ショスタコーヴィチ交響曲第6番 : バルシャイ

ショスタコバルシャイ

最近のショスタコーヴィチ熱が静まらず、7番の次は6番をあれこれ聴いている。ムラヴィンスキー、インバル、プレヴィンと聴いて、いずれも良い演奏だった。5番と7番に挟まれて地味な印象の6番だが、ショスタコーヴィチらしいほの暗さと諧謔精神に溢れた、魅力的な曲だと思う。

バルシャイ/ケルン放送響の交響曲全集はどの曲の演奏も水準が高く安心して耳を傾けられる。6番も例外ではなかった。全曲を通じた厳しさなど、やはりムラヴィンスキーの2つの録音には及ばないが、第2楽章からところどころ見せる畳みかけるような音楽の運び方や全体的にクールな音作りはとても良いと思った。

この曲は第1楽章が長大な緩徐楽章で、後に続く2楽章が軽めの造りになっている。結果、後半のアプローチ如何で大曲に挟まれた小品という印象にもこれ自体大曲という印象にもなり得るところが面白い。バルシャイのアプローチは前者に属する。終楽章のフィナーレもこれみよがしなところなく、スポーティな印象で終わる。そこが軽いと感じる人もいようが、個人的にはそれが指揮者の狙いだったに違いないと思う。
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ショスタコーヴィチ交響曲第7番 : ゲルギエフ

レニングラードゲルギエフ

お次の「レニングラード」はゲルギエフ/マリインスキー劇場管弦楽団+ロッテルダム・フィルによるライブ録音。ゲルギエフは2012年にもマリインスキー劇場管弦楽団単独で「レニングラード」を録音している。ゲルギエフのマーラー交響曲全集を持っているのだが、個人的には、どの曲を聴いても良いような悪いような、といった感じで、判然としない。以前、「春の祭典」をその評価の高さに惹かれて買った時にも正直、イマイチ感動できなかった。同じくロシア人で、やはり西側で評価の高いヤンソンス同様、真価を理解できていない指揮者の一人である。

と言いながら、ゲルギエフの「レニングラード」には結構期待していた。この人はこういう大きな曲の扱いが上手そうだし、歌劇場で仕事しているだけあって語り上手である。物語性が強い「レニングラード」にはうってつけなのではなかろうか。

さっそく、聴き始めてみると想像以上にさっぱりとして颯爽とした進め方だ。この辺、同じ大曲であるマーラーの3番と似たものを感じる。普通の音量で聴き始めたが、太鼓が始まる当たり音が相当小さい。ゲルギエフの他の録音にもあるのだが、ダイナミックレンジが広すぎて音量調整が難しい。案の定、ここでボリューム上げるのを我慢しないと、最後は大変なことになる。しかし、このボレロ風の部分は打楽器が効いていて生理的快感を覚える演奏である。つかみはOKである。

第三楽章はこれでもかと言わんばかりの悲劇的な演奏を想像していたのだが、案に反して少し速めのテンポでぶっきらぼうにそっけなく始まる。音楽の進行とともにだんだん熱を帯びてくるのだが、全体として覚めた表現である。想像と違ったが悲壮感は十分漂う。終楽章は一転してかなりのスローテンポだ。後半にかけて遅くなる演奏はいくつかあったが、この演奏は終始一貫して遅い。ホールトーンが豊かな会場での録音なので大音量でも混濁しないようにこのテンポを選んだのだろうか?終結部に向けて音楽はどんどん大きくなって言って、巨大なフィナーレを迎えて終わる。個人的にはまたまた評価の難しい演奏である。でも、ちょっと癖になりそうだ。

ラヴェル「ダフニスとクロエ」第二組曲 : マルティノン

マルティノンシカゴ

ジャン・マルティノンという指揮者の良さが正直、今日までよくわからなかったのだが、標題曲を聴いて目から鱗が落ちた。これは実に目の覚めるような、鮮烈な演奏である。マルティノンは後年、パリ管とラヴェルの管弦楽曲をまとめて録音していて、そちらは定評あるが、以前、なんとなく聴いた時はピンと来なかった。EMIの録音がイマイチだったかもしれない。が、この演奏を聴くとパリ管との演奏も一度きちんと聞いてみないといけないと思う。

