NIGHT TRAIN : オスカー・ピーターソン・トリオ

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このブログを始めてから5年と3か月。あらためて月日の経つ速さを実感するとともに、ブログという便利な道具を発明してくれた方に感謝である。正直、始めた時にこんなに長く続けられるとは思いもよらなかった。ITリテラシーの低いおじさんにも簡単に記事が作れて、しかも(テクニカルには)世界中に発信できるのである。すごいことである。子供の頃はもちろんのこと、社会人になった時ですらこんなこと想像もできなかった。それだけに最近、ふと思うのである。ある日突然、FC2が「このサービス辞めた」と言ったらどうしよう。その時、今までのコンテンツってどうなるんだろうか。もともとただで使っているのだから、記事が消え失せても文句も言えまいが、それなりに今や生活の一部になっているからなあ。ショック大きそうである。

昨日の夜は蒸し暑かったせいか、それとも日中コーヒーを飲みすぎたせいか、よく眠れなかった。その割には仕事中眠気に襲われるようなこともなかったのだが、家に帰ってみると少々身体が火照っている。まあ、しかし、これまた寝不足のせいか、蒸し暑い中スーツを着ていたせいか、よくわからない。とりあえずエアコンで部屋を冷やしながら聴いたのがオスカー・ピーターソン・トリオの演奏する「Night Train」。巷間、オスカー・ピーターソンのベストアルバムと推す人も多いようだ。

ビル・エヴァンスやバド・パウエルと言った著名ジャズ・ピアニストはあまたいるが、個人的にはオスカー・ピーターソンのピアノは屈託なくネアカでゴージャスなところが好きだ。無理やりクラシックのピアニストに例えればルービンシュタインみたいなイメージ。技術的にもすごいんだろうけど、それをひけらかすでもなく、小難しいことは言わずにまっすぐ王道を歩む感じが格好いい。そういう人がストレートに弾く「自由への讃歌」はとっても説得力がある。名盤。

ショスタコーヴィチ交響曲第15番 : ゲルギエフ/ミュンヘン・フィル

ゲルギエフミュンヘンショスタコ15

先週、出張続きで身体が疲れていたのか、土日ともやる気が起きず、無為に週末を過ごしてしまった。日曜日の午後になってこれではいけないと打ちっ放しに行ったのが唯一の外出というプチ引きこもり状態。ううん、良くないなあ。。いつも思うのだが、疲れているからと言って身体を動かさなければ体力が回復するかというと、そうでもない。やっぱり適度な運動が重要なんだろうな。そんなこんなで今日はどうにもすっきりしない朝を迎えたのだが、会社に着いてしまえば仕事の方は否応なしである。今日も今日とてなかなかタフな一日になったが、まあ、僕のような怠け者にはかえって良いのかもしれない。

さてさて、今日、帰宅してから聴いたのはゲルギエフ/ミュンヘン・フィルの演奏するショスタコーヴィチの交響曲第15番。この曲と1番の組み合わせがマリインスキーとのショスタコーヴィチ第一弾だったが、ミュンヘン・フィルとのショスタコーヴィチ第一弾もこの曲というところからしてゲルギエフにとって15番は思い入れのある曲なのだろうか。

この演奏、僕はTidalで聴いたのだが、これは「Master」、つまりMQA録音されたアルバムの一枚だった。このMQAという仕組み、よくわからないのだが、Tidalでデコードしてもその先のDACが対応していないと完全には再生できないようだ。そもそもMQA目的ではないものの、そうわかるとちょっとがっかりである。だからと言って音が悪いとも思わないのだが。

ここ最近、ゲルギエフの演奏を聴くことが多いが、当たりとハズレが交互くらいの印象である。これだけコンスタントに録音を残す指揮者の中でまことに珍しい。で、この演奏は「当たり」(笑)。

