断捨離

昨日ブログに書いたとおりの腰の状態なので、今日は午前中歯医者に出かけた以外、基本的に終日家で過ごした。この間、涼しいと文句を言ったばかりだが、今日は久しぶりに真夏を感じさせるお天気であった。出かけないとなると天気が良い。複雑な気持ちである。

まあ、今日は使わなくなったオーディオ機器を自宅買取してもらう段取りだったので、仮に腰が悪くなくても出かけられないのである。歯医者から帰ってきてほどなくするとショップのスタッフさんがやってきた。このところ、このお店は辞めてしまうスタッフが多かったようで、最近は一人で来ることが多かったが、今日は二人であった。そのうち一人は入社したてらしく、もう一人の先輩(と言っても僕からすれば二人ともものすごく若いが。)があれこれ教えながら品物を確認している。

買取の需要はそこそこ多いらしく、ここまで来て品物を引き取ると、また別の場所に買取に向かう。いつも同じである。したがって、買取時のチェックもそこそこに駆け足で来て駆け足で去っていく。はたから見てもなかなかしんどそうな仕事である。オーディオが好きでもなければ続かないだろう。

ここで買い取ってもらう時は大抵引き換えに新しい機器を迎え入れてきたが、今回は純粋に買取のみ。おかげで部屋がスッキリと片付いた。いまだレコードプレーヤーは二台体制だが、カートリッジもイコライザーもすっかり固定したので、これはこれで行くことにしよう。これ以上、機器は増やさず、ソフトの充実を図っていきたいものである。
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マーラー交響曲第4番 : ベルティーニ

ベルティーニマーラー46

あ~、もう金曜日か。。しかも金曜日の夜だ。と言うことはお休みはあと一日しかないんだ。あっという間だな、夏休み。

このところゴルフのし過ぎか腰が調子悪いと思っていたのだが、火曜日、ゴルフに出かける直前、お茶を用意しようと中腰でいた時にタイミング悪くくしゃみが出た。「あっ。」と思った時にはすでに遅し。ずいぶん前に感じた腰回りのいや~な感じ。ぎっくり腰である。幸いなことに完全なぎっくり腰ではなく、崩れ落ちることもなかったが、上半身と下半身をジョイントしている(ように感じる)当たりにかなりの痛みが走った。

こういう時の最善策はしばらく動かないことである。とわかっていはいたものの、前傾姿勢以外、さほどの痛みは感じない。よせばいいのにシャドースイングしてみるとなんとかなりそう。なのでそのままゴルフに出かけた。水曜日は休んだものの、昨日もまたラウンドした。結果、いまだに腰が痛い。バカである、日曜日からは海外出張だというのに。。

今回の出張はけっこうなイベントなので会議も心配だが、今、一番心配なのは行き帰りの飛行機。狭いシートに座って数時間じーっとしていることを考えるとちょっと怖い。なにか対策を考えなくてはと思って、スポーツショップで腰に巻くサポーターを買ってみたところ、なるほど腰にかかる負担が減るらしく、だいぶ楽になる。ただし、巻いているとすごく暑くて、一日中巻いていると蒸れて痒くなるが痛いよりはマシだ。少しでも良くなるように明日はとにかくじっとしていようと思う。

今日、聴いたCDはベルティーニ/ベルリン・ドイツ響のマーラー交響曲第4番。ガリ・ベルティーニはケルン放送響とマーラーの交響曲全集を残していて、僕は以前そのCDを持っていたのだが、今の家に引っ越す際に失ってしまった。全集を買うまで僕はベルティーニのことをほぼ知らなかったが、価格の割に充実した演奏だったので感心した。その後、都響との録音が進行していたのに途中で亡くなってしまったのはちと残念である。

都響と残した選集もいつか買おうと思うのだが、今回、先に購入したのはベルリン・ドイツ響と残したライブ録音。このところドイツのヴァイトブリックレーベルのCDが安くなっていたので何枚かまとめ買いした中の一枚である。ヴァイトブリックからはケーゲル、スヴェトラーノフ、チェリビダッケといった日本のコアなファンが好きそうな指揮者の録音が数多くリリースされているのだが、日独英で併記されたライナーノーツの原本が日本語であるところからすると、実質的には日本向けの企画なのだろうか?まあ、レコード会社の人に聞くとクラシックのCDが売れるのは今や世界中で日本とドイツくらいらしいので、そうであっても特に不思議ではないか。