マルティノンのシカゴ時代は5年しか続かなかったし、ライナーとショルティの間に挟まれて今となっては存在感が非常に薄い。本人もシカゴ時代には良い記憶がないと述懐しているくらいだから、実際、上手くいかなかったのだろう。そういう情報が先に頭に入っていたので、今までマルティノン/シカゴ響のアルバムには興味もなかった。

この10枚組のボックスセットを買った時のお目当てはニールセンの「不滅」だったが、一枚目から予想以上の演奏が聴けて大満足である。全曲でないのが実に残念だが、ライナーともショルティとも違う、デリケートで、かつ、シンフォニックな演奏で聴きどころ満載。録音も非常に鮮明。

オーディオテクニカ AT120Eb

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オーディオテクニカのMCカートリッジはレコードに回帰したばかりの頃立て続けに買ったのだが、今はあまり使っていない。たまに聴くと悪くないと思うのだが、常用するに至らない。どことはうまく説明できないが、何かが合わなくて、長時間使い続けたいと思わないようである。そんなことで同社のMM型(同社の場合はVM型)カートリッジを使うこともなかったのだが、SeriesIIIに合わせて使おうと思う現行品のMMカートリッジを探している時にふと目に付いて購入したのがAT120Ebである。

オーテクのVM型カートリッジには長い歴史があって、詳しくは知らないが、このカートリッジもそうしたロングセラーの系譜にあるのだと思う。とは言え、国内でこのカートリッジが発売されたのは割と最近、2014年末のことである。それ以前も海外では販売されていたらしい。ちなみに、ユーザー数が多いからか競争が激しいからか、海外から買う方が圧倒的に安い。アメリカなら半値である。これって国産品なのにあんまりなのでは。。

閑話休題、AT120Ebは同社の現行品VM型カートリッジのラインアップでAT150Sa、AT440MLbに続いて3番目の位置づけになる。AT150は針が違うのみならずボディの形も明らかに違うが、AT440MLbとは針が違うだけではないかと思う。(違ったらごめんなさい。)120Ebが普通の楕円針、440MLbはマイクロリッジ針である。440MLbの方が繊細な表現力がありそうだが、個人的に高度な針はMC向けでMM(VM)型カートリッジにはあんまり合わないと感じている。

100ドル強という価格を考えれば、AT120Ebは実によくできたカートリッジだと思う。オーディオテクニカの製品は総じて陽性だが、このカートリッジも例外ではない。MCカートリッジと聴き比べをすれば細かい音は出ないし低音も優しいが、普段聴きするにはこれ以上のものは必要ないと思える。特に夜、大きな音量を出せない時には多少ドンシャリ気味なところが功を奏してとても良い。アナログの世界は高級品で溢れているので、こういう製品の存在価値は大きいと思う。

シベリウス交響曲第3番 : ブロムシュテット

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台風が通過して以降、ずっと天候が不安定だ。今朝、起床すると外は結構な雨。空を見上げてみると西側は明るいのでそのうち晴れるかなと思ったのだが、今のところ断続的に降り続いている。予報では午後も雷を伴う雨らしい。ゴルフはキャンセルして家でのんびりすることにした。

ブロムシュテット/サンフランシスコ響のシベリウス交響曲全集から交響曲第3番を聴く。いかにもブロムシュテットらしいすっきりと明快な指揮が聴ける良い演奏だ。サンフランシスコ響の音色がまた良い。重すぎず軽すぎず、明るすぎず暗すぎず、良い塩梅。大音量で聴くと意外なほどスケールの大きな演奏が聴ける。ここ一番でも混濁しない録音も見事。組合せの6番も素晴らしい演奏である。だいぶ前に手に入れた全集だが、こうして聞き直してみると新たな発見が多い。

いまだに現役で活躍するブロムシュテットだが、ほぼ60代を過ごしたサンフランシスコ響時代の作品はデッカの録音と相まってひときわ爽快で好ましい。2014年に限定発売された、サンフランシスコ響時代の代表作をまとめたボックスセットがまだ販売継続している。手持ちと重なるアルバムも多いが、手に入らなくなる前に買うべきか悩ましいところだ。

真空管交換

JJエレクトロニクス製のKT88からSvetlana製EL34に交換してまだ2日目、実際に聴いている時間にすると数時間しか経過していないので音の違いを語るには早すぎるだろうが、初期段階の感想を言えば、EL34の方がきめ細やかな感じで好みに合う。ちなみに僕が買ったSvetlanaはSロゴと言ってアメリカの会社がロシアで製造させている物らしい。ロシア語の「S」である「C」がロゴマークのSvetlanaもあるが、手元にあるのはSの方である。

