バッハ ブランデンブルク協奏曲第5番 : ストコフスキー

stokowskibach.jpg

今日はストコフスキーのコロンビア/ステレオ録音のをまとめたボックスセットからバッハのCDを聴いた。このボックスセットはしばらく前に購入したのだが、先日、紹介したグールドとの「皇帝」を含めて10枚のCDが収められている。録音が古い順に並んでいるようだが、最初の2枚はストコフスキーが20年ぶりにフィラデルフィア管弦楽団と共演した際に録音されたものである。(もう一枚はファリャとワグナー。)

ストコフスキーのバッハと言うとディズニーの「ファンタジア」で使われた「トッカータとフーガ」を思い出す。なので、このブランデンブルク協奏曲もてっきりストコフスキー編曲バージョンかと思ったのだが、そうではなくて原曲である(と思う(笑)。)。

原曲を演奏しているとはいえ、最近聴いたホグウッド/エンシェント室内管弦楽団のブランデンブルク協奏曲とは相当趣を異にする。ここに聞くフィラデルフィア管弦楽団はおそらくフルサイズの編成ではないと思うのだが、それでも響きは厚くなんとも暖かい。弦楽器は艶やか、木管の響きも豊かだし、チェンバロもキラキラしている。この心地よさは抗いがたい。どちらが多くの聴衆の心を打つかと言えば間違いなくストコフスキーの演奏だと思う。併録されたコラール前奏曲はストコフスキー編曲のもので、こちらも非常に良い演奏。一流のエンターテイナーの仕事が聴ける。
スポンサーサイト

ブルックナー交響曲第4番 : チェリビダッケ

celibidachebruckner.jpg

80年代の終わりくらいまでチェリビダッケは幻の指揮者だった。録音嫌いなので正規録音はほとんどない。その演奏を聴くためには実演に触れるしかないが、海外は夢のまた夢、日本に来た時にも学生だった僕にはまったく手が届かなかった。ようやくこの人の演奏が聴けるようになったのはチェリビダッケが亡くなった後のことである。家族の了承が得られたということだろうが、結構な数の録音がリリースされた。しばらくするとだんだんCDというメディアそのものの人気が無くなってきて一昔前だったら考えられないようなお買い得パッケージのボックスセットが流通するようになった。チェリビダッケのブルックナー選集はそうした中でも最たるものの一つである。12枚組のセットがたしか3,000円くらいだった。演奏が良いだけでなく、80年代終わりの録音ですこぶる音も良い。ベストセラーになったのも納得である。

ボックスセットに収められた3番から9番までの交響曲の中でもっとも聴く頻度が低いのが4番と7番。クラシックを聴き始めた頃にはメジャーだった二つの曲だが、ブルックナーにのめりこむにつれてだんだん聞かなくなってしまった。4番を聴くのはショルティの全集を聴いて以来かもしれない。

チェリビダッケの演奏自体、久しぶりに聴いたが、相変わらずすごい熱量だ。時間のない時に聞くことは間違ってもお奨めしない。冒頭から終始大胆に遅いテンポだが、特に終楽章は猛烈に長い。この楽章だけで27分かかる。しかし、圧倒的である。以前、ズヴェーデンやショルティの演奏を褒めたが、どちらもこの演奏に比べれば実に普通の演奏だと感じる。

前にもチェリビダッケの演奏について書いたが、この人の演奏はテンポが遅くても緩かったり間延びしたりすることはない。常に緊張感が漲っているし、音楽には弾力がある。この人にしかできない不思議なフレージングである。この曲の演奏ではそれに加えて他の指揮者にはない独特の解釈が聞ける。弦楽器の音は終始美しいが、いつしか旋律と対旋律があたかも独立したように動き出したりそれが交じり合ったりして今まで(少なくとも僕は)聞いたことのない音楽を紡ぎ出す。フィナーレでは弦がずっとリズムを下支えして果てしなく息の長いクライマックスを迎えていくが、これは素晴らしい効果を上げていると思った。これは名盤である。

ブラームス交響曲第1番 : バルビローリ

barbirollibrahms.jpg

シベリウスに続いてバルビローリのブラームス交響曲全集を入手。オケはウィーン・フィル。バルビローリのブラームスを聴くのはまったく初めてである。番号順に1番から聴いたのだが、じっくりとしたテンポで丁寧にオーケストラを歌わせる素晴らしい演奏だった。

ブラームスは古典派とロマン派の間に位置する作曲家だからか、ベルグルンドやシャイーのようにどちらかと言うと古典的、室内楽的にアプローチする演奏から、ベートーヴェンの正統的後継者として厳格に演奏するもの、さらにはバーンスタインのVPOライブのようにすこぶるロマンティックに演奏するものまでいろいろな演奏があるが、バルビローリの演奏はかなりロマンティックに感じた。と言っても大袈裟な身振りやわざとらしい演出はないところが良い。