基本のテンポはゆっくり。ザンデルリンクほど遅くはないが、体感的にはハイティンク/CSOのライブ盤くらいの遅さだろうか。このくらいのテンポでライブ録音となるとオーケストラにとっては難易度が高いのではないかと思うのだが、ミュンヘン・フィルはほぼ破綻なく、余裕を持って演奏している。ザンデルリンク/BPOが崩壊一歩手前の風情であるのに比べるとタイミングも万全だが、これって実はゲルギエフの指揮が技術的に優れていることの証なのかな。

個人的には特に終楽章が良かった。音楽には十分なメリハリがあるが、表情は非常に暗い。ネクラな演奏である。そこが良い。

ニールセン交響曲第4番 : ギルバート

ニールセンギルバート

今週は火・水、木・金と二回、いずれも関西方面に出張だった。となると、普段は火曜から金曜日まで通しで滞在するところだが、あいにく木曜日の午前中に北関東の顧客訪問が入ってしまっていたので、二往復することになった。東京から大阪に出張する場合、(会社がどちらの手段も許すのであれば、)新幹線を使うか飛行機を使うかは人によって好みが分かれると思うが、僕は基本的に飛行機派である。どちらも総所要時間はほとんど変わらないが、東京から新大阪まで新幹線は2時間半に対して羽田から伊丹までの搭乗時間は約1時間。じーっと座っていないといけないこの時間の差は大きい。

今年の出張はいろいろあって新幹線が多かったのだが、今週は月曜日の往路を除いて飛行機だった。久しぶりに空路を使うと自分にはやっぱりこっちの方がずっと楽である。しかも木曜日の夜は東海道新幹線で信号トラブルが発生して、同じ目的の出張に新幹線を使った同僚は車内で夜を明かしたらしい。なんとも気の毒な話である。とにもかくにも今回の出張で飛行機を選んだのは幸運であった。

出張疲れもあって今日はのんびり起床したのだが、空を見上げればどんより曇り空である。今日の午後は半ばライフワーク化している歯医者の後、美容室に行く予定になっているので、打ちっ放しに行くのは止めて午前中から音楽を聴くことにした。出張中に中古SACDセットが何組か届いていて、その中からアラン・ギルバート/NYPが録音したニールセンの交響曲全集を聴くことにした。

最初に交響曲第3番を聴いたのだが、ほぼ初めて聞くこの曲、特に第1楽章からは「不滅」を思い起こさせる旋律が何度も出てきて驚いた。作順から言えば、3番の旋律が4番でも聞こえるというのが正しいのだが、個人的にニールセンと言えば圧倒的に「不滅」がインプットされているので、どうしてもそういうリアクションになってしまう。NYPの常任指揮者としてバーンスタイン以来のアメリカ生まれであり、アメリカ人と日本人のハーフであるアラン・ギルバートはNYPから透明で落ち着いた音色を引き出していると思う。コロンビア時代に比べてずいぶんしっとりした録音に聞こえるが、この間の録音技術の進歩だけでなく、HMVのレビューによれば、エイブリー・フィッシャー・ホールの音響も改善されているらしい。とにかく好印象。

で、本丸の「不滅」を聴いてみたのだが、これまた個人的にはバーンスタインが同じNYPを振った70年盤に次いで好みの演奏であった。ただし、この感想はいつも以上に個人的趣味に属する話である。僕が初めて聴いた「不滅」がこのバーンスタイン盤で、その後、カラヤン、ブロムシュテット、マルティノン、コリン・デイヴィスといった人たちのアルバムを聴いたが、いずれも特に第4楽章のテンポが速すぎてフィナーレも淡々とすっきり進んでしまうのがイマイチであった。ただ、どっちかと言えば、それが多数派であり、正統派なのかもしれない。バーンスタインの演奏が極端に濃く、我流なのである。僕にはそれが刷り込まれてしまっている。で、ギルバートの演奏だが、同じNYPだからということはなかろうが、実にバーンスタインの間合いに近い。しかも、より上手になったオーケストラが演奏していて録音もはるかに上質なのである。細かいことを言えばまだ呼吸が浅いと感じるところもあるが、フィナーレもじっくり大きく盛り上げてくれるし、これはなかなか良い演奏だと思った。