ネットでちょっと調べただけで真空管の世界は深遠であることがわかる。断片的な知識しか持たずにいい加減なことは言わない方が良さそうだ。とりあえず間違いないのは真空管交換による音の変化がケーブルの変更よりはるかに明確だということである。アナログで言えばカートリッジ交換による音の変化もわかりやすいが、EL34は現行品であれば4本で10,000円から30,000円くらいの投資なので、カートリッジ交換よりもかなり安い。ある意味、非常に危険である。真空管の沼にどっぷりとはまる人の気持ちもよくわかるが、まずはしっかりとこの二組の真空管を聴き比べてみようと思う。

真空管アンプその後

って、この間、アンプはA-1で決まりって言ってたじゃん。。実際、そう思ってずっとA-1を使用していたのだが、なぜか無性に真空管アンプに戻したくなって交代させてしまいました。この暑い中。。

カスタムメイドの真空管アンプは大メーカー製のものに比べて購入時のコストパフォーマンスは高いと思うのだが、リセールバリューが極めて悪い。なので、A-1を導入しても売らずに手元に残し、涼しくなってきたら入れ替えようと思っていた。入れ替えたら実験したいことがあったのだが、休み中は涼しくなってからと思って我慢していた。それが、仕事が再開したとたん我慢できなくなったというのが真相である。

何が試したかったかと言うと、真空管の交換である。この真空管アンプを導入するずっと前にNmodeの真空管アンプ(V-LA1)を所有していたのだが、その時、刺さっていた真空管はリリック純正のKT88。V-LA1はEL34に差し替えることが可能だったので、購入とほぼ同時にSvetlana製のEL34を手に入れたのだが、ほどなくV-LA1自体、売ってしまった。交換用のEL34は二束三文の値しかつかなかったので売らずに保管していた。

手元にある真空管アンプにはJJ製のKT88が刺さっているのだが、このアンプも真空管をEL34に交換できる。ということで購入3年目にしてようやくEL34の出番と相成った。ずんぐりむっくりしたKT88に比べるとEL34は細身でスマートである。巷間、語られるところから想像するにKT88は熱くて低音に馬力があり、EL34は繊細ですっきりしている。って、見た目通りなところが面白い。さてさて実際はどうなるだろうか。準備万端整ったアンプを前にして、一人、ほくそ笑んでいるところである。

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連休の終わり

個人的には今日で連休も終わり。12日が予期せぬ出勤になってしまったせいで飛び石連休になってしまったものの、一応、3連休が二回続いたのだから贅沢は言えないが、いつもながら休みの日はあっという間に過ぎていくものだ。

台風が近づいているせいか、今日の関東地方は日差しが弱く、真夏とは思えない過ごしやすい一日になった。予報では日中、雨が降る確率が結構高かったのだが、雨は短時間だけで量も多くなかった。

同じく連休最終日だった職場の仲間とゴルフに行ったのだが、快適にプレイすることができた。もちろん青空はなかったが、気温が低くて直射日光がないという、この時期に望みうる最高の環境だった。そのおかげかスコアもまあまあ。特に後半はパー4つにバーディ1つという久しぶりの出来だった。

8時のスタートだったので休憩終了後、後半4ホール目に正午を知らせるサイレンが鳴った。正午にサイレンが鳴るのは特に不思議でもなんでもないが今日はいつもと意味が違う。サイレンは一つではなく近隣の消防署や防災無線がいくつも同時に鳴っている。そうか、今日は終戦記念日であった。

3つ目のサイレンが重なったところでようやくその意味に気付いてその場で黙とう。僕の組だけでなく、隣のホールでも皆、頭を垂れてしばしプレイは中断。戦後ももう70年以上が経過したが、平和は当たり前のことではない。その間の先人たちの努力と苦労がなければこうしてのんきにゴルフなんてできるはずもない。ありがたいことである。

SHURE V15 TypeIV

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連休の合間の仕事を終えて帰宅後、なんとなく気分転換にカートリッジ交換。そしてついでにアームも交換。ORBEのアームをSeriesIIIに換装してV15 TypeIVを装着した。