それにしても昨日聴いたシューリヒトとのブルックナーもそうだったのだが、60年代のVPOの響きは素晴らしいなあ。これは後になって無くなってしまったのだろうか。それとも録音技術の進歩が必ずしも良い方向に向かっていないのだろうか。いずれにしてもこの演奏に聴くVPOの音は素晴らしい。BPO同様、VPOもバルビローリに感銘を受けたということだから、指揮者への尊敬と信頼がより一層演奏を輝かせているのかもしれない。世評に高い2番や4番を聴くのが楽しみだ。名演である。

ブルックナー交響曲第9番 : シューリヒト

DSC_9595 (2)

評論家の宇野氏が絶賛しているのでつとに有名なシューリヒトのブルックナーだが、個人的には若い頃に貧相な機材で聴いたのが災いして、擦り切れたような痩せた音の演奏という印象だった。ちなみに同じような印象の指揮者としてモントゥーがいたのだが、最近になってLPを聞き直したところ、これが素晴らしい演奏だった。演奏に感動するために必ずしもハイエンドオーディオは必要ないが、とはいえ最低限の水準に達していない機材で聴くと名演奏も台無しになる。

今週もあちこち外出が多くて忙しかったのだが、火曜日にぽっかりとお昼の時間が空いた。その間隙を縫って「レコード社」に行ったところこのLPを発見。以前の印象から多少購入を迷ったが、今のシステムで聞いたらどう聞こえるか興味があったので結局、買った。

買ってきたは良いものの聴く時間が取れなかったのだが、今日の午後、ようやく聴くことができた。記憶と比べて冒頭部分の金管から迫力が違う。61年の録音だからステージの広さや抜けの良さは最新録音のようにはいかないが、ウィーン・フィルの美しい弦楽器や木管の音色は見事に刻まれているし、ホルンを筆頭として金管楽器の強靭な響きも良く捉えられている。

シューリヒトの指揮は一見早足で淡泊。フレーズとフレーズの間のためが短く、前のめりなところがあるので余計そう感じるのだが、第一楽章は音楽が進むにつれてどんどん重みを増していく。低弦の動きも良く見えるし、音楽の造り方がとても上手い。作為を感じないが、結果的には相当劇的だ。フィナーレは素晴らしい。第二楽章も良いが、終楽章はテンポの速さにまず驚く。何度か訪れる中間のピークはそのたびに聞いたことがないくらいのスピードで飛ばしていく。このあたりで、他の演奏は曲が終わってしまうのを惜しむがごとく毎回壮大なクライマックスを作るが、シューリヒトは違う。なんというか、未完の交響曲を正しく未完と感じる演奏である。面白い。

モーツァルト交響曲第25番 : ホグウッド

hogwoodmozart25.jpg

ホグウッド/エンシェント室内管弦楽団のレコードをまとめて売った人がいたらしく、このLPのほかにも数点中古レコード屋さんに並んでいた。コレギウム・アウレウム合奏団と並んでホグウッド/エンシェント室内管弦楽団も僕にとっては割とリアルタイムで世の中に知られるようになった団体なので、名前を見るだけでも懐かしい。

同じ古楽器演奏を専門とする団体ではあるが、ホグウッド/エンシェント室内管弦楽団の方がよりオーセンティックなイメージがある。ホグウッドがエンシェント室内管弦楽団を創設したのは1973年。イギリスでは初めての古楽器専門オーケストラらしい。

中古レコード屋さんには「プラハ」が含まれているアルバムもあったのだが、まずは様子見と思ってこれと「ブランデンブルク協奏曲」を買った。名前は懐かしいものの、当時からつい最近まで古楽器にさほど興味がなかった僕はこの人たちの演奏をまともに聞いたことがないのである。

25番は「アマデウス」で使われて以来、なんと言っても第一楽章が有名だが、その冒頭部分を聴いただけで「買って良かった!」と思える演奏であった。実に透明感溢れる素敵な演奏である。この曲をいかにも「小ト短調」という感じで表現するのであれば現代楽器を使う方が良いと思うが、ホグウッドの指揮はそういう作為的な部分がほとんどなく、とてもストレート。結果として曲自体の良さがダイレクトに伝わってくる。品が良くて格調高い。

録音は79年、アナログ全盛時代のとても出来の良い録音。楽器の音が明瞭だし、室内オーケストラらしいサイズできちんと収録されている。

ベートーヴェン ピアノ協奏曲第1番 : エッシェンバッハ/カラヤン

DSC_9594 (2)

最近、ベートーヴェンのピアノ協奏曲の中でもこの第1番がちょっとしたマイ・ブーム。この曲を久しぶりに聴いたのはエッシェンバッハ指揮のリヒテル盤だったのだが、今日はそのエッシェンバッハが若い頃にカラヤンと共演したアルバムを聴いた。

エッシェンバッハ26歳、前年にクララ・ハスキル国際コンクールで優勝し、鳴り物入りで登場した当時の演奏である。ちょうど父親くらいの年齢のカラヤン指揮するBPOにがっちりと支えられて、清々しい演奏を聞かせてくれる。