Tidal

昨日書いたとおり、今日はチャリティイベントで同僚と一緒に走ってきた。走り出したのはお昼だったのだが、先日のような真夏を思わせる天気ではなかったものの、天気予報よりも気温は上がってけっこうな暑さだった。みんなで襷をつないで走るのだが、一人の走者のミニマムの距離が2キロ。ふだん走り慣れている人にとってみれば朝飯前の距離だろうが、僕にとって、これだけの距離を真剣に走るのは学生時代以来である。

参加する前には途中で歩きながらでも良いと聞いていたのだが、走り出してみれば歩いている参加者なんて見当たらない。ペースがわからないので一緒のタイミングで走り出した人のペースに合わせたのだが、完全にオーバーペースだったようだ。数百メートル走っただけで息が上がってバテバテ。最後まで走ろうと思ったのだが、途中で少し歩いてしまった。ゼエゼエ言いながらもとにかく襷を次の走者に渡せたのは良かったが、走力不足を痛感である。運動と呼べそうなのはゴルフだけという生活を見直さないとかなあ。そんな体たらくだったのだが、とりあえず達成感を感じながら帰宅した(笑)。

さて、ストリーミングサービスだが、昨日からプロバイダーをTidalに変更した。3月から使い始めたDeezer同様、TidalもCDクオリティ(44.1kHz/16bit)のFLACを配信していて、Tidalは加えて最近話題のMQAデコードにも対応している。Outputの選択やオプションが比較的細かい点を含め、Tidalの方がよりオーディオマニア向きと言えるかもしれない。

とは言え、ブラインドで両サービスを聴き比べて違いがわかる自信はない。サービスプロバイダーを変更した理由は音質ではなく、Tidalの方がよりコンテンツ量が多いと感じたからである。総コンテンツ量に関して事実関係はわからないが、いくつか自分好みのキーワードで検索した結果、Tidalの方が良さそうに感じたのである。検索画面の使い勝手も良い。まだ全然使いこなせていないが、クラシックの選択肢もたくさんありそうだ。楽しみである。

ショスタコーヴィチ交響曲第4番 : キタエンコ

キタエンコショスタコ全集

予想通り、今週は忙しかった。月曜日に海外ビジターが来日して一日中その対応に忙殺されたのはまだ想定内だったが、週の真ん中で緊急案件が発生して木、金は急な出張になったし、夜も何度か会食が入っていたのでそれも疲れた。ブログにアクセスするのも日曜日以来である。

平日が忙しかったので週末はのんびりしたいところだが、明日は会社が推奨するチャリティイベントに参加することになっている。みんなで走るイベントなので、僕も走ることになっているのだが、子供のころから走るのは嫌いなのである(笑)。体育の授業で走らされることがなくなったのが社会人になって嬉しかったことの一つなのに。。誘われた時に勇気をもって断れば良かったのだが、時すでに遅し。覚悟を決めて安全第一で行ってこよう。

ものすごく暑かった昨日一昨日に比べると今日はそれほど暑くないが、家の周りは風がすごい。木々が倒れんばかりに揺れている。天気予報によれば明日は今日以上に気温は低めのようだが、風はどうなのだろうか。できれば穏やかな天気でありますように。

キタエンコ/ケルン・ギュルツェニヒ管のショスタコーヴィチ交響曲第4番は以前、CDレイヤーの感想を記事にしたことがある。(ショスタコーヴィチ交響曲第4番 : キタエンコ)その時も書いたが、これは全編不思議な音色で満たされた曲を丁寧に描写した魅力的な演奏である。ぜひマルチチャンネルで聴きたいと思っていた演奏の一つ。

CDレイヤーで聴いても鮮明な録音だが、マルチチャンネルで聴くとステージが前後左右に拡大する感じで一層良かった。それにしても、後ろにサラウンドスピーカーを追加してそこから音が出ているのに音像が手前に引っ張られるのではなく、奥行き方向が深くなるのはどういう理屈なのだろうか?要は前後左右から聞こえてくる音を脳内構築する時になんらかの錯覚を起こしているのだろうが、不思議である。

