バッハ ゴールドベルグ変奏曲 : グールド

ゴルドベルグモノ

グールドの「ゴールドベルグ変奏曲」を初めて聴いたのはいつ頃だったろうか。まだ高校生だったか、それとも大学に入るまで聴くチャンスがなかったか。はっきりと思い出せないが、初めて聴いたのが81年に録音されたステレオ録音だったことは間違いない。81年に26年ぶりの再録音が出た時はいろんな音楽雑誌に取り上げられて大きな話題になった。それまでこの曲のことを知らなかったが、新譜評を読んでどんな曲でどんな演奏なのかワクワクしたものである。

今と違ってサンプル音源をダウンロードするなんてことは想像さえできない時代なので、それから実際に聴けるまで数年要した。ようやく初めて聴いた時はアリアに続く第1変奏の躍動に度肝を抜かれたのを覚えている。それ以来、僕の中でゴールドベルグと言えば81年のステレオ盤であった。

55年録音のモノラル盤を聴いたのはそれからずいぶん時間が経ってからだ。CD時代でモノラル録音にはまったく触手が動かなかった。ある日どうしてこの演奏を聴くことになったかすら覚えていないが、聴いてすぐ、(知識はあったものの)アリアのテンポの速さには驚いた。

ステレオ盤がデジタル録音も相まってダイナミックレンジの広い鮮烈なイメージであるのと対照的にこのモノラル録音は少々くぐもった音がするが、モノラルのおかげでピアノの音像が大き過ぎず、あたかもステージ上のグールドを少し離れたところで聴いているような印象を受ける。これはこれで悪くない。

25変奏の例外を除いて再録音よりもずっとスピーディな演奏は天才の閃きがストレートに聴こえてくる。ぜんぜん違う演奏を二回録音した上、そのどちらもが決定版と言うのは他に例を知らない。名盤。
スポンサーサイト

イケダ9Cが返ってきた。

イケダ9cIIIがメンテナンスのために我が家を旅立ったのが先月の19日。三週間くらいかかるという話だったが音沙汰なく、便りのないのは良い知らせと特に連絡もせず待っていたところ、ふいに昨日返送されてきた。

家から出た時そのままの箱をさっそく開けてみる。封筒に加えてショップ関連のちらしが数枚。カートリッジの梱包も発送時と同じである。特に説明書きもない。ということで封筒を開けてみる。修理済み製品と合わせて請求書が届き、金額を見て驚いたという記事を読んでいたのでいったいいくらかかったのかちょっと心配(笑)。

果たしてそこには手書きの請求書が同封されていたが、確かに金額を見てびっくりである。「安い。」少々の出費を覚悟していたのでうっかり一桁読み違えてしまったくらいだ。

備考欄には「クリーニング、調整」とあるので心配していた針の摩耗やダンパーには問題がなかったようだ。カートリッジケースを開けるとテストデータの紙が一枚。カートリッジを取り出してルーペで覗くと黒ずんで汚れていたコイルが真新しい銅線で巻き直したかのごとく綺麗になっている。手先が器用な人なら自分でできることかもしれないが、自分には無理。

早速、トーンアームに取り付けて音を確認。最強音時にビビりもなくいつもの爽やかな音が聞こえる。これでしばらくは安心して使えるのでこれからは常用しようと思う。

チャイコフスキー 「くるみ割り人形」組曲 : アンセルメ

DSC_9885 (2)

そういえばアメリカ滞在中、中古市場で人気の高い日本製のレコードプレーヤーをオークションで見つけて入札したのだが、終了直前にアウトビッドされた。事前に考えていた金額以上だったので僕はあっさり手を引いた。ところが、もう、まさに落札寸前というところで出品者によってそのオークションは取り消されてしまった。

その段階で取消しが可能ということも知らなかったのだが、さらに驚いたことにはしばらくするとその時の2割増しくらいの価格を即決価格として同じプレーヤーが出品されたのである。厳密に言えば再出品時には違うカートリッジが装着されていたが。ルールが許している以上問題ないのかもしれないが、個人的には二度とこの出品者のオークションに手を出すことはない。今回、落札できなかったのは幸運であった。