ケルン放送響と録音した4番がどんな演奏だったか、まるで記憶がないのだが、2004年にライブ録音されたベルリン・ドイツ響との4番はテキパキとした早めのテンポで進めながら、メリハリの利いた非常に良い演奏である。特に第三楽章で静けさを打ち破って音楽が大きくなるところは、聴き応えがあった。「えいっ!」てな感じでベルティーニの声も良く聞こえる(笑)。終楽章はテンポが速すぎて声楽がヒステリック一歩手前になるところもあるが、総じてライブならではの熱を感じる。都響との4番はどんな感じか興味が沸く演奏だった。

マーラー交響曲第10番(クック版) : ハーディング

マーラー10番ハーディング

僕の会社には日本に駐在する外国人が何人もいるのだが、彼らは例外なく日本に生まれ育った我々よりも日本各地の名所を訪れるのに熱心だ。こっちで仕事を始めて数か月くらいの時に「休みはどうしているの?」と聞くと、「箱根に行った。」「日光に行った。」等々早速観光地を訪れているのが珍しくないし、驚くほどの割合で「富士山に登った。」と言う。僕が富士山に登ったことがないと知ると大抵驚く。「なぜ行かないの?」なぜって、言われても。そもそも登山しないし。。

とは言え、自分がニューヨークに住んでいた時のことを考えればわからなくはない。当時は仕事の関係も含め全米各地、と言うか北米各地をあちこち訪れていた。モンタナに行った時は空港のカウンターで黒人の女性係員に「Why are you going to Montana?」と真面目な顔で不思議がられた。なぜって、言われても。。

アメリカから来た駐在員を除くと彼らに共通する訪問先がある。「広島」である。"Hiroshima"は僕らが思う以上に僕の同僚外国人には有名な場所だ。僕が知っているだけで今年の夏も何人もが広島を訪れている。日本にいる間に一度自分の目で歴史を見たいと思う人が多いのだろう。世界中の緊張が高まる中、感覚的にはここ10年くらいの間、その数はぐんと増えている。

「北朝鮮は大丈夫?」 ニューヨークに住んでいる弟夫妻から、ここ数か月で何回か同じ質問を受けた。僕には何が答えなのかわからない。誰にも正解はわからないだろうし、万一、悲観的な答えが本当だったとして自分には何ができるだろうか?とにかく、これまでも繰り返し東アジアの中で軍事的緊張があったから、日本で報道を見てもある意味、感覚が麻痺しているが、米国に住む弟にはこれまでと違うレベルの懸念があることには間違いない。

閑話休題。今日も朝から雨。昨日から腰の具合もベストではないので今日はゴルフに行くのを止めた。休み中にオーディオの断捨離を行うべく、使用頻度の低い機器を確認して買取の見積りをお願いした。一時、見境なくアナログ関係を収集していたが、この一年間くらいで聴く機器は限定的になった。新しいものを導入してパッと聴いた時には目新しさも手伝ってどれもこれも良いと思うのだが、一年も聴くとしっくりくるものは自ずからはっきりする。見積次第ではあるが、おそらく週末にはまとめて引き取ってもらうつもりである。

今朝、聴いたのはハーディング/VPOのマーラー交響曲第10番。クック版による演奏。ハーディングのDGデビュー盤である。かつてラトルのアシスタントでバーミンガム市響をでデビューしたハーディングのメジャー契約初めての録音がマーラーの10番となると、ラトルとの因縁を感じざるを得ない。ハーディングは東日本大震災当日に新日フィルとコンサートを敢行したことが有名だが、99年には早くも初来日しているらしい。日本にも馴染みの名指揮者である。