この曲はベートーヴェン初期の作品なので、まるでモーツァルトのように典雅で古典的なメロディに溢れている。穏やかな音楽の流れを聴いていると癒される。エッシェンバッハ/カラヤンの演奏はとても落ち着いたテンポで纏綿と音楽を紡いで行く。カラヤン/BPOは立派な演奏だが、ピアノを決して邪魔せず完璧なサポート役を務めている。

この演奏を聴く限り、共同作業は実にうまくいっていると感じるのだが、どうやらこの組合せの録音はこれ一枚しかないらしい。何か問題でもあったのだろうか?もったいない限りである。

シベリウス交響曲第1番 : バルビローリ

barbirollisibelius.jpg

カラヤンのシベリウスの感想を書いた時にバルビさんからお奨めのコメントを頂いたバルビローリ/ハレ管によるシベリウス交響曲全集を入手した。昔から定評ある名盤が5枚組のリマスタリングCDで2,000円もしないで入手できるのだからとてもお買い得である。しばらく在庫が切れていたようだが、先週商品が無事到着した。

1枚目のCDは交響詩集でこれも興味深いのだが、まずは番号順に交響曲第1番から聴くことにした。バルビローリ/ハレ管のシベリウスはたしか2番を昔聞いたことがあったと思うのだが、正直に言って内容は記憶にない。でも、バルビローリの演奏はマーラーの9番も若い頃聴いたときには印象に残らなかったが、最近聴いてとても感銘を受けた。なので、このシベリウスにも期待大である。

ついさっき聞き終えたのだが、期待に違わず、と言うか期待していた以上に素晴らしい演奏だった。僕はバルビローリの演奏と言うと「優しい」というイメージを持っていた。確かに全体として伸びやかでおおらかな演奏ではある。歌心に溢れているとも感じたが、構成力に優れていてルーズなところがない。第二楽章はかなりきびきびとしたテンポなのに、急ぎすぎと感じる演奏も多い第三楽章は逆にたっぷりとしたテンポでじっくり進む。こういう進め方もいいなあと思って聴いていると最後は強烈なアッチェレランドで終わったりして、表情豊かな演奏だ。終楽章は雄大な演奏。弦が雄弁でとてもドラマチックだ。リマスタリングのおかげか録音も良いし、なるほどこれは名盤である。

適正音量

月曜日からの出張が終わって先ほど帰宅。今日は家人の帰宅が遅く、珍しく夜一人である。オーディオの音量に気を使う必要がないので久しぶりにジャズを大きな音で聴いてみたくなった。

Donald Byrdの「Slow Drag」を感覚的にはいつもの5割増しくらいの音量でかけたのだが音が容赦なく耳に突き刺さる。高音は鋭い棘のようだし、低音はかなり床に響く。一体これはどのくらいの音量なのかとiPhoneの音圧系アプリで測定してみるとだいたい90㏈くらい。普段の音量が70~80㏈なので比較すれば大きな音であるが、大音量派の方からすれば小声くらいの大きさだろう。

聴く音楽のジャンルや曲によって適正な音量は変わると思うが、それ以前にやはり聴く部屋の環境によって適正音量は定義されてしまうようだ。この部屋で大きな音が出せるシステムを組んでも宝の持ち腐れということがわかった。

ベルリオーズ「幻想交響曲」 : カラヤン

Karajanfantastique.jpg

「幻想交響曲」はクラシックを聴き始めた頃からずっと好きな曲の一つなので、今までいろいろな指揮者/オーケストラの演奏を聴いたにもかかわらずカラヤン/BPOの演奏は最近まで聴くことがなかった。おそらく洗練されすぎて狂気が足りないだろうと先入観を持っていた。

カラヤンが70年代にDGに残した録音をまとめたボックスセットも購入以来あまり聞いていなかった。CDを整理した際、分厚い解説ブックレットだけを外箱に残し、CDを収めた内箱を取り出してストッカーに入れた。こうすれば俄然CDにアクセスしやすい。今日、何か聴こうと物色する中で見つけたのがこの「幻想交響曲」。74年録音なのでカラヤン/BPO絶頂期と言って良いと思う。

冒頭から極端と言っていいほど強弱に大きなダイナミクスをつけて演奏が進む。弱音は本当に小さく、低弦の胴鳴りがする最強音部とのコントラストは凄い。勝手な思い込みに反し、洗練されているどころか粗野一歩手前の迫力を聞かせてくれる。いやはや想像していたよりもずっとエキサイティングで面白い演奏である。BPOだから技術的には万全だが、この演奏に聴くカラヤンは仮に表面に小さい瑕があっても気にも留めなそうである。それよりも全体を貫く勢いを大切にしている。

すべての楽章が気に入ったが、特に第4楽章、終楽章は良い。第4楽章のマーチはトランペット群がやたらと陽気で、それが狂気を漂わせる。終楽章の鐘は録音上、はっきりと合成であることがわかるが、音色は曲調に実によく合っている。フィナーレも快演だ。

