ストラヴィンスキー「春の祭典」 : 小澤

小澤春祭

今日、「レコード社」でもう一枚買ったのが小澤征爾/ボストン響による「春の祭典」。79年録音で高校生の頃の僕にとってけっこう憧れの一枚であった。小澤さんの「春の祭典」はさかのぼること10年以上前にシカゴ響と録音したものがあり、この録音の後にはバイエルン放送響との映像作品もある。村上春樹さんとの対談でもこの曲のことを語っているし、得意曲でありお気に入りなんだと思う。

小澤さんはどんな曲でもスコアのすみずみまですべて暗譜しているらしい。加えて抜群のリズム感とバトンテクニックを持っているのだから、自らの手兵であるボストン響相手であればいくらでも大胆でスリリングな演奏ができるだろうと思うのだが、ここで聴ける春の祭典は危ういところが微塵もない非常に安定した音楽である。正直言って、安全運転すぎるような気もする。弦楽器のリズムはもっと先鋭でいいと思うし、金管や打楽器ももっと目立っても良い。要するにパンチに乏しいのだ。

目の覚めるような強烈な印象がない代わり、この演奏にはどんな複雑な部分でもきちんと計算された楽器のバランスと精妙な音のブレンドが存在する。中低音よりのピラミッド型バランスで音色は暗め。アメリカのオーケストラなのに小澤さん好みのドイツ的な厚みのある音がする。こういう高め安定の音楽を作り出すことができたからこそ、あれだけ長期間にわたって世界的オーケストラに君臨できたのかもしれない。
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ラヴェル「ボレロ」 : マータ

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今日は午後いっぱい予定されていた会議が午前中になって急に延期になったおかげでずいぶん早く帰宅することができた。帰りがけにいつもの「レコード社」に寄ったところ新入荷の棚にこのレコードを発見。エドゥアルド・マータ、ちょっと懐かしい名前である。

メキシコ出身のマータは77年にダラス交響楽団の音楽監督になった。古くはドラティが音楽監督を務めたダラス交響楽団はそれまで少なくとも日本では無名に近かったと思うが、マータが音楽監督になってRCAに録音を始めるとともに来日して知名度を高め、デジタル録音草創期にはけっこうたくさんの録音をリリースしたと思う。ちょうど僕はその頃クラシック音楽を聴き始めたのでこの人の名前は(メータに似ていることもあって)よく見聞きした。

ジャケット中央上部に誇らしげな「Digital」の表示、帯にも繰り返しデジタルを訴求するあたり、時代を感じる。A面いっぱいに15分弱のボレロを収録しているおかげか、確かにダイナミックレンジが広く、歯切れの良い録音である。曲と相まって生理的快感を感じる。同じ中南米出身のバティスに比べマータはスマートで洗練されていると言われるが、録音時若干38歳の若武者が聴かせるラヴェルは推進力も十分、勢い良くフィナーレまで連れて行ってくれる。B面の2曲も含め、なかなか熱い演奏だ。

93年にダラス響の音楽監督を降りたマータは95年に自ら操縦する飛行機の事故で他界してしまった。ラテンアメリカ出身の世界的指揮者は数少ないのでその早逝が惜しい。

ベートーヴェン ピアノ協奏曲第1番 : ブロンフマン/ジンマン

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ジンマン/トーンハレのベートーヴェンはベーレンライター校訂版をモダン楽器で演奏したことで世間をあっと言わせた。ベートーヴェンの交響曲の演奏は極論すればフルトヴェングラーとトスカニーニを二つの出発点としてそのバリエーションが無数に存在するモダン楽器の系譜と70年代以降登場した古楽器・ピリオド奏法の選択肢しかなかったので、ジンマンのアプローチは実に画期的だと思うし、実際、演奏も相当面白い。