閑話休題。昨日、帰宅が遅くなってしまったこともあり、今日は終日在宅勤務させてもらった。聞けば昨日までは陽気も良かったようだが、今日は朝から小雨で寒い。温かい飲み物をすすりながらレコードを物色していて見つけたのがアンセルメ/スイス・ロマンド管による「くるみ割り人形」組曲第1番と第2番。アンセルメ没後10年を記念して(?)発売された「アンセルメの芸術」という廉価盤シリーズの一枚である。

実はこれ、いつ買ったかはっきり覚えていない。アンセルメを買うようになったのはここ数年なので最近であることに間違いないが、おそらく何枚か同時に買ってきちんと聴かずにいたようだ。一度も聴かなかったことはないと思うが、記憶にない。

今日、再度、聴いてみると、最初に聴いた印象が薄いのもわからなくない。高校生時代から所有するドラティ/コンセルトヘボウの「くるみ割り人形」がリズミカルでエッジの立った演奏であるのに比べると、この演奏はずいぶんマイルドなのである。75年録音のドラティ盤はオーディオチェック用途に使われるような録音なのでその点でもエッジが立っている。対するにアンセルメ盤は59年録音と少々古い。デッカとフィリップスが入れ替わったような印象である。とにかくパッと聴いてグッと引き込まれるようなアルバムではないのだ。

しかし時間をかけて聴いていくとこれはなかなかに素敵な演奏であることがわかった。全体にふっくらと優雅である。すべての楽器が出ず引っ込まず、バランスが取れていて聴き心地が良い。節度があって最強音でも騒がしくない。なんと言うかとても安心して身を委ねられる演奏なのだ。さすが「音の画家」である。

帰国

一週間の出張を終えて今日帰国。飛行機は順調だったものの、空港からの帰り道、三連休最終日の渋滞に見事に巻き込まれて成田から自宅まで4時間もかかった。。ふだんは電車を使うのに今回に限って車で行ったのが大失敗。多少荷物が重くても電車で行く方が間違いがない。

さて、金曜日の夜、サンディエゴに足を延ばしてWBCを観て来た。日本で開催されている試合も見たことがなく、初観戦である。前回の記事でアメリカでの注目は低いと書いたばかりだが、実際に球場に足を運んでみると印象が一変。アメリカ対プエルトリコの試合だったが、両チームのファンが入り乱れて大変な盛り上がりようだった。試合も土壇場までもつれて面白かった。どちらのチームにも個人的な思い入れはないのだが、なんとなくプエルトリコを応援していた僕にとっては結果も良し。

翌日アメリカはドミニカ共和国を倒して準決勝進出を決めた。次は日本との対戦である。実際に球場で見るとやはりメジャーリーガー達は大きくて迫力がある。国を代表するチームに対する応援も熱がこもっている。そんなところに乗り込んでいく侍ジャパンには重圧がかかると思うが、勝ってほしいなぁ。

カリフォルニア

IMG_0270.png

今日から一週間カリフォルニアに出張。東海岸は季節外れのブリザードで大変な様子だが、カリフォルニアの空は青く暖かい。日本を出国した時には予想気温20度前後だったのだが着いてみれば現在外の気温は27度。暖かいことを想定して成田ではできるだけ薄着をしてきたのだが、結局また場違いな格好で到着と相成った。

飛行機を降りて気になっていたWBCのキューバ戦の結果を確認したところ見事に日本が勝利。壮行試合の結果も悪く、始まる前はずいぶんな言われようだったが蓋を開けてみれば強いですね。まだ不気味なイスラエルとのゲームが残っているが、ここまで来たらぜひ全勝で予選ラウンドを終わってほしいところ。それにしてもアメリカではWBCへの注目は非常に低く、インターネット上でも一生懸命探さないとニュースが見つからないような状況。MLB以外はベースボールにあらず、というのは相変わらずである。

日本と昼夜ほぼ逆転の東海岸に比べてそれより3時間遅い西海岸の時差は個人的にはさらに面倒。日本時間で早朝の今、こちらは午後1時半。経験ではあと2時間くらいするとどうしようもなく眠くなってくるはず。そこで昼寝してしまうと泥沼なのでがんばって起きてないと。いやはや夜までまだまだ長いなあ。

