マーラー交響曲第10番(カーペンター版) : ジンマン

マーラー10番ジンマン

今日は朝からとても暑かった。午前中、家の周りを歩いただけで汗びっしょり。懲りずに午後、打ちっぱなしに行ったら滝のような汗が出た。確実に35℃は超えていたと思う。帰り道、遠くの方の雲が怪しい色しているなと思ったのだが、案の定、ついさっき雹が降り始めて、その後かなりの大雨になった。暑いので夕立は歓迎だが、できればもう少し穏やかな雨をお願いしたい。

モリス、ラトル、インバルとクック版の演奏を聴いて、次に聴いてみたのがジンマン/チューリヒ・トーンハレ管による演奏。カーペンター版による演奏である。

カーペンターって誰?Wikipediaにはアマチュア音楽家としか書いていない。1946年から補筆を始めて20年かかりでまとめたのがカーペンター版である。なんだかロマンを感じるなあ。どことなく「復活」のキャプランみたいだ。Clinton Carpenterで検索してもあんまりヒットしないが、2005年に亡くなった時のニュース記事を見つけた。(Clinton A. Carpentar)

姪のHayashiさん(日本人と結婚されたのだろうか?)によれば、Carpenterさんは物静かで思慮深く、感受性に富んだ人だったらしい。昼は保険会社のサラリーマン、夜はマーラーの補筆という努力の結果がCarpenter版である。このバージョン、手を加えすぎであるとと総じて批判的に論じられている。批評が肯定的でないことについては本人も承知していたようだ。それにしてもジンマンがクック版ではなくてカーペンター版を選んだのは非常に興味深い。人一倍オリジナルスコアの深読みをしそうなジンマンがなぜこの版なのだろう。いまさらクック版録っても売れないと踏んだのだろうか?

演奏を聴くとカーペンター版がクック版とかなり違うのはすぐわかる。アメリカでのこの演奏の評論に「マーラーがほぼ完成させた第一楽章と第三楽章はまだしも。。」という趣旨のコメントがあったが、その両楽章ですらけっこう違う。第二楽章や第四楽章はかなり違う。そこここにマーラーの別の交響曲で聴いたことがあるようなフレーズが聴こえるし、第二楽章の終わりなんてどことなくアイブズみたいに感じた。終楽章のオーケストレーションは悲劇的な映画音楽みたいに聞こえなくもない。「これはマーラーじゃない、俺は絶対許さない。」と言う人がいるのもわかる。

しかし、である。どっちにしてもマーラーは死んじゃってるわけだし。世の中にマーラーと同じ作曲能力を持っている人もいなかろう。さっきのChicago Tribuneの記事を先に読んだこともあって、個人的にはカーペンター版、万歳である(笑)。デカい仕事を成し遂げた良い人生だなあと思う。羨ましい。

ところでジンマン/チューリヒ・トーンハレ管の演奏だが、一言、素晴らしい。録音も最高。
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No title

こんばんは。
聴いていたくなってきました。
私の正直に言うと否定的な話が先に入ってしまった食わず嫌いです。
まず聞いてみる・・いろいろ楽しんじゃう大きさ・・って
大事だし豊かになれそうですね。

色々聴くと自分版の妄想が止まらなくなりそうですね。

unagiさん、おはようございます。

おはようございます。コメントありがとうございました。

クラシック音楽の勉強をされたり、スコアを読める人にはとりわけ受けが悪そうです。僕にはその辺よく分からないので、興味津々聴いてみました。オーケストレーションは違えど、原曲の良さが優って、これはこれで面白かったですよ。

unagiさん、20年あれば、unagi版できるんじゃないでしょうか?
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