マーラー交響曲第7番「夜の歌」 : マゼール

maazelmahler789.jpg

マゼールの死去に伴ってフィルハーモニア管とのマーラーチクルスも6番までで終わりかと思っていたら昨年の秋に7~9番が新たにリリースされた。ありがたいことである。この3曲も1~6番同様、録音時期は2011年。心配するまでもなくわずか数か月の間に全交響曲を録音していたようだ。しかし、9番までリリースされたということは残った「大地の歌」と10番はどうなるのだろうか?(VPOとの全集にも「大地の歌」は含まれていないが、10番は録音されている。)

7~9番の中で一番興味があるのは9番だが、せっかくなので後のお楽しみとしてまず7番を聴いた。なんとなくそんな予感はあったが、第1楽章のテンポは冗談みたいに遅い。冒頭部分は今にも止まりそうなペースで1フレーズずつ、あたかも大切な何かを確認しながらのごとく進んでいく。聴くほうも大変だが演奏する方はもっと大変だろう。フィルハーモニア管はこの異常なテンポでも一切破綻することなくしっかりマゼールについて行っている。

第2楽章以降も全体のテンポはかなりゆっくり。おかげでこの複雑な曲のテクスチュアがよくわかるし、演奏のあちこちに新しい気づきがある。ここまで間延びしたテンポだと緊張感がなくなってつまらない演奏になりそうなものだが、そうならないところがマゼールの非凡なところであろうか。まあ、僕はマゼールが好きなので痘痕も靨に見えている可能性はある。

ただでさえ大曲が超スローモーションで進むので全体の演奏時間は1時間半近い。快速なショルティ/シカゴは77分で終わるので2割増しである。さすがにここまで行くと好き嫌いはあると思うが、マゼール好きなら一度はお試しあれ。

ベートーヴェン ピアノ協奏曲第5番「皇帝」 : グールド

gouldemperor.jpg

グールドがソロを務めたピアノ協奏曲と言うと、ブラームスのピアノ協奏曲第1番の演奏で指揮者のバーンスタインが演奏前にソリストとテンポの解釈で合わなかったことを釈明したという逸話が有名だ。このライブ演奏はCDにもなっているのだが、モノラル録音ということもあって入手していない。最近、グールドの録音をDSDリマスタリングしたボックスセットを購入したのだがこの演奏は含まれていなかった。。

このボックスセット、全部で81枚もCDが入っているのでどれを聴こうかと迷っていたところ「皇帝」のCDを発見。ベートーヴェンのピアノ協奏曲も2番以降はバーンスタインと録音していたが、4番収録後にブラームスのコンサートがあったこともあってかパートナーはバーンスタインではなくストコフスキーである。

グールドが独奏、ストコフスキーが伴奏という個性派同士の組合せは聴く前から何か特別な演奏を期待してしまうが、果たしてその期待は冒頭のオーケストラ一発ジャーンの後のカデンツァで早くも適えられる。ふつう滑らかに低音から高音に上がっていくピアノがふっとため息をつきながら徐々に進んでいくのである。この演奏を聴くまでこういう解釈があるとは思いもよらなかった。とてもロマンティックである。冒頭からグールドは歌っている。そんなピアニストを支えるオーケストラはどうかと言うと心もち低弦を強調しながら堂々たる演奏。ストコフスキーが創設したアメリカ交響楽団の音は残念ながら重みが足りず、管楽器もどこか物足りないのだが、ピアニストとの息は合っている。

第2楽章はこのコンビの方向性にぴったりの音楽でとても素敵な演奏である。第1楽章からそうだが、演奏は総じてゆっくりとしたテンポで進む。グールドは一音一音を慈しむように紡いでいく。ピアノの音が良い。終楽章はこの演奏の中に限れば最もふつうの演奏であるが、グールドのピアノがキラキラと輝いていて何でもないようなパッセージにもハッとするような瞬間がある。テンポは緩やかで終始、余裕を感じさせる独奏だ。それにしても録音時ストコフスキーは84歳だが、年齢から来る緩みのようなものはまったくない。それもまた見事である。

ラフマニノフ ピアノ協奏曲第3番 : ワッツ

145.jpg

ワッツのCDボックスから今度はラフマニノフのピアノ協奏曲第3番を聴いた。伴奏は小沢征爾/NYP、69年の録音。

69年と言うとワッツのデビューから6年なので22~23歳の頃だろうか。この人は天才少年としてセンセーションを起こしたくらいだから技巧的には凄いはずだし、まだ若いにも関わらず、テクニックを誇示したり力でねじ伏せるような力みをあまり感じない。ラフマニノフ本人のピアノ演奏はそっけないくらいさらっとしたものだったらしいが、ワッツのピアノもそんな感じである。本当にうまい人の手にかかると超難曲もあっさり簡単に聞こえるのかな。

録音のせいかピアノの音が少し軽いのが残念なのだが、ワッツのピアノは濁りのないタッチで聴かせる。装飾音付きのパッセージなんて機械なみに正確である。いい意味で。

この録音においてもう一つ特筆すべきは小沢さんの指揮するNYPの演奏。小沢さんもまだ30代の若手の頃だが、繊細かつ情感豊かにラフマニノフの憂愁に満ちたメロディを演奏していて見事。ピアニストともども名演である。