交響曲全集完成の数年後に録音が始まった協奏曲のシリーズから最近マイブームであるピアノ協奏曲第1番を聴いてみた。ピアノはなぜかブロンフマン。なぜかというのは、僕はこの人、なんとなくラフマニノフとかバルトークと言った超絶技巧を要するピアノ協奏曲のイメージで、ジンマン/トーンハレとベートーヴェンというのが意外だったので。

演奏を聴いてまず感じるのは意外に普通(笑)ということ。特に快速アプローチでもないし、極端な強弱のつけ方もない。普通に良い演奏である。ブロンフマンのピアノは華麗で重量感がある。やっぱりどちらかと言えばロマンティックな演奏に属すると思う。ソリストとオケの呼吸はぴったり合っているのだが、お互いもっといいパートナーがいるような気がしないでもない。。

R・シュトラウス ヴァイオリン協奏曲 : サヴァリッシュ

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R・シュトラウスと言うとまず交響詩とオペラが頭に浮かぶし、協奏曲と言えばホルン協奏曲が大層有名であるが、最初に作曲したのはこのヴァイオリン協奏曲である。他の有名曲の影に隠れて有名とは言えない曲だが、美しいメロディ、立派なオーケストレーションでとても素敵な曲に仕上がっていると思う。この曲を18歳の時に作ったと言うのだから、音楽の才能と言うのはやはり天賦のものなのだろうか。

ヴァイオリンを演奏しているサラ・チャンのことはこのCDを聴くまでぜんぜん知らなかったのだが、ヴァイオリニストの父親を持つ韓国系アメリカ人で6歳でジュリアード音楽院に合格、8歳でコンサートデビューと言うからこちらも天才である。もちろん並大抵ではない努力をしたに違いないが、それにしても、だ。

録音が99年なので、ソリストがちょうど作曲時のシュトラウスと同年代ということになる。対するサヴァリッシュは76歳。お爺ちゃんどころか、ひいお爺ちゃんくらいの年齢だ(笑)。サラ・チャンがこの曲を知ったのはサヴァリッシュとの共演だったらしいので、二人にとってはおそらく得意の曲なのだろう。伸びやかに美しい音色を聞かせるヴァイオリンをオケが巧みに支えて見事。曲調もあるが、この女流ヴァイオリニストは息が詰まるような緊張感よりもゆったりと余裕を感じさせる演奏で聴いている方もリラックスできる。

併録されたヴァイオリンソナタではサヴァリッシュがピアノ伴奏を務めている。曲もヴァイオリンもピアノも全部良い。

Walkin' : マイルス・デイヴィス

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マイルス・デイヴィスにはこのWalkin'のほかにもCookin', Relaxin', Workin', Steamin'とあるのでこれらはまとめて制作されたものだと思い込んでいたのだが、間違いであった。Walkin' は他の4枚より2年前に収録されている。ライナーノーツを見るとA面とB面でサイドメンも違っていて、まるで別のアルバムを二個一にしたような、なんだか不思議な一枚である。(まあ、クラシックのLPを考えれば別に不思議でもないか。)

実際、ものすごく開放的豪放磊落に始まる1曲目とB面の最初に当たる3曲目ではずいぶん表情が違う。どっちが良いかと言うとどっちも良い(笑)。そう、このアルバムは全曲良いのだ。僕はジャンルに関わらずモノラル録音が好きじゃないが、このアルバムは例外的に時折聴く。

レコードプレーヤーもトーンアームも必要以上に稼働させているくせに、今のところモノラルカートリッジもモノ対応フォノイコ(ないしはプリアンプ)もない。だから、きっとこのアルバムの真価はわかっていないんだろうなあ、と思う。お手軽なモノラルカートリッジを手に入れてみようかなぁ。

イギリスのEU離脱

まさか本当に離脱を選ぶとは。。会議の合間にニュース速報を見た時は目を疑ってしまった。アメリカの大統領選といい、今回の結果といい、「もしかしたら」が実現してしまう本当に危うい世の中だ。

