プロコフィエフ ピアノ協奏曲第3番 : ワイセンベルク/小澤

小澤ワイセンベルク

今日はちょっと久しぶりに朝から小雨模様。天気予報によればこの辺は終日小雨、東京都心は終日曇りのようである。今日もスーツで出勤なので気温が低めなのはありがたい。天気の良かった昨日は暑さが堪えた。

なんのきっかけか忘れてしまった(昨日のことだと言うのに。。)のだが、昨日、辻井伸行さんのビデオをYou Tubeで観た。コンクール優勝時にも演奏していたリストに引き続いて、13年のBBC放送でのラフマニノフ、佐渡裕さんと共演したプロコフィエフのビデオを観て感動。辻井さんのピアノも凄いのだが、映像付きで見るとオケと指揮者の熱演ぶりも伝わってきてなお一層感動が増す。お互いが刺激を受けての一体感が良い。

映像的にはプロコフィエフが一番面白かった。この曲、ピアノも大変そうだが、オケも相当大変そうである。特に木管群。その興奮を引きずりながら、今朝はこの曲のCDを聴くことにした。手元にはアルゲリッチやキーシンのCDもあるのだが、小澤/パリ管/ワイセンベルクと言う組合せの妙に惹かれてこちらを聴く。

録音時、小澤さん35歳、ワイセンベルク41歳と二人とも若い。ジャケット写真の表情がなんとも形容しがたい。ワイセンベルクは小澤さんを見ているが小澤さんは見ているふりして実はワイセンベルクを見ていないような気もする。勘ぐり過ぎか。

演奏はワイセンベルクのピアノが切れ味鋭く、小澤さんの指揮するパリ管はデリケートで繊細な表情。唯一の問題は辻井さんと佐渡さんの演奏とは正反対にお互いが相手に合わせるつもりがなさそうなところ(笑)。ワイセンベルクが唯我独尊的に弾いていると言えなくもないが、小澤さんも一定の線以上は譲歩しませんよ、と言う感じ。まさにジャケット写真の関係。だからこその緊張感はある。縦の線はしょっちゅう合わないとは言え。

二人の共演はこの一枚で終わりと言う事実が相性の悪さを仄めかすが、そこはレコード会社の都合もあるだろうし、本当のところはわからない。ちなみに組合せのラヴェルは普通に良い演奏である。

ドビュッシー/ラヴェル 弦楽四重奏曲 : ラサール弦楽四重奏団

ラサールドビュッシーラヴェル

今日明日とも用事があって午後出勤しなければならない。悲しい(>_<)。午後出かけなくてはならないと思うと午前中も気分的にのんびりできない。気持ちの切り替えが早い人、出かける支度が早い人、いずれも憧れの人である。そういう人達は同じ時間を僕よりずっと有効活用できるだろう。

とにかく出かける前にバタバタしないように着るもの持ち物の確認をしないと気が済まない。周りから見たらすぐに出かけるのかと思うようなありさまである。一段落するとおもむろに音楽を聴き始めるので、なんのための準備と思われるだろうが、そうしないと何も手に付かないのだ。これで実際に出かける時にはスマートにサッと出るなら良いのだが、いよいよという時には再度のろのろと準備しなくてはならない。う~む、我ながら無駄が多い。でも、仕方ない。これでずっとやってきたのだ。

さて、とにもかくにも一段落してから音楽を聴く。朝から今日も暑いので何かこうヒンヤリした音楽が良いなと思って取り出したのがラサール四重奏団の演奏するドビュッシーとラヴェルの弦楽四重奏曲。オリジナルは70年代のリリースだが、これは2010年にタワーレコード限定で復刻されたCD。

ドビュッシーとラヴェルの弦楽四重奏曲は組み合わせて収録されていることが多い。最初にこの二つの曲を聴いた時も確かそうだったと思う。あれはどこの演奏だったろうか?アルバン・ベルク四重奏団だったか?覚えていない。

アルバン・ベルク四重奏団はラサール四重奏団に教えを受けたらしい。アルバン・ベルク四重奏団と言うと僕の中ではそれまでのカルテットに比べてシャープでスマートな演奏という印象が強いが、そういう路線の元祖がラサール弦楽四重奏団と言うことになろうか。ところで、ラサールという名前からフランスとかスイスをイメージしていたが、名前の由来はマンハッタンにあるラサール通りから来ていると恥ずかしながら今日初めて知った。