トランスの唸り

以前、屋外携帯用バッテリーでプリアンプに給電したところなぜかトランスの唸りがなくなったと書いたが、同じメーカー製のパワーアンプもこのバッテリーで駆動したところ、同様にトランスの唸りは無くなった。

クリーン電源を自宅貸出で試用して電圧不足によるトランス唸りでないことは確認している。直流成分流入による唸りを疑ってフィルターも試したがトランス唸りには効果がなかった。

とすると我が家のアンプのトランスの唸りは周波数がビンゴかなと思う。米国は原則60Hz地域。正規代理店を通した日本向け製品なので50Hz/60Hz両対応のはずだが、基本は60Hz設計であったか。

ちなみに本来、50Hz地域である英独伊等欧州製の機器のトランスは唸らないかと言うと唸るものはうんうん唸るので、唸りの理由は機器ごとにいろいろである。あくまで我が家のアンプのトランス唸りは電源周波数を変えたら収まったという話。

ブラームス交響曲第1番 : ミュンシュ

DSC_9876.jpg

久しぶりにミュンシュ/パリ管のブラームスを聴いたが、やっぱりこれは良い演奏である。同じコンビの「幻想交響曲」はたしかに名演だが、個人的には時としてやや強引に過ぎるかなと感じることがある。ブラームスの方がその点ぐっと重厚で安定している。

パリ管というオーケストラは当時のフランス政府が威信にかけて創設したオーケストラであって、当然のことながらここに聴くパリ管の音色や響きは良く言われる「フランス的」なものだと思うのだが、となると一体どこを捉えて「フランス的」なのか僕には正直言ってよくわからない(笑)。音色の違いを表現できないオーディオ装置を指して「ベルリン・フィルもウィーン・フィルも同じに聞こえる。」と評した文章を読んだことがあるが、目をつぶってこの演奏を聴いて音色で「パリ管」と当てるのは僕には不可能だ。それは装置の問題か、耳の問題か。ま、どっちもかな。

閑話休題。この演奏、まずは中低音が厚くて、耳に痛くない高音と相まって音のブレンドが非常によろしい。「幻想」と比較して安定していると書いたが、あくまで比較論であって、テンポは自由に伸び縮みするし、時々ティンパニは容赦なくぶっ叩くしと概して情熱的な演奏である。そういう激情型の指揮にオーケストラはとても良く追随している。きっとたくさん練習したのだろう。終楽章のフィナーレはたくさんあるこの曲の録音の中でも秀逸だと思う。名盤。

NEW YORK is NOW! : オーネット・コールマン

newyorkisnow.jpg

この週末も休日出勤で福岡に出張だった。日差しは暖かくもう春の陽気である。昨日の晩は遅くまで会食だったのだが、今朝は早起きして早めの飛行機で羽田に戻った。帰ったその足で会社の先輩の告別式に出席してきた。まだ60台半ば、早すぎる死だった。今年に入ってこういう話は二度目である。二人とも会社は辞めていたが、一緒に仕事をしていた時のことは鮮明に覚えている。突然のことすぎてぴんと来ない。でも、事実、二人に会うことはもう二度とない。悲しいことだ。

出張の疲れも重なってふらふらしながら家に帰ってきたところ、ディアゴスティーニからレコードが届いていた。今回届いたのはビル・エヴァンスとコールマン。僕レベルにはいよいよ聴いたことのないアルバムが届き始めた。オーネット・コールマンという人はどうもわけのわからないフリー・ジャズをやるらしいというファンが聴いたら激怒しそうな印象しかない。

とにもかくにも聴き始めてみたのだが、なるほど聴き慣れた音楽に比べると調性感に欠けるとは思うものの、難解とか、聞くのが苦痛とかいうことはなかった。考えて聴くのではなく湧き出てくる音楽に身を任せているとなかなかイケる。しかし、リアルタイムでこの演奏を聴いた人たちは驚いただろうなあ。

