アイヴズ交響曲第3番 : ハンソン

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前回「レコード社」に行った時には見かけなかったアイヴズの交響曲第3番のレコードを発見。火曜日の夕方、東京駅の近くで用事を済ましたその足で近くにある「ハイファイ堂」に寄った。ちょっと前までは大丸の中にあったので電車の待ち時間にふらっと立ち寄ることもできたのだが、国際フォーラムのそばに移転してからはなかなか行けなくなってしまった。

店内は相変わらず、オーディオ人気華やかな頃の、ちょっと古めの中古製品で溢れていた。僕がお邪魔した時はLP12をソースにダイヤトーンの放送局用スピーカーでヴァイオリン曲を再生していて、なかなか良い音であった。ひとしきり店内を見まわしたのち、レコードの並ぶ棚を物色したところ、このレコードを発見した。オランダ盤。

ハワード・ハンソン/イーストマン・ロチェスター管弦楽団というクレジットを見た時には指揮者もオーケストラも聞いたことないなと思ったのだが、調べてみるとハンソンは有名な作曲家兼指揮者、オケはコダック社の創立者であるイーストマンがハンソンを見初めて招いた音楽学校の生徒とロチェスター・フィルの選抜部隊ということで、由緒正しいコンビの演奏であった。

曲はアイヴズの交響曲の中で最小編成のものということで、演奏時間も短い。もともと教会音楽として書いた曲が下敷きになっているので、讃美歌の旋律があちこち引用されており、結果として初めて聴くのにいつかどこかで聴いたような印象を受ける。それに小編成の割には荘厳な雰囲気である。難解なところはないが、調整が微妙なせいか、少し現代音楽の薫りがする。それでいて全体的にはとても牧歌的。この曲の副題は「キャンプ・ミーティング」というそうだが、なるほど森の中でキャンプファイアを囲んで会話しているような曲想である。

この曲はマーラーが注目してヨーロッパで演奏するために楽譜を持ち帰ったらしい。マーラーが死んでしまったので結局実現しなかったということだが、もし実現していたらその後のアイヴズの人生も違ったものになっただろうか。

ショスタコーヴィチ交響曲第15番 : M.ショスタコーヴィチ

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ショスタコーヴィチの最後の交響曲の初演を行ったのは作曲者の息子であるマキシム・ショスタコーヴィチ。1971年1月の初演直後に初演と同じ組み合わせで録音されたのがこの録音である。

まだ若かったマキシム・ショスタコーヴィチが初演を任されたのは息子だからに違いないが、マキシムはソ連の指揮者コンクールで優勝した実力者である。なのに父親が偉大過ぎて親の七光り指揮者と誤解されがちで気の毒である。

ショスタコーヴィチの後期交響曲を一生懸命聴くようになったのが最近なので15番の演奏もたくさん聴いたわけではないが、僕はこの演奏、大変気に入った。外連味のない真面目な表現で淡々と抒情的かつ不思議なこの曲の魅力を引き出している。自分が何かを主張するのではなく、曲そのものに語らせるような演奏である。

68年のソ連録音ながら音は良い。ダイナミックレンジは狭いが演奏を楽しむのには十二分のクオリティである。

アイヴズ交響曲第2番 : メータ

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昨日に引き続きメータ/ロサンゼルス・フィルのアイヴズを聴く。今日は交響曲第2番。1951年にバーンスタインが初演するまで半世紀も放置されていたというのが信じられないほど親しみやすく聴いていて面白い曲である。

アイヴズの曲はいろんな有名曲の旋律を借りてきてはあちこちに散りばめるというスタイルらしい。この曲を聴きながらどこかで聴いたような曲だと何度も感じたが、そりゃそうである。聴き終ってからライナーノーツを読んで合点がいった。

今日はたまたまショスタコーヴィチの交響曲第15番も聴いたのだが、こちらも堂々とロッシーニの「ウィリアム・テル」が引用されている。どっちの曲も全体としてオリジナリティいっぱいなので盗作でもなんでもないが、では、どこまで引用が許されるのかというとあいまいな感じ。