ドビュッシーとラヴェルの音楽は大雑把に独墺系の作曲家と対比すれば同類の別体系に存在するが、それぞれの曲を聴くと似ているようで当たり前だがずいぶん違う。その中で弦楽四重奏曲は二人の作品の近似度が格別に高いように感じる。二つの曲とも19世紀末にまだ若い作曲家によって書かれたと言うこともあるだろうし、若き日のラヴェルがドビュッシーの作品に大いに影響を受けたのかもしれない。

どちらの弦楽四重奏曲も僕は第2楽章が好きだ。ラサール弦楽四重奏団の演奏は望み通りヒンヤリとした空気を部屋中に満たしてくれた。

R・シュトラウス 家庭交響曲 : マゼール

マゼールRシュトラウス

昨日、AM105iのセッティングを見直した話を書いた。昨日はお昼ご飯で中断してそのままにしていたのだが、今日、思ったよりも早く帰宅できたので、続きを再開した。昨日は視聴位置までの距離を微調整しようと考えていたのだが、今日は気分が変わってここ最近出番ゼロだったPV1Dを併用してみることにした。

スペンドールを使っていた時にいわゆる2.1ch再生を志して追加したPV1Dだが、その時はどうしても違和感が残って結局お蔵入りした。今回、併用するに当たってはとにかく存在に気がつかないくらい控えめにセットする。ここら辺がサブウーファーの微妙なところである。鳴っていると感じるようでは大きい。でもまったく気づかないなら使う意味がないわけで、今まで上手くつながった試しがない。とりあえず50Hz、83dBで設定。右スピーカーの奥、パワーアンプの隣にセッティング。

今日は帰ってから聴く音楽を決めていた。sankichi1689さんの「石狩国音楽記」にマゼール/ウィーン・フィルの「家庭交響曲」の記事が掲載されていて、読んでいるうちに僕もすごく聴きたくなったのである。残念ながらウィーン・フィルとの演奏は手元になかったので、95年に録音されたバイエルン放送響との演奏を聴く。

聴いたのはだいぶ昔になるが、ウィーン・フィルとの演奏はとても颯爽としてスマートなものだった記憶がある。それに比べるとバイエルン放送響との演奏はゆったりとしたテンポで全曲にほぼ50分くらいかかる。テンポはゆっくりだが、表現はこれもどちらかと言えば直截的。小細工なしに非常にストレートに歌い上げる。ハッピーな「家庭」交響曲である。オーケストラは実に上手で、響きはとてもきれい。そしてフィナーレの盛り上がりも心地良い。

しかし、マゼールは不思議な指揮者である。R・シュトラウスみたいにいくらでも変化球で遊べそうな作曲者の音楽に限って、ど真ん中のストレートしか投げない。大見得を切ったりとか、突然減速したりとか、誰も気にしないフレーズを強調したりとか、そういう変態的表現はない。まるで、R・シュトラウスについては誰よりも洗練された演奏をすると心に決めているようだ。

ここまでPV1D付きで聴いて、少なくともすぐに気づくような悪さは感じなかった。控えめな音量でも最低音域の下支えがあるとオケの厚みは確実に増す。しかし、ここまでは変更直後にいつも思うこと。いつまで聴き続けられるか、である。

ショスタコーヴィチ交響曲第4番 : 井上

井上ショスタコ

どうも最近、ショスタコーヴィチばっかり聴いている。聴いた音楽をすべてブログに書いているわけではないが、書かない時にも気が付けばショスタコーヴィチ三昧である。いくらなんでも偏り過ぎと思って、他の音楽もあえて聴いてみるが、どうやら今この瞬間、僕の脳みそが望んでいるのはショスタコーヴィチらしい。これはどういうメンタリティなのだろうか。叶うならフロイト先生に聞いてみたい。

趣味で聴いているのだから、聴きたくない音楽を聴いてバランスとっても仕方ない。と言うことで昨日に続いてショスタコーヴィチの4番を聴いた。今日は井上道義さんと東響の演奏。前回、15番を紹介した日比谷公会堂チクルスからの一枚である。