この演奏の録音時ハーディングは20代である。若いなあ。が、このCDでは、そういう若い指揮者であるという事実から想像する荒々しい勢いのある演奏とか、きびきびとした爽やかな演奏という予想を大幅に超越した演奏が聴ける。一言で言えば、非常にバランスの取れた美しい演奏である。最強音時でもきつい音がしない。変な話、不協和音が不協和に聞こえない。感情的な表現なしにスコアに記された感情を表現するような、抑制された美を感じる。録音も良い。これは良い演奏。

マーラー交響曲第10番(バルシャイ版) : バルシャイ

バルシャイマーラー10番

お休み二日目の今日も朝から小雨。しかも涼しいを通り越して半袖半ズボンでは少し寒い。天気予報を見ても終日傘マークだったので出かける前に少し悩んだのだが、結局、予定どおりゴルフに行った。ゴルフ場に着くまで運転しながら、天気の回復を祈り続けたのだが、神様もいちいちそんな取るに足らない願いを叶えるには忙しすぎるだろうから、雨脚に変化なし。

ゴルフ場に着いたのは7時半くらいだったが、気温は22度だった。ちょうどひと月前7月15日のブログを読むと朝から34度と書いてある。いったい夏はどこへ行ってしまったのか!猛暑かと思ったら冷夏の様相である。梅雨の間は雨が降らないなあと思っていたのだが、最近はずっと雨ばかり。

お盆の上にこの天気なのでゴルフ場はさぞかし空いているだろうと思ったのだが、さにあらず。駐車場はけっこう一杯である。東京をはじめとして他県ナンバーも多い。里帰り組か、夏休み組かよくわからないが、皆さん熱心。ちなみに残念ながら今日はラウンド終了まで雨は止まなかった。

夕方、家に帰ってPCをチェックするとかなりの数のメールが来ている。夏休みと言っても自分が有給休暇を取得しているだけなので、仕事をしている皆さんからは遠慮なくメールが届けられる。社会とつながっていることを確認できて、ありがたい限りである(笑)。しばらく、その対応に追われた後、ようやく音楽にありついた。

マーラーの交響曲第10番、次なるバージョンはルドルフ・バルシャイがユンゲ・ドイッチェ・フィルを振ったバルシャイ版。バルシャイと言えば僕にはやっぱりショスタコーヴィチだが、この演奏を聴くとマーラーを得意としていたという話も納得する。HMVの紹介記事によればたくさんの打楽器を追加してクック版に比べればはるかに介入的な補筆が行われているらしいが、そのあたり正確なところは相変わらずわからない。

このCDの素晴らしさはなんといってもバルシャイ/ユンゲ・ドイッチェ・フィルの気持ちの入った演奏である。録音もクレジットを見るまでライブ録音かスタジオ録音か判別できなかったくらいバランス良く収録されている。わびさびで寂寥感を伝えるような演奏ではなく、もっとエモーショナルで情熱的。そういうのは外面的と思う人には合わないと思う。僕はこの演奏、大いに楽しめた。

ジョンゲン 協奏交響曲 : フォックス/プレートル

プレートル

今日から今週いっぱい夏休み。今度の日曜日から出張にでなくてはいけないのがちょっと残念であるが、それでも一週間休めるのだから贅沢は言えない。もう一つ残念なのがお天気。今日も朝からしとしと雨が降って気温も低め。天気予報を見ると週の前半はほぼ雨マークである。特に予定を入れなかった今日はともかく、明日からはお出かけの予定なのに。。

さて、ガーシュインで気を良くしてプレートルボックスから次に聴いたのがサン=サーンスの「オルガン付き」。この演奏も良かったのでそのうち感想を書こうと思うのだが、それ以上に面白く聴けたのがジョゼフ・ジョンゲン (Joseph Jongen) の協奏交響曲。ジョゼフ・ジョンゲンという作曲家はこの曲を聴くまで知らなかった。7歳で音楽学校に入学を許可されたとは凄いが、その後、16年もその学校にいたというのも凄い。ピアノとオルガンを修め、作曲ではローマ大賞を受賞していると言うから、やっぱり天才なんだろうなあ。