イェールで音楽を修了したアイヴズは作曲で生計を立てることに見切りをつけ、友人と保険会社を立ち上げて大成功したという。生前、曲がほとんど演奏されなかったのは徐々に不協和音を多用する作風に変わったことが理由らしいが、まだ初期の作品であるせいか、1番も2番もそれが理由とはとても思えない。

それはそれとして、第2番は第1番とはまた違った魅力に満ちた曲であった。この曲もまたあえて言えばドヴォルザークを彷彿とさせる。終楽章はあちこちで「草競馬」やら「新世界より」やら聞こえてくる中、景気よく終わるのだが、最後の最後が調子外れの不協和音というシュールな終わり方。いやあ、アイヴズ、面白いじゃないか。

アイヴズ交響曲第1番 : メータ

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本当にあっという間に四半期が過ぎさり今日から4月。今日はそう言えばエイプリルフールである。昨日の夜遅くに週明け朝一締め切りという悪い冗談のような作業依頼メールが届いたのだが、これは嘘じゃないのかなあ。。

この作業依頼が心のどこかに魚の骨のように刺さったまま、さっき、アイヴズの交響曲第1番を聴いた。アイヴズの名前はずっと前から知っているが、曲を聴くのは今日が初めてである。

金曜日のお昼に「レコード社」でレコードを物色していたところ小澤さんが振ったアイヴズの交響曲第4番のLPを見つけた。なんとなく気になって棚に手を伸ばすと隣にもアイヴズが二枚。いずれもメータの振った交響曲第1番と第2番。棚から引っ張り出してみると写真のようなジャケット。70年代だろうか、ユニオンジャックと星条旗のTシャツを着たカップルの写真。勝手に難解な曲をイメージしてたアイヴズだが、ジャケット写真の印象はずいぶん違う。まあ聴いてみなければ話にならないと思って3枚ともお買い上げ。

で、聴いてみた印象だが、少なくとも第1番は難解どころか相当親しみやすい曲である。第2楽章で「新世界より」によく似たメロディが出てくるだけでなく、その歌謡性はドヴォルザークに通じるものがある。この曲はアイヴズがまだイェール在学中の19世紀末に書かれたと言うことだが、ロマン派と言っても古典的なオーケストレーションなのにもっとずっと新しい時代に作曲されたものと言われても通用しそうである。なんとなく時間を超越したスタイル。

なんと言っても初めて聴く曲、初めて聴く演奏なので他の演奏と比較することもできないが、メータ/ロスアンゼルス・フィルの演奏は明解で爽快なもの。録音もクリアで楽しく聴くことができた。

バッハ ゴールドベルグ変奏曲 : グールド

ゴルドベルグモノ

グールドの「ゴールドベルグ変奏曲」を初めて聴いたのはいつ頃だったろうか。まだ高校生だったか、それとも大学に入るまで聴くチャンスがなかったか。はっきりと思い出せないが、初めて聴いたのが81年に録音されたステレオ録音だったことは間違いない。81年に26年ぶりの再録音が出た時はいろんな音楽雑誌に取り上げられて大きな話題になった。それまでこの曲のことを知らなかったが、新譜評を読んでどんな曲でどんな演奏なのかワクワクしたものである。

今と違ってサンプル音源をダウンロードするなんてことは想像さえできない時代なので、それから実際に聴けるまで数年要した。ようやく初めて聴いた時はアリアに続く第1変奏の躍動に度肝を抜かれたのを覚えている。それ以来、僕の中でゴールドベルグと言えば81年のステレオ盤であった。

55年録音のモノラル盤を聴いたのはそれからずいぶん時間が経ってからだ。CD時代でモノラル録音にはまったく触手が動かなかった。ある日どうしてこの演奏を聴くことになったかすら覚えていないが、聴いてすぐ、(知識はあったものの)アリアのテンポの速さには驚いた。

ステレオ盤がデジタル録音も相まってダイナミックレンジの広い鮮烈なイメージであるのと対照的にこのモノラル録音は少々くぐもった音がするが、モノラルのおかげでピアノの音像が大き過ぎず、あたかもステージ上のグールドを少し離れたところで聴いているような印象を受ける。これはこれで悪くない。

25変奏の例外を除いて再録音よりもずっとスピーディな演奏は天才の閃きがストレートに聴こえてくる。ぜんぜん違う演奏を二回録音した上、そのどちらもが決定版と言うのは他に例を知らない。名盤。

