドイツ生まれだという。どうも僕は「ハンガリー」出身者やその系統の人の演奏が好きなようだ。彼が表舞台に出たのはグールドの代役としてバーンスタインと共演したのがきっかけということだが、このアルバムはその時にも演奏してワッツの代名詞となっているリストのピアノ協奏曲第1番との組み合わせである。指揮もバーンスタインで、リストの方は期待にたがわずとても良い演奏。

では、ショパンはどうか。正直言うとあまり期待していなかったのだが、これまたなかなかイカした演奏だった。彼はいまだにバリバリの現役でコンサートを数多くこなしている。僕は生を聴きに行ったことはないが、一度、アメリカでのコンサートの模様をテレビで見たことがあって、それはもう汗びっしょりの超熱演だった。その時のイメージはリストに代表される技術的難度の高い曲をバリバリ弾くといったものだったので、ショパンとはちょっと違うかなと思っていたのだ。

録音は65年、まだワッツが10代の演奏である。そう考えると演奏の完成度はかなり高い。シッパーズの指揮ともども颯爽と速めのテンポだが優等生的演奏からは一歩はみ出したよく歌うピアノだ。この人の録音は若い頃にソニーに残したもの以外、あまり数がないが、きっとコンサートでこそ本領を発揮するタイプなのだろう。70歳手前の最近はどういう風にこの曲を演奏するのだろうか?

地震

今日は久しぶりに大きめの地震が起きた。北関東広域で震度5弱、東京で震度4。その瞬間、オフィスにいたが、かなりの揺れを感じた。ちょどランチタイムだったので外に出ていた社員も多く、古めの建物にいた連中は肝を冷やしたらしい。

東日本大震災の爪痕はまだまだ残っているにもかかわらず、日常生活をしている中であの時の体験をほぼ忘れかけていることに気づく。オフィスが大きく揺れ始めた瞬間、フラッシュバックのように当日の記憶がよみがえったが、もしも今日の地震があの日と同じような規模だったら何ができたかというと甚だ心もとない。少なくともどこに避難するか、何を持ち出すかくらいはきちんと決めておかないと。

ブッカー・リトル・アンド・ヒズ・フレンズ : ブッカー・リトル

Booker little and friend

オリジナルタイトルは「booker little and friend」だが邦題は「ブッカー・リトル・アンド・ヒズ・フレンズ」。ただカタカナにするだけでなく文法を直してしまうところが日本人らしくて微笑ましい。担当者は生真面目な人に違いない。

中古ショップで見つけたアルバムは92年とクレジットされた国内盤で、帯にはスイング・ジャーナル・ゴールド・ディスクと書いてあるので、ジャズに詳しい人ならブッカー・リトルのこともこのアルバムも知ってて当たり前なんだと思うが、僕はこの人のアルバムを初めて聴いた。

7曲収録されていてそのうち6曲がブッカー・リトル本人の作曲。死ぬ直前、しかし、まだ23歳の時の作品だが、オリジナル曲がことごとく名曲なのが驚き。まったく初めて聴いてもすっと耳に馴染む。凄腕のメロディメーカーだ。憂いを帯びた旋律がすっかり好きになってしまった。ジャケット裏の解説を読むとブッカー・リトルはシカゴ音楽院でトランペットだけでなくピアノ、作曲、オーケストレーションを学んだということなので、才能と理論に裏付けられた実力の持ち主だったのだろう。とても魅力的なアルバムである。

ドヴォルザーク交響曲第9番「新世界より」 : フリッチャイ

swscan00323.jpg

フリッチャイという指揮者の名前はだいぶ前から知っていたのだが、実際の演奏を聴くのは初めて。フリッチャイは白血病のために63年、48歳の若さで亡くなってしまった。

現在なら治療も可能だったかもしれないと思うと残念。この「新世界より」は素晴らしい演奏である。59年の録音なので、病気の悪化によって演奏活動休止に追い込まれたのち、病が小康状態になった時の指揮になるが、事実を知らなければ病に侵されているとは到底思えないような鮮やかな演奏だ。歯切れが良く明晰な演奏である。フリッチャイはハンガリー出身だが、この国の他の指揮者の例に漏れず、過剰な感情を排して造形力豊かな演奏を展開する。40歳半ばにしてベルリンフィルをがっちりと掌握してオケの実力を余すところなく発揮させている。夭逝したのが惜しい。