このアルバム、単売されていないせいか、感想記事をほとんど見かけないのだが、相当の爆演である。どの程度、編集されているのか知る由もないが、実演でよくオーケストラが対応できたものだ。特に第一楽章で弦の急速なパッセージからオーケストラが頂点に達するまでのスピードはもの凄い。低弦はついていくのが必死という感じだが、大きな瑕もなく強烈な演奏を繰り広げている。

この演奏について井上さんのブログにはこう書いてある。

【交響曲第4番 ハ短調 作品43】  2007.12.1.sat 17:00~
[正真正銘大傑作!]
 正真正銘大傑作。これを書いた後ショスタコーヴィチが粛清されても彼は永遠に名を残しただろう。しかし上手く生きてくれてよかった。 ここに彼の全てがあり、誰もなしえなかった交響曲の巨大な20世紀のモニュメントだ。男の音世界はこれだ。 誰だ! クラシックは、女子供のすることだと言ったり、私はクラシック音楽がわかりませんとか言う腰抜けは?
(井上道義さんのブログから引用)

「男の音世界」以降、何が言いたいか必ずしも良く分からないものの、興奮は伝わってくる。大フィル首席指揮者就任ライブにこの曲を選んだところからして、井上さんの思い入れが感じられる。

第一楽章の劇的展開からすると続く二つの楽章はじっくり抑え気味の展開に感じるが、最後のコラールは切れのいい打楽器に支えられて大迫力で迫ってくる。この辺りが「男の音世界」だろうか(笑)。録音も良く、面白く聴ける好演奏。大フィルとのライブも聴きたくなる。

ショスタコーヴィチ交響曲第4番 : ヤンソンス

ショスタコヤンソンス全集

今日は家から30分くらいの場所にゴルフに行ったのだが、前回暑いと書いたのを修正しなくてはいけないほどの蒸し暑さであった。なによりもまず、昨日の夜、日中クーラーに当たり過ぎて熱っぽかったので予防的に風邪薬を飲んだのが大失敗。朝起きた時から頭がぼーっとして身体中だるかったのだが、それに加えてうだるような蒸し暑さだったので特に前半は非常にしんどかった。汗を大量にかいたのが良かったのか、後半はだいぶマシになったものの、今年一番苦しいラウンドだった。

帰りがけ、もうすぐ家に到着というところで空が真っ暗になり、雷とともに土砂降りの雨に見舞われた。2年前の夏、突然、雹が降ってきた時のことを思い出して、不安になったが、今日は幸い、そこまでの嵐ではなかった。とはいえ、家に着いた時はまだ激しい雷雨が続いていて、車庫のシャッターを開ける一瞬の時間でずぶぬれになった。用心して車庫の中で5分くらいじっとしていた。大袈裟かもしれないが、最近の雨は怖い。

帰宅してホッと一息ついてから、ヤンソンス/バイエルン放送響の演奏でショスタコーヴィチの交響曲第4番を聴いた。う~む、今までどうにも捉えどころがないと思っていたヤンソンスだが、ショスタコーヴィチの演奏は素晴らしい。この曲、次から次へとパッチワークのようにいろいろなメロディが出てきて、下手すると場当たり的で全体感のない演奏になってしまうが、ヤンソンスとバイエルン放送響の演奏は構成力に富んでいる。この曲、気まぐれに見えて実はこういうきちんとしたシンフォニーなんですよ、と言われている感じ。

一昨日の小澤さんの録音は典型的なEMI録音だったが、このアルバムは同じEMIでも各楽器に焦点の当たった好録音である。明解明晰でオーディオ的にも楽しく聴ける。それでいて音色が明るすぎないのが良い。とても良い演奏。

R=コルサコフ 「シェエラザード」: 小澤(CSO)

小澤シェエラザードCSO

今日も朝から暑い。午前中、歯医者に向かう車の外気温計の表示は34度だった。今日も今日とて、長時間、外にいたら危険なレベルの暑さになりそうだ。ところで、この車の外気温計って、どこに設置されていて、どの部分の温度を測っているのだろうか。直射日光で熱くなった道路も車の鉄板も表面温度は気温そのものよりだいぶ高くなりそうだし、停車中と走行中では風の影響もかなり受けそうである。外にあれば雨に濡れそうだしなあ。。