移民もしかり、放漫国家の救済もしかり、他国の事情で自国にしわ寄せが来ているという思いはわからないでもないが、ボーダーレス社会でもっとも利益を享受している国の一つであることを英国民は忘れてしまったのだろうか。利益の実感がない人が多かったということだろうが、すでに純粋な国内産業が衰退した国で国内投資が減少したらいよいよじり貧である。なんという愚かな選択をしたものかと思う。

日本にとっても円高は良いことではないと思うが、しばらくこの基調は続くのだろうか?国家レベルのことに悩んでいても仕方がないのでポンドが安いうちに英国製品でも買おうかな。

ショスタコーヴィチ交響曲第7番 : バーンスタイン

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バーンスタインのショスタコーヴィチのCDを取り出して今更ながら思ったのだが、なぜオケがシカゴ響なのだろうか?シカゴ響との組み合わせに否定的なのではなくむしろ逆である。もっといろいろな演奏を残してほしかったものだ。

このCDには1番と7番が収録されているが、演奏は両方とも素晴らしい。両方とも晩年のバーンスタインの手法で思い入れたっぷり、テンポはゆっくり。特に7番はそもそも大曲なうえにこのテンポだとオケへの負担は相当なものだと思うが、そこはシカゴ響。難なく、余裕すら感じさせる演奏が見事なものだ。

打楽器や金管が目立つ曲だし、そこらへんも期待に違わず迫力ある名演なのだが、むしろ全曲を通じてしなやかで透明な弦楽セクションが好感度大。大きな音でダイナミックな演奏なのになぜか静かな印象が残る。

Dynaudio Focus 260

ディナウディオはデンマークのスピーカー専業メーカーだが、いつの間にか中国資本に買収されていた。中国の資本力恐るべしであるが、この高名なスピーカーメーカーの買収額は約50億円くらい。う~ん、意外と安いような気もする。このところ本格的なワイヤレススピーカーを登場させたり、エントリーレンジのスピーカーの種類が増えたりと積極的な販売戦略を取っていると思っていたのだが、実のところ経営は苦しかったのだろうか。。

Focusシリーズはディナウディオの中堅どころを支えるシリーズだったが、最近、アクティブシリーズが登場してパッシブラインはすべて販売中止になった。日本ではスタジオユース以外アクティブスピーカーのニーズがほぼないようだが、欧米メーカーからは意外と多くのアクティブスピーカーが販売されている。シリーズを整理してパッシブとアクティブの2系統で展開するのはそれなりに合理性があるのだろう。

とにかくディスコンになって後継モデルが不人気なアクティブスピーカーになった結果、日本では旧Focusシリーズの在庫は割と高めの価格で売られていたがヨーロッパでは事情が異なるらしく、何度か買い物をしているイギリスのショップでは新品在庫が叩き売られていた。今回、Focus 260のピアノブラックモデルを購入したが、完全新品が関税送料込みで日本における定価の3分の1くらいだった。

Focus 260は17㎝ウーファー×2+トゥイーターの2ウェイ。幅20cm奥行き30cm高さがほぼ1mというスリムなトールボーイで重さも20㎏とハンドリングしやすいサイズ。リアバスレフでバスレフポートは一つ、ディナウディオらしいシングルワイヤリングである。これまたディナウディオらしく見た目は実に普通。エンクロージャーは角を落として後ろも絞られているが、見せ方が慎ましいのでぱっと目には単純な直方体に見える。

部屋に置いてみるとサイズ的には今までのスピーカーの中でベストマッチングである。スリムで奥行きが浅いので邪魔にならない。一昔前のディナウディオは鳴らしづらいというのが定評でアンプを選ぶスピーカーとして知られていたが、このところのモデルはそんなに気難しくないようだ。真空管アンプでも低音がボンつくこともなく普通に鳴る。