僕のTypeIVは中古で購入したもので写真のとおり見た目は結構ボロボロである。オリジナルの針もあるのだが、今はJICO製の針に交換している。JICOの交換針にはいくつか種類があるが、漆塗りの限定モデルというものを買った。漆塗りが音に良いとは思わなかったが、せっかく趣味の品なのでと思って買ったものだ。前にも書いたがJICOの交換針とオリジナルの針のどちらが良いかと言うと、針のクオリティ的には(摩耗も含め)JICO製の方がいいはずなのに、結果はそうでもない。ダイナミックスタビライザーも違うので一概に針の違いとも言えないが。まあ、とは言え、JICO製の針を使ったからと言ってスタントンの音になる訳ではない。差は僅少である。新しい針を使うのはオリジナル針の摩耗に神経を尖らすよりずっと良い。

僕は気分転換を兼ねて、機器をあれこれせわしなくいじるのが好きなのだが、この組合せは今年の2月以来、久しぶりに聴く。Series IIIを仕舞ってからMMカートリッジを聴かなくなり、さらに3月以降は単体フォノイコがなくなったので、ずっとMCカートリッジをフォノイコ代わりのプリアンプに繋いでいたのだ。

最近になってPH53を導入したのでプリのフォノ入力が空いた。そこでTypeIVをそこに繋いだのだが、結果は驚くほど良好なのである。考えてみればこのアンプにMMカートリッジを繋いだことはなかった。MMカートリッジを真空管フォノイコで聴くのも初めてである。以前、この組合せを聴いて感じた腰高感もない。思えばそれが理由でMMカートリッジを使わなくなってしまったのだが、こんなに違うとは。。

なんて感動しているのが、いつもの短期的な興奮でないとは今のところ言い切れないが、まあ、でも交換してみて良かったと思う。

シベリウス交響曲第3番 : デイヴィス

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シベリウスの交響曲の中で従前、もっとも聴く頻度の低かった第3番を最近は好んで聴くようになった。まったく逆に1番や2番はあまり聴かなくなった。昔から1番と2番ばかりたくさん聴いてきたのでさすがに飽きたというのもあるが、3番以降の曲は5番を除くと以前はぜんぜん感動できなかったので、ここにもまた音楽の嗜好の変化が表れているようだ。

第3番はちょっと意表をつくようなリズミカルな弦楽器で始まる。長い間、なんとも思わなかったのがある時「あっ」と思ったことがあって、それ以来、この曲が好きになった。弦楽器に続き木管のユーモラスで愛らしい主題も良い。北欧のメロディなのに日本の民謡や祭囃子にとても親和性を感じる。

デイヴィスはボストン響の後、ロンドン響と2回シベリウスの全集を録音している。よっぽどシベリウスが好きで得意だったに違いない。いずれの全集も曲による出来不出来の少ない立派な演奏だと思う。今日はロンドン響とのライブ録音である最後の全集でこの曲を聴いたが、本来室内楽的なこの曲を思いのほかスケール大きく濃い味付けで演奏している。とても丁寧な演奏でライブの荒っぽさは皆無。シリーズに共通して録音が良いので快適に聴ける。

マーラー交響曲第9番 : ハイティンク

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ハイティンクが2011年にバイエルン放送響と共演したライブ録音でマーラーの交響曲第9番を聴いた。このCD、買ったのはだいぶ前。入手後一度聴いてさほど感心せず、それ以来、お蔵入りしていた。最近、同じシリーズのブルックナーを聴いてみたところ思った以上に良い演奏だったので、こちらももう一度聴いてみることにしたのだ。

第一楽章冒頭から最初の盛り上がりにかけては長大な9番の中でも個人的にとても好きなところなのだが、この演奏はこの部分が非常にあっさりしている。自然体というか成り行き任せというか、肩から力がまったく抜けた感じだ。こういう感覚はここだけでなく楽章全体を通じたものである。だから、最初この演奏を聴いた時にピンと来なかったのかもしれない。

このところ、音楽に関する自分の嗜好がますます変化してきているのか、それともこの暑さのせいか、今日はそうしたハイティンクのアプローチが実にしっくりと心に響いた。もとより、表面的な印象からもう一歩音楽に真剣に付き合ってみると、ハイティンクの指揮はとても緻密で練られていることがわかる。淡々と流れるようでいて全体はがっちりと構成されているし、細部の表情も細かい。さすが30歳台でマーラーの交響曲全集を録音しただけのことはある。