この人が書いた曲で最も有名なものが、この協奏交響曲だと言う。協奏曲だか交響曲だか紛らわしいが、聴いた感じではオルガン協奏曲である。第一楽章冒頭の弦のリズムを聴いただけでオッて感じだったが、オルガンの入りもなかなか華やかで非常に受け入れやすい曲である。オルガンと言うのは日ごろ教会に馴染みのある人は別として、日本ではやはり非日常的な楽器だと思う。そのせいか、はたまた思い起こせば幼稚園がキリスト教系でそこで洗脳されたせいか、僕はオルガンの曲を聴くと大抵ありがたい気持ちになるのだが、この曲は一際そうであった。もっと人気があってしかるべき曲だと思った。

ガーシュイン ピアノ協奏曲 : ウェイエンバーグ/プレートル

プレートル

今週は月曜日から昨日の「山の日」までずーっと出張。で、今日は朝からゴルフに行ってきた。昨日の夜、けっこうな勢いで雨が降っていたので天気がやや心配だったのだが、ゴルフ場に着いてみると雲間からお日様が姿を現して、あれよあれよという間に暑くなった。ラウンド中はちょっと暑すぎるくらい。たっぷり水を飲みながらのラウンドになった。今日は転職してしまった元同僚と久しぶりに回ったのだが、ラウンド中に話を聞くと新しい職場はとても居心地が良さそうである。一緒に仕事をしていた時はいろいろお世話になったので、そうとわかって嬉しかった。

時間がなかったのでオーディオに電源を入れるのも久しぶりである。今どき、外で音楽を聴きたければいくらでも手段はあるのだが、僕はヘッドフォンやイヤフォンで音楽を聴くのが好きでない。小さい頃に母親から「イヤフォンを使うと耳を悪くする。」と脅されたのがトラウマになっているのかも。なので、音楽を聴くのも日曜日以来だ。

以前、「幻想交響曲」の演奏で同じことを書いたが、僕がクラシックを聴き始めた頃、日本におけるジョルジュ・プレートルの評価は非常に低かったと思う。再評価されるきっかけは2008年のニューイヤーコンサートだと思うが、それがなければこの名演集ボックスセットも生産されることはなかっただろうし、仮に発売されていても僕は買わなかったに違いない。

そうなるとボックスセットの一枚目に収録されたこのワイエンベルクかウェイエンバーグか知らないが、オランダの音楽学校の先生が弾くガーシュインのピアノ協奏曲を聴くこともなかったはずだ。こんなに素晴らしい演奏なのに。

僕がガーシュインのピアノ協奏曲を初めて聴いたのは90年代前半だった。ちょうど北米に短期で駐在していた時期、まだ大衆車にはCDデッキではなく、カセットデッキが装備されていた時期である。あれは確かアントルモンの独奏だったと思うが、向こうの大学の生協みたいなところで買ったカセットテープで聴いたのが初めてだった。懐かしい。

プレートルはトランペットを学んでジャズのバイトをしていたらしい。ウェイエンバーグ先生もジャズを弾くと言う。その二人がパリ音楽院管弦楽団とともに作り上げる音楽は、クラシックとジャズの融合みたいなこの協奏曲の演奏に実に相応しい。60年代初頭の録音にも関わらず音も鮮明である。名盤。

マーラー交響曲第10番(カーペンター版) : ジンマン

マーラー10番ジンマン

今日は朝からとても暑かった。午前中、家の周りを歩いただけで汗びっしょり。懲りずに午後、打ちっぱなしに行ったら滝のような汗が出た。確実に35℃は超えていたと思う。帰り道、遠くの方の雲が怪しい色しているなと思ったのだが、案の定、ついさっき雹が降り始めて、その後かなりの大雨になった。暑いので夕立は歓迎だが、できればもう少し穏やかな雨をお願いしたい。

モリス、ラトル、インバルとクック版の演奏を聴いて、次に聴いてみたのがジンマン/チューリヒ・トーンハレ管による演奏。カーペンター版による演奏である。

カーペンターって誰?Wikipediaにはアマチュア音楽家としか書いていない。1946年から補筆を始めて20年かかりでまとめたのがカーペンター版である。なんだかロマンを感じるなあ。どことなく「復活」のキャプランみたいだ。Clinton Carpenterで検索してもあんまりヒットしないが、2005年に亡くなった時のニュース記事を見つけた。(Clinton A. Carpentar)

