アイヴズ交響曲第4番 : 小澤

小澤アイヴズ

さっき札幌出張から帰宅したのだが、いやはやこの季節にまさか横殴りの吹雪に遭遇するとは思わなかった。しかも今日は昨日の天気がうそのような暖かな陽気。東京を出る時と同様、コートをスーツケースに仕舞い込んで帰ってきた。こちらでは長い間頑張っていた桜もさすがに散っているが、札幌では5月頃とのこと。日本も広いなぁ。

帰ってきたのは夕飯時だったが、一昨日昨日と北海道の美味しい海産物を食べ過ぎて胃もたれ気味である。ほんの軽めに食事をした後、ゆっくり風呂に浸かった。国内だからホテルでも湯船はあるが、やっぱり家の風呂とは違う。気持ち良かった。

このところ集中して聴いているアイヴズの交響曲だが、今日は小澤/ボストン響の演奏する4番を聴いた。もともとはこのLPが気になって買ったアイヴズだが、たまたま同時に1番と2番を買って、さらにはそっちを最初に聴いたのは幸運であったと思う。この曲をいきなり聴いたら「なんじゃ、こりゃ。」となってしばらくはお蔵入りしたことだろう。

1番~3番までの歌謡曲的親しみやすさはこの曲ではかなり後退している。と言って十二音音楽みたいな難解なものではなく、ただ、特に偶数楽章でいろいろごちゃごちゃと同時進行するメロディとリズムが初期の交響曲に比べて複雑怪奇なのだ。それに比べると奇数楽章はシンプルで、特に第三楽章なんて神々しくも美しい音楽である。この同時進行的多面性がアイヴズの本質だとすれば、この曲はそれまでの交響曲に比べて圧倒的にアイヴズ的であり、「ついに本性を現したな、この化け物め。」という感じである(笑)。聴いたことのない人にはなんのこっちゃであろう。ぜひ聴いてほしい。

小澤さんのアイヴズはほかにあるのかどうか知らないが、この演奏はずいぶん昔からこの曲の録音において、それなりの地位を築いているものではなかろうか。通常、複数の指揮者が必要な第二楽章も一人で振っているらしいが、いったいどうやって同時進行する複数のリズムを振り分けているのだろうか?神業である。

プロコフィエフ交響曲第5番 : カラヤン

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昨日の午後、雨が降り出してからまた気温が下がってきたようで今日は肌寒い一日だった。今日の夜は会食があったのだが、明日寒くなるという天気予報に油断してコートを持たなかったおかげですっかり冷えてしまった。そもそも昨日の雨で風邪気味なのかもしれない。今週は明日から北海道なので気をつけなくては。

カラヤン/BPOのプロコフィエフ交響曲第5番は68年の録音。カラヤンのプロコフィエフはとても録音が少なくて、この曲も再録音はないようである。実演したことがない曲すらニーズがあれば録音するカラヤンのことだから、これ以上の録音は不要と判断したのだろう。たしかに良い演奏であり、多少マルチくさいものの好録音である。

こういう演奏を聴くとやはりカラヤンは60年代後半から70年代が一番バランスが取れていたと感じる。シャープで緩みがないし、それでいて柔らかい表現も抜群に上手い。デジタル録音時代以降、特にウィーンフィルと組んだ演奏は時々鈍重な感じがしてしまうが、ここにはそんな気配すらない。最初から最後まで過不足のない演奏で、そこが不満だと不合理な批判をする気持ちが理解できる(笑)。一つのスタンダードと言う演奏だと思った。

ALFIE : ソニー・ロリンズ

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今年の冬はそんなに寒いとは感じなかったのだが、桜の開花はここ数年の中ではずいぶん遅かった気がする。咲くのが遅いだけでなく暖かったり寒かったりの繰り返しで長持ちしているような。。あくまで感覚的には、だが。おかげで関東地方では入学式や入社式といった門出に実にふさわしい景色が楽しめた。

昨日、家の近くの公園を通りかかったら遠目にも桜並木が綺麗だったので、ちょっと車を止めて歩いてみた。近づいてみるとまさに満開である。犬と散歩する人、家族連れ、多くの人たちがみな静かに桜を見上げながら歩いていた。ちょっと幸せな気分になった。