ハイティンクの指揮に加えて、バイエルン放送響の上手さも際立っている。録音も相当良い。

フランク交響曲二短調 : カラヤン

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フランクの曲と言うとこの交響曲二短調とヴァイオリンソナタくらいしか知らないのだが、その二曲とも大好きな曲である。二曲とも根暗な曲だと思う。暗澹とした音楽からだんだん明るい曲調に変わっていくが、最後まで本当に幸せにはならない。そんな曲に感じる。

この曲を最初に聴いたのは誰の指揮だったろうか。しばらく一生懸命思い出そうとしたのだが、どうしてもはっきり思い出せない。それがこの演奏でなかったことは間違いない。カラヤンの演奏を初めて聴いた時、オーケストラの分厚い響きとスケールの大きな表現に驚いた記憶がある。ということは、それまではもっと軽いあっさりとした演奏を聴いていたはず。あれは一体誰の演奏だったのかな。その頃入手可能なレコードで考えるともしかしたらオーマンディ/フィラデルフィア管の廉価盤シリーズだったかもしれない。

それが誰の演奏であったにせよ、カラヤン/パリ管の演奏を聴いて以来、僕の中でフランクのデファクトスタンダードはカラヤン盤になった。他の演奏を聴いてもついついこの演奏と比較してしまう。今回、実に久々にLPを入手して聴いたのだが、ちょっと古めのEMI録音にしては音も良く、演奏を堪能することができた。カラヤンの指揮するパリ管はフランス的と言うよりかなり重厚なドイツ的音色でベルギー人であるフランクの曲を演奏するにはうってつけな感じがする。実に立派な演奏であるが、希望的なフィナーレまで悲劇的でほの暗い。明るい振りして根は暗い。実はそこが好きだったりする。

ラヴェル ラ・ヴァルス : ブーレーズ

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ブーレーズが66年から20年間の間にコロンビアに残した計67枚ものCDをまとめたボックスセット。入手してから特定の作曲家の演奏ばかり繰り返し聴いているので、すべてを聴き終わるのはいつになることやら。。しかし、こうして並べてみるとこの期間、ブーレーズが録音を残した作曲家はかなり偏っていることに改めて気づく。20世紀以降の曲が多く、ストラヴィンスキー、ドビュッシー、ラヴェルといったメジャーな作曲家と並んで自作を含めた現代音楽がたくさん含まれている一方、古典派、ロマン派の録音は非常に少ない。こうした録音が商業的によく成立したなと思う。それにしてもNYPとの定期公演はどんな感じだったのだろう。

コロンビア/ソニー時代のブーレーズと聞いて何を思い浮かべるかと言うと、僕はやっぱりクリーブランド管との「春の祭典」が一番に来るのだが、それ以外の演奏では一連のラヴェルが好きだ。ブーレーズはDGに移籍後、ラヴェルの曲をほとんど(すべて?)再録音しているので、本人はNYPとの演奏にやり残した感があったのかもしれないが、個人的には大家の貫禄みたいなものを感じる新録音より旧録音の方が好きである。

ラ・ヴァルスはワルツを称賛するという趣旨で作曲され、実際、終始3拍子で書かれているが、冒頭のもやもやとしたところから主題が顔を出してしばらくそれらしいメロディが続いた後は変幻自在なオーケストレーションのおかげで目まぐるしく表情が変わるので、初めて聴いた時にはぜんぜんワルツらしく感じなかった。その時聴いた演奏がこのブーレーズ盤である。それ以来、いろんな指揮者の「ラ・ヴァルス」を聞いたが、三つ子の魂百まででこれ以上のお気に入りには出会えていない。特に終盤の進め方はこの演奏が一番しっくりくる。

NYP時代のラヴェル録音は曲によって良かったり悪かったりかなり印象が異なる。「ラ・ヴァルス」は抜けがイマイチなもののまあまあ許せるレベルである。

バッハ 鍵盤のための協奏曲第2番 : グールド

昨日、今日と実に暑い。もう8月なんだから、暑くてもおかしくはないが、夜になってもちっとも涼しくならないのには閉口する。なるべくクーラーをかけずに眠りたいのだが、窓を開けてもあんまり風がない。仕方なく寝入りだけエアコンをかけてその間に寝るようにしている。結果、朝、5時半くらいにはじわーっと暑くなってきて目が覚めることになる。土日だというのにすっかり早起きになってしまった。