と思って「外気温計 仕組み」で検索してみたら、ザクザクと情報が出てきた。便利な世の中だなあ。同じような疑問を持った人がネット上で質問していた。経験上、僕みたいな凡人が疑問に思うようなことは必ず別の方がはるかに前に疑問に思って質問している(笑)。それはともかくとして、なるほど、バンパーの裏か、ドアミラーか、フェンダーの内側か、だいたいそのあたりにセンサーが仕組まれているようだ。後で自分の車も確認してみよう。

さて、本題の小澤征爾さんがシカゴ響を指揮したR=コルサコフ「シェエラザード」の話。小澤さんの「シェエラザード」は以前、BSOを指揮したDG盤の感想を書いた。その時、「石狩国音楽記」のsankichi1689さんからコメントいただいたのがこちらのCSO盤。もう3年以上前の話だが、今回、小澤さんがワーナー(EMI、エラート、テルデック)に録音した演奏をまとめたボックスセットを手に入れて、ようやくこの演奏を聴くことができた。

69年の録音なのでCSOはマルティノンとショルティの交代のタイミング。EMIなので録音エンジニアも違うせいか、オケの音色がショルティで聴き慣れたCSOとはずいぶん違うように感じる。当時、小澤さんはまだ34歳。ジャケット写真も若い。きびきびとしたテンポに若さを感じる一方、すでに相当洗練された表現で驚く。洗練された表現と言うのも抽象的だが、そういう印象が残る。その気になればいくらでも絢爛豪華に演奏できそうな曲であるし、飛ぶ鳥を落とす勢いの頃だから「いっちょ驚かしてやろう」と思ってもおかしくないと思うのだが(実際、多少はそう思っていたかもしれないが)、どこまでもバランスの取れた、しなやかで美しい演奏である。個人的には、音楽が盛り上がっていく中でも基本のテンポを崩さず、直線的に畳みかけるところが好きだ。

ベートーヴェン ヴァイオリン協奏曲 : カピュソン/ネゼ=セガン

キャプソンベートーヴェン

明日の朝、北陸で面談があるので、今日はこれから移動しなくてはならない。荷物を準備して早めにご飯を済ませ、出かける前に何か一曲ということで、akifuyu102さんの紹介で知ったカピュソンの独奏によるベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲を聴く。

カピュソン、ネゼ=セガンともに30台前半のフレッシュな演奏だが、一つ一つのフレーズを慈しみながら演奏している感じで音色はフレッシュなのに音楽は熟成しているところが面白い。カピュソンは特定の伴奏者を決めずに曲に応じてパートナーを変える。いろいろな個性から影響を受けて、それを吸収していくんだそうな。なるほど。ダイバーシティである。

それにしてもカピュソンの音色は美しい。僕はとても好きである。音楽を聴きながら何気にカピュソンのインタビュー記事を読んだら、カピュソンが演奏するガルネリは過去50年間スターンが使っていたものらしい。なるほど~。僕はスターンの美音も大好きだったが、これはこのヴァイオリンの音だったのか!ま、ヴァイオリンの音色を聴き分けられるほどの耳を持っているわけないが、それを知ってなおさらこの演奏が好きになった。

ショスタコーヴィチ交響曲第4番 : プレヴィン

ショスタコプレヴィン4番

木曜日から東北、関西出張で先ほど帰宅。大切な商談とはいえ土日台無し(>_<)。早朝の神戸は小雨だったのだが、羽田に着くとすでにかなり暑い。飛行機の冷房対策と荷物減らしを兼ねて薄手のジャケットを羽織って帰ってきたのだが、家に着く頃には汗びっしょりである。

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土曜日に神戸に入ったのだが、伊丹まで乗った飛行機が久しぶりにプロペラ機だった。プロペラ機と言っても離島を結ぶような小型機ではないので室内スペースも十分だし、ジェットと違って低いところを飛ぶので地上も良く見えて快適。(天気が悪いとそんなことも言ってられないだろうが。)ターミナルと飛行機を結ぶ通路をジェットウェイと言うだけあって、プロペラ機だと直結されない。飛行機まで地上を歩いていくのも久しぶりの体験だ。