チャイコフスキー 「くるみ割り人形」組曲 : アンセルメ

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そういえばアメリカ滞在中、中古市場で人気の高い日本製のレコードプレーヤーをオークションで見つけて入札したのだが、終了直前にアウトビッドされた。事前に考えていた金額以上だったので僕はあっさり手を引いた。ところが、もう、まさに落札寸前というところで出品者によってそのオークションは取り消されてしまった。

その段階で取消しが可能ということも知らなかったのだが、さらに驚いたことにはしばらくするとその時の2割増しくらいの価格を即決価格として同じプレーヤーが出品されたのである。厳密に言えば再出品時には違うカートリッジが装着されていたが。ルールが許している以上問題ないのかもしれないが、個人的には二度とこの出品者のオークションに手を出すことはない。今回、落札できなかったのは幸運であった。

閑話休題。昨日、帰宅が遅くなってしまったこともあり、今日は終日在宅勤務させてもらった。聞けば昨日までは陽気も良かったようだが、今日は朝から小雨で寒い。温かい飲み物をすすりながらレコードを物色していて見つけたのがアンセルメ/スイス・ロマンド管による「くるみ割り人形」組曲第1番と第2番。アンセルメ没後10年を記念して(?)発売された「アンセルメの芸術」という廉価盤シリーズの一枚である。

実はこれ、いつ買ったかはっきり覚えていない。アンセルメを買うようになったのはここ数年なので最近であることに間違いないが、おそらく何枚か同時に買ってきちんと聴かずにいたようだ。一度も聴かなかったことはないと思うが、記憶にない。

今日、再度、聴いてみると、最初に聴いた印象が薄いのもわからなくない。高校生時代から所有するドラティ/コンセルトヘボウの「くるみ割り人形」がリズミカルでエッジの立った演奏であるのに比べると、この演奏はずいぶんマイルドなのである。75年録音のドラティ盤はオーディオチェック用途に使われるような録音なのでその点でもエッジが立っている。対するにアンセルメ盤は59年録音と少々古い。デッカとフィリップスが入れ替わったような印象である。とにかくパッと聴いてグッと引き込まれるようなアルバムではないのだ。

しかし時間をかけて聴いていくとこれはなかなかに素敵な演奏であることがわかった。全体にふっくらと優雅である。すべての楽器が出ず引っ込まず、バランスが取れていて聴き心地が良い。節度があって最強音でも騒がしくない。なんと言うかとても安心して身を委ねられる演奏なのだ。さすが「音の画家」である。

ブラームス交響曲第1番 : ミュンシュ

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久しぶりにミュンシュ/パリ管のブラームスを聴いたが、やっぱりこれは良い演奏である。同じコンビの「幻想交響曲」はたしかに名演だが、個人的には時としてやや強引に過ぎるかなと感じることがある。ブラームスの方がその点ぐっと重厚で安定している。

パリ管というオーケストラは当時のフランス政府が威信にかけて創設したオーケストラであって、当然のことながらここに聴くパリ管の音色や響きは良く言われる「フランス的」なものだと思うのだが、となると一体どこを捉えて「フランス的」なのか僕には正直言ってよくわからない(笑)。音色の違いを表現できないオーディオ装置を指して「ベルリン・フィルもウィーン・フィルも同じに聞こえる。」と評した文章を読んだことがあるが、目をつぶってこの演奏を聴いて音色で「パリ管」と当てるのは僕には不可能だ。それは装置の問題か、耳の問題か。ま、どっちもかな。

閑話休題。この演奏、まずは中低音が厚くて、耳に痛くない高音と相まって音のブレンドが非常によろしい。「幻想」と比較して安定していると書いたが、あくまで比較論であって、テンポは自由に伸び縮みするし、時々ティンパニは容赦なくぶっ叩くしと概して情熱的な演奏である。そういう激情型の指揮にオーケストラはとても良く追随している。きっとたくさん練習したのだろう。終楽章のフィナーレはたくさんあるこの曲の録音の中でも秀逸だと思う。名盤。