富田勲さん、亡くなる。

冨田勲さんが亡くなった。

僕は高校生の頃に「惑星」のレコードを聴いて初めて冨田さんのことを知り、最近も「月の光」や「展覧会の絵」といった比較的初期のシンセサイザー作品を愛聴している。これらのシンセサイザー作品が冨田勲の名前を有名にしたことは間違いないが、彼の生涯にわたる膨大な作品群の中でこれらはほんの一部に過ぎない。

大河ドラマの音楽や数々の映画音楽、音楽と映像を一体化した野外イベント等世界を舞台としてスケールの大きな活躍をされたすごい日本人の一人である。合掌。

母の日

今日は母の日だ。昨日、打ちっ放しに行ったら受付の人がみんなにカーネーションの一輪挿しを配っていた。まるで練習した後はちゃんとお母さんに感謝しなさいよと言われているようだった。

毎年、ゴールデンウィークは夢のようにあっという間に終わってしまう。もともと今日は過ぎし日を名残惜しみながらのんびりしようと思っていたし、せっかく母の日だから両親を連れて食事に行くことにした。考えてみれば一昨年も去年もこんな風に親と食事をした。母の日はGWと重なっていることが多いので時間が取りやすいのかも。だいたい「父の日」っていつだったっけ?

母親のリクエストに応じて一昨年はそば、昨年はスパゲティを食べた。今年は何が食べたいか昨日母親に尋ねたところ返ってきた答はまさかの「とんかつ」。えー、おっさんかよ。まあ、歳を考えれば、年々、食べたいものが高カロリー化しているのは元気な証拠だろうか。とにかくなんであれ好きなものを食べてもらいましょう。

ベートーヴェン交響曲第4番、第5番 : アーノンクール

460.jpg

アーノンクールは生前、自身二度目のベートーヴェン交響曲全集を録音する予定で手兵のコンセント・ムジクスと演奏を重ね、第一弾としてこの演奏をライブ録音したのだが、直後に引退を表明したため結果的にこれが生涯最後の録音になってしまった。アーノンクールのインタビューがライナーノーツに掲載されているが、20年ぶりのベートーヴェンに対する意欲に溢れている。その中で引退を決意したというのはよほど体調が悪かったのだろうし、その後、あっという間に亡くなってしまった。

ベートーヴェンの交響曲全集を録音するのに最初が4番と5番というのは不思議な感じがしたのだが、実際、ライナーノーツを読むと1番から番号順に演奏を重ねていたようだ。1~3番を飛ばして4番と5番を録音したのは単純にオペレーショナルな事情によるのか、それともこれらの曲に対する自信の現れなのかはわからない。

4番から収録されているが、この曲の冒頭から演奏は大小驚きの連続である。アーノンクールが研究に研究を重ねてスコアを読み込んだ結果は聞き慣れた演奏とはかなり違う。3番と5番の間の小曲という扱いではなく、最初のテンポから堂々と大曲のように始まるし、その後も目から鱗の斬新な演奏である。この人が演奏効果を狙った小細工をするとは到底思えないので、これがベートーヴェンの指示に忠実なのだとすれば今まで聴いていた演奏は何であるのか。とにかく一度聞くべき演奏だと思う。

5番はさらに刺激的である。アーノンクール自体インタビューの中で「グロテスク」という言葉を使っているが、なるほどそう感じないこともない。1楽章から3楽章までも楽器や奏法の違いから聞き慣れない音があちこち聞こえるし、演奏解釈も大胆で面白いことこの上ないが、白眉は終楽章。アーノンクール曰く終楽章だけに追加されたトロンボーンとピッコロは野外音楽の楽器とのことだが、その二つの楽器の強調が尋常なレベルではない。下品一歩手前、というか確信犯的に下品な鳴らし方に聞こえる。今までたくさんの「運命」を聴いたが、これらがどこに使われているかこの演奏で初めてはっきりと認識した。そしてフィナーレ。好きか嫌いかは関係なく圧巻である。名盤。

Windows10

Windows10への無償アップグレードの通知が来てもしばらく無視していた。PCオーディオのために中古で購入したWindows XPからWindows8.1がプレインストールされたこのPCに変更した時もインターフェースの違いにとまどったし、Windows10に変えたら慣れるのに時間がかかるだろう。

そう思っていたのに、なぜか昨夜は俄然新しいものを試してみたくなって、通知の指示のままにWindows10をインストールしてしまった。ビジネスで使うPCだったら間違ってもこんなことしないのだが、このPCは所詮100%プライベートユースである。多少アプリとの相性があったりしても問題ないし、いつか変更するなら早いほうがいい、なんてずいぶん前向きな気持ちで実行した。