今日は珍しく接待ゴルフに行ってきた。接待と言ってもこちらが先方のクライアントなのだが、先に向こうが接待してくれたのでそれに対するお返しということらしい。向こうが接待してくれた時に僕は一緒にいなかったので今一つ趣旨不明だったのだが、まあゴルフができるのであれば願ったりかなったり。と言うことで行ったのだが、残念なことに朝から小雨。お昼を食べる頃から雨脚が強くなり、午後には本降りになってしまった。気温もだんだん下がってきてついに13番でギブアップ。ゴルフをラウンド途中で止めるのは十数年来なかったが、接待目的なのに難行苦行では意味がない。風呂に入った後、ラウンジで歓談してお開きとなった。

夕方帰宅するとディアゴスティーニが届いていた。二枚のうちの一枚がソニー・ロリンズの「アルフィー」。ソニー・ロリンズと言えばサキコロしか知らない僕はもちろん初めて聴くアルバムである。このアルバム、同名の映画のために作られた音楽ということであるが、ソニー・ロリンズが映画音楽を作っていたなんて知らなかった。

どんなものかと聴いてみると、最初のアルフィーのテーマからしてピンクパンサーみたいで非常に親しみやすく、これは一枚まるっと楽しめるアルバムである。なるほどこれは人気があるのもよくわかる。

アイヴズ交響曲第3番 : ハンソン

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前回「レコード社」に行った時には見かけなかったアイヴズの交響曲第3番のレコードを発見。火曜日の夕方、東京駅の近くで用事を済ましたその足で近くにある「ハイファイ堂」に寄った。ちょっと前までは大丸の中にあったので電車の待ち時間にふらっと立ち寄ることもできたのだが、国際フォーラムのそばに移転してからはなかなか行けなくなってしまった。

店内は相変わらず、オーディオ人気華やかな頃の、ちょっと古めの中古製品で溢れていた。僕がお邪魔した時はLP12をソースにダイヤトーンの放送局用スピーカーでヴァイオリン曲を再生していて、なかなか良い音であった。ひとしきり店内を見まわしたのち、レコードの並ぶ棚を物色したところ、このレコードを発見した。オランダ盤。

ハワード・ハンソン/イーストマン・ロチェスター管弦楽団というクレジットを見た時には指揮者もオーケストラも聞いたことないなと思ったのだが、調べてみるとハンソンは有名な作曲家兼指揮者、オケはコダック社の創立者であるイーストマンがハンソンを見初めて招いた音楽学校の生徒とロチェスター・フィルの選抜部隊ということで、由緒正しいコンビの演奏であった。

曲はアイヴズの交響曲の中で最小編成のものということで、演奏時間も短い。もともと教会音楽として書いた曲が下敷きになっているので、讃美歌の旋律があちこち引用されており、結果として初めて聴くのにいつかどこかで聴いたような印象を受ける。それに小編成の割には荘厳な雰囲気である。難解なところはないが、調整が微妙なせいか、少し現代音楽の薫りがする。それでいて全体的にはとても牧歌的。この曲の副題は「キャンプ・ミーティング」というそうだが、なるほど森の中でキャンプファイアを囲んで会話しているような曲想である。

この曲はマーラーが注目してヨーロッパで演奏するために楽譜を持ち帰ったらしい。マーラーが死んでしまったので結局実現しなかったということだが、もし実現していたらその後のアイヴズの人生も違ったものになっただろうか。

ショスタコーヴィチ交響曲第15番 : M.ショスタコーヴィチ

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ショスタコーヴィチの最後の交響曲の初演を行ったのは作曲者の息子であるマキシム・ショスタコーヴィチ。1971年1月の初演直後に初演と同じ組み合わせで録音されたのがこの録音である。

まだ若かったマキシム・ショスタコーヴィチが初演を任されたのは息子だからに違いないが、マキシムはソ連の指揮者コンクールで優勝した実力者である。なのに父親が偉大過ぎて親の七光り指揮者と誤解されがちで気の毒である。

ショスタコーヴィチの後期交響曲を一生懸命聴くようになったのが最近なので15番の演奏もたくさん聴いたわけではないが、僕はこの演奏、大変気に入った。外連味のない真面目な表現で淡々と抒情的かつ不思議なこの曲の魅力を引き出している。自分が何かを主張するのではなく、曲そのものに語らせるような演奏である。

68年のソ連録音ながら音は良い。ダイナミックレンジは狭いが演奏を楽しむのには十二分のクオリティである。

アイヴズ交響曲第2番 : メータ

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昨日に引き続きメータ/ロサンゼルス・フィルのアイヴズを聴く。今日は交響曲第2番。1951年にバーンスタインが初演するまで半世紀も放置されていたというのが信じられないほど親しみやすく聴いていて面白い曲である。