アナログの不思議

気がつけば、今年に入ってから特にレコードを聴く割合が増えた。ここ最近はほとんどレコードしか聴いていない。CDプレーヤーは電源を落としたままである。

巷間よく言われるようにデジタルの音が硬いとか感じたことはない。倍音がどうとか言うのも正直言うと良く分からない。が、なぜかCDに関心が向かわないのである。所有するアルバムの数は圧倒的にCDが多いのだが。

便利すぎて面白くないからかなと思っていたのだが、自動アームリフターを付けたらこんなに便利なものはないと喜んでいるくらいなので、それも違ったようだ。

同じ演奏をCDとレコードで聴き比べてレコードの方が音が良いとはっきり感じるわけでもない。むしろノイズのないCDの方が音が良いと思うことも多々あるし。

にもかかわらず、どうしてこんなにレコード再生に惹かれるのか。。よくわからない。不思議である。

The Q UP

The Q Up

アナログに回帰して最初に買ったレコードプレーヤーはビクターのQL-A7、次がケンウッドのKP1100と、今にして考えてみればセミオート型レコードプレーヤーを二台続けて買ったわけだが、その後はTD321を皮切りにすべてがフルマニュアルプレーヤーである。

最初の2台はTD321を買った時に手放してしまったが、今さら思うのはQL-A7を残しておけば良かったと言うことである。今あるプレーヤーに比べたら多少音は落ちるかもしれないが、サイズもデザインも良かったし、何より演奏が終了したら自動でアームが上がってくれるのは実に便利であった。さして広い部屋にいるわけでもないのだが、盤面が終わりに近づくとそわそわしなくてはならないマニュアルプレーヤーではなくほったらかしで音楽を聴きたい気分の時もある。

フルオートやセミオートのプレーヤーの場合、アームの動作を制御するために必要な機構が内蔵される必要があるから、アームを自由に交換できるプレーヤーでそれを望むのは無理な相談。なのかな。。そういうプレーヤーは発売されないのだろうか。

そういうものぐさのニーズに応えてか、世の中には後付けの自動アームリフターというものが存在する。この「The Q UP」もそんな製品の一つ。アマゾン.comなら50ドル。日本で買うと7,000円くらい。実物はいろんな人が言っているとおり、非常に「ちゃち」なものである。たぶんアイディア代9割くらい。

その「物」としての存在感には多くの人が不満だろうが、これ、イライラする気持ちを抑えてきちんと調整すれば実に使える代物だ。ORBEのアームベースに貼りつけて使っているが、最内周まで来ると「はいよ」って感じでリフトアップしてくれる。そういうわけで平日の夜、レコードを聴く時はORBEの出番がすこぶる多い。いつの間にか寝てしまっても大丈夫。そういう安心感があるせいか今まで寝てしまったことはないのだが。

DSC_9869.jpg
こんな感じで設置。

DSC_9873.jpg
最内周に来るとこのとおり。アームを持ち上げてくれるので便利この上ない。

Weather Report : ウェザーリポート

ウェザーリポート

今日は暖かくていい天気だった。久しぶりにゴルフに行ったが、朝一番は少し涼しかったものの、日中にかけてどんどん暖かくなって途中から上着を脱いだ。こういうことがあるのでいつも上着は重ね着していくのだが、今日は機能性下着とシャツだけで十分だった。薄着だとスイングしやすい。久しぶりで前半は手こずったが、後半は好調だった。梅が咲いて綺麗だった。

帰ってからウェザーリポートの同名アルバムを聴いた。1971年に発売されたデビュー作。僕はどこでどう知ったかまったく忘れてしまったが、ウェザーリポートというグループの名前は聞いたことがある。でも、彼らのアルバムを聴くのはこれが初めてだ。

ウェザーリポートという名前で最初の曲が音楽と言うより何か自然の音を模したような感じだったので、そういうグループなのかと思ったのだが、聴き進めていくとそうでもない。正直言って良く分からないなあと言う感想。なのだが、なんとなく気になってそのまま続けてもう一度聴いている。

