シューベルト交響曲第9番「ザ・グレイト」 : セル

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セルが来日後亡くなったのは1970年。僕はまだ小さすぎて何も覚えていないが、大阪万博の開催された年である。と思ってちょっと万博を調べてみると思った以上に盛大なものだったようだ。入場者数6,400万人強。この中でどの程度外国人がいたのかわからないが、総人口の半分以上が入場したってすごいなあ。85年のつくば博に行ったが、同じ半年間の開催で入場者数は万博の3分の1だ。それでもつくば博は賑わっていたと記憶するので万博当時の熱気は想像を超えるものだったに違いない。そういえば子供の頃、両親が喧嘩をすると母親が決まって「万博にも連れて行ってくれなかった」と文句を言っていた。2020年のオリンピックには連れて行ってあげないと。

すっかり脱線気味であるが、とにかくセルはその万博に合わせて来日して帰国後間もなく病死してしまう。来日時のライブ録音も残っているが、来日前に録音されたドヴォルザークとシューベルトは最晩年の記録ということになる。LPのライナーノーツにはセルの「白鳥の歌」というタイトルの下、演奏の解説が記載されている。曰く「天国的な長さ」と形容され「抒情的なメロディの流れ出るにまかせあいまいな転調のまま、模糊とした色彩に埋められることが少なくなかった」この交響曲の演奏において、セルは「シューベルトにも確乎たる形式感を作り出そうとした。」と言うことである。

正直、2016年に読むと時代の差を感じる文章である。今、この演奏を聴いて「非情で機械的にもみえるクリーブランド管のアンサンブル」を感じる人はむしろ少ないであろう。個人的には、どちらかにあえて区分すれのであれば「熱い」演奏だとすら感じる。70年の段階ではもっと感情移入の多い抒情的で演奏が一般的だったのだろうか。冒頭からシューベルトの美しいメロディを伸びやかに歌いながら、指揮者とオーケストラのこの曲に対する強い思いを感じる推進力が凄い。決してテンポが速いわけではないが、どんどん前へ進んでいく印象だ。セルとクリーブランド管が一体化した素晴らしい演奏だと思う。この録音からわずか3か月後にセルが亡くなると誰が想像できただろうか。名盤。
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