久しぶりに自分の部屋でディナウディオのスピーカーを聴いてみるとやはりその完成度の高さに驚く。とにかく音離れが良くてスピーカーが鳴っているように感じない。2本のスピーカーを結んだ線の後方に仮想のステージが展開する。17㎝径のウーファーは小さく見えるが低音は‐3㏈で32Hzという優秀なスペックだし、実際必要十分な量感がある。それでいて切れがいいのだから文句のつけようがない。鳴らしこめばもっと良い音になるだろう。

宇野功芳さん死去

評論家の宇野功芳さんが10日、86歳で亡くなった。

ある程度の年齢以上のクラシック音楽好きであれば、宇野さんの名前を知らない人はいないのではなかろうか。そう思えるほど有名で毀誉褒貶の激しい評論家だった。

僕がクナッパーブッシュ、クレンペラー、シューヒリトの録音を聴くようになったのも、逆にあまりの絶賛に嫌気がさして朝比奈隆さんの録音を最近まで敬遠していたのも宇野さんの評論の影響である。一部の指揮者をボロクソに言ったり、彼個人の好き嫌いで演奏を評価しているようなところはどうかと思うものの、ここまで個性的でまた話の面白い評論家も他にはいない。とにかく影響力の強さは断トツである。

それにしてもこんなに早く亡くなるとは思わなかった。とても残念である。合掌。

ストラヴィンスキー「ペトルーシュカ」 : マゼール

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前回記したとおり「ペトルーシュカ」を聴き始めた頃、僕は1911年版の方が優れていると勝手に思っていたのだが、その頃、1911年版と明記された録音はそれほどなかった。いや、実際はあったのかもしれないが、なにせインターネットなど登場するはるか前のことなので、中高生が入手できる情報なんてたかが知れていた。街のレコード屋にあるものがこの世のすべてなのである。

そんな中、僕は最初に購入した「ペトルーシュカ」がこのマゼール盤。もちろん1911年バージョンである。本当はブーレーズ盤がすごく欲しかったのだが、当時はまだレギュラー盤でたしか2,300円だったと思う。こちらは1,800円。たった500円の差だが、当時の僕にはものすごく大きな差だったのだ。

この演奏は1962年の録音なのでマゼールはまだ相当若い。この頃のマゼールはどの録音を聴いてもほとばしる才能をそのままオーケストラにぶつけたような勢いのある演奏だが、この「ペトルーシュカ」もその例に漏れない。とにかく、冒頭から全力疾走という感じでオーケストラに鞭を入れっぱなし。特に最初の方はオケがマゼールの棒について行けない感じが強い。スタジオ録音なのにまるでライブのようなエネルギーである。現在だったら、あるいは指揮者がマゼールじゃなかったら録音作品として認められただろうか?という感じの演奏だ。

そんな演奏だから粗探しをすればいろいろと文句も言えるのだが、だからと言って演奏に不満があるかと言うとこれが不思議なことに何度聴いても最後まで面白く聴けてしまうのである。もっと完成度の高い「ペトルーシュカ」はたくさんあるけれど、ここまで自己主張の強い演奏はなかなかない。それを32歳の若造が成し遂げてしまうところが凄いと思うのである。

ストラヴィンスキー「春の祭典」 : ロト

ロトストラヴィンスキー

「春の祭典」を初演当時の楽器と奏法で再現したというロト/レ・シエクルの録音。2014年度のレコード・アカデミー賞を受賞している。そもそもストラヴィンスキーの作品が初演時には現在と異なる楽器を想定していたという事実が驚きだった。考えてみれば確かにすでに100年以上前の出来事ではあるが、ちょうど中間に当たる60年代の演奏は楽器も奏法も現在とさほど変わらないような気がする。管弦楽はどこかで歩みを止めてしまったのだろうか。