アイヴズの曲はいろんな有名曲の旋律を借りてきてはあちこちに散りばめるというスタイルらしい。この曲を聴きながらどこかで聴いたような曲だと何度も感じたが、そりゃそうである。聴き終ってからライナーノーツを読んで合点がいった。

今日はたまたまショスタコーヴィチの交響曲第15番も聴いたのだが、こちらも堂々とロッシーニの「ウィリアム・テル」が引用されている。どっちの曲も全体としてオリジナリティいっぱいなので盗作でもなんでもないが、では、どこまで引用が許されるのかというとあいまいな感じ。

イェールで音楽を修了したアイヴズは作曲で生計を立てることに見切りをつけ、友人と保険会社を立ち上げて大成功したという。生前、曲がほとんど演奏されなかったのは徐々に不協和音を多用する作風に変わったことが理由らしいが、まだ初期の作品であるせいか、1番も2番もそれが理由とはとても思えない。

それはそれとして、第2番は第1番とはまた違った魅力に満ちた曲であった。この曲もまたあえて言えばドヴォルザークを彷彿とさせる。終楽章はあちこちで「草競馬」やら「新世界より」やら聞こえてくる中、景気よく終わるのだが、最後の最後が調子外れの不協和音というシュールな終わり方。いやあ、アイヴズ、面白いじゃないか。

アイヴズ交響曲第1番 : メータ

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本当にあっという間に四半期が過ぎさり今日から4月。今日はそう言えばエイプリルフールである。昨日の夜遅くに週明け朝一締め切りという悪い冗談のような作業依頼メールが届いたのだが、これは嘘じゃないのかなあ。。

この作業依頼が心のどこかに魚の骨のように刺さったまま、さっき、アイヴズの交響曲第1番を聴いた。アイヴズの名前はずっと前から知っているが、曲を聴くのは今日が初めてである。

金曜日のお昼に「レコード社」でレコードを物色していたところ小澤さんが振ったアイヴズの交響曲第4番のLPを見つけた。なんとなく気になって棚に手を伸ばすと隣にもアイヴズが二枚。いずれもメータの振った交響曲第1番と第2番。棚から引っ張り出してみると写真のようなジャケット。70年代だろうか、ユニオンジャックと星条旗のTシャツを着たカップルの写真。勝手に難解な曲をイメージしてたアイヴズだが、ジャケット写真の印象はずいぶん違う。まあ聴いてみなければ話にならないと思って3枚ともお買い上げ。

で、聴いてみた印象だが、少なくとも第1番は難解どころか相当親しみやすい曲である。第2楽章で「新世界より」によく似たメロディが出てくるだけでなく、その歌謡性はドヴォルザークに通じるものがある。この曲はアイヴズがまだイェール在学中の19世紀末に書かれたと言うことだが、ロマン派と言っても古典的なオーケストレーションなのにもっとずっと新しい時代に作曲されたものと言われても通用しそうである。なんとなく時間を超越したスタイル。

なんと言っても初めて聴く曲、初めて聴く演奏なので他の演奏と比較することもできないが、メータ/ロスアンゼルス・フィルの演奏は明解で爽快なもの。録音もクリアで楽しく聴くことができた。

バッハ ゴールドベルグ変奏曲 : グールド

ゴルドベルグモノ

グールドの「ゴールドベルグ変奏曲」を初めて聴いたのはいつ頃だったろうか。まだ高校生だったか、それとも大学に入るまで聴くチャンスがなかったか。はっきりと思い出せないが、初めて聴いたのが81年に録音されたステレオ録音だったことは間違いない。81年に26年ぶりの再録音が出た時はいろんな音楽雑誌に取り上げられて大きな話題になった。それまでこの曲のことを知らなかったが、新譜評を読んでどんな曲でどんな演奏なのかワクワクしたものである。

今と違ってサンプル音源をダウンロードするなんてことは想像さえできない時代なので、それから実際に聴けるまで数年要した。ようやく初めて聴いた時はアリアに続く第1変奏の躍動に度肝を抜かれたのを覚えている。それ以来、僕の中でゴールドベルグと言えば81年のステレオ盤であった。

55年録音のモノラル盤を聴いたのはそれからずいぶん時間が経ってからだ。CD時代でモノラル録音にはまったく触手が動かなかった。ある日どうしてこの演奏を聴くことになったかすら覚えていないが、聴いてすぐ、(知識はあったものの)アリアのテンポの速さには驚いた。