このLPもVinyl Passion レーベル。もともと優秀録音だと思うが、LPの出来も良い。



SL-1200の開発者インタビューを読んで思ったこと。

テクニクスのSL-1200と言えば有名なDJ御用達プレーヤー。72年の初代発売から6代目まで改良を重ね、2010年にテクニクスが撤退するまで世界で累計350万台も売れたそうだ。確認したわけではないが世界一売れたレコードプレーヤーではないだろうか。ちなみに今月の初め、パナソニックが「テクニクス」ブランドを復活させると発表した。今のところ、アナログシステムはラインナップにないようだが、ブランド復活が順調に進めばアナログの復活もあるかもしれない。楽しみだ。

SL-1200は今でもDJ達にとっては絶対的な標準機で中古品もまだまだ人気がある。そうしたDJの人達をメインターゲットにするレコード/オーディオショップがSL-1200の開発者にインタビューした記事をネット上で見かけた。

SL1200開発者インタビュー

思い入れたっぷりのインタビュアーの質問に答える開発者の方のひょうひょうとした感じが面白い。このインタビュー記事の中に以下の件がある。

Q : アーティストはアナログレコード出したいって思うやん。DJとかやってたら特にね。アナログのいわゆる、音質とか、デジタルじゃ表現できないダイナミクスな部分とか、そういう点に関してはどう思いますか。
A : 俺はね、ええ悪いじゃなしに、アナログを聞いた方が、柔らかくて、心地いいんやね。音的にね。
Q : それはなぜ?
A : アナログレコードの音は、「音質が良い」っていうよりも、右と左の音が必ずきれいに分かれてるわけじゃなくて、うまいことミックスされてるんよね。ところがCDの場合はLとR、完全に右と左の音完全に分けてしもうてるわけでしょ。それが何か違和感に感じるような音に聞こえてくるんですよ。ただ、アンプに通すからもう少し落ちてくることは確かやけども。CDはレコードに比べたら分離度はもっと高いですよ。倍以上ですよね。でもそこに違和感がある。それは人の好みによって変わるから一概には言えないけどね。だって「CDは高いとこから低いところまでいっぱい入ってるからええねん」とかいう人もいてますし。


今まで雑誌やウェブでアナログとデジタルの違いを論じた記事をたくさん目にしたが、このやり取り以上に説得力のある説明を読んだことがない。

CDの記録データの限界からデジタルの限界を論じる人はたくさんいるが、そこからソフトとしてのレコードの優位性やハードとしてのレコードプレーヤーの優位性を導く出すことについては現実的に疑問を感じる。この記事を書きながら久しぶりにCDを聴いているが、無音の中から出てくる音には疵一つなく、実に見事である。仮に理論上、レコードに同じ音が刻まれていたとして、ここまでのレベルで音を取り出すのは容易ではない。実感として、LPの方がCDよりも音が良いという意見には大いに疑問符を抱く。

であるにもかかわらず、僕の音楽鑑賞は今では95%以上、レコードだ。どうしてレコードにここまで惹かれるのか自分でもよくわからなかったのだが、この記事を読んで大いに合点がいった。語弊を恐れず言えば、CDの段階ですでにデジタルは音が良すぎるのである。あるいは、より実演の再現に近づけようとして失敗したということかもしれない。