Alice in Wonderland : デヴィッド・ヘイゼルタイン

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昨日の天気予報では雨は今日の夜からとなっていたので、今日は予定通りゴルフに行ったのだが、ゴルフ場に到着した段階ですでに重たい雲が垂れ込めていかにも怪しい空模様。それでも前半は一滴の雨も降らず、これはもしかしたら最後まで大丈夫かもと思ったのだが、甘かった。後半スタートから降り出した雨は徐々に強くなって最後までやまなかった。合羽を着て傘も差したがそれでもかなり濡れてしまい、終盤は気温も下がって寒いのなんの。這う這うの体でホールアウトして風呂に入ってようやく息をついた。ゴルフでこんなに降られたのは久しぶりである。あまりにも身体が冷えてしまったので家に帰ってからもう一度風呂に入った。明日から海外のビジターが来たりして忙しいので風邪をひくわけにはいかないのである。

明日の仕事の準備をしながら聴いているのがデヴィッド・ヘイゼルタイン・トリオの「Alice in Wonderland」。タイトル曲に加え、「枯葉」「星に願いを」等々とても有名な曲中心のわかりやすいアルバム。この人の弾く「クレオパトラの夢」は本家バド・パウエルとはずいぶん傾向が違うが、それはそれでなかなか良かったので96kHz/24bitのハイレゾファイルを購入してみた。

このアルバムもVenusレーベル共通する太くて厚い音で収録されている。かなり独特な音作りだと思うのだが、これってどこをどう弄っているのだろうか。いわゆるハイレゾ・ファイルで音も良いが、こういう録音でCDクオリティ以上が必須かというとちょっと微妙な感じである。まあ、PCで仕事しながら音楽が聴けるのは便利であるが。眉間にしわを寄せずにカジュアルに聴くにはとてもいい演奏・録音である。

チャイコフスキー交響曲第1番「冬の日の幻想」 : ゲルギエフ

ゲルギエフチャイコフスキー

いやあ、寒い。東京で最高気温14度というと3月並みである。ほんの少し前に30度を超えたのが嘘みたいだ。今日も終日、たくさんミーティングがあったのだが、そのうちの一つで打ち合わせの相手が出先から時間通りに戻れなくなったので、急遽、iPadを使ってFacetimeで繋ぐことになった。会社の設備を使ったビデオ会議やウェブ会議はよくあるが、Facetimeを使うのは久しぶり。前回使ったのは海外との間だったためか回線が不安定で良い印象がなかったのだが、今日は音も映像も安定していて実に快適だった。こういう経験をすると顧客訪問以外は全部これで良いような気がする。オフィスに毎日行く必要ないんじゃないかな。

さて、今日、聴いたのはゲルギエフ/LSOの「冬の日の幻想」と「小ロシア」。ゲルギエフはVPOとの後期交響曲等チャイコフスキーを断続的に録音しているようだが、今のところ一つのオケと通しで録音した全集はないようだ。LSOとは1~3番のライブ録音が2枚組のSACDでリリースされている。1、2番は本拠地バービカン・ホール、3番はチューリッヒ・トーンハレで録音されていて、その違いも興味深い。(なんとなくトーンハレの方が良さそう。)

マルチチャンネルトラック付きのSACDハイブリッドディスクがLSO Liveシリーズとして比較的安い価格で発売されているので、このところなんだかんだ言いながらゲルギエフをよく聴いている。その昔聴いた「くるみ割り人形」が悪くなかったのでチャイコフスキーには結構期待をして聴き始めた。

「冬の日の幻想」はとりたてて非の打ち所のない手堅い演奏だが、スヴェトラーノフ、オーマンディ、MTT等々この曲の録音には他に良い演奏がたくさんあるので、個人的にはその中で際立って良い演奏とは感じなかった。ドライな録音もこの曲の雰囲気に合わず、そこも減点。それに比べると「小ロシア」はなかなかキリっとして良い演奏だった。もっともこっちの曲は他の録音をそれほど聴いているわけではないのだが。面白いのは同じ会場、同じオケ、同じエンジニアにもかかわらず、こちらの録音は「冬の日の幻想」ほど悪く感じないところ。曲とのマッチングで違いが出るのかな。