不協和音が連続するのに聴いていると不思議な心地良さがある。こういう音楽を即興的に生み出すことができるって凄いなあ。

シューマン交響曲第2番 : クレンペラー

DSC_9849.jpg

クレンペラー/ニュー・フィルハーモニア管の演奏するシューマン交響曲第1番「春」と第2番を聴いた。「Angel Best 150」と銘打たれた国内盤。こうした「ベスト○○」と言うのは現代に至るまで無数の企画があるが、これはいつ頃発売されたレコードだろうか。ライナーノーツの記述からクレンペラーの死(1973)後であることは間違いない。

僕は割と最近までクレンペラーの演奏をなんとなく敬遠していたのだが、このところぽちぽちと聴くようになった。名曲名盤的な評論本を読んでこの人の演奏が極端に遅く極端にインテンポであると言う先入観を持ってしまったのが敬遠してきた理由なのだが、実際、聴いてみると確かに遅いか速いかと言えば遅いことが多いしテンポは揺れないが、だからと言って出来上がった音楽を聴いてみるとネガティブに感じることはない。落ち着いていて重厚で素晴らしいではないか。

タイトルを「春」にするか2番にするか迷ったのだが、自分的により気に入った2番にした。(併記すれば良いだけのことだが(笑)。)しかし、「春」も素晴らしい演奏である。いぶし銀の金管と暗めの弦とぜんぜん速度が上がらないテンポが他とは違う「春」を奏でる。これを聴いてすぐ3番と4番も聴きたいと思った。

2番はこういうクレンペラーの作法にもっと合ってると思って聴いたところ、結果はその通りだった。ただ予想に反してこれは「春」よりも明るい調べである。特に最終楽章はじっくりゆっくりと盛り上がってフィナーレを迎えるが、ゆっくりなのに前向きな響きがする(笑)。不思議な感じだが、これはとても良い演奏である。いつにもましてどこが良いか説明できなくてすいません。

ヴォーン=ウィリアムズ「田園交響曲」 : ボールト

DSC_9843.jpg

先日の「南極交響曲」に続いてヴォーン=ウィリアムズの「田園交響曲」のレコードを入手。こちらも指揮はボールト、オケはニュー・フィルハーモニア管。

「南極交響曲」は元が映画音楽であるゆえに交響詩的な音楽であるのかと思っていたが、「田園交響曲」も一般的な交響曲とは一風違った作風だ。主題と思われる旋律は繰り返し聞こえてくるが、展開部が判然としない。交響詩が連なったようなイメージである。しかし、形式論はともかくとしてこの曲が醸し出す独特な雰囲気は結構クセになりそう。穏やかで陰りを帯びたメロディが心に優しい。

最終楽章に出てくる歌詞のない女声ソロがまたいい味を出している。このレコードは録音も良かった。

ドビュッシー「海」 : スラットキン

DSC_9841.jpg

スラットキン/セントルイス響のドビュッシー管弦楽曲集。テラークによる82年の録音。北斎をジャケット写真にあしらったこのアルバムはクラシックを聴き始めたばかりの僕にはある意味「あこがれ」であった。デジタル録音をひっさげて台頭したテラーク盤はイコール優秀な録音というイメージで、必ずしも有名ではない指揮者による演奏であっても手に入れたい、聴いてみたいと言う気持ちが非常に強かったのである。しかしながら、帯に書かれているとおり新譜は一枚4,000円。中高生の僕には高嶺の花だった。

録音当時スラットキンはまだ38歳。直輸入盤なので帯の裏に記載された日本語解説には「将来を嘱望されているアメリカの若手指揮者」とある。そのとおり、79年から15年以上セントルイス響の音楽監督を務めた間、録音を含め大活躍だったのだが、それ以降、往年の勢いはなくなってしまったように感じる。今思えば、なぜセントルイスを離れてしまったのか。。

音楽監督以前にも付き合いのあったセントルイス響とのドビュッシーは優秀な録音も相まってすっきりと爽やかな好演。色彩鮮やかだが味付けはさっぱりしている。だからこそ飽きの来ない演奏と言えるかもしれない。たまにはドビュッシーを聴こうかと思った時に、なんとなく手を伸ばしてしまいそうな、そんな演奏である。
プロフィール

ばけぺん

Author:ばけぺん

最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ
Since 3/28/2013
検索フォーム
リンク