で、今朝からめでたくWindows10を使っているのだが、やっぱり不便(笑)。昨日の僕はどうかしていたに違いない。

と、ここまで書いたところで誤操作で画面を完全に閉じてしまい、すべてを消してしまった。再度、書き直しである。まあ、おかげで上から下にスワイプするとアプリが閉じることを学んだ。

Windows8を使用していた期間も決して長くはないのだが、毎日使っているといつの間にか身体に操作方法が染みついていて、ちょっとした違いが煩わしい。基本タブレット前提(だったような)8シリーズに比べて10では操作方法が少し以前のスタイルに戻った感じ。と言っても7やそれ以前のWindowsとはやはり全然違う。

8だったら画面を左右にスワイプするだけで前後のページに進めたのだが、10ではそれができない。しかし、これが仕様なのか設定なのかわからないところが苛立たしい。まあ、おいおい慣れるだろう。とにかくしばらく使い倒すしかない。

ちなみにPCオーディオに使う再生ソフト等はまだWindows10未対応のものが多いらしい。アップグレード前に要確認である。

ベートーヴェン交響曲第9番「合唱付き」: ライナー

DSC_9590 (2)

フリッツ・ライナーがRCAに残した録音をまとめたボックスセットを手に入れたのはもう2年半も前になるが、入手直後に何枚か聞いただけでその後はいつの間にかお蔵入り。ストッカーの中の居場所が悪くて棚から出すこともなかった。今朝、久しぶりに箱を開けてみて目に留まった「合唱付き」を聴いた。

ライナー/シカゴ響と言うと、僕はすごく直線的な演奏をイメージしてしまうのだが、実際に聴いてみるとそんなこともない。きびきびとした早めのテンポを基本とすることは間違いないが、第1楽章なんて途中でちょっと驚くほど減速しながらぐぅっと深掘りするような部分がある。全体にティンパニが強めでリズムを縁取りするのも印象的だ。

第2楽章はイメージに違わぬ整然としたオケの妙技が聴けるが、むしろさらに好印象なのは第3楽章。とても清らかで透明感の高い演奏である。この人はマーラーの4番でもそうだったが、サラッとした中で情感に富んだ可憐な演奏もできるのだ。終楽章は整理整頓が行き届いた完成度の高い演奏。好みで言えばより大きなドラマが欲しいが、立派な演奏であることに間違いない。

ボックスセットのジャケット写真でライナーは火のついたタバコを手にしている。いまどき、まずありえない構図である。昔は当たり前だったが、いつの間にか時代は変わったなぁ。

B&W PV1D

もう4~5年前にホームシアターをやめて以降、しばらくサブウーファーを使わなかったのだが、クラシック音楽をブックシェルフスピーカーで聴いていると時に低音が物足りない。なので、前にフォステクスのサブウーファーを買った。このスピーカーは巷で評判が良いし、ピュアオーディを念頭に置いた密閉型で価格の割に本格派である。大きな期待とともに導入した当初は良いと感じたのだが、そのうち少しずつ違和感を感じるようになった。急峻なローパスフィルターが欲しくてチャンデバも導入してみたが、根本的な解決にはならず。結局、短期間で手放してしまった。

最近、スペンドールのSP2/3を導入したのだが、このスピーカー、現代では相当大きなブックシェルフに属するにも関わらず低音が潔くすっぱりと切られている。無理して低音を絞り出さないからこそ透明度高い良い音がするのだと思いつつ、オーケストラものや低音成分の多いフュージョン系の音楽を聴くとやっぱり不満が残る。元の木阿弥である。ということで、一度失敗したサブウーファーに再度チャレンジしてみることにした。

今回導入したのはB&WのPV1Dというサブウーファー。ありがちな直方体ではなく球体の一部を切り落とした異形のサブウーファーである。20cm径のウーファーを前後に連結し、駆動はデジタルアンプ。このあたり、イクリプスのTD520SWと同等だが価格はPV1Dの方がかなり安い。と言っても、フォステクスの倍の価格。個人的にはサブウーファーにこれ以上の金額は出せない。これでダメなら2.1chは二度とチャレンジしないつもりで導入した。

DSC_9579 (2)
B&Wは言わずと知れたイギリスのハイエンドスピーカーブランドだが、この製品は中国製である。ちなみにB&Wの日本語サイトを見るとこの製品の概要説明はなぜか中国語である。代理店はやる気がないのだろうか(笑)?イギリスのサイトでは激賞されているものの日本語レビュー記事は見当たらず詳細不明だったが、ウーファーを前後連結した構造と球体化によるスペースファクターの良さ、ヨドバシポイントが使えて在庫あり即納だったことを決め手に購入した。

注文翌日に届いたPV1Dを早速設置したのだが、実物は予想以上に真ん丸で小さく感じる。一番の驚きはオーディオマニアを嘲笑するような入力インターフェースだった。各種入力端子はすべて底面にあるのだが、電源ケーブルは細いメガネ型だし、RCAプラグは普及品、スピーカー入力に至ってはモレックス端子で、左右チャンネルを一つの線にまとめた専用ケーブルが付属している。ちなみに底面にあるために高さが足りず、市販の高級ケーブル/プラグはまず使えない。ここまで来るとちょっと痛快である。天下のB&Wが「アクティブサブウーファーにアフターマーケットの太いケーブルとか高級端子とか無駄。」と言っているようだ。