この演奏、最初に知ったのはakifuyu102さんのサイト(「音楽いろいろ鑑賞日記」)だったと思うのだが、遅ればせながらCDを入手。HMVのサイトを見ると最初のファゴットから驚愕なんて書いてあるもんだから、どれだけ違うのだろうと思って聴きだしたのだが、出てきた音は期待過剰で肩透かし。響きが素朴な感じはするものの極端な違いはない。聴き続けていくとなるほど管楽器も弦楽器も響きが透明で全体に軽やか。「春の祭典」に少し「プルチネルラ」をブレンドしましたみたいな感じ。

映像を見れば印象もずいぶん違うが、この録音、そうした違いを楽しむよりもロト/レ・シエクルの演奏そのものが実に素晴らしい。管楽器はところどころスコア通りに吹くこと自体難しそうに聞こえるが、快速なパッセージ見事にこなしているし、ノン・ヴィヴラートの弦はモダン楽器以上に妖しい雰囲気を醸し出している。ライブ録音だけに全体を通じてスリリングな緊張感が漲っていて全曲あっという間である。とても良い演奏。

ストラヴィンスキー「ペトルーシュカ」 : ブーレーズ

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ブーレーズがCBS時代に録音した管弦楽曲作品の多くがDG時代に再録されているが、僕はおおむね若い頃のCBS録音の方が好きだ。それは若き日のブーレーズの閃きや冴えが多くの場合DG時代のブーレーズの円熟よりも魅力的であるというのが最大の理由であるが、録音メディア全体を作品と考えた時にCBS時代のジャケット写真が圧倒的にクールだという事実が影響しているのも否定できない。誰がデザイナーか承知しないが、指揮者と作品に似合う素晴らしいジャケットを作ったものだと思う。

この演奏はずいぶん昔に初めて聴いた時からの愛聴盤である。「ペトルーシュカ」は1911年版と1947年版の2種類あるが、昔はとにかく編成の大きな1911年版の方が絶対好きだった。実際はどこが違うのか知らなかったのだが、3管編成と4管編成なら後者の方が偉いと単純に信じていたのである。実にわかりやすい(笑)。その当時、はっきりと1911年版と銘打っていたブーレーズの演奏は憧れだったが、「春の祭典」と違ってなかなか入手できず、中古で見つけた時はとてもうれしかった思い出がある。

それ以来、引っ越しで処分してはまたCDを買ってきたが、今回、ブーレーズのボックスセットに収められていたこのCDが一番音が良いような気がする。(ただし、単純に再生装置の問題かもしれない。)僕の思い込みとは逆に一般的に言って1947年版の方がカラフルとされているが、1911年版によるこの演奏はとても繊細で色彩豊か。NYPもブーレーズの求めによく応じていると思う。とっても良い演奏である。

ブルックナー交響曲第9番 : ハイティンク

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久しぶりにハイティンク/ロイヤル・コンセルトヘボウ管のブルックナーを聴いた。今日は9番。最近、9番はシューリヒト、チェリビダッケと個性的な演奏を立て続けに聴いたせいか、ハイティンクの指揮はなんとも真っ当で普通に聴こえる。

と言って、この演奏が安全運転のだるい演奏かと言うとさにあらず。ハイティンクのブルックナーは8番の終楽章でも同様、ところどころティンパニの扱いが特殊で、この9番の場合には第1楽章のフィナーレでティンパニが金管のファンファーレをくま取りするという実に効果的な演出が敢行されている。これがハイティンクの使っているスコアによるものなのか指揮者のアレンジなのかはわからないが、壮大な楽章を締めくくるにはこれ以上ない。鳥肌が立つような演奏である。

この部分、できる限り良い音で聴きたいと思ってあれこれ設定をいじってみたところ、思いもかけずDSDアップサンプリングした音が最もティンパニの迫力が出て、かつ、分離が良かった。DSDの音はなんとなく軽くて薄いという思い込みがあったのだが試してみないとわからない。これからは通常CDもDSDコンバートをデフォルトにしよう。

演奏に戻るとこの曲、第2楽章の演奏もリズムセクションが充実していて良い。第3楽章は指揮者とオーケストラの組合せからして悪いはずがないと思ったが、その期待に違わぬ端正な演奏。う~ん、ハイティンク、良いじゃない!