そんな暑さの中、今日はゴルフに行ってきた。暑さに文句を言いながらゴルフに行くとは、ゴルフをしない方から見たら正気の沙汰ではないだろう(笑)。この時期、7時半スタートでもコースはうだるほどの暑さである。それでもゴルフ場はたくさんのゴルファーで溢れていた。午前中は曇っていたのでまだマシだったが、午後は太陽も手加減なし。終わる頃にはくたくただった。

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帰宅して冷たいスイカを食べながら聴いたのがグールド/ゴルシュマンによるバッハの鍵盤のための協奏曲第2番。「鍵盤のための」と言ってもご存知のとおり原曲はおそらく別の楽器のための曲とされている。

グールド/ゴルシュマンの組合せはベートーヴェンもとても良かったが、このバッハも良い。グールドの弾くピアノは言うまでもなく素晴らしいし、ゴルシュマン/コロンビア響の伴奏がここでもまたグールドにぴったり寄り添っていい味を出しているのである。2曲とも目立つ曲ではないが、くたくたの身体には一服の清涼剤としてぴったりだった。

SOULNOTE A-1 その後

昨日、一年ぶりくらいに福島に出張に行ったのだが、まさにバケツをひっくり返したようなものすごい豪雨だった。福島駅に着いた時には在来線はすべて止まっていて足を奪われた学生が行き場を失っていた。そんな状況でも新幹線は普通に運行しているのだから大したものである。駅からタクシーで目的地に向かったが、雨は悪くなる一方で道路はみるみる冠水状態。僕は特に問題なく目的地に着いたが、被害に遭った人がないことを祈るばかりだ。とにかく、最近の気候は凶暴極まりない。

今日は帰宅してからヨッフム/ドレスデンの演奏でブルックナーの交響曲第5番を聴いた。このCDについては以前、感想を書いたことがあるが、久しぶりに聴いてみるとやっぱり味わい深い良い演奏である。しかも、記憶よりかなり録音が良いと感じた。ワインでもあるまいし、CDを寝かしておいたら音が良くなることはないので、これは現在のシステムが以前のシステムに比べてより自分にとって好ましい方向に変化しているということに違いない。

ブログを遡るとこのCDのことは13年の7月に記述している。ちょうど3年前くらい。その頃のシステムは影も形もない。CDプレーヤーもアンプもスピーカーも変わってしまった。考えてみればこの3年間、オーディオは本当にとっかえひっかえであった。反省である。最近になって、ようやくちょっと落ち着いた。まず出口が決まった。Focusは音色が好みだし、サイズが良い。CDプレーヤーもあれこれ試したがCD専用の単体プレーヤーにしてようやく納得できるようになった。最後はアンプだったが、これも真空管・トランジスターそれぞれのセパレートを経て、最近、一気にA-1に縮小したところ、結果は一番良かった。アナログのシステム同様、結局は組合せが大事だということを痛感した。

A-1は鮮やかで切れの良いアンプだ。入力も4つあって使いやすいし、ある程度ボリュームを絞っても音が痩せない。特性を見てハイ上がりを予想していたのだが、Focusとの組み合わせでは思いのほか中低音がしっかりしていてもたつかない。セパレートからプリメインにした弊害は感じない。個人的には、手元に置けないプリメインアンプには必須と考えるリモコンも使えるし、これは良いアンプである。

メンデルスゾーン交響曲第4番「イタリア」 : マゼール

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マゼールが若い頃DGに残した録音をまとめたボックスセットからメンデルスゾーンの「イタリア」と「宗教改革」を収めたCDを聴いた。

マゼールの特に晩年の録音の場合、マゼール好きにはたまらない、とか、変態的だが面白い、といったものが多い(笑)のだが、このメンデルスゾーンはそうした条件一切なしで非常に良い演奏である。

60年、30歳になったばかりの録音なのでマゼールの指揮は颯爽としてスピーディ、でありながら、表情はすこぶる豊かで聴いて実に楽しい。管楽器の音が特に今よりも古式ゆかしくて、古いBPOの音がするが、青年指揮者のバトンに見事に応答してとっても上手。リズム感溢れる爽快な演奏を聴かせてくれる。名盤だと思う。
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