ブルックナー交響曲第9番 : ヤノフスキ

ヤノフスキブル9

昨日は思ったほどは気温が下がらず、まあ涼しいかなといった感じだったが、今日はかなり寒くなった。夕方以降、この辺りでは冷たい雨が降り出した。スーツのジャケットだけでは肌寒く、気温が上がった日に会社のロッカーに置いたままになっていたコートを久しぶりに着込んで帰ってきた。

実は一昨日の夜くらいから、音楽を聴くと、ちょうどトンネルの中に入った時や飛行機で離着陸するときみたいな感じで鼓膜に圧迫感を感じていた。狭い部屋にたくさんスピーカーを置きすぎて音圧過多なのかなと思って、センタースピーカーとサブウーファーを外したりしてみたのだが、あまり改善せず。困ったなあと思っていたのだが、不思議なことに今日はその不快な感覚がすっかり消えた。センターとサブウーファーを戻してもぜんぜん気にならない。そういえば、今も多少鼻が詰まっているのだが、気圧の変化にうまく耳が対応できなかったのだろうか?

連休中、自分も一時喉が痛くて往生したのだが、連休明けの会社には扁桃腺が腫れたり、咳込んだりしている同僚がけっこう多い。典型的な花粉症の季節はもう終わっていると思うのだが、いまだに花粉症類似の症状を訴える人も相当数いる。自分も含め、これって本当に花粉が原因なのかなぁとここ数年、なにげに不安である。実は空気中に未知の有害物質が蔓延してたりしたら嫌だなあと思う。まあ、思ってもどうにもならないけど。

閑話休題。ヤノフスキという指揮者は長い間歌劇場中心に活躍してきた実力派のようだが、その録音が広く知れ渡るようになったのは最近のことだと思う。特に最近ではベルリン放送響とワーグナーのオペラを集中的に録音したのち、バイロイトでも指揮を行っているくらいだから、ドイツ音楽の権威として確立した地位を築いているのだろう。今日、聴いたのは彼が2005年に首席指揮者に就任したスイス・ロマンド管弦楽団と録音したブルックナーの交響曲第9番。ヤノフスキはこれを皮切りとしてブルックナーの交響曲全集を完成させている。

このSACDを買ったのはもう5年前のことになる。当時、ちょうどSACDプレーヤーを手に入れたばかりでブルックナーのSACDを探している時に見つけて買ったのだが、マルチチャンネルで聴くのは今日が初めてである。冒頭の導入部はかなりゆったりとしたテンポで重厚に始まる。スイス・ロマンド管というとアンセルメ時代の印象が強くてブルックナーは意外な組合わせに感じるが、こっちの勝手な思い込みで、聴こえてくるのはまごうことなきブルックナーの響きである。

ヤノフスキの指揮は特に楽器間のバランスにきめ細かな配慮がなされているのか、弦楽器が鳴り響いている時の木管とか、主旋律と副旋律の対比とか、そういったところが非常にクリアに聴きとれる。結果として、ほかの演奏を聴いている時には気づかなかった楽器の音が意外なところで聴こえて来たりする。いろいろな指揮者で何度も聞いた曲だが、時々、新鮮な驚きがある。作為的な演出はない一方で、テンポは音楽に合わせて伸び縮みする。ぎりぎりの緊張感や切迫感や圧倒的な迫力といった要素は正直乏しいが、録音も相まってのびのびとしたところは良い。

マーラー交響曲第7番 : ゲルギエフ

マーラーゲルギエフ

連休明けの今日は一転して涼しい一日だった。連休中に怠け切った身体にはむしろ涼しくて良かったと思う。ただ、帰りがけにかなり激しい雨になったのはちょっと堪えた。実質的に月初だったので午前午後と立て続けにミーティングがあって、初日からけっこうヘビー。最後の会議終了と同時に脱兎のごとく会社を出て帰宅した。