一息ついたところで音楽を聴く。プレヴィン/シカゴ響のショスタコーヴィチ交響曲第4番。このCD、4年前にも簡単な感想を書いたのだが、久しぶりに聴いて再度感心した。まずプレヴィンの個人的に最大の長所と思っているリズム感覚が冴えている。この曲の冒頭のテンポは演奏によってずいぶん違うが、プレヴィンは比較的遅めのテンポで拍を刻む。おかげですぐ後に続く金管による主題の提示は実に堂々と聞こえる。その後も丁寧に表情豊かにメロディを紡いでいく。70年代後半のシカゴ響の演奏も力が漲っていて素晴らしい。録音がEMIなのでDECCAで聴くシカゴ響に比べてずいぶんウォームでウエットに聴こえるが、それも演奏とマッチしていて悪くない。とても良い演奏である。

HITnRUN Phase Two : プリンス

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台風が近づいて朝からいつ雨が降ってもおかしくない天気だったが、念のため会社を早く出たのが幸いして濡れずに帰ることができた。帰宅後、家の周りもかなりの雨。予報によれば夜中過ぎまで降り続くようだ。この辺りは大きな被害を招くような降り方ではないが、最近は雨にせよ風にせよ極端なことが多いので心配になる。

うちの会社は12月決算なので先週末で今年も上半期が終了。ついつい何度も書いてしまうのだが、月日が経つのがなんて速いことか。子供の頃は正月から夏休みまでは気が遠くなるほど長かったのに。。

月日が経つのはあっという間と感じる一方で、この1月から新しい職場に異動したのが信じられないくらい長い時間を過ごしたように感じるのも事実。毎日毎日チャレンジだらけで濃密な時間を過ごしている割に、実現したいことはまだ何もできてないからそんな風に感じるのだろうか?それにしても新しい職場には多少の期待と大きな不安を持って異動したのだが、一緒に仕事をする仲間がとても良い人ばかりだったのは本当に助かった。おかげで激務にも関わらずストレスレベルは低めで済んでいる。ありがたいことだ。

今日は久しぶりにプリンスを聴いた。2016年4月の突然の死の4か月前にリリースされ、殿下最後のアルバムとなった「HITnRUN Phase Two」。プリンス本人もこれが最後のアルバムとなるとはまったく思っていなかっただろうから、当たり前だが死の兆候やら現生へのメッセージと言ったものはない。それどころか、Phase One 以上にシンプルでポップな音楽が続くご機嫌なアルバムである。全部で12曲、どの曲も御幣を恐れず言えば特筆するようなところのないポップス。でも、退屈な曲は一つもない。このクオリティコントロールの高さが天才の天才たるところなのかな。10年前に聴いても10年後に聴いても違和感なさそうな、そんなアルバム。

ハイドン交響曲第96番「奇跡」 : ブリュッヘン

ハイドンブリュッヘン

ブリュッヘン/18世紀管弦楽団・OAEの演奏するハイドンの交響曲集。13枚組でジャケットには"Philips"とクレジットされている。"DECCA"以降、現在はホグウッドとブリュッヘンの組合せで35枚組のハイドンの交響曲全集となって発売されているようだ。ほぼ3倍の枚数で価格は全集の方が安いくらい。2,000年以降に限ってもCDの値崩れはすさまじい。

個人的には少々疲れ気味の時に聴くことが多いハイドン。今日は昨日の高温多湿ゴルフの後遺症か心身ともにやや不調。早めに仕事を切り上げて早速聴いたハイドンだったが、ブリュッヘンのハイドンは実に格式高く、切れ味鋭くハイテンション。こういう時に聴くにはヘビー級だった。優しく寄り添うと言うよりも厳しく叱咤激励されている感じ(笑)。立派な演奏とは思うのですが。

ところでこの曲、なんで「奇跡」って言うのかなと思ってウィキペディアを見ると「初演時にシャンデリアが落ちたが誰も怪我をしなかったからと言われている。が、のちの研究によるとそれは102番であるらしい。」とのことである。う~む。「奇跡」じゃないじゃん。そのうち102番にニックネームを奪われて96番は「元奇跡」とか言われるのだろうか。そう考えるとちょっと笑える。
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