NEW YORK is NOW! : オーネット・コールマン

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この週末も休日出勤で福岡に出張だった。日差しは暖かくもう春の陽気である。昨日の晩は遅くまで会食だったのだが、今朝は早起きして早めの飛行機で羽田に戻った。帰ったその足で会社の先輩の告別式に出席してきた。まだ60台半ば、早すぎる死だった。今年に入ってこういう話は二度目である。二人とも会社は辞めていたが、一緒に仕事をしていた時のことは鮮明に覚えている。突然のことすぎてぴんと来ない。でも、事実、二人に会うことはもう二度とない。悲しいことだ。

出張の疲れも重なってふらふらしながら家に帰ってきたところ、ディアゴスティーニからレコードが届いていた。今回届いたのはビル・エヴァンスとコールマン。僕レベルにはいよいよ聴いたことのないアルバムが届き始めた。オーネット・コールマンという人はどうもわけのわからないフリー・ジャズをやるらしいというファンが聴いたら激怒しそうな印象しかない。

とにもかくにも聴き始めてみたのだが、なるほど聴き慣れた音楽に比べると調性感に欠けるとは思うものの、難解とか、聞くのが苦痛とかいうことはなかった。考えて聴くのではなく湧き出てくる音楽に身を任せているとなかなかイケる。しかし、リアルタイムでこの演奏を聴いた人たちは驚いただろうなあ。

Weather Report : ウェザーリポート

ウェザーリポート

今日は暖かくていい天気だった。久しぶりにゴルフに行ったが、朝一番は少し涼しかったものの、日中にかけてどんどん暖かくなって途中から上着を脱いだ。こういうことがあるのでいつも上着は重ね着していくのだが、今日は機能性下着とシャツだけで十分だった。薄着だとスイングしやすい。久しぶりで前半は手こずったが、後半は好調だった。梅が咲いて綺麗だった。

帰ってからウェザーリポートの同名アルバムを聴いた。1971年に発売されたデビュー作。僕はどこでどう知ったかまったく忘れてしまったが、ウェザーリポートというグループの名前は聞いたことがある。でも、彼らのアルバムを聴くのはこれが初めてだ。

ウェザーリポートという名前で最初の曲が音楽と言うより何か自然の音を模したような感じだったので、そういうグループなのかと思ったのだが、聴き進めていくとそうでもない。正直言って良く分からないなあと言う感想。なのだが、なんとなく気になってそのまま続けてもう一度聴いている。

不協和音が連続するのに聴いていると不思議な心地良さがある。こういう音楽を即興的に生み出すことができるって凄いなあ。

シューマン交響曲第2番 : クレンペラー

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クレンペラー/ニュー・フィルハーモニア管の演奏するシューマン交響曲第1番「春」と第2番を聴いた。「Angel Best 150」と銘打たれた国内盤。こうした「ベスト○○」と言うのは現代に至るまで無数の企画があるが、これはいつ頃発売されたレコードだろうか。ライナーノーツの記述からクレンペラーの死(1973)後であることは間違いない。

僕は割と最近までクレンペラーの演奏をなんとなく敬遠していたのだが、このところぽちぽちと聴くようになった。名曲名盤的な評論本を読んでこの人の演奏が極端に遅く極端にインテンポであると言う先入観を持ってしまったのが敬遠してきた理由なのだが、実際、聴いてみると確かに遅いか速いかと言えば遅いことが多いしテンポは揺れないが、だからと言って出来上がった音楽を聴いてみるとネガティブに感じることはない。落ち着いていて重厚で素晴らしいではないか。

タイトルを「春」にするか2番にするか迷ったのだが、自分的により気に入った2番にした。(併記すれば良いだけのことだが(笑)。)しかし、「春」も素晴らしい演奏である。いぶし銀の金管と暗めの弦とぜんぜん速度が上がらないテンポが他とは違う「春」を奏でる。これを聴いてすぐ3番と4番も聴きたいと思った。

2番はこういうクレンペラーの作法にもっと合ってると思って聴いたところ、結果はその通りだった。ただ予想に反してこれは「春」よりも明るい調べである。特に最終楽章はじっくりゆっくりと盛り上がってフィナーレを迎えるが、ゆっくりなのに前向きな響きがする(笑)。不思議な感じだが、これはとても良い演奏である。いつにもましてどこが良いか説明できなくてすいません。
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