このところレコードを聴くとき以外はサラウンドばかり聴いてる。バンダがあるとかオルガン付きとかの例外を除いて管弦楽曲をサラウンドで聴いてもセンタースピーカーやサラウンドスピーカーから出る音はフロントスピーカーのそれに比べて極めて些細なものなのだが、SACDステレオレイヤーとマルチレイヤーを聴き比べると個人的には絶対マルチレイヤーの方が良い。最近のSACDプレイヤーからはマルチレイヤー出力が省かれてしまっているが、不当だと思う。

今日はゲルギエフ/LSOの演奏で「夜の歌」を聴いた。で、さっきから感想を書こうと思っているのだが、実はちょっと困っている。このところ「千人の交響曲」と「レニングラード」が続けて良かったゲルギエフなのだが、この「夜の歌」でまた良くわからなくなってしまった。ゲルギエフのマーラーで言えば初めて「巨人」を聴いた時にもクエスチョンマークが残ったが、ちょっとそれに似ている。冒頭はすごくゆっくりじっくり進むような感じで始まるが、「巨人」と同じように盛り上がる時は加速し、静かなところは徐行するといったテンポの揺らぎがこの演奏にもある。なんとなく落ち着かない。ホールトーンが乏しい乾いた録音であるのも気になった。

サティ ピアノ作品集 : 高橋悠治

高橋悠治サティ

今日はいよいよ連休最終日。いやいや、普通の日曜日だ。時間を有効活用すべく今朝は早起きして食事後すぐに打ちっ放しに行ってきた。打ちっ放しが有効活用なのかという質問はなしで(笑)。僕が通う打ちっ放しは朝10時まで打席料が無料である。なので、朝早くからけっこうたくさんの人が黙々と球を打っている。早朝は空気もまだひんやりしていて汗をかくには丁度良い。

帰って来てシャワーを浴びて聴いたのが高橋悠治さんのサティ作品集。3巻あるうちの最初のアルバムである。80年代に一時サティがブームになったことがあったが、HMVのレビューによるとそれを牽引したのが76年から80年にかけて録音されたこのサティ作品集らしい。このアルバムを買った時、田舎の高校生はそんな風に感じていなかったが、ブームでもなければ思い切って2,800円もするレコードを買おうとは思わなかっただろう。ジムノペディの1番とジュ・トゥ・ヴゥはレコードで聴く前から知っていたから、当時、コマーシャルにでも使われていただろうか。

さて、昨年、高橋さんは約40年ぶりにサティを再録音した。そのことは雑誌か何かで読んで、リリース後早い段階で知っていたのだが、特に大きな関心は持たなかった。というのも僕はこのアルバムを聴いて以来、ずっと、正直言ってサティの良さがよくわからなかったのである。今朝、レコードラックを何気なく覗いていたら、このアルバムが目に留まった。それにしてもよく無くならずに残っていたものだ。先に挙げた二曲以外、どんな曲だったかもよく覚えていないが、少々丸みを帯びた低音とどこか薄暗い雰囲気は記憶に残っている。久しぶりに聴いてみようと思ってさっそく針を落とした。

このアルバムを聴くのも実に久しぶりである。盤面は一見きれいだったが、長い間のほこりが溝に溜まっているらしく、パチパチとノイズが煩い。何度かレコード盤を洗浄しながら両面聴いた。年月を経て聴いてみても不思議な音楽である。とめどもなく、似通っていて、それでいて少しずつ違うフレーズが繰り返し聴こえてくる。寄せては返す波のようでもあり、少しずつ位置を変える天空のようでもあり。古い写真を眺めて昔を思い起こすような気もしてくる。なんとも捉えどころがない。昔はそれが好きになれなかったが、今日はそれはそれとしてあるがままに受け止められた。(ような気がする。)高橋さんは40年振りにどう演奏したのだろうか。再録音がちょっと気になってきた。
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