ゴルフ

先週も月曜日から出張の連続。金曜日の午後、ちょっと早めに帰宅して久しぶりに音楽を聴いたのだが、いつの間にか眠ってしまっていた。思った以上に疲れてしたようだ。その時、聴いていたのがレコードでなくCDで良かった。LPを聴いていたら最悪、針を無くしてしまうところだった。目を覚ました時には日付が変わっていたのでそのままベッドに入った。まあ、夜更かしせず結果的には十分な睡眠時間を取ることができた。

昨日、土曜日は久しぶりにゴルフに行った。午後スルーなので12時半くらいにティーオフしたのだが、これがまた暑い。朝からむしむしと暑かったが、ティーグラウンドに立つと芝生から熱が伝わってくる。30度以上はありそうである。上半身はポロシャツの下に機能性下着を着ていたのだが、皮膚呼吸ができない感じで息苦しい。しかも出張続きで多少太ったらしく、腹も苦しい。移動のせいか、毎晩の会食のせいか、出張すると必ず太る。

こんな状態だったのだが、ゴルフの結果は思いのほか良かった。あまり練習も行けなかったのだが、どうも経験的には練習不足の方が結果が良い。手首の力を抜くこと、振り上げ方を小さくすること、上半身を残したまま振り始めること等々、気を付けていることはいろいろあるのだが、どうやらようやくそれらが一体的にできるようになってきた(気がする。)。後はアプローチさえ安定してくれれば、以前の良い時の頃に戻れそうなのだが。。

ドビュッシー「海」 : チェリビダッケ

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ふと気が付けば、もはや6月。もう少しで2016年も折り返し点である。いつも同じようなことを言ってしまうのだが、このところ仕事がどんどん忙しくなってきている。少し前から週末にその週の月曜日のことを思い出せなくなっていたが、最近では水曜日に月曜日のことが思い出せなくなってきた。総じて忘れっぽくなっているとはいえ、ちょっと異常である。毎日予定が盛りだくさん過ぎて覚えていられないのだ。今週みたいに出張で外泊が多いとなおさらである。まあ、でも、このご時世、仕事が忙しいのは幸せなことだ。

始めた時は意識しなかったのだが、日々忙殺される中、こうしてブログを付けているとちょっと前のことを思い出す手掛かりになってなかなか便利である。駄文散文を書き連ねているだけなので記事自体に価値はないが、それがきっかけとなって周辺のことを思い出せるのが大きい。去年の今頃自分が何をしていたか、ブログがなければ絶対思い出せない。

話は変わるが、北海道の男の子の話。見つかって本当に良かった。昨日の朝、ふとiPhoneでニュースを知ったときには会議中にも関わらず声をあげてしまいそうだった。(会議中にiPhoneを見ていること自体が間違いだが(笑)。)それにしても一週間近くじたばたせず救出を待ったこの坊やは凄い子に違いない。立派な人に育ってほしい。

さて、ようやく標題の「海」。チェリビダッケの演奏、ブルックナーだけでなくこのフランス/ロシアもののセットも僕は好きである。このボックスセットの一枚目に収められているのがドビュッシーだが、この人のブルックナーにもまして好き嫌いが分かれそうな演奏だ。この演奏もテンポが遅いが、それ以上に演奏が重い。波が寄せては返すところも砕けるところも重量感が半端ない。まあわかりやすく「波」と書いたが、この演奏はそもそも「海」を描写しようなんて思っていないだろう。雄大な一大交響楽である。個人的には思いっきり叩いたティンパニの音がとても気に入った。
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ばけぺん

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