姪のHayashiさん(日本人と結婚されたのだろうか?)によれば、Carpenterさんは物静かで思慮深く、感受性に富んだ人だったらしい。昼は保険会社のサラリーマン、夜はマーラーの補筆という努力の結果がCarpenter版である。このバージョン、手を加えすぎであるとと総じて批判的に論じられている。批評が肯定的でないことについては本人も承知していたようだ。それにしてもジンマンがクック版ではなくてカーペンター版を選んだのは非常に興味深い。人一倍オリジナルスコアの深読みをしそうなジンマンがなぜこの版なのだろう。いまさらクック版録っても売れないと踏んだのだろうか?

演奏を聴くとカーペンター版がクック版とかなり違うのはすぐわかる。アメリカでのこの演奏の評論に「マーラーがほぼ完成させた第一楽章と第三楽章はまだしも。。」という趣旨のコメントがあったが、その両楽章ですらけっこう違う。第二楽章や第四楽章はかなり違う。そこここにマーラーの別の交響曲で聴いたことがあるようなフレーズが聴こえるし、第二楽章の終わりなんてどことなくアイブズみたいに感じた。終楽章のオーケストレーションは悲劇的な映画音楽みたいに聞こえなくもない。「これはマーラーじゃない、俺は絶対許さない。」と言う人がいるのもわかる。

しかし、である。どっちにしてもマーラーは死んじゃってるわけだし。世の中にマーラーと同じ作曲能力を持っている人もいなかろう。さっきのChicago Tribuneの記事を先に読んだこともあって、個人的にはカーペンター版、万歳である(笑)。デカい仕事を成し遂げた良い人生だなあと思う。羨ましい。

ところでジンマン/チューリヒ・トーンハレ管の演奏だが、一言、素晴らしい。録音も最高。

ショスタコーヴィチ交響曲第15番 : ヤルヴィ

ショスタコヤルヴィ15番

今週末は出勤もお出かけの予定もない。ちょっと久しぶりにのんびり過ごせる。いつもは車で歯医者に行くのだが、時間に余裕があったので歩きで行ってきた。iPhoneで地図を見ると家から片道1.5km。せいぜい20分くらいの距離である。このくらいならと思って歩いてみると予想以上に蒸し暑い。歩いている人はほとんど見かけず、行き交うのは車ばかりである。不便なせいか、片田舎ほど車が多く感じる。往復ですっかり汗を掻いてしまったが、とは言え、このくらいの距離なら歩く方がやはり身体には良さそうである。これから時間がある時はいつもこうしてみよう。

さて、しばらくぶりに手に入れた次なるショスタコーヴィチ15番はネーメ・ヤルヴィ/エーテボリ交響楽団。ヤルヴィはシャンドスとDGにまたがってショスタコーヴィチの交響曲全集を完成させている。旧ソ連出身でムラヴィンスキーが指揮者としての師匠だけにショスタコーヴィチの曲は十八番の一つであろう。

親子で指揮者と言うのは珍しくないが、ネーメ/パーヴォ・ヤルヴィ親子みたいに二人ともクラシックの大レーベルにたくさん録音を残している親子は珍しい。オケを統率するだけではなく、音楽産業との付き合い方がうまくないとこうはいかないだろう。ところで、Wikipediaによれば、ネーメの方はカラヤン以降の世代の指揮者(定義が曖昧だが。)で最も録音数の多い指揮者らしい。えー!そうなんだ、ちょっと意外と言う感じである。

演奏は最初、かなり淡々と始まるので、あっさり味かなと思いきや、第二楽章終盤の盛り上がりや終楽章の大団円部分など一転して濃厚劇的である。録音のダイナミックレンジが広く、冒頭、物足りないと思って音量を上げると先の部分でかなりの大音量になる。久しぶりにこの曲を聴いたということもあるが、非常に説得力のある良い演奏だと思った。