日本が世界に誇る技術にロボット技術があるが、ロボット工学ではすでに70年代、日本の学者によって「不気味の谷」という現象が提言されていた。はっきりおもちゃとわかるロボットが進化して外見上人間に近づくにつれ、ある時点から人間はそのロボットに強い嫌悪感を感じるという話。この説が正しければそうしたロボットが完全に人間と同一視できるところまで進化すれば嫌悪感はなくなるということだが。

デジタルも今以上にハイレゾ化が進み、再生機器のレベルも上がれば、そのうちなんの違和感もなく眼前にオーケストラやライブバンドが浮かび上がってくるのだろうか?そのためにはソフトや機器だけでなく、再生する側の環境も相当のレベルにする必要がありそうだ。

少なくとも我が家のレベルではデジタルとアナログ、「不気味の谷」により近いのはデジタルの方である。

シューベルト ピアノ五重奏曲「ます」 : ブレンデル

時差ボケに散々苦しめられながら一週間の海外出張を終えて帰国。彼の地はすでに涼しくなっていて出かける前の暑さを身体が忘れていたので成田に着いたらまだまだ蒸し暑いことに驚いた。でも、やっぱり日本が最高。帰宅してまずはゆったりと風呂に浸かって一休み。久しぶりの音楽鑑賞で聞いたのがこの曲。

IMG_0524 (2)

クラシック音楽が好きでも嫌いでもこの曲の第4楽章のメロディを知らない人はいないだろう。この楽章のベースになっている歌曲「鱒」を初めて聞いたのは小学校か中学校の音楽の授業だった。漁師が鱒を釣るところを描写した歌詞には「鱒をだまして釣るように男は女をだまそうとするので要注意。」という意味が込められているらしい。こんな平和な音楽なのに裏にはそんな訓話が隠されていたとは。。授業では習わなかった。

それはさておき、この曲の編成はよく知られているように変わっていて、第二ヴァイオリンの代わりにコントラバスが入っている。レコ芸で、「シューベルトが友人と演奏を楽しむためにそういう編成にした」という趣旨の話を読んだ記憶があるのだが、ウィキペディアによれば、同じ編成のフンメルの五重奏曲を演奏する室内楽団を念頭に置いて書かれたとある。自筆譜もないし生前に出版すらされなかったので、この辺り真相は誰にもわからないのかも。個人的にはコントラバスが良い味を出していて好きなのだが、本来、楽器の特性を考えるとこの組み合わせにはいろいろ難しいところもあるようだ。

ブレンデルは90年代にこの曲を再録している。その演奏のジャケットもなかなか印象的なのだが、僕にとってはシューベルトの「ます」のアルバムと言えば、昔からまずはこの演奏であり、ブレンデルと共演者が笑顔で写るこのジャケットだ。77年の録音でブレンデルはまだ40代半ばだが、他の共演者に比べれば十分ベテランで終始演奏をリードしている。とはいえ強引にぐいぐい引っ張っていくようなところは微塵もなく、あたかも友人同士が自分達の楽しみのために演奏しているかのように聞こえる。ジャケット写真のまま、アットホームでリラックスした雰囲気だ。とっても癒される身体に優しい演奏である。録音も良好。

出張

今日から一週間、海外出張。最近は会社の重点もアジアに移っているので、なんだか久しぶりの北米出張だ。

ちょっと早めに着いたので成田空港で自動化ゲート登録をしてみた。ずっと気になっていたが、いつもぎりぎりで手続きするので毎回「次こそは」と思っていたのだ。

午後のフライトだったので出国審査場は人影もまばら。自動化ゲートの登録をしている人もいない。手続きは実に簡単で、申請用紙に必要事項を記入して指紋の登録をするだけ。すぐに使えるようになる。

今日は有人ゲートも誰も並んでいなかったのだが、せっかくなので自動化ゲートを通って出国した。実際の出国手続きも簡単である。ただし、有人ゲートと違っておなじみの出国スタンプは押されない。

ああ、また時差ボケの日々がやってくる。
プロフィール

ばけぺん

Author:ばけぺん

最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ
Since 3/28/2013
検索フォーム
リンク