このスピーカーは前面のパネル、または付属のUSBケーブル経由で接続したPCで各種設定が可能なのだが、実にわかりづらい。しばらく試行錯誤して体系が理解できればそれほど難しいことはないのだが、繋いでから音が出るまでに結構時間がかかった。

とにかく、ようやく音を出すことができた。設置位置は左右スピーカーの間、右スピーカー寄り。写真のとおり壁とは角度を付けて置いている。後ろの壁から約30cm、スピーカーまで約70cm。スピーカーの能率に合わせ、マニュアルに従ってスピーカーの低域限界の7掛けに当たる42Hzでローパスフィルターを設定した。位相は聴きながら合わせたが0度が一番干渉が少なかった。2.1chの場合、サブウーファーに両チャンネル入力するか片チャンネル入力とするかは議論があるが、両方入力している。

導入から数週間、PV1Dには満足している。繋いでも存在が気にならない。耳を近づけると確かに鳴っているし、バスドラムや大太鼓が鳴った時にはメインスピーカーだけの時とは雲泥の差で低音を再現してくれる。必要な時に必要な音しか出ない。それにスピーカー自体の振動がきわめて少ない。嵩上げの意味も込めてオーディオボードに載せているが、それにしてもフローリングに伝わる振動は皆無と言って良いレベル。良く出来ている。

耳が馴れてしまうので時々、PV1Dの音を消してみる。低域は軽くなり、すっきりとして見晴らしが良くなったようにも感じる。うん、これはこれで良いのだ。もう一度PV1Dを入れてみる。切り捨てられてしまった低域が復活して音に重みが出る。どちらがオリジナルの演奏に近いか?どちらがマスタリングエンジニアのイメージに近いか?その答えはわからないが、最低音ありなしで音楽表現が違ってしまうことは間違いない。スピーカーそのものを変えなくても別の表現を体験できるという意味においてPV1Dの存在価値は高い。

ブラームス交響曲第2番 : ワルター

350.jpg

CDの整理をする中で困りものだったのがやたらとパッケージの大きいボックスセット。手持ちの中で言えばこのワルターのセット、これと同じ体裁のバーンスタインのセット、さらにカラヤンの70年代録音集。いずれも大きくて通常のCD収納棚に入らない。

ワルターとバーンスタインのボックスは外装がLPサイズなのでLP棚には入る。背表紙のデザインを見てもそういう設計なのかと思う。ところが、中身のCDはお菓子の詰め合わせみたいに収納されているので平積みせず縦に仕舞うと蓋を開けた時にはCDがめちゃめちゃになっている。。毎度並べなおさなくてはならず、実にとほほな状態である。一体、どういう形で保管することを想定しているのであろうか?こうしたハンドリングの不便の結果、これらのボックスセットに入ったCDを聴く頻度は極度に低い。歴史的名盤だし限定版だったので結構無理して買ったのに勿体ないことだ。昨日、片付けながらGW中はこれらのCDをできるだけ聴こうと心に決めた。

ワルターのコロンビア録音集は39枚のCDが入っているが必ずしもすべてステレオ録音ではなく、戦前も含め古いモノラル録音が結構含まれている。僕は今まで、ワルターの録音はモノラル期のものが良いとなぜか思い込んでいた。クラシックに限らずほとんどモノラル録音は聞かないので、したがってワルターの録音は昔からあまり聴いたことがない。なぜ、こう思い込んだかというと、たぶん、若い頃に読んだレコード評の影響だと思う。アメリカに行ったワルターはNYPとの演奏が良い、ステレオと両方残っている場合はモノラルが良い、だいたいコロンビア響は音は薄いし演奏は下手だし、と言った評価が刷り込まれていて、敬遠していた。

しかるにこのセットを買って最初にマーラーを聴いたところ、それまでの先入観を吹き飛ばす演奏であり録音であった。コロンビア響は臨時の雇われオーケストラだし、事実上引退して隠居していたワルターはかなりの高齢だが、それがどうしたという感じである。もちろんNYPとの演奏やさらに古い戦前の演奏は素晴らしいかもしれないが、仮にそれらしか録音が残っていなかったら、ワルターも今頃メンゲルベルクくらいの知名度だったかもしれない。ステレオ録音が残ったのは実に幸甚である。

さて、お題の交響曲第2番だが、一言で言うと実に良い演奏である。ぐだぐだと前置きだけ長くて肝心の演奏に関するコメントがこんな短いことをお許しください(笑)。どこがどうと言えるほどわかっていないが、この演奏が優れているのは間違いない。どうしてそんなに断言するかというと2番が終わってもCDを取り換える気にならず続けて併録された3番も最後まで聴いてしまったから。びっくりさせるような要素は皆無、録音もぼちぼち(ただし年代を考えれば決して悪くない。)、この演奏より要素的に優れた演奏は数えきれないほどありそうだが、この演奏に聴く心地良さはかけがえがないと思う。

