ブルックナー交響曲第9番 : サヴァリッシュ

ウオルフガング・サヴァリッシュが二月に亡くなった。ここ最近、めっきり名前を聞かなくなったし、もともと派手な人でもない。正直言って存命かどうかもあまり気にしていなかったが、それでもサヴァリッシュが亡くなったというのはショックだ。

僕の大好きなショルティも、カラヤンもバーンスタインもとうに死んでしまったが、これらの大スターが亡くなった時と比べてもサヴァリッシュが死んだことの方がはるかにショックだ。なぜか。それはもう、僕がクラシックを聞き始めた頃、テレビやラジオでオーケストラ演奏を試聴するといえば圧倒的にN響であり、N響といえばサヴァリッシュだったから。

もちろんN響にはマタチッチとかスイトナーとかホルスト・シュタインといったヨーロッパでもメジャーな指揮者が他にもいたが、僕にとって、サヴァリッシュの印象に比べればはるかに薄い。極端な話、僕が唯一知っていた在日(ではないが)ドイツ人がサヴァリッシュというくらいの印象だ。

サヴァリッシュが偉大な指揮者であることは間違いない。バイロイト音楽祭への参加もしかり、バイエルン歌劇場の音楽監督しかり、晩年のフィラデルフィア管の音楽監督しかり、一流どころの一流のポストに就いていることでもわかるとおり、世界中で高い評価を受けていたはずだ。

しかし、日本での評価は微妙である。N響のレベルアップにどれだけ貢献したかわからないと思うのだが、熱狂的なファンという人は少ないと思う。指揮者としての知識、ピアニストとしての技能について賞賛する声はあってもその演奏を手放しで誉める人は少なかったと思う。平均点の演奏。標準的演奏。そういうレッテルを貼られている感じだ。

しばらく前にN響アワーが終了したとき、何回かに分けて総集編が放送された。N響メンバーも出演していたが、彼らが思い出の指揮者を振り返っていたとき、マタチッチへのコメントには愛を感じたが、サヴァリッシュへのコメントには敬意は感じても親しみを感じなかった。少なくとも僕はそう感じた。どうしてだろう。どこかに冷たさを感じてしまうのか。それとも本当に冷たい人だったのだろうか。カラヤンがサヴァリッシュを「銀行員」と呼んだとどこかで読んだような気がするが、世評的には言いえて妙だ。

しかし、そんな評価、このCDを聴いてすべて忘れてほしい。そう評価してきた人は間違いだったと認めて欲しい。この演奏は他の誰の演奏と比べても十分熱く、強く、そして切ない。ウイーンフィルとのライブでここまで感動的でかつ完璧な演奏を引き出せる指揮者がほかにどれだけいるだろうか。

この演奏が平均点、標準的というのであれば、ほとんどの演奏は落第、失格である。そのくらい素晴らしい。

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ぜひぜひ聴いてみてください。
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