ステレオ盤がデジタル録音も相まってダイナミックレンジの広い鮮烈なイメージであるのと対照的にこのモノラル録音は少々くぐもった音がするが、モノラルのおかげでピアノの音像が大き過ぎず、あたかもステージ上のグールドを少し離れたところで聴いているような印象を受ける。これはこれで悪くない。

25変奏の例外を除いて再録音よりもずっとスピーディな演奏は天才の閃きがストレートに聴こえてくる。ぜんぜん違う演奏を二回録音した上、そのどちらもが決定版と言うのは他に例を知らない。名盤。

イケダ9Cが返ってきた。

イケダ9cIIIがメンテナンスのために我が家を旅立ったのが先月の19日。三週間くらいかかるという話だったが音沙汰なく、便りのないのは良い知らせと特に連絡もせず待っていたところ、ふいに昨日返送されてきた。

家から出た時そのままの箱をさっそく開けてみる。封筒に加えてショップ関連のちらしが数枚。カートリッジの梱包も発送時と同じである。特に説明書きもない。ということで封筒を開けてみる。修理済み製品と合わせて請求書が届き、金額を見て驚いたという記事を読んでいたのでいったいいくらかかったのかちょっと心配(笑)。

果たしてそこには手書きの請求書が同封されていたが、確かに金額を見てびっくりである。「安い。」少々の出費を覚悟していたのでうっかり一桁読み違えてしまったくらいだ。

備考欄には「クリーニング、調整」とあるので心配していた針の摩耗やダンパーには問題がなかったようだ。カートリッジケースを開けるとテストデータの紙が一枚。カートリッジを取り出してルーペで覗くと黒ずんで汚れていたコイルが真新しい銅線で巻き直したかのごとく綺麗になっている。手先が器用な人なら自分でできることかもしれないが、自分には無理。

早速、トーンアームに取り付けて音を確認。最強音時にビビりもなくいつもの爽やかな音が聞こえる。これでしばらくは安心して使えるのでこれからは常用しようと思う。

チャイコフスキー 「くるみ割り人形」組曲 : アンセルメ

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そういえばアメリカ滞在中、中古市場で人気の高い日本製のレコードプレーヤーをオークションで見つけて入札したのだが、終了直前にアウトビッドされた。事前に考えていた金額以上だったので僕はあっさり手を引いた。ところが、もう、まさに落札寸前というところで出品者によってそのオークションは取り消されてしまった。

その段階で取消しが可能ということも知らなかったのだが、さらに驚いたことにはしばらくするとその時の2割増しくらいの価格を即決価格として同じプレーヤーが出品されたのである。厳密に言えば再出品時には違うカートリッジが装着されていたが。ルールが許している以上問題ないのかもしれないが、個人的には二度とこの出品者のオークションに手を出すことはない。今回、落札できなかったのは幸運であった。

閑話休題。昨日、帰宅が遅くなってしまったこともあり、今日は終日在宅勤務させてもらった。聞けば昨日までは陽気も良かったようだが、今日は朝から小雨で寒い。温かい飲み物をすすりながらレコードを物色していて見つけたのがアンセルメ/スイス・ロマンド管による「くるみ割り人形」組曲第1番と第2番。アンセルメ没後10年を記念して(?)発売された「アンセルメの芸術」という廉価盤シリーズの一枚である。

実はこれ、いつ買ったかはっきり覚えていない。アンセルメを買うようになったのはここ数年なので最近であることに間違いないが、おそらく何枚か同時に買ってきちんと聴かずにいたようだ。一度も聴かなかったことはないと思うが、記憶にない。

今日、再度、聴いてみると、最初に聴いた印象が薄いのもわからなくない。高校生時代から所有するドラティ/コンセルトヘボウの「くるみ割り人形」がリズミカルでエッジの立った演奏であるのに比べると、この演奏はずいぶんマイルドなのである。75年録音のドラティ盤はオーディオチェック用途に使われるような録音なのでその点でもエッジが立っている。対するにアンセルメ盤は59年録音と少々古い。デッカとフィリップスが入れ替わったような印象である。とにかくパッと聴いてグッと引き込まれるようなアルバムではないのだ。

しかし時間をかけて聴いていくとこれはなかなかに素敵な演奏であることがわかった。全体にふっくらと優雅である。すべての楽器が出ず引っ込まず、バランスが取れていて聴き心地が良い。節度があって最強音でも騒がしくない。なんと言うかとても安心して身を委ねられる演奏なのだ。さすが「音の画家」である。
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