マーラー交響曲第10番(クック版) : ラトル

ラトルマーラー10番

モリスの10番を聴いて全曲版に俄然興味が湧いたので、所有するCDを調べてみるとラトル(クック版)、インバル(クック版)、ジンマン(カーペンター版)、バルシャイ(バルシャイ版)が手元にあった。いずれも今までしっかりと聞いたことがないので順次聴いていくことにした。

まず最初に聴いてみたのがラトル/ベルリン・フィルによる演奏。ラトルは指揮者としてのキャリア初期からこの曲を得意としていたそうで、80年にはボーンマス響との録音も残している。80年と言えばラトルがバーミンガム市響の音楽監督に就任した年であり、EMIとの専属契約を結んだ年である。BPOとの録音は99年だが、この年にラトルがアバドの後任になることが発表されている。節目の年にはマーラーの10番を録音するみたいで面白い。もしかしたら来年、LSOと三回目の録音を行うかもしれないな(笑)。

モリス指揮の演奏に比べてより劇的な、説得力ある演奏と感じた。さすがラトル/BPOと素直に思う演奏である。美しい弦楽器、パワフルな金管、重要な役割を担う打楽器もパンチが効いている。そう言えば、ミュート付きの大太鼓がこの演奏では第4楽章のラストに、モリス盤では終楽章の開始に入っているのだが、同じクック版でもいろいろあるのだろうか?録音は十分鮮明。難ありなことの多いEMI録音だが、この演奏に関しては大きな不満はない。

ニアフィールドリスニング

今日は夜、会食予定が入っていたので日中も仕事に出るつもりだったのだが、会食が急きょ中止になったので、であればと言うことで仕事を休むことにした。会食と仕事の主従関係が逆であるが、まあ、今日から八月、夏本番だし、良いじゃないか(笑)。で、今日は何をしたかと言えば、相変わらずゴルフに行った。こんな経緯なので仲間を誘う余裕はない。いつものごとく一人予約をして出かけたのだが、台風の影響もあって天気予報は終日小雨だったせいか、ゴルフ場に着いてみれば僕以外はみなキャンセルで初めての一人プレイ。独りぼっちは寂しそうだなあと思っていたのだが、実際に回ってみるとめちゃめちゃ楽しい!!そんな日だから前後の組も見当たらない。実に気まま。適当にプレイするとつまらないので打ち直しも自分に禁じてちゃんと回ったが、気負いも気兼ねもないせいかスコアも良かった。プレイ中は雨も降らず、スルーなので8時スタートで11時半には終了。こりゃあ、快適。

さて、昨日、ちょっと触れたニアフィールドリスニング。unagiさんも見守ってくれていることがわかったので、午後はセッティングをもう少し詰めてみることにした。せっかく快適に鳴ってたディナウディオだが、これ以上近づいて聴くと見た目の威圧感が五感を狂わすので、スタント位置をマーキングして一旦引っ込んでもらうことにした。再びAM105iをスタンドに載せて今日はスピーカーの間を1mまで詰めてみる。今までここまで狭い間隔でセッティングしたことはなかったが、正三角形を作って聴いている限り、これでも違和感は感じない。が、この「正三角形を作って」というところが今までになくシビアである。ほんの少し角度がずれるだけでステレオイメージが壊れてスピーカーが鳴っている印象が強くなる。自分は持っていないが、レーザーを使ってセッティングするくらいの精度が問われそう。

1mセッティングも悪くないのだが、スピーカーと自分の間にあるPC用の机の幅と同じで、聴く位置が机の奥行きを考えると少しタイトすぎるので1.2mまで広げることにした。え、スピーカーとの間に机あるの?とピュアオーディオな人は驚きそうだが、あるのだ。しかもお安い金属製の机である。叩いてもさほど鳴かないが、机が広大な一次反射面を形成していかにもマズそうである。実は、そう思って机を片付けえて聴いて見たのだが、驚いたことに机がある方が良かった。視覚的に収まりが良いのか、机によって低音が増強されるのか、測定しているわけではないが、聴感上はこの方が良い。今日のところはここまでで音楽を聴くことにしたが、それにしてもAM105i、やっぱり良いわ。
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