CDの整理

しばらく前からCDストッカーのことが気になっていた。このストッカーは昨年の3月に購入したもので記事にもしたが、それまで組み立て式のボックスに入れていたCDが増殖してきたため一念発起して購入したものだ。それ以来、便利に使っているのだが、最近、どうやらねじが弛んできたらしい。近くを歩くとギシギシと音がするようになってしまった。記憶ではこのストッカーを組み立てた時は海外出張に出かける直前でとにかく組み立てを急いでいた。最初からきちんとねじが締まっていなかったのかも。

しばらく土日を迎えるたびにねじを締めなおそうかと思いつつ先送りしてしまっていた。なぜかというとストッカーの構造上、ねじを締めるためには中身を出す必要があるのだ。厳密に言えば、中身が入ったまま持ち上げて前後を逆にすればねじにアクセスできなくはないのだが、その場合、ざっと数えて1800枚くらいあるCDごと持ち上げないとならない。あまり気乗りしない選択である。

実行するなら今しかないと思ってようやく昨夜、重い腰を上げた。まず、一心不乱にストッカーの中にあったCDを取り出す。すっかり全部取り出したところでストッカーの向きを前後逆にしてねじを締めなおした。12段それぞれにねじが4か所。計48か所のねじに加えて外枠を止めているねじも締めなおしたが、やっぱりかなり弛んでいた。このままにしておいたらそのうち惨事になっていたかもしれない。これ以上、先送りにしなくて良かった。

これまでCDは基本レーベルで並べていたのだが、追加追加でごちゃごちゃになってしまった上に目的のCDがなかなか見つけられなかったので、今回、アルファベット順に並べ直すことにした。ということで、ひとまず床の上でCDをABC順に分類したのだが、作業の途中はまさにカオス的状況である。作曲家を基本にしつつ、特定のアーティストのボックスセットのような場合はそのアーティストの名前をABC順に並べてみるとBとMとSがやたら多いことがわかった。(どうでも良いことだが。。)

そうして並べなおしたCDを順に入れ直し終わるまでに作業開始から1時間半くらいかかった。予想以上の重労働であったが、苦労の甲斐あってこれまでよりずっとCDにアクセスしやすくなった。小さな達成感あり(笑)である。
DSC_9576 (2)

ブラームス ピアノ協奏曲第2番 : ワッツ

145.jpg

今日と金曜日にめでたく有給休暇を取ることができたので今年のゴールデンウィークは10連休!!いつものころながらお休みというのは仕事をしている時の何倍ものスピードで時間が経ってしまうので、すでに4日目になってしまっているのがちょっと悲しいが、それでもまだ6連休。とても幸せな気分だ。

せっかくの長期休暇だが計画性に乏しいので特に遠出する予定はなし。ゴルフと音楽鑑賞に時間を使おうと思う。で、今日はゴルフに行ってきた。天気予報では日中はとても暑くなると言っていたので、長袖長ズボンと半袖半ズボンの両方を用意して臨んだ。暑いと言う割には朝、起きてみると結構ひんやりとしている。ティーオフして、ハーフが終わっても日差しはなく、結局、最後までまったく暑くならなかった。過ごしやすいと言えば過ごしやすかったが、残念ながら着替えは半袖半ズボンしかなく、帰りはだいぶ季節外れの恰好。まるで小学生である。。

閑話休題。連休中に聴こうと思っていくつかCDを買ったのだが、その一つがこのCDボックス。以前、ショパンのピアノ協奏曲を紹介したアンドレ・ワッツがコロンビアに残した録音をまとめたボックスセット。60年代から80年代までの録音が12枚のCDにまとめられている。

アンドレ・ワッツはバーンスタインのテレビ番組で取り上げられた後、グールドの代役としてリストのピアノ協奏曲第1番を演奏して大ブレイクした16歳の時から70歳になった今までずっと現役で今でもバリバリとライブをこなしている。その割には今となってはかなりマイナーなピアニストだろう。でも、僕にとってはクラシックを聴き始めた頃に録音上全盛期だったワッツはとっても親しみのあるピアニストである。

とは言え、この人のブラームスと言うのは正直ピンと来なくて今回、初めて聴いた。まだ20代前半のワッツ青年のピアノは、おじさんピアニストやおじいさんピアニスト達が弾くような深みや滋味と言ったものには欠けるかもしれないが、しかし、若さに任せてバリバリと勢いだけで弾くのとも相当違う。最強音でも力任せのタッチは一切なく、デリカシーに富んだ演奏だ。それでいて技術的なキレも素晴らしく、両手での速いパッセージでは粒の揃った打鍵が気持ち良い。たくさんの名演奏が存在するこの曲だが、一度聴いてみて損はないと思う。
プロフィール

ばけぺん

Author:ばけぺん

最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ
Since 3/28/2013
検索フォーム
リンク